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第21話 山本先生

寮の玄関でズボンの裾をまくり上げ、ダブダブの上着に身を包む小学生の俺。

それに対峙するのは山本先生。


「佐伯さん……ですよね?」


疑問形。無理もない。


さっきは二メートルを超す人狼の姿。そして今は、見た目は子供、疲労は中年男。

とはいえ、身につけているスーツには見覚えがあったらしい。


山本先生は松葉杖をついていた。

破れたジャージの代わりに、新しいジャージ。

ジャージ以外の姿を見たことがない。


俺が「はあ」と生返事をすると、先生は勢いよく頭を下げた。


「ありがとうございました。佐伯さんが助けに来てくれなかったら、どうなっていたか……」


いや、山本先生だって相当大変だった。

それに、そんな姿で玄関先に立たせておくわけにもいかない。


とりあえず、自室にどうぞと招き入れる。

この姿では何もできない。もちろん、大人の姿でも何もしないが。


俺の部屋は、私物はほぼ何もない。

前のアパートから送られてきたのは、大家経由の着替えだけ。

家電設備は備え付けで、アパートのよりもずっと新しい。

だから、ほとんどの荷物は処分してもらった。


山本先生を手伝って座らせ、ペットボトルのお茶を差し出す。

俺も向かいに腰を下ろした。


「……ケガの具合、どうですか? あまり無理されない方がいいですよ。

あの狼、毒はありませんが……傷が残ったら大変です」


由利衣が応急措置しているし、この学院に詰めている治癒系魔法使いの腕は確かだそうだが――。


それにしても、生徒を逃がすために、あれだけのモンスターの群れを一人で引きつけるなんて。

見た目によらず、無茶をする人だ。


山本……なんだったか。下の名前は知らない。年齢も。

おそらく二十代半ばくらい? この年になると、もう区別がつかない。

年齢±5歳くらいは誤差の範囲だ。


肩より下のストレートヘア。童顔で、美人というよりは「可愛い」という言葉の方が似合う。

化粧は薄いが、肌が綺麗なため必要ないとすら思える。


そして、いつもジャージ。インナーはTシャツ。

毎日色が違うのは、気分に合わせたコーディネートなのだろうか。


どことなく自信なさげで、オドオドとした雰囲気。

魔法使いランクRとはいえ高レベル冒険者だ。

あの生意気な獅子丸も黙らせる実力があるはずなのだが――これも性格か。


山本先生は、足元をちらりと見ると苦笑した。


「いえ、たいしたことないんです。

すぐに良くなるって。本当に助かりました」


「そうですか。それは良かった」

俺は微笑みで返す。


そして沈黙。


……何を喋ればいいのか、まったく分からない。

そもそも、そんなに親しいわけでもないのだ。


気まずい空気を破ったのは、山本先生のほうだった。


「あの……その姿の前の“あの姿”……私を助けるために?」


まあ、そうだ。

俺以外には学生しかいなかった。

他にベテラン冒険者がいれば、もっと穏当な手もあっただろうが。


曖昧にうなずくと、山本先生は頬をうっすら赤らめた。


「犬養さんから聞いたんです。

“必ず姫を助けてみせる。精霊戦士の名にかけて!”って、佐伯さんがそう叫んだ瞬間、天から五頭立ての馬車が現れて、虹色の光が照射されて変身したって……」


…………。


「それを聞いたとき、ちょっと恥ずかしかったんですけど」


犬養茜め。


大人しそうな顔をして、思考回路が来奈と変わらない。


「でも、嬉しかったんです。もうダメだって思ってたんで……。

私、第三層まで行ったことはありますけど、正直、第二層だって全然自信なくて。

蛇とか虫とかも苦手で……あの、あのでっかいGなんて!!」


両腕で身を抱きかかえながら、青ざめる山本先生。


……そういえば、Gの巣に麗良を突き落としたこともあったな。

もしかして、それを怒っているのだろうか。あんなのは冒険者の間では挨拶みたいなものだろう。


俺のそんな思考をよそに、山本先生は続ける。


「それで……私を抱きかかえてピンチから救い出してくれた精霊戦士……。

“姫”だなんて。佐伯さん、見かけによらずロマンチストなんですね」


何か勘違いしているようだが。

こっちは四十前なのだ。さすがにその設定はきつい。


「あの……犬養が何を言ったかはともかくとして。

人狼のことは秘密でお願いします。その反動で今これなんですよ。戻りますけどね」


俺がそう言うと、山本先生は俺をじっと見つめる。


「そうなんですか……そこまでして私のために」


そして、ポンと手を打った。


「分かりました。私、職員用の寄宿舎にいるんですけど。

佐伯さんが元に戻るまではお世話させてください。弟をよくお風呂に入れてたんですよ、懐かしいなー。それじゃあ、行きましょうか」


……何が「それじゃあ」なのか。


「あの……明日はここで一日寝てれば戻るので。お気遣いなく。

山本先生も、ゆっくり療養してください」


口角を引きつらせながら、何とか言葉を出す。


すると、山本先生はふっと笑って、俺の頭をクシャクシャに撫でた。


「一日だけなんですか? じゃあ戻ったら人狼化してお姫様抱っこされて。

また子供になってお世話して……それも……いいですね……さ、行きましょうか」


うっとりと熱に浮かされたような目。


なんだそのループは。発想が怖い。


なぜこうなるんだ?

