第28話 宴の幕間
麗良は、日本代表として最後まで恥じない戦いを貫いた。
尾形を下がらせると、雷切に渾身の魔力を通し、ミアの火尖槍と正面から斬り結ぶ。
炎の槍を紙一重でいなしながら、迫りくる軍勢とも刃を交える。
セラの魔力が生んだ人造兵は、一体でさえ並ではない力を持つ――
魔戦部キャプテンの高坂でどうにか拮抗できるか、といった手合い。
それが、何百。
数の暴力は、技量をも呑み込む。
麗良が一体を斬り伏せた刹那、ミアの炎弾が横合いから叩き込まれた。
烈火に弾かれ転がる麗良を、三百六十度――あらゆる角度から小銃の銃口が取り囲む。
それでも、降参の二文字は口にしない。
セラはその様子を静かに見つめ、ひとつ、浅く息を吐く。
次の瞬間、日本側陣地の水晶球へと身を翻し、青龍偃月刀を一閃。
硬質な破砕音が闘技場全体に広がり――試合終了。
勝負にすらならない、一方的な蹂躙。
観客席は、どよめくことすら忘れたまま、成り行きを見届けていた。
***
中国代表の二人が、SSR魔法使いでありながらSRとして登録していたことは、特段問題視されなかった。
セキュリティ上、軽々しくSSRと明かすわけにはいかないのは理解されるところだったからだ。
──本人がバラしてしまっては、元も子もないのだが。
来賓のアメリカ合衆国大統領、ベアトリスは、勝者に惜しみない賞賛を贈った。
「若き魔法使いたちの台頭こそ、この世界を前へ進める原動力となりましょう。
精霊の祝福を受けたふたりのSSRに、ふさわしい栄誉が授けられることを願います」
柔らかな声でそう言い、観客席を見渡す。
その言葉をきっかけに、静まり返っていた観衆は再び熱を取り戻した。
割れんばかりの拍手と歓声が、中国代表の二人へと降り注ぐ。
セラは恭しく、一国の元首に礼を尽くす。
一方のミアは、あくまで挑発的な笑みを崩さない。
マイクに拾われぬほどの小声で、ベアトリスに囁いた。
「ねえ、大統領閣下もSSRなんでしょ?
バトルはやらないって聞いたけど、どんな能力なの?
ちょーっとだけでも、教えてよ」
ベアトリスはその挑発に乗らず、微笑みだけで応じた。
その表情は気品と慈愛に満ち、一切の揺らぎを見せない。
だが。
ミアは見た。
ベアトリスの瞳に、ほんの一瞬だけ宿った黄金の光を。
「……へえ、なるほど。これが“太陽”。
何が“バトル向きじゃない”んだか」
小さく呟き、差し出された手を握る。
そのあとミアは、一度も彼女の瞳を見ようとはしなかった。
こうして、親善試合は幕を閉じた。
***
青ざめた山本先生を、俺はなだめていた。
アナウンスでは「命に別状なし、回復魔法続行中」と告げられている。
ここにいてできることは何もない。
「……すみません、佐伯さん。取り乱して。
尾形先生、あんな血まみれで……」
彼女は震える手で俺の腕を掴んだ。
無理もない。
魔法使いは魔力循環によって、常人よりも頑丈で回復も早い。
それでも――銃撃を受けたとなれば、不安になるのは当然だ。
「私、血とか苦手なんです。
大人なのに、生徒の前でみっともないですね……」
おどおどとした顔。
だが、さっきまで「血を見せろぉぉ!」と絶叫していたような気もする。
……ミステリアスな人だ。
そこに、昼間聞いた声がかかる。
「いやあ。残念でしたね。
僕も日本人としては、少々複雑な気分です。いやはや……」
振り向くと、九条がいた。
相変わらずの穏やかな笑み。
昼間は指一本動かせなかったが……。
この場所なら、やつが現れてもおかしくはない。
警戒はしていた。
だからこそ、心を落ち着ける。
――いざというとき、こいつらを守れるのは俺しかいない。
九条は、その思考を見透かすように目を細めた。
――そんなに身構えなくても、なにもしませんよ。
そう言いたげな余裕の笑み。
来奈が興奮気味に話しかける。
「そりゃあ、あたしだって麗良さんと尾形先生を応援してたけどさ!
でも――セラ選手とミア選手!!
あんな実力見せられたら、思わず惹き込まれちゃったよ。カッコ良すぎるっしょ!」
無垢な感嘆。まさに来奈らしい。
九条は穏やかに頷く。
「ええ。彼女たちは、僕の教え子なんですよ。
といっても、もう教えることなんてなくてマネージャーみたいな立場ですけどね。ははっ。
それでも、成長していく姿を見るのは、嬉しいものですよ」
師匠から九条の行方が知れなくなったと聞かされてから八年――
どういう経緯かは知らないが、国外でSSRの育成とは。
そのとき、梨々花が小さく喉を鳴らした。
迷いながらも、意を決して口を開く。
「……あの。九条さんは、先生と昔からのお知り合いなんですよね?
