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第34話 黄金カブト

世間はお盆休み。

だが、俺たちは相変わらず――ダンジョン攻略。


むしろ今は、お盆特別企画。

ちびっ子も大きなお兄さんも大好きな“カブト”なんて良いんじゃないか。

……と、俺は思っていた。


だが、このテンションはどうだ。


「ねえ、眠いんだけどさー。

あたし、昨日遅くまで山本センセーに説教されてたしー」


時刻は朝四時半。

不満顔は来奈だけではない。


「カブト……ですか?

虫ですよね? 六本足は、ちょっと……あれなんですけど」


梨々花が真顔で冷たい視線。

なんてことを言うんだ。


そして、由利衣は――寝ていた。

いくら起こしても起きない。

梨々花に着替えさせられ、髪を整えられている間も熟睡。

今は山本先生におぶられている。


政臣は男の子だからな! と水を向けると――


「そうですね。ヘラクレスとか飼ってましたよ。

室温の管理とか、けっこう気を使うんですよね。

お手伝いさんがやってくれてましたけど」


――ボンボン発言。


そういうのじゃないだろう。


中学生、初めて第二層に潜ったあの日。

あの頃の俺は、それはもうワクワクしていた。

夏の森では、巨大アブラゼミ VS 巨大カマキリの戦いに胸躍らせ、日が暮れるまで巨大トンボを追いかけていた。


……分からないだろうな。


そんな思いに耽っていると、梨々花が問いかけてきた。


「でも、先生がそこまでこだわるのは何かメリットがあるんですか?」


よく聞いてくれた。


「第二層の中では経験値が高めってのがひとつ。

もうひとつは、ドロップアイテム――“カブト装備”だ」


・カブトヘルム

・カブトアーマー

・カブトガントレット

・カブトブーツ


「しかもこれらの装備は変形して、組み立てると――

巨大な“カブト虫フィギュア”になる!

子どもに大人気で、昔はデパートに飾ってたもんだ」


返ってきたのは「ふーん」という生返事だけだった。


……確かに、最近はあまり見ないが。


とはいえ、当時は“カブト装備で第二層を練り歩く”のが一大トレンドだったのだ。


「で、それ。売ったらいくらになるんですか?

当然、指輪資金の足しになるんですよね?」


梨々花の「当然」には、朝四時に叩き起こされた怨念がこもっていた。

――さぞかし大層なものなんでしょうね?

そう聞こえる。


「そ、そうだな……相場はあるが、いまなら一式で……二十万G、くらい……かな」


次第に声が小さくなる。

だが、ここで屈するわけにはいかない。


「け、けどな! 黄金カブトは違う!!

やつの落とす“黄金カブト装備”は、冒険者フリマでも人気なんだ!」


俺の言葉を受けて、政臣がスマホを取り出す。


「あ、確かに。黄金カブトヘルム、五十万Gついてますね」


「だろお〜?」

声が思わず弾む。


――が、次の瞬間には追撃。


「でも他の黄金カブトシリーズは、単品で五万Gくらいですね。

ヘルムだけ不足してる層に需要がある、ってだけで……」


政臣の言葉に、梨々花の魔力が上がるのを感じた。

……何か、メリットを打ち出さねば。


「そうだ! カブト装備をひとつ、視聴者プレゼントはどうだ?

