第17話 第二層・森林エリア
おじさんの朝は早い。
午前三時。高坂の「兄さーーーん!!」という雄叫びで叩き起こされ、朝練が始まる。
「朝は朝食の準備で忙しい」と断ったら、時間を早めてきたのだ。容赦がない。
高坂の剣術指南をしていると、梨々花が加わり、魔法戦の実技が五時まで続く。
それが終わると寮の朝食づくり。自分の分をかき込み、学食に出勤。
掃除とテーブルの準備を終えると、山のようなジャガイモの皮むきが待ち構えている。
学校の昼休み時間は、カレーを盛り付けるマシーンとなる。
その後、昼食と後片付けを終えると、部活動だ。
いつの間にか魔戦部も当然のような顔で加わっている。山本先生と手分けしながら総勢二十名ほどに攻撃魔法を延々と撃ち込みながら、来奈の打撃を受け止める。
同時進行で政臣とコンテンツ方針とダンジョン攻略ルートの確認。
部活が終われば、寮の共用スペース掃除と夕飯の支度。
自分が夕飯にありつけるのは九時過ぎ。
その食事中も、来奈のマシンガントーク、梨々花の野望、由利衣の天然トークに相槌を打たなければならない。
そして就寝は深夜0時。
──古代の奴隷の方が、まだ待遇が良かったかもしれない。
麗良からは、「お詫びです」と一文を添えて大量の回復ポーションが送られてきた。
絶対に面白がってやがる。
あいつが高校一年のとき、巨大カエルの群れに突き飛ばして粘液まみれにしたのを、いまだに根に持っているのだろうか。狭量なやつだ。
そして、部活動の方針としては、平日は魔法戦闘訓練、土曜は一日かけてダンジョン攻略。日曜はフリー。
土日祝は学食メンバーも休みのため、寮生の希望者には仕出し弁当が支給される。
──できれば毎日そうして欲しい。
だが「子供たちには温かいご飯を」という学院長の、マリアナ海溝よりも深い慈愛がそれを許さなかったのだ。
くそっ。
つまり、日曜と祝日のみが俺にとって真の安息日なのだ。
その日を、心の底から待ちわびている。
***
さて、問題のSSR騒動だが──。
案の定、日本のみならず世界中から「詳細を寄越せ!」の大コールが巻き起こった。
その圧に抗いきれず、ついに官房長官が発表したのは三人の能力概要。
ただし、レイドへの出場に関しては制限が設けられた。
いかにSSRといえど、現段階での参戦は不可。
第七層突破、もしくは★3・Lv.50以上が条件と明言されたのだ。
そこまで実力を積めば、麗良と交代で日本代表としてレイドに出場しても成果を上げられるだろう、との目論見。
そのあいだに麗良は★4へ上がり、さらに上を目指すという筋書きだ。
そのニュースを受け、リスティアも「日本のSSR参戦タイミングに合わせてレイドに出場する」と公式発表。
そしてアメリカのベアトリス大統領が直々に記者会見を開いた。
──なおかつ、その場で自分自身もSSR魔法使いであると爆弾発言をぶち込んできたのだから、世界は文字通り沸騰した。
彼女の能力名は“太陽”(The Sun)。詳細は非公表。
戦闘向けではないのでレイドには参加しないが、リスティアには全面支援の構えだと語った。
さらに、アメリカにはもうひとりいることも。
こちらは時期が来たら発表すると、大統領はいたずらっぽく笑った。
その微笑みは、まさに光そのもの。超大国の象徴だった。
