第31話 力の鼓舞
欧州合同SSRチームとの遭遇には戸惑ったものの、
あちらはまずまず友好的といえた。
俺たちとしても、レイド戦ではライバルといえど、攻略中に敵対する理由はひとつもない。
そして現在の状況だが――。
欧州SSRは、最強と名高い戦闘魔法使いクラリスに率いられてパワーレベリング中。
こちらは第二層ボス攻略に向けて、着々と積み上げを行っていた。
そこへ現れたのが、狼のモンスターの群れ。
どちらが倒そうが、別に構わない。
クラリスが腰の聖剣エクスカリバーを抜き放った――狩る気だろう。
だが、来奈と梨々花が、ずいと前に出た。
「こんなすごいバフかけられて、じっとしてらんないっしょ!
なあ、あたしらにやらせてよ」
梨々花も、無言で力強く頷く。
クラリスは、ちらりと俺を見る。
……まあ、譲ってやってくれないか。
俺が目で合図すると、クラリスはエクスカリバーを鞘に収めた。
「いいでしょう。日本のSSRの実力にも興味がありますし」
するとアリサが、嬉しそうに来奈の隣へ並ぶ。
「クラリス先輩が出てくると、すぐ終わっちゃうからやることないんですよねー。
私も参加ってことで!」
手にしたのは片手槍。
アリサの魔力が満ちると、刃は輝きを増し、先端から光が噴き出す。
――魔導ギア・聖槍ロンギヌス。
門外不出の聖遺物。まさか、こんなところで目にするとは。
欧州にも神話伝承級の武具は多い。
戦闘のメインは、来奈・梨々花・アリサの三人。
由利衣と山本先生はマッピングと魔力ロープに集中。
向こうのリュシアンとマルグリットも、最初からバトルに入る気はなさそうだった。
俺とクラリスは、後方で万が一に備えて構える。
「なあ、あのアリサって子。
こう言っちゃなんだが、本人の戦闘能力はあまり高そうじゃないな。大丈夫か?」
クラリスは短くため息をついた。
「そうだな。まだ★1のLv.10だからな。やる気だけはあるんだが……。
……これは内密に頼む」
なるほど。だとすると、第二層はまだ時期尚早もいいところ――。
他の二人も戦闘向けではないとすると、クラリス頼みというわけだ。
それでも、魔眼能力が未成熟でステータス三倍のバフ。伸びしろは充分だろう。
狼の群れが迫ってくる。
梨々花は素早く、来奈のグローブとロンギヌスに属性を付与した。
ロンギヌスの輝きが青く染まる。
アリサが槍を振るうと――ピィンッ、と水の刃が飛んだ。
二メートルはある狼の胴体を、真っ二つに断ち切る。
「うわーっ、なにこれ! すごい!」
あのロンギヌス――魔力伝導率が通常の武器とは桁違いだ。
いかにSSRで三倍バフといえど、レベル十程度であの狼をいともたやすく切断するほどの魔攻値があるとは思えない。
属性付与のブーストが効いているようだ。
そう思っていたところ、梨々花が風魔法であっさりと狼の群れを輪切りにしていく。
いまの梨々花は、魔攻値ステータスだけなら中堅冒険者を凌ぐだろう。
「ちょーっと!! あたしの出番!!」
来奈が撤退を始めた狼に、すかさず回り込む。
いつもとは比較にならない速度だ。
拳を打ち込むと、水弾が――パァン!! と音を立てて狼を貫いた。
そのまま残党を、残らず拳で制圧する。
開始から、わずか数分。
決して弱いモンスターではないのだがな。
レベルアップサウンドが響く。……おそらく、あちらのだろう。
マルグリットが嬉しそうに声を上げた。
「おっ、上がったかなー。お疲れお疲れ」
その様子を見て、クラリスは盛大なため息をつく。
……最初からやる気がないのも、ある意味清々しいが。
そうまでして育成する、その“能力”がなんなのかは気になるところだ。
リュシアンが、アリサにタタタッと駆け寄る。
おずおずと見上げ、ふたりの空色の瞳が交差した。
「あ……あの、ボクもその……レベルアップしたら戦えるようになるから」
アリサは、クシャクシャと銀色の髪を優しく撫でる。
「うん。私ももっと強くなるから。一緒に頑張ろうね」
……どうにも、日本と境遇が似ているな。
まだまだ、これからといった感じだ。
ドラマチックな冒険が待っていそうな気配。
しかし、向こうは向こう。こっちはこっち。
俺はクラリスに静かに告げた。
「正式に協力となった際は、ぜひよろしく頼みたいが。
今日のところは、これで失礼する」
クラリスも、ゆっくりと頷いた。
「えー、もう行っちゃうんですか?」
アリサは、さも残念そうに俺を見る。
「そうだよ教官。こんなすごいバフあるんだったら、第二層楽勝じゃね?」
調子に乗る来奈に、俺は思わず肩を落とした。
……こっちも大変だ。
「あのな。俺はお前たちに“素の実力”で攻略できるように教えているつもりだ。
山本先生も言ってただろ、積み上げが大事だって」
――しまった。聞かれていたかもしれない。
だが、クラリスはあえて聞こえないふりをしてくれていた。
「アリサ。日本のパーティには目的がある。私たちにもな。
……それでは、失礼」
アリサは名残惜しそうに手を振り、三人のSSRもそれに応える。
リュシアンも軽く頭を下げ、アリサの後を追った。
そのとき、マルグリットが俺の方へ歩み寄り、不敵な笑みを浮かべる。
「じゃーな。
オッサン、あんた強いんだろ? あの脳筋があんな態度取るのみたことねーし。
……こいつは、お近づきの印ってことで」
彼女の瞳が一瞬だけ光を帯びた。
一体、何を? 変わった様子は何もないが……。
俺が体のあちこちを確認していると、「変なことしてねーよ」と、少し離れた場所から声が飛んできた。
視線を向けると、片手をひらひらと振りながら、マルグリットの後ろ姿が森林の奥へ消えていった。
「なんだろうな、ありゃ」
俺は呟いた。あれも、バフの一種だろうか。
冒険者カードをそっと確認してみる。アリサのバフはすでに消えていた。
【佐伯 修司 ★★★★★】
ランク:R
レベル:99
体力 :B 4,712
攻撃力:A 7,084
魔力 :C 2,832
耐久力:C 2,945
魔防 :D 1,519
敏捷 :B 4,890
幸運 :C 2,194+小吉
特典 :A
……?
