第30話 欧州SSRチーム
俺たちパーティは、迷いの森を慎重に進んでいた。
時折立ち止まり、方角と足跡を確認する。
由利衣のマッピングは順調。
山本先生が張った魔力ロープとの照合でも、位置のずれはほとんどない。
この精度なら、実戦投入もいけるな。
「これはいいな。
素材の採取エリアや罠の位置なんかも記録できたら、さらに攻略の役に立つんだが……」
軽い冗談のつもりだった。
だが由利衣は少し考え込み、唇に指をあてて「うーん……」と唸ったあと、
あっさりと答えた。
「そうですね。できるようにします」
まるで「明日から対応します」とでも言うような調子。
女教皇の魔眼能力は、回復と絶対防御――だったはず。
派生機能の方が、どんどん高性能になっている気がする。
そして、このエリアに足を踏み込む前、結界レーダーが人間の反応を捉えていた。
その数は四。
魔力の大きさから、由利衣の評価ではかなりの実力者だという。
それが、徐々に近づいている。
俺はすでに短刀・飛燕を抜いていた。
怪しい動きがあれば、即座に斬る──それだけの危険は想定しておかなくてはならない。
俺から立ち昇る魔力を見て、来奈は明らかにビビっていた。
もしこちらから仕掛ける状況なら、魔力を極限まで抑えて研ぎ澄ますところだ。
だが、今は威嚇の意図もある。
背後から由利衣の「来ます」の声。
と、同時に向こうから声がかかった。
「戦闘の意思はない! 武器をおさめられよ!」
あらわれたのは女性四人組。
先頭に立つのは金髪碧眼のキリリとした表情の美女。
西洋鎧に身を包み、ため息の出るようなブロンドヘアをなびかせている。
まるで絵画から飛び出してきたような女騎士だ。
その後ろには、若い騎士。
うちの三人と同世代くらい。肩までのオレンジがかった髪に水色の瞳。
いかにも元気満点。敵意がないことを示すようにニコニコしている。
向こうも、こちらの編成を見て安心しているようだ。
三人目は、小柄で大人しそうな少女。中学生くらいか。
銀髪のショートカットに水色の目、聖職者めいたローブ姿。
先頭の女騎士の背後に隠れるように、モジモジとしている。
最後は……俺をめちゃくちゃ睨んできている。
金髪で緑色の目。整った顔立ちだが目つきが鋭く、いかにもガラが悪い。
Tシャツにウインドブレーカー、下は短パンとスパッツ。そしてスニーカー。
近所に買い物にでも行くような出で立ち。
リーダーと思しき女騎士が、口を開く。
「我々は第二層攻略中の冒険者パーティ。所属は……欧州合同チームだ。
貴君らは?」
相手が名乗った以上、こちらも応じるのが礼儀だ。
俺は魔力を抑え、静かに答えた。
「俺たちは日本のパーティだ。同じく第二層攻略中。
こちらとしても戦闘の意思はないが、正体がわからない以上は警戒の必要があった」
その言葉に、女騎士は頷く。
そして、俺の後ろの三人を見てふと気づいたようだった。
「そうか……日本のSSR。ここで訓練中とは」
次の瞬間、後方の若い騎士が大声を上げた。
「あーー! 知ってる! 私もチャンネル登録してるんだよ。
いいなー。私たちも配信やろうって言ってるのに、クラリス先輩がダメだって」
「アリサ」
女騎士がじろりと厳しい目線を向ける。
「我々はいまはパーティだが、それぞれ所属は異なる。
四か国の意見をまとめるまでは軽々しく配信などできないのだ。
何度言ったら分かるんだか……」
言われたアリサは頬を膨らませた。
「ええー。私の国は別にいいじゃんって感じですよ。
リュシアンだって、ねえ?」
そういって銀髪に声をかける。
リュシアンと呼ばれた少女はこくりと頷くが、一言も発しない。
そこに、ガラの悪い金髪が割り込んできた。
「アリサ。お前はあいかわらず適当だな。
まあ、あたいも別に構わないんだけどさー。この脳筋が固いっていうかー」
八重歯をのぞかせながら、不敵に女騎士――クラリスを見やる。
「ですよねー。マルグリットさん。
じゃあ、多数決で配信やっちゃいましょう! ねっ!
