第02話 再デビュー
俺はタブレット端末の画面を眺めながら考えをまとめていた。
視聴者数――十二。
チャンネル登録者数――四。
コメント数にいたってはゼロだ。
しかし、そんなことはどうでも良かった。
問題は、彼女たちの肩書きだ。
SSR。
魔法使いの最高クラス。
いや、あまりにも希少すぎて、実在そのものが疑われるレベル。
日本にいたのは、かつて卑弥呼ただ一人。
いまや伝説として語られるだけで、真偽を確かめる術もない。
それが――同時代に三人。
俺は口元を歪めて、麗良に問いかけた。
「……冗談だろ? SSRなんて出た日にゃ、世界がひっくり返るぜ。
だったら、何でニュースになってねえんだよ」
言いながら、我ながら愚問だと思った。
SSRは世界で最大二十二人しか存在しないと言われている。
そんな希少種を軽々しく公表すれば、他国や犯罪組織が黙っているはずがない。
勧誘、拉致、暗殺――あらゆる手を使ってくる。
実際、各国のSSRの存在は都市伝説の域を出ない。
唯一の例外が、アメリカのリスティア・フェレナ。
世界的アーティストにしてスーパーセレブ。
彼女だけが「自分はSSR魔法使いだ」と堂々と名乗りを上げている。
もっとも、その能力はベールに包まれたままだが。
SSRは他と一線を画す存在。
通常の魔法使いが「精霊の力を通すパス」だとすれば、SSRは精霊そのものを宿す。
精霊を眼に宿す“魔眼”。
魔眼専用のスキルは、天変地異すら引き起こす神域の力。
小国でもSSRひとり抱えれば、超大国と並び立てる――。
……というのが冒険者の間で共通する知識だ。
もっとも、最後には必ず「かもしれない」がつく。
実際に確かめられたことなど、一度もないのだから。
麗良は俺の表情を見て、笑みを崩さずに言った。
「これは極秘中の極秘です。
……いや、ちがうな。もうすぐ“極秘だった”になる。公表する気らしいんですよね」
俺は顔に「?」を浮かべたまま黙っていた。
麗良は肩をすくめると、続けた。
「先輩も知っての通り、動画配信は国庫を潤すんです。
だから――“SSR”で全世界の注目を集めて、日本をソフトパワーで押し上げよう。
……そんな話が持ち上がったんです」
どこのどいつの企画だ、と頭が痛くなった。そこへ、さらっと爆弾が投げ込まれる。
「これは高柳総理の肝入りです。
SSR三人娘を育てて、世界に羽ばたくスーパーアイドルに――“日本の萌えが精霊を震わせる”、だそうで」
最後のキャッチは、さすがに気恥ずかしそうだ。
俺はこめかみを押さえつつ訊く。
「……それ、本気で言ってんのか」
麗良は視線を逸らし、ぽつり。
「アイドル云々はともかくとして、あの子たちを見てどう思いました?」
どうもこうも。まるで話にならない。
もっとも、SSRでも低レベルならあんなものか。
――が、ライナと呼ばれていたショートカット。
攻撃は空振り続きだったが、最後の反応速度は本物だ。リリカの火球を紙一重に避けた。並の魔法使いなら顔面が吹き飛んでる。
リリカも、だ。
あの杖は確かに威力を底上げするが、低レベルの火炎としては速度も攻撃力も段違いだ。
ユリィは、立っていただけ。評価不能。
俺は軽口で応える。
「どうだろうな。星1、レベル1って前提なら……化け物に育つ可能性はあるんじゃねえの?」
さらっと流すつもりだったが、麗良は食いつく。
「ですよね。だからこそ、先輩に面倒を見て欲しいんですよ。
……あの子たちの魔眼の能力知りたいですか?」
別に、と言い出す隙も与えずに麗良のプレゼンが始まった。
ライナ――入江 来奈。
SSR「星(The Star)」:超人的な身体強化。極めれば物理法則すら無視し、剛腕で世界をねじ伏せる。
リリカ――桐生院 梨々花。