SSRのサイン入り。こいつはプレミアもんだ!」


しどろもどろになりながらも、不満げな梨々花と来奈をなだめすかし、ダンジョンゲートをくぐる。


***


ゲンさんは、いつもと変わらずスタートポイントで穏やかな笑みを浮かべていた。


「修ちゃん、早いね。

この時期は、いつもこれくらいから第二層入ってたなあ。懐かしいや」


俺は挨拶を交わすと、特別許可証をゲンさんに見せた。


未成年のダンジョンへの立ち入りは、朝十時から夜七時。

それ以外の時間は申請がいるのだ。


学院の窓口から申請可能。

俺がカブト狩りだと言うと、窓口のおじさんは頬を緩めてハンコをついてくれた。

あれは、分かっている男の顔だった。


そうして、第二層に転移すると、ようやく目が覚めた由利衣は結界レーダーを展開し、再び眠りに落ちる。


山本先生は今日は由利衣の介護役だ。

弟がいると言っていたな。面倒見が良い。


普通にしていれば、普通の人なんだ……。


そんなことを考えながら、俺は朝露に濡れる葉を踏みしめていた。


***


早朝の森林探索、開始。


ダンジョン第二層には“時間”や“四季”がある。

なぜなのかは誰にも分からない。

精霊の干渉か、あるいはダンジョンそのものがひとつの“世界”なのか。

少なくとも俺の理解を超えていた。


薄暗い森の奥へと進むと、昨日仕掛けた罠のポイントに近づいてきた。


「カブトはいないが……あいつはオオクワガタじゃないか! 政臣、カメラだ!!」


思わず声が上ずる。

俺が中学時代、どれほど探しても会えなかった“幻の存在”。

それが今、目の前にいる。


……それにしても、でかい。


二メートルはくだらない。

黒曜石のような光沢を放つ顎が、不気味に光っている。

木の幹に取りつき、蜜を吸う姿はまるで森の王だ。


来奈と梨々花は、もうすでに一歩引いていた。


「先生……あれと戦うんですか?」


「いやいや、あれヤバすぎるって!!」


――やはりな。

ここは指導者として手本を見せなくては。


「こいつの脅威は言うまでもなく顎だ。

毒はないが、油断すれば首を持っていかれるぞ」


そう言いながらも、俺の胸は高鳴っていた。

初めての対決。

あの頃のワクワクが、また俺の中で息を吹き返していた。


愛刀の飛燕を抜く。

だが、正面からあの顎と切り結ぶのは危険すぎる……。


考えるより早く、動いたのは向こうだった。


ガサガサッ――と低い震動を伴って、地面をえぐりながら突進してくる。

梨々花がズザッと後退。

来奈は、硬直して動けずにいる。


――このまま俺が下手に迂回すれば、来奈の首が危ない。


俺は飛燕に炎魔法を纏わせた。

森の中では炎弾は使えないが、飛ばさなければ問題ない。

斬撃に熱を乗せる。

甲虫の外殻は風の斬撃は通りづらいが、熱で切断する。


刀身が赤熱し、空気がわずかに歪む。


「来るぞ」


低く告げると同時に、オオクワガタの顎が上がる。

魔力の位置を正確に捕捉。


そこに一閃。

片側の顎が、一拍置いてドンと地に落ちた。


間髪を入れず、もう片方を断ち切る。

巨体がわずかに揺らいだ瞬間――飛燕を頭頂へ叩き込む。


――戦闘終了。


オオクワガタの身体が音を立てて崩れ、森の静寂が戻る。

焦げた外殻から、わずかに白煙が立ちのぼった。


沈黙のあと、来奈が小さく息をつき、

「……教官、ありがと」

と呟く。


俺は飛燕を納めながら、ふたりに向き直った。


「確かに、初見は俺が相手をする。

けどな、人任せにしていいって意味じゃない。

どんなときも不測の事態に対応できるように、陣形を維持しておけ。決して戦線は崩すな。

この森じゃ、それが生死を分ける」


来奈も梨々花も、真剣な面持ちでコクリと頷く。


……よしよし、冒険者らしくなってきた。


そこにレベルアップサウンド。


思わぬパワーレベリングか……と思っていると、聞こえてきたのはウキウキした声。


「わー。久しぶり。

佐伯さん、ありがとうございます!」


由利衣をおぶったまま、山本先生が満面の笑みで冒険者カードを見ていた。


俺は苦笑いを返すしかなかった。


***


そして、オオクワガタのドロップアイテムに俺の目は輝いた。


