第22話 学期末
新しい一週間が始まった。
俺は高坂に、冒険部の活動に集中したいので、魔戦部との合同練習は週一程度にできないかと相談した。
高坂は、話の分かる男だ。
いろいろと察して、理解してくれた。
……朝練だけは、容赦してくれなかったのだが。
山本先生が寮に越してきたことで梨々花は警戒していたが、魔戦部との練習が減ったことで、心の折り合いをつけているようにも見える。
そんなわけで、平日は次の土曜の攻略に向けて、配信動画の見直しと戦闘訓練を重ねていた。
「次の攻略も、先週と同じフロアだな。
俺が見せた手本をもとに、今度は自分たちでやってみるんだ。
失敗してもフォローするから、心配するな」
森林エリアの巨大生物は、初見こそ圧倒されるが、毒以外の特殊攻撃はない。
落ち着いて連携プレーで対処すれば、勝てない相手ではない。
フロア探索を続け、慣れてきたらモンスターの巣でレベルを上げる。
そしてボスに挑む――これが基本型だ。
来奈は、獣相手の動きを想定して「教官、変身してよー」とせがんできたが、一日子供の姿に戻るのは、もう勘弁だった。
その代わり、トラや大猿の動きをできるだけ模して組手してやることにした。
多少は役に立つだろう。
梨々花には、風魔法の斬撃に磨きをかけるよう指示。
展開速度と正確性を重点的に鍛えること。
そこで、一年生のSRランク魔法使い――熊耳日葵の協力を仰ぐことにした。
彼女の得意魔法は、召喚。
もっと正確に言えば、魔力の物質化だ。
意のままに操れる“使い魔”を形成し、戦闘や索敵に活かせる。
今の熊耳の実力では、同時形成は二体が限界。
だが、成長すれば数も増え、オート操縦も可能になるという。
召喚で形成できるものは、イメージ次第らしい。
試しに「空を飛ぶものを出せないか」と頼んだところ――
彼女が出したのは、プロペラ付きの小型ドローンだった。
昔なら鳥とかだったろうに。……現代っ子だ。
ドローン型の使い魔を飛ばし、それを的にして梨々花が風の斬撃を放つ。
小さく、動きの速い標的を魔力探知し、正確に撃ち抜く。
第一層ではそこまでの精度は要求されなかったが、ここから先は違う。
速度と精密性も、戦闘魔法使いにとっては重要な能力なのだ。
魔戦部との練習時間を減らしておいて、熊耳を借りるのはさすがに気が引けた。
だが、高坂はふたつ返事で了承。
俺が高校生のときには、ここまで気配りのできる男ではなかった。……大したものだ。
持ちつ持たれつ。
梨々花にも、そのあたりは理解してほしい。
とはいえ、彼女なりに思うところはあったようだ。
熊耳に魔力集中のコツを教えたり、同属性魔法の撃ち合い訓練を持ちかけ、空いている時間に相手をしてやったりしている。
「リリカ様〜、いきますわよ〜!」
熊耳の間延びした声が、校庭にのんびりと響く。
“リリカ様”という呼び方は――言わされているのか、自発的なのか、判断がつかない。
そして由利衣。
彼女の持つ銃の威力は、魔力値のステータスに依存する。
そして、その魔力値の評価は梨々花と同じくS。
将来的には、一撃必殺級の破壊兵器になるだろう。
通常射撃には属性は乗らない。魔力を純粋な物理攻撃に変換して放つ。
そして、普通の銃とは構造が違う。
弾丸を込める必要も、撃鉄を引く動作もいらない。
ただ引き金を引くだけ。
速射も可能だが、込める魔力量が落ちれば当然威力も落ちる。
その練習方法だが――。
由利衣は自身を中心に、上空も含め半径三十メートルの結界エリアを展開。
その内部に、俺は土魔法で形成した的をランダムに出現させる。
的が結界で捕捉された瞬間、ロックオン。
そして、引き金を引いた刹那に魔力弾が走る。
由利衣は一歩も動かない。
結界レーダーと連動した自動追尾弾が、背後の的すら正確に撃ち抜く。
最初は的ひとつ。
慣れてきたら、ふたつ、みっつ――と増やしていき、
練習三日目には、同時に十五個の的を三秒以内に撃ち抜けるようになっていた。
