表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/135

第32話 確率操作

森の賢者――それは、この森に棲む巨大なフクロウのことだ。


この鳥を倒すと、まれに“ドングリ”を落とす。

それをシマリス長老のもとへ持っていくと、数に応じてアイテムと交換してくれる。


なんともメルヘンチックなイベントだが――その実態は、ストレス地獄である。


フクロウは異様に凶暴で、この森の大蛇や狼さえも餌食にしてしまう。

それなのに、得られる経験値はほとんど皆無。

さらにドロップ率は低く、十体倒して一個落とすかどうか。


そして、シマリス長老。


ここで交換できるアイテム――指輪シリーズは、ひとつにつきドングリ十個。

つまり、百体狩ってようやく一個分に届くかどうか。

報酬より先に、心が折れる者も多い。



物攻の指輪……攻撃力+5%

魔攻の指輪……魔力+5%

物防の指輪……耐久力+5%

魔防の指輪……魔防+5%

敏捷の指輪……敏捷+5%

幸運の指輪……幸運+5%

破邪の指輪……呪い身代わり

喝破の指輪……幻術身代わり

健常の指輪……状態異常身代わり


なお、身代わり系は一度発動すると三割の確率で壊れる。



この指輪は冒険者の間でもそこそこの値で取引されており、“フクロウハンター”を専門に第二層へ入り浸る者もいる。


別に、どうしてもフクロウを狩らなくてはいけない理由はない。

だが、ダンジョン内で行われているイベントを知ることも立派な経験だ。

それに――強化アイテムが手に入るなら、取りに行く。

それが、攻略の醍醐味というものだろう。


俺の高校生の夏は、フクロウを狩りまくって指輪を集めるのに必死だった。


学院はバイト禁止。素材や魔石はすべて没収。

隠し持てて、価値がある指輪こそが唯一の財産だった。


あの頃の寮の食事といえば、茶碗一杯の白米に梅干しと味噌汁、そしてめざし一匹。

ボス攻略者が出た日の夜はカレー。しかも、おかわり自由。

だからボスに挑むときは、みんな目の色が違っていた。


甘味といえば、お彼岸の日に支給されるぼた餅のみ。

その日ばかりは、普段は荒くれの魔法使いたちも涙を流して貪ったものだ。


そんな中、飢えた思春期の若者たちは――

指輪を冒険者のおじさんたちと交換し、甘味を得る。

交換で手に入れたコーラは、五臓六腑に染み渡った。


やがて、指輪は学院生の間で独自の経済圏を築いていく。

闇取引が横行し、指輪を巡る血なまぐさい抗争など日常茶飯事だった。


……それにひきかえ、今の学生は。


思わず、愚痴が出そうになる。


その話を三人にしてみたところ――

あまりのカルチャーギャップに、見事にドン引きされたのは言うまでもない。


山本先生の時代には、すでに全寮制は廃止され、バイトも許されていたという。

どうも、麗良の後の世代から世界線が入れ替わったかのような勢いで、学院の体制が変わったらしい。


麗良も、夏休みはフクロウ狩りをして、アイスを嬉しそうに食べていた。

あの頃は、本当に可愛いものだったんだがな。


***


第二層の中でも、ひときわ薄暗い森の奥。

――そこに、いた。


事前に大きさは伝えておいたが、実物を目にすると印象が違うらしい。


「うおっ! なにこれ、怪獣じゃん!!」

来奈の素直すぎる叫びが、森の静けさを裂いた。


体長は約三メートル。

翼を広げれば、その幅は十五メートルをゆうに超える。

鉤爪は人間など容易く掴み上げ、引き裂くことができるだろう。

嘴もまた、油断ならない。


唯一の救いは――ただの“巨大なフクロウ”であること。

属性攻撃も、魔法も、特殊スキルも持たない。


そして、その巨体に見合わず、ドロップするのはドングリ。


まずは俺が手本を見せる。


愛刀・飛燕を抜き放ち、一気に距離を詰め――縦一閃。

そのまま、フクロウの巨体を両断した。


「……あんまりお手本になってないんですけどー」

由利衣がクレームをつけてくる。


「お前たちの場合、基本は桐生院の風属性付与だな。

動きが速い分、いい訓練相手にもなるだろう」


そう言っている間に、フクロウの体は光の粒となって消えた。

その場に残ったのは――三つのドングリ。


「三個!?」

由利衣が目を丸くする。


俺も相当狩ったが、こんなことは初めてだ。


ツイている……のか?