かくして、日米SSR対決のレイドは、まだ実現していないにも関わらず放映権を巡って天文学的な金額が積みあがっていた。
***
そして土曜日。
本日から第二層の本格攻略が始まる。
政臣は機材チェックに余念がない。
俺は、居場所を特定されるライブ配信は危険じゃないかと提案したが、政臣は「配信中に堂々と襲撃してくるバカはいませんよ」と、こともなげに返してきた。
そうかもしれない。こと配信となると、妙に説得力がある。
そして、今回同行するのは──魔戦部。
尾形は相変わらず多忙ということで、今回は山本先生の引率のもと、キャプテン高坂を筆頭に、SR四名を加えた構成だ。
山本先生はいつものジャージ姿。
手には小型の弓。矢筒を背負っているのが、どうにもシュールである。
最高到達は第三層。
魔法使いランクRで三層まで踏破しているなら、そこそこ実力者の部類だ。
SR四名のうち、獅子丸と犬養はすでに顔なじみ。
残る二名──鷲尾と熊耳は、最近の合同練習でようやく言葉を交わすようになった程度だ。
鷲尾 啓介は三年生。
生徒会書記を務め、政臣とは仲が良いらしい。得意魔法は梨々花と同じく四大属性。
熊耳 日葵は犬養と同学年の一年生。
希少タイプの召喚魔法が得意で、犬養の補助魔法と組むことでトリッキーな連携を見せる。
【魔戦部編成】
山本先生 : R/★1/Lv.75 魔法弓
高坂 晃(三年) : R/★1/Lv.37 魔法剣
鷲尾 啓介(三年) : SR/★1/Lv.26 四大属性魔法
獅子丸 亮太(二年) : SR/★1/Lv.32 魔法剣
犬養 茜(一年) : SR/★1/Lv.27 補助魔法
熊耳 日葵(一年) : SR/★1/Lv.22 召喚魔法
魔戦部とは別行動だが、念のため連絡先を交換しておいた。
そんな中、山本先生が自信なさげに話しかけてきた。
「あの……あまり離れないでくださいね?
私、第三層までは行きましたけど……ここも危険ですから。佐伯さんが頼りなんです」
レベル的には問題ない。だが、どうにもメンタルが柔らかい。
RランクでLv.75までに到達するには、相当修練を積んでいるはずなのだが。
……なら、第一層にいればいいのに。
とは、さすがに言えない。
獅子丸が「早く第二層攻略をやろう」と騒ぎ出したため、やる気を見せている生徒を無下にはできなかったのだろう。
息がかかるほどの距離。
若い女性にたじろぐ中年男──生徒の前で見せるには、なかなか絵面がキツい。
案の定、来奈がニヤニヤと面白そうに眺めていた。
そこに、梨々花がすっと割り込む。
俺の袖をつかみながら、きっぱりと言った。
「山本先生。ルートは共有していますので、定期連絡は私にください。
何かあれば、すぐに駆けつけますから」
そしてそのまま、袖を引いたまま俺をずるずると引きずり魔戦部とは別れた。
***
梨々花は、不機嫌な声で俺に詰め寄ってきた。
「先生は冒険部なんですから、集中してください。あっちはあっちでやればいいんです」
──俺もそう言いたいんだがな。
「まあ、そんなに厳しくしなくてもいいだろ。山本先生だって、一生懸命なんだし……」
すると、梨々花の表情がさらに曇った。
そこに来奈のがさつなフォローが入る。
「おっ、梨々花ヤキモチやいてんの!?