しかも、寝ながら引き金にかけた指を動かして命中させるという謎スキル付き。
射撃範囲と的の数を徐々に増やしていく予定だが……。
このまま行けば、入口に立ったまま階層内のモンスターを殲滅し、最奥のボスを撃ち抜いて攻略完了、なんてことにもなりかねない。
案の定、練習風景の配信コメントも、由利衣のだけ明らかにドン引きされている。
いちばん穏やかそうな子が、いちばんヤバいと。
しかも、プロフィール欄には「得意魔法は防御と回復」と書いているのだから、ますます意味不明だ。
次の土曜日は、索敵と射撃の実戦も兼ねてとなる。
こうして、SSRたち自身による攻略準備は進んでいった。
***
寮に戻ると、夕飯の準備が始まっていた。
魔戦部の活動から戻ってきた山本先生が、ジャージにエプロン姿ですでに働いている。
このあと期末テストの採点も残っているというのだから、教師の仕事もなかなか大変だ。
ザクザクとキャベツを千切りにし、それが終わると魚を三枚におろす。
ハッキリ言って、俺なんかよりずっと手際がいい。
最近は学食で鍛えられたおかげで下ごしらえには慣れてきたが、
大蛇の首を瞬時に切り落とすスキルは、ここではあまり役に立たない。
小林リーダーも、戦力が増えたことに満足そうだった。
後片付けと掃除は俺がやるから、仕事の続きをしてくれと促すと、山本先生は早めの食事をとって部屋に戻っていった。
――あれから、特に妙な動きはない。
普通にしていれば普通の人だ。
むしろ、あの年齢にしては炊事はテキパキしているし、できた人といえる。
……年齢は知らないが。
俺が食事をとるのは、生徒が終わったあと。
今日のメニューはアジフライ。俺はタルタルではなく醤油派だ。
心地よい音を立ててアジフライをかじりながら、ふと思う。
――期末テスト。それで、静かなのか。
あの三人も、教師の監視下でテスト期間中に堂々と夜遅くまで騒ぐほど無警戒ではない。
さすがにそれくらいの分別はあるようだ。
それなら部活も休みにしてくれてよかったのに。
俺の時代は、ダンジョンモンスターの生態や、ステータス評価別の伸び率を計算していた。
進路調査票は「冒険者」の一択しかなかった。
だが今は、普通科目が主体だという。
成績は大丈夫なんだろうか。
まあ……俺でも営業職はできていたんだ。
世の中、なんとかなるのかもしれない。
そんな考えに沈んでいると、鼻孔をくすぐるコーヒーの香り。
顔を上げると、山本先生がマグカップを手に、正面の椅子を引いていた。
さっきとジャージが違う。
ライムからピンクへのカラーチェンジには、何か意味があるのだろうか。
「お疲れ様です。佐伯さん」
お互いに軽く会釈。
山本先生は頬杖をつき、中年男の食事風景を静かに観察しはじめた。
……食べづらい。
俺は必死で話題を探す。
「そういえば、うちの冒険部のやつらの成績ってどうなんですかね。
勉強してる姿なんて見たことないんですけど。ははっ」
その言葉に、山本先生の表情がわずかに曇った。
「高柳くんは学年トップ、桐生院さんも悪くないんですけど……テスト時間中、高柳くんに答案を書かせて、入江さんは魔力集中。黒澤さんは熟睡していて」
予想はしていた。
だがSSRともなると、一挙手一投足が注目される。
戦闘民族だって、ある程度の学は必要なのだ。
俺が言っても説得力がまるでないが……。
「それは、すいません。
あの二人には注意しておきますので」
俺が頭を下げると、山本先生はふっと笑った。
「お願いしますね。
……それと、期末テストが終わったら夏休みですが。冒険部の活動はどうされるんです?」
夏休み。
学食は休業、寮は帰省組が多く、お盆期間の食事は仕出し弁当になる。
つまり――俺は自由を得るのだ。
……と言いたいが。
実際のところ、SSRの三人は“国家管理対象”。
まだレベルが低いうちは、身の安全を考慮して原則、学院の外には出られない。
当然、俺も。
そうなると、寝るか訓練するか、ダンジョン攻略するか。
