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第23話 森の中の危機

土曜日は、ダンジョン攻略の日。


期末テストが終わった開放感――など、微塵もない。


そもそも、政臣は元・大学生だ。

その政臣に答案を書かせて、自主魔力集中していた来奈と由利衣。


……舐めてるとしか思えない。


唯一、梨々花だけは真面目にテストを受けていた。

そこは素直に感心する。魔法使いになる前の学校では、常にトップ層だったらしい。


「王国を築くためには、文武両道でなければならない」

それが彼女の信条だ。


入江来奈――ガチ戦闘民族。

黒澤由利衣――ガチ戦闘民族。


そして桐生院梨々花は、より進化したガチ戦闘民族だった。


それはそれとして。


先週は俺が手本を見せたが、今日からは彼女たち自身が攻略の主体。

一瞬の油断が命取りになるのが、ここ第二層。慎重に進める必要がある。


「やり方は先週と同じだ。黒澤の広範囲索敵を五百メートルごとに展開。

移動中は進行方向を重点的に警戒。

戦闘に入ったら、入江と桐生院は事前練習どおりに対応。

黒澤は上空と地中からの敵を射撃で迎え撃て。――いくぞ」


歩を進める俺たちに、森林のモンスターたちは容赦がない。


由利衣は襲いかかる人間サイズの蛾を射撃で撃ち落とし、

来奈は大猿を拳の一撃で吹き飛ばす。

……ここまでは順調。


そのとき、由利衣が低く警戒の声を上げた。


「先方四百メートルに、大蛇の群れ。……数、四十六」


由利衣は一度遭遇した敵の魔力反応を記憶し、それをもとにレーダー精度を高めていた。

普通科目の成績は振るわないが、戦闘センスは超一流なのだ。


しかし――多い。モンスターの巣か。


俺が迂回のサインを出しかけたそのとき、梨々花が一歩前に出た。


「レベルアップも課題のひとつですから。……行きましょう」


とはいえ、蛇に打撃は通じにくい。

来奈の拳も、由利衣の銃も、ダメージ効率は悪いはずだ。


懸念を口にすると、三人は顔を見合わせ、いたずらっぽく笑う。


「うまくいくかどうかは試してみないとだけどさ……あたしたちだって、いろいろ考えてんだよ」

来奈が妙に自信たっぷりな声で言った。


……どうやら無策ではないらしい。


俺は少しだけ逡巡したあと、彼女たちの自主性を尊重することにした。


「わかった。だが、俺がストップをかけたら即撤退。

それが条件だ。守れるか?」


三人は力強く頷いた。


――なら、行くか。


俺はフォーメーションの最後尾に立つ。

政臣はすぐそばでカメラを構え、慎重に歩を進めていった。


やがて、目視できる距離に大蛇の群れが現れる。

向こうもこちらに気づき、鎌首をもたげて捕食態勢を取った。


その瞬間――梨々花が杖を掲げる。

デモンズワンド。睡眠効果を持つ魔導ギアだ。


途端に、大蛇たちの動きが鈍る。

眠らせるのは確かに有効な手だ。

だが、どうやって攻撃を通すつもりだ?