「すごいですね、佐伯さん。

私もけっこうチャレンジしましたけど……十個貯められなかったです」


山本先生が感心したように呟く。


「なに、なに? 教官ツイてるじゃん!

あたしもやってみようかなー!」


来奈が嬉々として上空を見上げた――その瞬間、表情が固まる。


「……あ」

冷や汗が、つぅっと頬を伝った。


俺たちは、すでに何十羽ものフクロウに取り囲まれていた。


「えっ!? いきなり出てきた!?」

由利衣が不思議そうに声を上げる。


俺は静かに頷いた。


「どうやら……“オウルフィーバータイム”のようだな」


次々と湧き出すフクロウ。狩り放題。

一日に一度だけ訪れる、ご褒美の時間だ。


その気配を嗅ぎつけて――

どこからともなく、他の冒険者たちがワラワラと集まってくる。


人種も装備もまちまち。だが、目的はみな同じ。


次の瞬間、森の中は修羅場と化した。

人とフクロウの、熾烈な戦いが始まったのだ。


「お前たち、俺から離れずに狩ってくれよ!」


そう声をかけると、三人は元気よく返事を返す。


梨々花はすぐに、来奈のグローブと由利衣の銃へ風属性を付与。

そのまま迫りくる巨大フクロウへ――鋭い風の斬撃を叩き込む。


来奈も拳を振り抜き、由利衣も連射。

三方向からの攻撃が次々と命中していく。


だが――。


「えぇ……全然ドロップしませんけど」

五羽を立て続けに斬り伏せた梨々花が、思わずぼやいた。


「わたしもー。全然だめ」

由利衣も、ため息まじりに肩を落とす。


そのとき、場違いなほど明るい山本先生の声が響いた。


「しゃっ! 一個ゲット!! ガンガンぶち込んだるでぇー!」


見ると、嬉々として魔力のこもった矢を射出している。

テンションが上がると、口調が変わるタイプなのだろう。


そう言う俺も、三人を視界の端に入れながら、襲いくるフクロウを迎撃していた。


だが――どうにもおかしい。


……俺だけ、ドングリ多すぎる件。


気づけば、もう二十個は溜まっている。

いくらなんでも、ドロップ確率が明らかに壊れている。


政臣が呆れ顔で笑いかける。


「あのー。メインは三人なんで、佐伯さんだけ目立つのは……」


それはそうなんだが。

首をひねるが、いつもと違うところなど――。


……あった。


さっき、ドイツのSSR魔法使い――マルグリットにかけられた、幸運ステータス「小吉」。


あれの効果なのか?