もっとまともな人だと思っていたのに。


そこに、インターフォンの音。


俺が慌ててモニターを確認すると、そこにいたのは――政臣。

お前を待っていた。


勢いよくドアを開けると、政臣は紙袋を俺に見せてくる。


「子供用の下着と部屋着なんですけど、サイズ分からないのでいくつか。

今度、人狼の配信お願いしますよ。やっぱり精霊との融合なんて前代未聞ですって!

リスティアさんの動画も三億いったんですよ。僕もあれから“一日一石化”がクセになっちゃって……!」


「ああ! 石化最高だなっ!!」


わざとらしく声を張り上げる。


「お茶でも飲んでくか!? なあ飲めよ!! 今ちょうど山本先生が来ててな!!

ケガは大丈夫そうだけど、あまり無理をさせちゃいけないと思って!!!

そろそろお帰りかなって!!!!」


フロア中に響き渡る絶叫。


すると、俺の背後から山本先生がスタスタと歩み寄り、脇をすり抜け靴を履いた。

……松葉杖は?


そして、俺の正面に立つと、目線の高さに身をかがめた。


「佐伯さん、お邪魔しました。

来週の魔戦部との合同練習ですけど……引き続きということで大丈夫でしょうか?」


梨々花から釘を刺されていたのだ。あまりあっちに肩入れするなと。


若干目線を泳がせ、言葉を探した。


「あの……その、冒険部もいろいろ忙しくなってきたかなって。

一カ月に一度くらいなら……」


次の瞬間、俺の眼前三センチの位置まで山本先生の瞳が接近。


吐息とともにかかる声。


「佐伯さんだけが頼りなんです。ダメでしょうか。

土曜日の攻略だって、精霊戦士と一緒ならどんな困難だって私……」


「いや、魔戦部の顧問は尾形だからさ。俺があまり勝手なことできないっていうか……」


必死で絞り出すと、山本先生は唇に人差し指を当てて、スッと立ち上がった。

そして、微笑みながら俺の額に人差し指をツンと当てる。


一瞬、心臓が止まった。


「……もう。遠慮なんかして」


そう言い残し、しっかりとした足取りで寮を出て行った。


「山本先生、大丈夫そうじゃないですか?」


政臣が不思議そうに俺を見つめる。

――俺はここに来て初めて、こいつの存在をありがたいと心の底から思った。


***


濃い一日だった。


俺は政臣からもらった子供用の服に着替え、食堂で仕出し弁当をつついていた。


他の寮生からは「誰?」という目で見られたが、構いはしない。

その程度で動じるほどやわな精神ではやっていけないのだ。


サバの煮つけに箸を入れていると、隣にスッと着席する梨々花。

俺は構わずに黙々と食べ続ける。


「山本先生がいらっしゃったんですね」


「そうだな」


淡々と事実だけ返す。動揺も含みもない。


「部屋に上げたんですか?」


「職員だからな」


感情を乗せずに答え、香の物をかみ砕く。


「私も行ってもいいですか?」


「だめだな」


俺は茶をすすると、弁当の蓋を閉めて席を立った。


「とにかく。ここから先は俺の自由時間だ。誰が何と言おうと」


もはやライフはゼロなのだ。泥のように眠りたい。

面倒事は来週の自分がなんとかするだろう。


俺は部屋に戻ると歯を磨き、ボフッと毛布を頭から被った。


日曜も寝ていると、フロアがバタバタとしていたが、かまやしない。


夕方まで食欲もわかず寝ていると、元に戻る予兆。

慌てて子供服を脱ぎ捨てると、やっと大人の姿に戻った。


てっぺんからつま先まで、まごうことなき中年。

普通、若返る方が嬉しいのだろうが……俺はこちらの方が落ち着く。


たっぷり寝たおかげで、いくぶんか頭がさえてきた。

少し腹も減ってきた。


弁当の予約はしていなかったが……食堂に野菜と米でもあれば。


そう思い部屋のドアを開けると、廊下に袋がふたつ置かれていた。中にはそれぞれ弁当。

梨々花と山本の名前のメモ書き。


――悪い人じゃあないんだ。うん。

それは分かってる。


俺はふたつの弁当をありがたくいただき、ストレッチしながらテレビを観て、ダラダラと日曜の夜を過ごした。

そして、また眠りについた。


***


次の日。

俺が朝食の支度に食堂へ顔を出すと、そこにはジャージ姿の弾ける笑顔があった。


リーダーの小林さんが学食メンバーに紹介している。


「知ってるかもしれないけど、数学の山本先生。

ここに越してきて、寮の仕事も手伝ってくれるって。お仕事もたいへんなのに悪いわねー。

さっそく味噌汁お願いね」


元気な返事が、早朝の食堂にこだまする。


俺が呆然と突っ立っていると、山本先生がにこやかにやってきた。


「佐伯さん、元に戻られたんですね。

いつでも変身してもいいように、私ここに来ちゃいました。

子供に戻ったときのお世話、任せてくださいね」


そして、たじろぐ俺を見上げて言葉を継ぐ。


「でも、どんな姿でも……」


と、呟いたあと、くるりと踵を返し、炊事場へとパタパタと歩いて行った。


……体育教師じゃなかったのか。


俺の背には、つぎつぎとタスクを積み上げる小林リーダーの指示の声が飛んでいた。

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