第33話 巨毒の姿
俺たちは、ボスを一度確認しておくために森の中を進む。
第二層のボス――その名は、ない。
いや、正確には“固定ではなくランダム”だ。
複数いる巨大生物の中から、抽選で一体が選出されるシステムになっている。
候補は、毒ムカデ・毒カエル・毒蛇・毒サソリ・毒蜘蛛・毒蜂・毒蛾・毒モグラ――そして、毒G。
選出方法はきわめてシンプル。
バトル開始前に、候補同士が殺し合う。
挑戦者はその凄惨な光景――
巨大生物同士の阿鼻叫喚バトルを、ただ黙って見届けるしかない。
この時点で、戦う前にリタイアする冒険者も多い。
――いわゆる、蠱毒。
毒生物は倒した相手を食らい、その毒を取り込み、より凶悪な姿で挑戦者の前に現れる。
ちなみに人気ナンバーワンは毒モグラ。
逆に毒蜘蛛や毒ムカデが当たると、配信コメント欄は一気に“お通夜”になる。
毒Gに至っては、全編モザイクだ。
そこで、梨々花がハタと気づく。
「毒……ってことは、状態異常を防ぐ指輪が有効ですよね」
そのとおりだ。
「ソロで潜るときなんかは、健常の指輪を複数持っていたほうが安心だろうな。
だから、あれにしとけと言ったのに」
梨々花は俺の言葉に、怒りの声を上げる。
「これがいいんです!!」
杖を振りかぶってきたので、思わず一歩下がる。
「……何なんだよ。
まあいい。健常の指輪をバトルメンバー全員分、かつ複数入手するまで、夏休みはフクロウハントで過ごすという手もあるが……」
政臣が、即座に反応した。
「いやいや、そんなのダメですって!!」
――だろうな。
延々とフクロウを狩るだけの配信なんて、コンテンツにならない。
となると、選択肢は多くない。
「毒消しは遅効性だからな。備えておきたいが、一時的に戦闘力が落ちるのは考えものだ。
黒澤の回復も、状態異常には効かないからな……」
由利衣は、あまり回復スキルが伸びていない。
彼女の興味はもっぱら、索敵用の結界レーダーと、それに連動した射撃システムの磨き上げに向いている。
おっとりした顔をしているくせに、中身は他の二人に負けず劣らずの戦闘民族。
モットーは、“守って殲滅”。
――いや、実際のところは殲滅八、守り二といったところか。
「毒を空中散布なんかされたら、黒澤の防御結界も意味をなさない。
指輪は持っておいたほうがいいだろうな」
先ほどフクロウを狩らせたのは、いわば体験学習みたいなものだ。
メインコンテンツとして考えていたわけではない。
だから、選ぶアイテムは何でもよかった。
「作戦は、フクロウハンターからの購入。
さっきシマリス長老の家の掲示板を見たが……一個三十万Gくらいだ」
俺が学生の頃は、コーラやアイスと交換してたんだが――。
足元を見られていたからな。
「メンバーにつき二つは欲しいところだな……」
俺の呟きに、山本先生の静かな声が続く。
「入江さん。今回のバトルメンバーは私を入れて四人。必要な指輪は一人二個、ひとつ三十万G。
では、指輪はいくつ必要で総額いくらでしょうか?」
来奈が途端に慌てる。
さすが数学教師……いや、算数だが。
「え? えーと……四人で二個ずつだから、八個? だよな!! センセー、いくらなんでもバカにしすぎっしょ!!」
得意満面の来奈に、山本先生も満足げに微笑む。
「そうですね。では、総額は?」
……沈黙。
山本先生の体から、魔力の奔流がビシビシと立ちのぼると、来奈の額に冷や汗が浮かんだ。
そこへ由利衣の声。
「右、二百四十メートルの方向に反応あり。虎です!
来奈、二百四十!!」
来奈はとっさに戦闘態勢を取る。
由利衣が小さく息を吐く。
「行っちゃいました……」
次の瞬間、来奈の声が響く。
「そう、二百五十万! しっかり稼がないとねー、ははっ!!」
その直後――
山本先生のアイアンクローが、来奈の顔面をメキメキと鳴らしていた。
感情を見せない瞳で山本先生が囁く。
「入江さん。帰ったら補修しましょうか?
夏休みは夜、私の部屋に来なさい」
来奈は、静かに頷くしかなかった。
***
ボスエリアは、まさに圧巻だった。
居並ぶのは、毒を持つ巨大生物たち。
いまはピクリとも動かないが、合図ひとつで――ここは地獄絵図と化す。
誰もが、毒Gのほうは見ないようにしていた。
だが、言わねばならない。
「なあ、見ろよ。あの表面の鮮やかな模様……羽にもある。
あいつは神経毒を撒くタイプだ。
このエリアだけは火魔法が使えるから、桐生院の火炎で毒霧ごと焼き払うのが有効だな。
ただ、断末魔の勢いで顔に飛びかかってくるから――」
俺の脛に、梨々花の杖がクリーンヒットした。
「それが出てきたら全力で逃げます!!!