梨々花は次に、来奈のグローブと由利衣の銃に手を置いた。

淡い魔力の光が、それぞれの武装を包み込む。


――エンチャント。付与魔術。


補助魔法を得意とするのは、魔戦部の犬養。

梨々花は本来、そういうタイプではない。


直接触れて互いの魔力を同調させ、属性を付与する。

理論上は可能だと教えたことがあるが、こうも早くに実戦で応用してくるとは。


来奈が群れへと駆け出し、拳を繰り出す。

風の刃が生じ、大蛇の首をまとめて刈り落とした。


由利衣の弾丸が大木のような胴に命中し、炸裂。

一体、二体――次々と破裂し、肉片が散る。


梨々花も杖を振るう。

風の刃が一閃し、蛇の首をサクリと切り落とした。

さらに追撃で頭を五枚に輪切り。


その後も、梨々花は杖で蛇を眠らせながら、

定期的に来奈と由利衣の武器へ属性付与を施していく。


どうやらエンチャントの持続時間は、まだ短いようだ。

だが相手が眠っているなら、これ以上ない練習台だ。


……考えたものだ。


そして、目覚める暇も与えず、群れを完全に制圧。


戦闘終了後、耳慣れたレベルアップサウンドが軽やかに響いた。


「どーよ、教官! あたしも斬撃飛ばせるんだっ!」

来奈が拳を突き出し、快活な笑みを浮かべる。


由利衣も頬を少し赤らめ興奮気味に言った。

「梨々花が、私たちの魔力に合わせてくれるから。

ほんとに、すごいんだよ」


……“魔術師”の魔眼。

四大属性を制するという看板に、偽りなし。


まだ完全覚醒していない段階で、これだけの能力を見せてくるとは――

あらためて、舌を巻くしかなかった。


そして、政臣がチェックしているスマホの画面を覗き込む。

コメント欄は概ね好評。

付与魔術は、冒険者の間でも珍しい部類だ。

とくに梨々花のような攻撃魔法主体のタイプが使いこなすのは難しい。


もっとも、本職の付与術師なら、遠隔で属性付与ができる。

直接接触が必要な梨々花のやり方は、戦闘中ではリスクもある。


しかし、間違いなく戦術の幅を広げる一手だ。


「正直、驚いた。これは今後、積極的に特訓していこう。

自分の武器に属性を乗せるのは、そこまで難しくはないんだが……」


俺は梨々花を見つめ笑みを浮かべた。


「いや――月並みな言葉だが、天才だな。付与術師以外でここまでの威力を出せるのは見たことがない」


俺は褒めるときは褒める主義だ。

梨々花は、そんな真正面からの賞賛を受けるとは思っていなかったのだろう。


一瞬きょとんとしたあと、照れたように「はい」とだけ呟いて視線を落とした。


……まったく、たいした成長速度だ。


だが、

「俺がお役御免になる日も、そう遠くないな」


思わず漏れた独り言に、梨々花の瞳がわずかに揺れた。


「……私たちが強くなったら、いなくなっちゃうんですか?」


来奈と由利衣も、じっとこちらを見つめている。


褒め言葉のつもりだったんだけどな。


俺は何気ない風を装って言った。

「まあ、上位冒険者にも負けない実力になるまではな。お前たちなら、すぐだ」


その瞬間、梨々花の頬を一筋の涙がすっと伝った。


いずれ師匠の庇護を離れ、自分の力で戦う――それは冒険者にとっての栄誉だ。

だが、目の前の梨々花の涙は、どう見ても嬉し涙ではない。


……それくらいは、分かった。


そのとき、政臣のスマホがけたたましく振動した。



『オッサン、呪殺すんぞゴルァ』


『デリカシーのない中年ってサイッテー!!』


『リリカ様ああああああああああああああ……』



どうやら、世間一般の価値観は違うようだった。


俺は頭をかきながら三人を見る。

「あれだ……いずれは、ってことだ。先のことより今は集中だろ。夏休みに入ったら本格的に攻略に入る。今日は“戦闘に慣れる”を徹底していこう」


これ以上何か言えば、墓穴を掘りそうだった。

俺は小学生の頃からダンジョンと戦闘訓練。思春期の機微というやつは、知らないわけじゃないが実感がない。


目の前の三人は、ついこの間まで普通の高校生。

戦闘魔法使いとしての訓練に熱心でも、俺とは素地がまったく違う。


――もう少し、慎重にならないとな。


三人は何も言葉を発しなかった。

梨々花は、じっと俯いたままだ。


その沈黙の中で、政臣がボソリと俺の耳元に囁いてきた。


「佐伯さん……空気、悪いですよ。配信だって……盛り上げていかないと」


そう言いながらも、政臣自身いつものテンションではなかった。

さすがに、そこまで空気が読めない男でもないらしい。


まいったな。

この第二層は、甘くはない。

集中を欠いて挑めば、すぐに巨大生物の餌食だ。


もちろん、ときにはメンタルがどうであろうと踏ん張らなければならない局面もある。

だが――いまは違う。

無理にやらせても意味のない精神論だ。


「……今日はここまでにしよう。夏休みで充分取り戻せるさ。政臣、悪いが締めてくれ。頼む」


政臣の締めのナレーションで配信は半ば無理やりに終了した。


由利衣に指示を飛ばす。


「黒澤、索敵を開始。帰還も油断せず頼む」


由利衣は梨々花をちらりと見てから、無理に明るく声を張った。

「そうですよね! 帰るまでが攻略ですから!」


表向きは平常通りに索敵を開始する。


「……百メートル先……上空に群れがいます。数は二十……いえ、二十五。種別は未確定」


――ここはフロア1だが、入口からはずいぶん離れている。できるだけ最短で帰還したい。


俺は頷き、由利衣から視線を外して来奈と梨々花に向き直る。


「わかった。俺が対処する。入江と桐生院は後方に下がってくれ。陣形を維持だ」


すると梨々花が、俺の前に出た。


「今日は私たちの自主攻略ですよね。いいです、やりますから」


言い切るように前へ進み、伏せ目がちに俺の脇をすり抜ける。葉を踏む湿った音が森林に小さく響いた。


俺は振り返り、その背を強い調子でたしなめる。


「おい、待て! 勝手な行動を取るんじゃない」


ずんずん進む梨々花に追いつき腕を掴むと、バッと振りほどかれた。彼女は振り向かず、ぽつりと呟く。


「……私たちに強くなって欲しいんでしょ。そうしたら自由になれるんですよね」


震える声だった。梨々花ははっとして、自分の声音を恥じるように強く咳払いをする。

次の一声は、虚勢で上擦った。


「なんだって来たらいいわよ!! 全部倒して、解放してあげるんだから!!

どこにでも行けばいいのよ!!」


杖を構える。

その姿に、俺は一瞬だけ硬直したが、すぐ由利衣へ視線を送る。


――来る。由利衣が目で合図。

すでに銃を構えている。


耳をつんざく異音が森の静けさを裂く。


怪物が近づいていた。

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