「こいつは――ツイン・オオクワ・シックルじゃないか」


オオクワガタの角を模したフォルムの二振りの鎌。

こいつが少年向け冒険者雑誌に掲載されていたのを見て、心ときめいたものだ。


「いやー、この年で手にするとはな……。

昔、こいつを新聞紙で作って、近所の公園で遊んだもんだ。

風呂敷をマントにしてさー。

お前らもやっただろ?」


そう言って鎌を構え、当時流行ったポーズを決める。


……思ったよりも反応が薄い。


今はスマホの時代だからな。


「……ねえ、教官って三八歳だよね。

サバ読んでなくね? 本当はおじさんじゃなくて、おじいちゃんじゃないの?」


来奈の失礼なコメント。

こういうのは、世代は関係ないのだ。おそらく。


そして、視聴者プレゼントの目玉は、この武器に決まった。

俺は「個人的に持っておきたい」と主張した。

しかし、政臣が取引価格を調べて「二万G」と告げた瞬間、梨々花の鶴の一声が飛ぶ。


「たいした金額じゃないじゃないですか」


そう言い放つと、俺の手から鎌を取り上げ、カメラに向かって完璧な笑顔を浮かべた。


「このレアアイテム、ツイン・オオクワ・シックル。

なんと! 私たちのサイン入りでおひとり様にプレゼント!!

チャンネル登録よろしくお願いしますね〜。

あ、応募フォームには、三人のうち誰のファンで、誰がいちばん可愛いか書いてください。

しっかりチェックしますから〜」


視聴者に圧をかけながら、梨々花のにこやかなプレゼントコーナーが終了。


そして、おもむろに俺へと振り返る。

その瞳は、妙に冷静だった。


「先生。浮かれるのも結構ですけど――

本日は“黄金カブト”って宣言されてますから。

……絶対、出てくるんですよね?」


いつの間に、撮れ高を気にするように……。


背に汗が伝う。


「い、いや。絶対なんてことはないだろ。

希少だしな。

それに、冒険は“過程”を楽しむもんだ。な?」


しかし梨々花は俺の言葉には耳を貸さず、政臣に淡々と指示を出す。


「高柳くん。金色のラッカースプレー至急準備ね。

テロップだって用意してるんでしょ?

……え? いいわよ塗るのは頭だけで。

私が背後から首の付け根に斬撃を繰り出して切り落とすから、そこだけアップでお願い」


そして、わざとらしく声を張り上げた。


「まあでも、私は先生を信じてますから。

黄金カブト、ぜひこの目で見たいわ。

ほんと……楽しみ」


言葉とは裏腹に、目は笑っていない。


……もしかすると、楽しいのは俺だけなのか?

女子高生の嗜好は分からない。


大オタマジャクシ 対 大タガメの見物のほうが良かったのだろうか?


首を捻りながら、さらに森の奥に踏み入るのだった。


***


その後、普通の巨大カブトを五体ほど狩りながら探索を続けた。


突進力は脅威だが、脇に回って足を切れば対処可能。

飛ばれても、むき出しの腹に――梨々花の風魔法が突き刺さる。


「固いな〜。殴っても全然ダメなんだけどー」


来奈は正面からガチンコ勝負を挑むが、拳が通らない。

それでも押し負けないのは、さすが“星の魔眼”のフィジカル。


「SSR対・巨大カブト! こいつは絵になるじゃないか、なあ!」


盛り上げる俺に、梨々花の視線が刺さる。

――で、金色のやつは? と。


頼む……。


森には日が差し込み、光の粒子が舞う。


背後から、来奈の声がかかった。


「あれー? あの光ってるやつがそうなんじゃね?」


その言葉に胸が高まる。

振り返ると、来奈が巨大な虫に飛びかかっていた。


***


結局、その日の収穫は――


・巨大オオクワガタ 一匹

・巨大カブト    七匹

・巨大カナブン   一匹


そして俺は、その後しばらく毎朝四時半から第二層を徘徊することになる。

「黄金カブト装備シリーズを揃えるまで終わりません」――梨々花発案のコーナーが始まったからだ。


すべて揃ったのは夏の終わり。

その頃、俺の部屋には通常カブト装備十五式分のフィギュアが飾られていた。

だが、それはまた別の話。


以後、俺が女子高生をカブトハントに誘うことは、生涯なかった。

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