絶対に戦いませんっ!!!」
――絶叫が森にこだまする。
その声に反応したのか、ボスたちが一斉に蠢き出した。
獣と昆虫が奏でる、聞くだけでSAN値が削られそうな音の波。
鼓膜がただれそうなギチギチとした音と、肉が裂ける湿った音が混ざり合う。
こちらまでツンと刺激臭が漂ってきた。
思わず目を細める。
「ほう……今回は毒蜘蛛が優勢だな。
ドロドロに溶かしたカエルを吸ってパワーアップしてやがる。
あの毒を食らったら、毒消しじゃ追いつかないかもな。脊髄を溶かされる前に担いで逃げないと――」
俺が言い終わる前に、背中に由利衣の魔力弾がヒット。
背中をさすりながら振り向くと、全員が青ざめた顔でしゃがみ込んでいた。
「ムリムリムリ……なに解説してんの」
来奈が口を押さえ、今にも倒れそうだ。
そんなことを言われても、これも立派な訓練の一環なのだが……。
しかし、一行はすでに俺を除外して作戦会議を始めていた。
その方針は――
・離れた場所から巨大生物の群れに石を投げ込み、蠱毒開始
・その間、心穏やかに過ごせる場所で待機
・ボスが選出された頃に、こっそり様子を確認
そして、毒モグラか毒サソリが出てくるまでは戦わず、タイムアウトでリセット。
……俺以外の満場一致だった。
冒険者は選り好みしちゃいけない――。
そう言いかけたが、山本先生の放つ圧に気づき、俺は同意に票を入れるしかなかった。
「とにかく、当面の目標は金策とレベルアップ。
今お前たちはレベル三八。このボスの推奨はSRで五十。最低でも四十五以上は欲しい」
これまでの第二層探索で得た素材の積み上げは、およそ百万G。
それに加えて、配信の収益も多少はある――ほとんどは国庫行きだったが。
そう。配信は順調だが、こちらの実入りは雀の涙なのだ。
だが、収益の取り分について不満を口にしないよう、三人にはきつく言ってある。
交渉は、上位になって独立し、自分でマネジメントできるようになってからだ。
第一、日本政府はこの三人に神話伝承級に匹敵する武器を準備してくれている。
バックアップは十分だ。
……まだ全然、回収できてないだろう。
アイドルを売り出すというのはそういうもんだ。
と、俺は分かってもいないのに、分かったような顔で三人に告げていた。
その代わり、ダンジョン探索で得た素材については、国は一切口を出してこない。
ひよっ子のSSR三人娘が、レベルを上げ、素材を集め、少しずつ強くなっていく。
その一歩一歩を、視聴者がリアルタイムで見守り、コメントで応援し、いつしか感情移入していく。
――それこそが、このコンテンツの“キモ”だった。
まさに、視聴者参加型バラエティ。
当初は、コツコツと地下活動を重ね、上位冒険者に匹敵する実力を得てからSSRとして鮮烈デビュー、の予定だった。
だが、梨々花がバラしてしまったため、急遽路線変更。
「アイドル成長冒険番組もいいですねー」
政臣の軽い一言だった。
それを国家規模でやろうというのだから――
高柳政臣という男、頭が良いのか悪いのか、いまだによく分からない。
バラエティは別に良いのだが。
俺としては無理に迎合する気はなかった。
配信受けを狙った戦闘も、無謀なチャレンジもさせない。
三人の生命が最優先。あくまでも自然な成長を見てもらう分には一向にかまわない。
それが冒険者であり戦闘魔法使いとしての俺の矜持だった。
誰が何を言おうと、それを曲げるつもりはない。
ただし。
せっかくなので、冒険の楽しさはこの三人にも視聴者にも味わってほしい。
それくらいのサービス精神は心得ていた。
なので、俺は提案する。
「黄金カブト行くか。あれは経験値も素材も悪くない。明日は早朝に集合だな」
低層の第二層の中でも、割合おいしい。
しかも、夏にしかあらわれないモンスター。季節もまさに旬だった。
男子たるもの、燃えないものはいない。
しかし男子ではない三人は「はあ……」と顔を見合わせるだけ。
意外と山本先生は乗り気だった。
「カブトは、この森の中でまだビジュアルが……。
いいと思いますよ。魔戦部の男子にも好評ですし」
にこにこと同意してくれた。
さすが、冒険者の機微が分かっている。
***
帰路、俺はあちこちの木に罠を仕掛けて回る。
「なんですか、それ?」
由利衣が首を傾げる。
俺の手にはデカいタッパー。甘い匂いのする物体が入っている。
今日のために仕込んでいたのだ。
「バナナを焼酎に浸けたものだ。これを使い古しのストッキングに入れて、木に吊るしておく」
来奈が不思議そうな声を出す。
「使い古しのストッキング?
教官、なんでそんなの持ってんの?」
ピタリと動きが止まる。
…………。
黙って作業を続ける俺に、梨々花が切り込む。
「誰のなんですか?」
やましいことはない。廃棄されるものを有効活用しているだけだ。
「……別に」
作業を続けていると、政臣の声が飛ぶ。
「佐伯さーん、コメント欄に“下着ドロは10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金”って書かれてますよー!」
人聞きが悪いことを言うな。
「これは小林リーダーや学食スタッフが分けてくれたんだ。俺は何も……」
――三人の、この目。
なんだと言うんだ。
唯一、山本先生だけが照れたような視線を向ける。
「もう、私に言ってくれれば良かったのに」
……俺はただ、冒険を楽しんでほしい。
それだけなんだ。
だが、その帰り道、三人が俺に話しかけてくることはなかった。