だが、ダンジョンモンスターのドロップ確率を変えるなんて……そんなことが本当に可能なのか。


いや、それしか考えられない。


それにしても――小吉でこれなら、まかり間違って“大凶”なんて付与された日には……。

何が起きるのか、考えるのも恐ろしい。


そんなことを思いながらフクロウを狩り続け、気づけばドングリは五十個を超えていた。

あの頃の自分に会えたら、これで美味いものを食えと渡してやりたい。


***


結局、戦果は俺の五十六個、山本先生の五個。


――以上。


SSRの三人はひとつもドロップせず、ブーブーと不満顔だ。


「教官、絶対なんかおかしいって! 不正してるんじゃね?」


……マルグリットの能力を“不正”と言えるのかは分からないが。


ちらりと冒険者カードを確認すると、「小吉」の文字はもう消えていた。

時間制限なのか、回数制限なのかは不明だ。


だが、もしダンジョン深層でこの能力を使えたなら――

高価なアイテムをドロップし放題かもしれない。


彼女自身の戦闘能力が皆無でも、育てる価値は充分すぎる。

おそらく今は、モンスターに一撃でやられない程度のステータスを、地道に積み上げているのだろう。


それにしても、今日は戦果充分。


「あと一羽だけ!」

と、しつこく食い下がる来奈を引きずって、俺たちはシマリス長老の元へと向かう。


***


大木の(うろ)に、それはいた。


塔のようにそびえる巨木の内部。そこがシマリス長老の住居だった。

テーブルに椅子もあり、中は思いのほか快適そうだ。


その名称から可愛らしいリスを想像していた三人は、

二メートルはある齧歯目(げっしもく)の実物を前に唖然とする。


それでも相手に敵意はなく、ドングリを見せるとテーブルに指輪を並べ出した。


「六個交換できるからな。ちょうど人数でいいんじゃないか」


冒険者の分け前は公平――これが原則だ。


五人は悩みだす。俺は一歩後ろで眺めていた。

すると、由利衣が梨々花の顔を覗き見て、笑いながらこちらに振り返った。


「ねぇ。梨々花はコーチに選んで欲しいんだって」


「好きなのでいいんじゃないか。そこまで強力なアイテムでもないしな」


俺がそう答えると、由利衣は「はあ……」とため息をついた。


「まあ、いいからいいから」


そう言って俺の手を引く。


そのやりとりに構わず、来奈は躊躇なく選択。


「あたしは攻撃力上がるやつだなー、やっぱ。

委員長は戦闘の役に立たないんだからさ、いざというときに幻術防ぐやつがいいんじゃね?」


ついでに政臣の分まで勝手に決めていた。


俺は数秒考える。


「そうだな……状態異常を防ぐやつなんかはおすすめかもな。

ステータス上昇も捨てがたいが」


すると、梨々花の眉がピクリと動いた。


「身代わり系の指輪は、壊れちゃうかもしれないんですよね……?」


由利衣が勢いよく俺の脇腹を肘で突いてくる。


なんなんだ一体。


「じゃあ、物防じゃないか。

桐生院の持ち味の魔攻を伸ばすのもありだが……。

評価Sだから、いずれカンストするだろうし。

物防はいざというときのお守りとしてずっと使えるだろ」


梨々花はこくりと頷き、指輪とドングリを交換した。


それを聞いていた由利衣は「なるほど……」と呟き、自身は敏捷の指輪を選択。


最後に俺は魔防の指輪を選択すると、すかさず山本先生は同じものを手にした。


「ジャージも同じですしー。お揃いということで。

ねえシマリス長老さん、名前掘れるかしら? 修二&美鈴抽(ミレーヌ)で」


シマリス長老は、フルフルと首を横に振る。


いや、先日貰ったジャージはしまい込んだままなのだが。

それに、下の名前を今初めて知った。山本ミレーヌ……。


そのやりとりを見ていた梨々花の目尻が、一瞬引きつった気がした。

だが、すぐに軽く肩をすくめ、自身の手にある指輪を大事そうに見つめていた。


***


今日の目的は、残すところボスまでのルート確認。


だが、さっきまでルンルンだった山本先生のテンションが鮮やかに急降下する。


「あれ、やっぱり行くんですか……?」


げんなりとした顔。


女性冒険者にはすこぶる不評な第二層ボス。

いや、男にもあまり人気はないのだが。


政臣も心配そうに呟く。


「あれ、配信大丈夫かな。

“苦手な方はご遠慮ください”ってテロップ出さないと……」


まあ、とりあえずは見てからだ。


嫌そうな五人を従えて、ボスまでの経路を進む。


俺は別に平気なんだがな……。

見ようによっては、カッコいい。


だが、そんなことを口に出せる雰囲気ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