第15話 保護対策
ダンジョン第一層を抜け、スタートポイントに帰還する。
入ってきたときと同じく、にこやかなゲンさんが迎えてくれた。
「観てたよ。みんなすごかったじゃない。
新人のボスデビューとは思えない盛り上がりだったね」
やっとひと息つける。
ゲンさんの顔を見ると、心から安心した。
ここに帰還するまでのあいだにネットを確認すると、すでに登録者数は三十万人を突破していた。
リスティアの動画なんて、この短時間で一千万回近く再生されている。
単純計算はできないが――
約一千万人が石化されたのか……大丈夫だったんだろうか。
獅子丸は、「なあ、この配信いくら入ってくんの? 俺の分け前もちゃんとよこせよ!」とウキウキしている。
だが残念ながら。
この配信ネットサービスはグローバル企業が運営しているが、日本の冒険者は政府の管理下にある。
収益の九十五パーセントは国庫へ、三パーセントは国際協力機関へと納められる。
つまり――冒険者の手元に残るのは、わずか二パーセント。
配信で食っていけるのは、ごく一部のトップ層だけだ。
その代わり、魔法使いにはさまざまな特権が与えられている。
武器の携帯もそうだが、ランクRでも住民税免除と公共交通機関のフリーパス。
SRともなれば、三親等までの社会保障費や医療費が全額免除される。
その負担分を稼げとばかりに、動画配信は政府によって“推奨”されている。
定期的なコンテンツ作成講座が開かれ、タレントとの対談企画まで組まれる。
政府は目の色を変えて、あの手この手で集金しているのだ。
そして――チャンネル登録者数が十万人を超えると、総理大臣から シルバー勲章 が授与され、一千万人を突破すれば ダイヤモンド勲章の栄誉を手にすることになる。
SSRを“国際的アイドル”として売り出し、動画配信で国庫を潤す。
政臣の、この一見すると荒唐無稽な野望も、理に適っていなくはない。
……それでいいのか、という気はするが。
***
そして、ボス討伐のドロップアイテムの清算。
慌てて撤退したが、取るものは抜け目なく取る――それが冒険者。
魔戦部の連中が回収してくれていた。
魔石(大) 20個 × 10,000G
デモンズワンド 1個 × 2,200,000G
目玉はデモンズワンド。杖の魔導ギア(魔道具)だ。
魔力を通すと、敵を睡眠状態にする特殊効果を発動する。
うちのパーティは攻撃と守備こそ尖っているが、補助系が弱い。
そういう意味では、補助魔法に特化した犬養茜は喉から手が出るほどスカウトしたい……が、他の部からの引き抜きはルール違反だろう。
だから、アイテムで補完できるなら越したことはない。
ただ問題は――今回の討伐は、うちの三人だけではないということだ。
魔戦部との分け前も等分。杖の所有権は向こうにもある。
しかし、意外にも男気を見せたのが獅子丸だった。
「杖なんて持っていけばいいんじゃね? 俺は使わねえし。犬養、お前欲しいのか?」
犬養が首を横に振ると、獅子丸は杖を梨々花に押し付けた。
なお、ボス討伐以外にも、レベル上げのためにモンスターの巣で収集していたドロップアイテムが多数ある。魔石だけでいえば――
魔石(極小) 35,000個 × 10G
魔石(小) 5,300個 × 100G
他の素材系アイテムも含めると、合計でおよそ百五十万G に達していた。
杖の分の値段は、こちらから出そうと俺が提案したが、「いいよ別に」と、獅子丸はそっぽを向く。
――とはいえ、貸し借りなしが冒険者の付き合い。
押し付けるように、魔戦部員のカードにGを振り込んだ。
犬養は恐縮しきりだった。
「こんな大金……お母さんに預けとかないと」
経済観念がしっかりしているのは感心だ。
稼ぐ魔法使いは一般人の数倍の年収を得る。
それで身を持ち崩した人間を、俺は何人も見てきた。
そうして、俺たちはダンジョンを出た。
待ち受けていたのは――案の定というか、梨々花のSSR発言が巻き起こした“大混乱”だった。
***
ダンジョンゲートを抜けると、そこは宝条学院の敷地。
中等部から大学部まで、全校生徒が集まっているんじゃないかというほどの人だかりができていた。
そして、みんなが一斉にスマホを構えている。
俺は思わず顔を伏せた。