日本の皆さんもチャンネル登録よろしくで!!」
クラリスは苦々しく、アリサを睨んだ。
俺たちは反応できず、ただやり取りを見守っていた。
その中で、梨々花が一歩前に出て切り込む。
「クラリスさんって……イギリス代表の?
レイド戦、世界ランク五位ですよね。どうしてこんな低層に?」
――そう。俺も気づいてはいた。
★4のランクSR。戦闘魔法使いとしての技量は、麗良を凌ぐ。
現在、世界最強と目される存在だ。
もっとも、レイド戦の順位は個人の力量ではなく、チーム全体の総合力で決まる。
クラリスがどれほど卓越していようと、イギリスはチームの層が薄い。
……そして日本は、そのさらに下。
クラリスは、言いづらそうに口元をゆがめた。
この手の話には政治が絡む。
個人が軽々しく口にしていい内容ではないだろう。
だが、向こうには、うちの来奈に匹敵する能天気がいた。
アリサが嬉しそうに声を上げる。
「クラリス先輩、欧州チームの強化に付き合ってもらってるんです! なにしろ私たち――」
「あーーーーーーーーーーーーー!!!」
その言葉を、クラリスの絶叫がかき消した。
場が一瞬、静まり返る。
クラリスはひとつ咳払いをしてから、政臣の方をチラリと見た。
「……すまないが、配信は遠慮してもらえないか。
これは大事な話なんだ。頼む」
俺は政臣に目で合図を送った。
政臣は即座に察し、適当なアナウンスを入れてカメラのスイッチを切る。
カメラのランプが落ちたのを確認すると、クラリスはわずかに表情を引き締め、俺の目を見据えた。
「貴君が指揮官か?
日本にもこれだけの魔法使いがいたとはな。なぜレイドに出てこないのか。
……まあ、それはいい」
腕を組み、数秒の思案。
小さく息を吐き、彼女は続けた。
「日本政府には、近く正式に通達する予定だ。それまでは内密に願いたい。
我々もSSRだ。ただし、一般公表する予定は今のところない」
淡々とした口調のまま、クラリスはパーティメンバーを紹介する。
クラリス・ヴィエール、イギリス代表。
アリサ・グランフィール、イタリア代表。
リュシアン・ベルナ、フランス代表。
マルグリット・エルンハルト、ドイツ代表。
そして、次に核心に踏み込んだ。
現在、欧州主要各国は連帯して魔法使いの強化育成に取り組んでいる。
その中で、SSRを集めたトップチームを編成し、世界に対抗できる戦力へと育て上げる――それが彼女たち“欧州合同チーム”の目的だ。
とはいえ、クラリス以外の三名は、まだ魔法使いとしての経験が浅い。
加えて、リュシアンとマルグリットの魔眼は戦闘向きではないという。
そこで、各国はイギリスに対し、クラリスの参加を要請した。
「一国の利益よりも地域全体の安定を」――その圧力に抗しきれず、イギリスは渋々承諾したらしい。
そこまでの極秘情報を、よくもここまで平然と口にするものだ――と思っていると、クラリスはさらに言葉を重ねた。
「日本にも、近く参加を持ちかける予定だ。
もっとも、サブパートナーとしての立場になるだろうが」
SSRの戦闘魔法使いがクラリスとアリサの二名のみだとすれば、
日本の三人の戦力は、確かにパワーバランスを保つために喉から手が出るほど欲しいカード――。
その狙いが透けて見えた。
そこへ、マルグリットがクラリスの言葉に茶々を入れてくる。
「そこの脳筋の能力だって、別に戦闘向けじゃないんだけどなー。
どうしてこう、クセの強いのが集まったんだか」
アリサも悪びれずに同意した。
「ですよねー。クラリス先輩、フィジカルお化けなんで、そもそも魔眼いらないんじゃないかって思いますけど。
あの知的な能力、あんまり似合ってないし。リュシアンもそう思うよね?」