SSR「魔術師(The Magician)」:火・水・風・土の四大元素支配。SSRの中でも最強格。
ユリィ――黒澤 由利衣。
SSR「女教皇(The High Priestess)」:回復と絶対防御。日本が何よりも欲する国防の要。
……なるほど。
トリッキーな技はないが、攻防揃ったバランスの良い組み合わせだ。
「へえ。そいつは……育ったらレイド戦が楽しみだ。最近落ちてるし」
言ってから、しまったと思う。麗良の顔が曇る。
レイド戦とは、ダンジョン内で不定期に開催される超巨大モンスター討伐。
精霊からの通知で、各国から魔法使いがエントリーして挑み、その貢献度に応じてランキングが決まる。
上位者にはガチャ石や貴重なマジックアイテムがもたらされる。しかし、その実利以上に重要なのが“国の格”。
ネット再生数は三十億オーバー。広告収入と投げ銭額は国家予算レベル。
オリンピックやワールドカップにも匹敵する熱狂の国際イベントなのだ。
だが、日本の成績は低迷中。
国内トップの麗良ですら世界十一位。じわじわ順位を落としている。
理由は明白。
今の彼女はSR★3・Lv99。
強いが、世界はSR★4の領域に入った。
追いつくために「星を上げろ」――。
動画サイトでは、識者を気取る連中が好き勝手に言っている。
だが、星を上げればレベルは1に戻る。
麗良個人はまた積めばいい――問題は、その間の穴を埋める人材がいないこと。
ダンジョン攻略もレイドも落とせない状況で、トップの戦力が空くのは致命傷だ。
つまり、麗良が星上げできないのは彼女の怠慢じゃない。
後進が育っていない、この国の問題だ。
バツが悪そうな顔をした俺を見て、麗良はくすりと笑った。
「そうなんですよ。もっと頑張らないと。
本当は三人の育成依頼、私に来たんですけど、抜けられなくて……」
それはそうだ。
いくらSSR育成が急務でも、今の日本の要を外すわけにはいかない。
「……で、俺にやれと? もう引退して十年も経つオヤジなんだがな」
ブランクのせいだけじゃない。俺には人を育てるつもりがない。
それは麗良も知っている。
麗良は一瞬口ごもり、なお視線を逸らさずに言った。
「先輩の気持ちは分かってます。けど、SSRを育てられる人は本当に限られてるんです。
国外の名だたるコーチを招こうって話も出ました。でも……私が先輩の名前を挙げたら――松枝さんも推してくれて」
「松枝のじいさんか」
思わず目を細める。
懐かしさと一緒に、胸の奥に苦いものが広がる。
国内の魔法使いを管轄する魔導省の顧問で、ガキの頃から俺を鍛えた師匠。
……その名前を出されると、弱い。
だが。
「だけどな。俺は今の生活に不満はねえんだ。いまさら小娘のお守りなんて勘弁してくれ」
強引に話を打ち切ろうとした、そのとき。
麗良が、はあ……と深いため息をつく。
「そう言うだろうな、とは思ってました。
………………でも、これがあるんですよね」
バッグの奥から、青い封筒が出てくる。
魔法使い特別招聘通知――通称・青紙。
国家有事に魔法使いを強制招集できる、最後の切り札。
こんな時代錯誤が残っている主要国は、日本くらいだ。
海外から散々叩かれても廃止されなかった。
噂によると、「某企業の役員は招聘逃れのために、ヒマシ油を一気飲みして下痢で入院した」――なんてブラックな話もある。
マジかよ、と苦笑いしたものだ。
だが、目の前の封筒は笑えない。
そして麗良は、にこやかにダメ押し。
「ちなみに、国内のヒマシ油は全部政府が買い取ってて。いま、メーカーの株爆上がり中なんですよね。
私も買っときゃ良かったなー」
かくして俺は、会社を休職扱いのまま、齢三十八にしてダンジョン再デビューすることになった。