が、誰もおじさんのことなんて見ていなかった。
歓声が轟く。
「SSR!? 本物!? きゃー!! こっち向いた!!」
「ボス倒したときの、あれCGじゃないよね!? 人が消えるとかありえないんだけど!!」
「寝ながら戦うって、SSRは格が違うな!!」
「リリカ様ーーーー!! しばいてくれぇ!!」
……妙なのも混じっているが、嵐のような歓声が包み込んでいた。
そこに学院の職員が人だかりをかき分け、慌ただしく通路を作る。
「はい、みなさん通してください! はい、落ち着いて! 興奮しない!」
俺たちは人ひとりがやっと通れる隙間をすり抜け、学院長室へと案内された。
魔戦部の三人とは途中で別れ、冒険部の五人だけが残る。
待っていたのは――学院長と麗良、そしてテレビでも見た顔。尾形だった。
麗良は困ったような顔で、俺に声をかけてくる。
「SSRの育成をお願いしましたけど……先輩なら、もう少しうまくやれると思ってたんですよね。いま、大騒ぎですよ」
そんなことを言われても困る。
俺は、はあ……と大きく息を吐いた。
「仕方ないだろ。桐生院がいきなり言い出したんだ。止める間なんてあるかよ」
梨々花は、涼しい顔。
きっとタイミングを狙っていたに違いない。
あれだけボス討伐に執着していたのも、ピンチからの逆転劇を演出したのも、すべてこのため。
さすが、野心家だ。
麗良も、同じようにため息をつく。
「終わったことはともかく……問題は今後です。
この学院の内部はマスコミを完全に遮断しているし、魔法の探知網もあるから、他国の諜報員が入り込むことはまず不可能。
でも――院外に出るのは危険です」
いかにデーモンロード・改を倒したとはいえ、あれは五層では“通常モンスター”に過ぎない。
その程度を倒せる冒険者なんて、世の中にいくらでもいる。
現時点ではまだ“新人の有望株”の域を出ていない。
だが、彼女たちは“金の卵を産むガチョウの雛”だ。
世界各国の政府、大企業、そして犯罪組織までもが、あらゆる手段で手に入れようと動くのは想像に難くない。
そんな連中に雇われた上位冒険者を相手にして、この三人が今、抗う力は……まだない。
そのとき、それまで黙っていた尾形が口を開いた。
「佐伯さん、初めまして。
いろいろと魔戦部がご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
獅子丸に関しては、僕の指導不足です」
そう言って深々と頭を下げる。
尾形も、高坂と似たタイプかもしれない。
爽やかイケメンに下手に出られると、どうにも気恥ずかしい。
次に、尾形は政臣を見て、苦笑いを浮かべた。
「高柳……佐伯さんという指導者が来てくれて良かったな。
高校生に戻るって聞いたときは、正気を疑ったけど。お前の戦略には脱帽だよ」
いや、それは買いかぶりだろう。
どう考えても、まともな戦略には見えない。
尾形は今度は俺を見て、少しためらいながら言葉を選んだ。
「近藤さんとも相談していて……SSRの彼女たちには、学院で寮生活を送ってもらえないかと。今は入江さん以外は自宅からの通学なので」
この学院は昔こそ全寮制だったが、今は違う。
だが、それは俺に言うことではなく梨々花と由利衣の意志の問題だろう。
尾形は続ける。
「この学院にはSRランクの教師も常駐していますが……戦闘タイプは少ないんです。魔法警戒網の構築など、どちらかといえば技術者寄りで。
僕も常にここに詰めているわけではなくて」
――だんだん、雲行きが怪しくなってきた。
途端に言いにくそうに口ごもる尾形に代わり、麗良が言葉を継ぐ。
「つまり、先輩にもここで寮生活してほしいんです。
一生とは言いません。SSRの三人が自分で自分の身を守れるくらいの実力になったら、必要なくなりますから。
……それまでは、コーチ兼ボディガードとして常駐してもらいたいんです」
途中から予想はしていた。
だが、実際に言われると胃のあたりが重くなる。
そこへ、学院長がにこやかに声をかけてきた。
きっちりと高級スーツを着こなした初老の紳士。
俺の吊るしのディスカウント品なんかとは違い、どう見てもオーダーメイド。
「いやあ、佐伯くん。久しぶりだね」
面識なんてあったか?