振られたリュシアンは、困ったような顔でモジモジしている。
クラリスはこめかみをぴくりと動かしたが、後ろの会話をあえてスルーする。
来奈が、興味津々といった様子で乗ってきた。
「へぇー、どんなやつなの? あたしたちのは知ってると思うけど。
他の魔眼なんて、ワクワクするじゃん!」
アリサが「それがね――」と口を開きかけた瞬間、クラリスが低い声で制した。
「……それは、追々。申し訳ないが」
それは当然だ。
日本と正式に合意してからでなければ、明かせるはずがない。
そのとき、由利衣の声が静かに響いた。
「……います。二百メートル先に。これは狼ですね。十五体」
山本先生の肩がピクリと震えた。
先日の記憶が蘇ったのかもしれない。
アリサが感嘆の声を漏らす。
「動画で見たけど、本当に分かるんだ。すごーい」
俺の目から見ても、クラリス以外の三人は確かにまだ発展途上。
この森の巨大生物に対抗できるほどの実力は、いまのところ感じられない。
事実、リュシアンはアリサの袖を不安そうに掴み、離そうとしなかった。
アリサはニコッと笑いかけ、軽く肩を叩く。
「大丈夫だって。みんなで戦えば平気。男の子でしょ?」
……どう見ても美少女なんだが。
男だったのか。
そう思っていると、クラリスが静かに腰の大剣を抜き放った。
世界で最も有名な剣――。
――魔導ギア・聖剣エクスカリバー。
第二層のモンスター相手には、オーバーキルもいいところだ。
だが率いる三名の戦力に不安がある以上、クラリスが全力で叩くしかない。
パワーレベリングでアリサたちのステータスを底上げしていく、そういう作戦だろう。
他国の方針に、あれこれ口を挟む気はない。事情も異なるのだから。
ただ、俺はうちの三人には地道に実戦を積ませていく――そういう泥臭い派、というだけだ。
そんな思考にとらわれていたところ、ふいにアリサを中心に熱風が吹いた。
心臓がドンッと力強い音をたて、瞳が大きく揺れた。
クラリスは「必要ない」と静かに言うが、アリサは意に介さない。
「そりゃあそうでしょうけどー。パーティの仲間じゃないですか!」
……なんだこれは。
心の奥底から湧き上がる、この鼓動の高まり。
魂に火が付いたように揺さぶられる。
見ると、さっきまで能天気に笑っていた少女から、圧倒的な魔力のオーラが立ち上っていた。
「なに!? なにこれっ!? 力が湧いてくる!
茜ちゃんのバフよりも、ぜんっぜん強烈なんだけど!!」
来奈が驚愕の声を上げると、マルグリットがニヤリと笑う。
「まーな。こいつ、これだけはすげーんだ。
アリサの気合い注入後に競馬行くと調子よくてさー。
あたい、日本のパチンコも行ってみたいんだよな」
俺は懐の冒険者カードを取り出して、ちらりと見る。
【佐伯 修司 ★★★★★】
ランク:R
レベル:99
体力 :B 9,999
攻撃力:A 9,999
魔力 :C 8,496
耐久力:C 8,835
魔防 :D 4,557
敏捷 :B 9,999
幸運 :C 6,582
特典 :A
一番低い魔防値の元が1,519だから――単純にステータス三倍。
でたらめなバフだ。
アリサ個人の技量はまだこれからだとしても、パーティ全体の戦力を底上げする、極めて貴重な存在。
……これは、欧州勢もあなどれないな。
アリサはニコニコと俺たちに笑いかけてくる。
「私の魔眼は“力”(The Strength)。
日本のSSRとも仲良くしたいんだー。でしょ、クラリス先輩?」
「……勝手にしろ。私の能力は明かさないからな」
苦虫を噛み潰したようなクラリスの顔。
あっちもあっちで大変だな……。
俺はクラリスの心労を思い、思わず口角が引きつっていた。