心配しなくても教官がモテるわけないじゃん!!」
由利衣も妙な方向で乗っかってくる。
「そうだよー。
でも、吊り橋効果? 不安な気持ちにつけ込むと揺れるっていうから。ワンチャンあるかも。
コーチもなかなかの策士だね」
俺は盛大なため息を吐いた。
「俺の自由時間を奪っておきながら、好き勝手なことをいうんじゃない。桐生院、切り替えていくぞ」
梨々花はまだ何か言いたげだったが、それ以上は黙った。
俺は政臣の方へ向き直る。
「打ち合わせどおり、第二層は森林エリアだ。
推奨レベルは★1のSRで二十五以上。ボス攻略の目安はレベル五十。
きちんと積み上げれば、そこまで苦戦はしないだろう」
第一層で倒したデーモンロード・改の経験値ボーナスで、三人のレベルは三十一に到達していた。
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【入江 来奈 ★】
ランク:SSR
レベル:31
体力 :A 440
攻撃力:S 622
魔力 :C 184
耐久力:S 619
魔防 :B 316
敏捷 :S 625
幸運 :B 312
装備 :アイアングローブ(拳/攻撃+70・通常)
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【桐生院 梨々花 ★】
ランク:SSR
レベル:31
体力 :B 318
攻撃力:D 100
魔力 :S 624
耐久力:B 315
魔防 :S 620
敏捷 :A 441
幸運 :A 437
装備 :デモンズワンド(杖/魔力+280・魔導)
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【黒澤 由利衣 ★】
ランク:SSR
レベル:31
体力 :A 438
攻撃力:B 316
魔力 :S 621
耐久力:B 317
魔防 :S 623
敏捷 :C 191
幸運 :S 626
装備 :ライトニングブレイズ(銃/全ステータス+8%・魔導)
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装備品の「通常」は、魔力伝達性の高い素材で作られた標準武装。
一方「魔導」は、精霊とのパスが通った特殊な魔道具で、通称「魔導ギア」と呼ばれる。
魔導ギアは単なるパラメータ上昇に留まらず──それぞれが独自の“特殊能力”を秘めていた。
来奈が冒険者カードを眺めながら、ぶつぶつと文句を言った。
「……あたしも魔導ギアっての、欲しいな〜。
由利衣のなんて、ずるくない?」
確かに。
由利衣の銃は、この先ずっと腐らない性能を持っている。
いわば“当たり枠”だ。
魔導ギアの入手方法は大きく三通りある。
ボスモンスターのドロップ、レイド報酬、そして──武器ガチャ。
「武器のガチャもあるんですか?」梨々花が尋ねた。
俺は頷く。
「ゲンさんのところで引ける。
魔法使いガチャよりは魔石の消費は少ないが……合った装備が出るとは限らないからな。そんなに回す冒険者はいないな」
ただ──油断はできない。
精霊もたまに“テコ入れ”してくるのだ。
魔石を吐き出させようと、昨年は青龍偃月刀が約千八百年ぶりに春節限定で復刻。
そのとき中国が全ツッパしたとニュースで報じられていた。
やると決めたら本気度が違う。
いずれにせよ、第二層あたりでは、まだ魔導ギアに頼る必要はない。
焦らず積み上げだ──そう言って、来奈を励ました。
***
第二層・森林エリア。
薄暗い木々の合間を、湿った霧が漂っている。
踏みしめた地面はわずかにぬかるみ、どこからか羽音のような音が絶えず響いていた。
ここでは、動物系と昆虫系のモンスターが主な敵だ。
三人の緊張感が伝わってくる。
人間サイズの芋虫などがいると聞いて、心穏やかにいろと言うのは酷かもしれない。
麗良もここは苦手なエリアだった。
「ステータス自体は、充分対処可能なんだ。落ちついていこう」
俺の声にも、顔を引きつらせるだけだった。
政臣が心配そうに声をかける。
「ここって、配信受けも悪いんですよねー。
唯一、クワガタとカブト戦は燃えるって人は多いんですけど」
そいつは男子の夢ってやつだ。
俺も中三のときは、ここに通い詰めたものだ。
そして、俺は静かに短刀を抜いた。
金属が鞘を滑る音が、湿った森に細く響く。
「初日だからな……」
声を抑え、三人を順に見渡す。
「毒持ちのモンスターも多い。最初は俺に任せて、動きを見ておけ。──分かったな?」
全力で首を縦に振る三人。
これくらいの緊張でちょうど良いくらいだ。
俺は政臣の構えるカメラにちらりと視線をくれる。
「行くぞ」
第二層の攻略が静かに始まった。