何か、変な文言。
幸運値はクリティカルヒットの発生率や、即死系魔法のかかりやすさに影響する――
地味ながら、侮りがたいステータスだ。
ドイツ人なのに「小吉」というのも、どうにも釈然としない。
日本仕様に合わせて、精霊が自動変換でもしたのだろうか。
いずれにしても、“凶”ではないということは、悪い兆しではない。
……たぶん。
俺が考え込んでいると、梨々花がぽつりと呟いた。
「クラリスさんの戦いも見てみたかったわね。
最強の戦闘魔法使いに、聖剣エクスカリバー……。世界は広いわ」
由利衣が笑顔で応じる。
「そのうち、合同攻略とかあるかもしれないじゃない。
アリサさんとまた会えるの、楽しみだなー。
私の銃の威力も、どれくらい上がるんだろ」
合同攻略が実現するかは分からない。
それにしても、これまで水面下にいたSSRが、こうも連続で姿を現すとは――。
おそらく、梨々花のSSR宣言がひとつの引き金になったのだろう。
日本だけが注目を集める状況を、他国が看過するはずもない。
そうした政治的な“力の均衡”が働いているのだ。
その意味で、欧州との協力にも、冷徹な駆け引きがつきまとうはず。
――とはいえ。
しがらみを離れれば、同じ未知のダンジョンに挑む魔法使い同士だ。
特にアリサは、年齢やレベルが近いため、これから三人と切磋琢磨して高め合う存在になるかもしれない。
お互いに刺激になり、成長を促す関係になれるなら――それでいい。
近いうちに、また会うだろう。
その時は、彼女もうちのメンバーも、さらに強くなっているはずだ。
そして気持ちを新たに、俺たちは攻略を再開した。
***
迷いの森エリアは、出口まであと少し。
山本先生の魔力ロープはまだ維持されていた。
狼の襲撃に一瞬動揺したようだったが、さすがはベテラン冒険者だ。
そして、配信を再開するにあたりコメントを確認すると――
『最強ネキ降臨!!』
『あの目つき悪いの、どっかで見たな』
『銀髪の娘、マジ妖精……守りたい』
などの書き込みが並んでいた。
……リュシアンが男だと分かったら、どうなるんだろうな。
彼らの性癖を、少しばかり歪めてしまったかもしれない。
政臣がナレーションを入れる。
「皆さん、お待たせしましたー!
クラリスさんの登場、びっくりでしたねー。詳細は秘密なんです、ごめんなさい。
でも、そのうちサプライズあるかも!?
では、第二層攻略、引き続き行ってみましょう!!」
そう言ってカメラがこちらを向く。
三人と山本先生の笑顔が映る中、おじさんだけが微妙な顔をして絵面を汚していた。
やがて抜けると、第二層・第八フロア。
手元の地図、山本先生のロープ、そして由利衣のマッピングを照合する。
どうやら由利衣のオートマッピングは、迷いの森のルートを記憶してくれていた。
「本当に便利だな。帰還時も検証して問題ないようなら、次回からは迷いの森エリアはずいぶん楽になる」
俺がそう言うと、由利衣はにこにこと満足げな顔。
みなを見渡して、本日の方針をあらためて確認する。
「今日はボスの手前までのルート確認だ。
まだレベルは上げておきたいからな。モンスターの巣なんかも攻略したい。
それと……」
言いかけたとき、梨々花が手を挙げた。
「第八フロアの森の賢者からのドロップアイテム……ですよね」
俺が頷くと、政臣のスマホが震えた。
コメントを見ると、この配信を観ている冒険者のトラウマを抉っているようだ。
『森の賢者!! う……頭が!!』
『あのドロップ、渋いだろ』
『普通にレベル上げたほうがいいって』
『リリカ様ああああああああああああああ!!』
お前らの気持ち、分かるぞ。
しかし第二層に来たら、試しておくのも悪くないのだ。
「まあ、ドロップできたら儲けものだ。
軽い気持ちでいこうか」
俺は肩をすくめて答える。
そして、いっそう暗さを増した森の中へと足を踏み入れていくのだった。