俺は卒業してから学院のことに関心がなく、記憶もだいぶ薄れている。
唯一覚えている三年のときの担任は、たしか今ぎっくり腰で自宅療養中のはずだ。
老紳士は、俺の戸惑いを察したように微笑むと、懐かしげに語り出した。
「僕はよく覚えてるんだけどね。佐伯くん、高校生のときはギラギラしててねえ。
ほら、二年のとき。SRの番長と溶岩ステージで対決してたじゃない。
転落したら骨まで溶ける灼熱地獄で、空中殺法を決めたあと魔力切れを起こして……
あのとき僕が助けなかったら、危なかったでしょ。はっは」
……脳細胞が、封印されていた記憶を掘り起こす。
「もしかして、間央……先生?」
生活指導の、“魔王”。
いつも鉄下駄に竹刀、角刈りの髭面。紺ジャージに腹巻き――まったくビジュアルが違う。
学院長はにこやかに笑いかける。
「うん。昔の生徒がこうしてSSRを育ててるなんて、嬉しいね。
で、うちの寮だけど部屋は余ってるから大丈夫。
そうそう、ついでに寮父さんもやってもらいたいかな。学食だけってのも、時間持て余しちゃうでしょ」
冗談じゃない……と言いかけたが、学院長の目の奥は笑っていなかった。
逆らったら何が起きるか分からない。
校則違反は三角に削って並べた材木の上に正座させられて、膝の上に石の板を置かれていたのだ。
「……おい、麗良。お前、なんか俺に恨みでもあるのか?」
突如十年ぶりに連絡してきたと思ったら、前の職場を強制的に休職させられ、三十八歳でダンジョン再デビュー。学生に混じって学食勤務。
このうえ、俺の自由時間まで奪おうとは。
麗良は申し訳なさそうな顔で俺を見る。
「恨みだなんて……それはまあ、たくさんありますけど……。
でも、SSRを守れる実力者は先輩くらいしかいないのも事実ですから。
協力してもらえませんか?」
否定はせずに答える麗良にツッコミを入れようとする俺に、袖を引く手。
梨々花だ。
「先生……すいません。私が軽はずみなことを言ったせいで。
私は寮生活も構わないんです。強くなるまでは学院を一歩も出られなくたって……でも、先生を巻き込んだことが申し訳なくて……」
潤んだ瞳に見上げられて、俺は狼狽えた。
この年になっても、女性の涙には弱い。
「いや、別に巻き込まれたなんてことはないんだけど……。
俺も、お前たちの成長は楽しみだしな」
梨々花はポツリと続ける。
「でも、迷惑なんですよね。学食と寮父と私の家政夫やること……」
何か追加されているような気がする。
「……迷惑じゃあ……ない……が」
絞り出すように言うと、梨々花の顔がパッと輝いた。
「そうなんですか! じゃあ、よろしくお願いします!
あ、私朝はパン派なんで。コーヒーはインスタントじゃないやつがいいわ。
制服のアイロンがけもしっかり。掃除はきちんとコロコロ使ってね」
「あたしはどっちでもいいかなー。でも日本人は白米っしょ、なあ由利衣」
来奈と由利衣も楽し気に顔を見合わせている。
尾形だけが俺に同情の眼差しを向けていた。