同じパーティだった……とか?」
「おや?」
九条が、まるで愉快な玩具を見つけたように声を上げた。
「佐伯さん、何も言っていない?」
そう言いながら、ゆっくりとこちらに視線を向ける。
感情のない瞳の奥で、冷たい計算の光が揺れていた。
「僕は同じパーティではありませんが、親しいものがね。その関係で佐伯さんとも」
梨々花に穏やかに言葉を向けながらも、探るような声音。
「充分ご存じでしょう? 佐伯さんはそりあ強かった。あのときなんてもう……」
「九条」
俺は静かに名を呼ぶ。
九条は一瞬言葉を止め、静かに口角を上げる。
「そんなに謙遜しなくてもいいでしょう。
第七層のボスの撃破は佐伯さんの功績。
あれ以来、日本は第八層で十年も足踏みしている。
あなたが引退してしまったのは――国の損失ですよ」
その言葉に、政臣が思わず声を上げた。
「えっ、第七層って……!
攻略記録は非公開だから知らなかったけど、佐伯さん、そんなすごい人だったんですか!?」
九条は、わざとらしいほど大げさに頷く。
「ええ、そうなんですよ。
それなのに――教え子たちにも黙っているなんて。
まったく、慎み深い人だ」
最後の言葉に密かな含み笑いを乗せる。
だが、政臣は気づく様子もなく、ただ素直に感嘆の声を漏らした。
梨々花が「その……」と声をかけかけた瞬間。
九条の上着のポケットから、着信音が鳴った。
「失礼」
九条は穏やかに断ると、スマホを取り出し、俺たちに背中を向けて小声で何事かを話しはじめる。
やがて通話を終えると、ふう、と息を吐き、肩をすくめる。
「……どこで油を売っているんだ、と怒られてしまいました」
軽い調子で笑いながら、視線をこちらに戻す。
「佐伯さん。またお会いできるといいですね。
それと――日本の希望、SSRのお嬢さんたちとも」
優しげな微笑。だが、目の奥は相変わらず笑っていない。
来奈が元気よく手を上げる。
「なーんだ、おじさん。やっぱ知ってたんじゃん!
セラ選手とミア選手にもよろしく!
“いずれあたしたちがリベンジするから”って伝えて!」
九条は目を細め、柔らかく頷く。
「それは……僕も楽しみにしていますよ」
そう言って、踵を返し、観客席の群れに紛れて消えた。
***
その夜、学院の寮に戻り、ようやく息をついた。
低いテーブルの前に腰を下ろし、肘をつく。
――昼間は迂闊すぎた。
九条はずっと俺の動きを探っていた。今後は外出を控えねば。
ダンジョン内は、配信している限り──大丈夫だろう。慎重で、機会を得るまで静かに待つ……そういう男だ。
九条もSSRを育てている。
目的は俺への復讐……では、ないだろう。
やつの個人的な思惑で動くような国じゃない。
それに、引退した俺に興味を失っていたとでも言うようなことを、口にしていた。
だが、やつに図らずも機会が訪れたのは事実。
俺が手塩にかけた三人――日本の最後の希望。
それを堂々と国際舞台で叩き潰す。
二度と立ち直れないほどに。
……楽しみで仕方ない。
あの目がそう語っていた。
憂鬱な気持ちで食堂に向かうと、案の上、三人が待ち構えていた。
由利衣が、ふわりと笑いかけた。
漂う紅茶とコーヒーの香り、そしてその表情が心を解きほぐしていく。
「あ、コーチ。わたしたち、作戦会議してたんです。
セラさんとミアさんと試合したら、どうなるかなって」
俺が曇った顔をすると、由利衣はわざと頬を膨らませる。
「そりゃ、いまやったら勝負にならないです!
でも、来奈と梨々花とわたし、これから強くなるんですから!」
その言葉に、思わず口元が緩む。
確かに――あのセラとミア。“皇帝”と“戦車”の魔眼は脅威だ。
だが、“星”と“魔術師”、“女教皇”が引けを取っているとは、俺には思えなかった。
来奈が声を弾ませる。
「あたしがかき回して、梨々花の魔法がドカーン! って相手の軍団に炸裂!
こっちは由利衣がいれば安心でしょ!」
能天気な笑いに、思わず苦笑が漏れた。
「なんだそりゃ。作戦も何もないな」
だが――その無邪気さが、妙に救いだった。
腹を括るしかない。
そう思ったとき、梨々花の視線に気づいた。
「いつか、話してくださいね……」
一瞬言葉に詰まる。
だが、その真剣な眼差しに、思わず頷いた。
梨々花はそれ以上は何も言わず、来奈たちへ視線を戻す。
「梨々花、どしたの?」
不思議そうな顔の来奈。
由利衣が、「いいから……」と小声で笑い、話題をベアトリスの麗しさへと変える。
俺はその様子を静かに眺めながら、彼女たちが繰り広げるであろう戦いに思いを馳せていた。