選択肢は限られている。
であれば、この機会にステップアップも悪くはない。
「そうですね。高校二年生の夏休みはレベルアップのための大事な期間。
集中して第二層突破。第三層に慣れるところまでは行きたいと思っています。
第四層の難関モンスターに立ち向かえる力をしっかりつけたいですね」
学習塾の説明会のようなコメント。
山本先生はふんふんと聞いていたが、突如話題をずらしてきた。
「あの……。
尾形先生が、佐伯さんも大変だろうから、あまり長い期間は難しいけど……二〜三日ならSSRの警護を代わっていただけそうだって」
尾形は最近は攻略で出ずっぱりだったが、ようやくひと息つけるようだった。
その申し出は、素直にありがたかった。
久しぶりにパチンコにでも行きたい……。
そう思っていると、山本先生は爆弾を投げてきた。
「それで、私も魔戦部の強化のために頑張らないと……と思っているんです。
第三層の攻略に付き合っていただけないかなって。
もちろん――大人だけで」
最後のフレーズに、やけに力がこもっていた。
少しの間を置いて、山本先生は恥ずかしそうに続ける。
「私、この夏のために新しいジャージ買ったんです。見せるのは佐伯さんだけ。
第三層で二人きりのときに……」
俺は「はあ……」という言葉しか出てこなかった。
だが、二人というのはいささか危険だろう。いろんな意味で。
気を取り直し、恐る恐る言葉をかけた。
「あの。俺もけっこうブランクがあるので。
山本先生に何かあったら大変ですし。うちの子たちが第三層に行けるようになってから、一緒にということで……」
山本先生は拗ねたように口をとがらせた。
「もう。あの子たちだって大きいんですから。
たまには解放されませんか? お互いに」
何か妙な方向に話が転がっているな。
二人でダンジョン攻略なんて言ったら、あいつらがどんな反応することか。
――困ったな。
そう思っていると、高坂が食堂に入ってきた。
俺と視線が合う。山本先生は背中を向けたままだ。
「あっ、こんばんは。ちょっとお茶を……」
頭を軽く下げる高坂。
何かまずいものを見たという顔をされたが、ナイスタイミングだ。
俺はすかさず声をかけた。
「なあ、魔戦部って夏休みどうするんだ? 第二層攻略か?」
すると高坂は頷く。
「そうですね。自分は最後の夏なので、できれば第三層まで……大学ではもっとレベルが要求されるので」
なるほど。
俺は高校卒業後に師匠のパーティでプロデビューしたが、大学の進路もあるのか。
「じゃあ、第三層いっしょに潜るか?
山本先生も鍛えたいって言ってたからな。冒険部の三人は尾形が見てくれるらしいから」
言われた高坂は、パアアッと顔を明るくする。
だが、ピンクのジャージから迸る魔力の奔流がビリビリと空気を震わせていることに気づき、一歩後ずさりした。
俺は、ただ高坂にだけ視線を集中させていた。
そして高坂は、山本先生の背中におずおずと声をかける。
「あの……自分も参加していいんですか?
山本先生のレベルアップの機会なのに」
すると山本先生は、ゆっくりと高坂へ振り返る。
満面の笑顔。
「ええ。高坂くんも最後だし、悔いのないようにね。
佐伯さんが指導してくださるなら、大丈夫。頑張りましょうね」
そう言って、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。
マグカップを手に、にこやかな顔のまま食堂を出ていった。
俺と高坂は、その背を見送る。
「……本当に良かったんですか?」
心配そうな高坂の声。
……言うな。
高坂が自室に引きあげ、ようやく夕飯の続き。
すっかり冷めた味噌汁を口に含むと、来奈が微妙な顔をしてやってきた。
「山本センセー、こんな時間に弓持ってさ。
いまから第一層のボスを血祭りに上げるんだって。
めっちゃ気合い入ってたけど。どうしたんだろ」
俺は聞こえないふりで、味噌汁をすすっていた。




