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第14話 恋人

ボスエリアにはもうモンスターの姿はなく、俺たちと魔戦部の三名だけ。


レベルアップ音がひとしきり鳴り響いたあと、しばしの静寂が訪れた。


それを破ったのは、獅子丸の声だった。


「SSR!? おい、冗談……だろ? マジ?」


来奈が一瞬でデーモンロード・改を消し去った現実。

それを目に焼き付けたあとでは、さすがにいつもの調子で鼻で嗤うようなことはしなかった。


高坂は日本刀を鞘に収めると、「本当だ」と静かに獅子丸へ言葉をかける。


「尾形先生から聞いた。

最近の冒険部の練習……あれだけの才能のある彼女たちを、なぜ魔戦部は断ったのか不思議に思い、つい問い詰めてしまった。

先生からは口外無用を厳命されていたが……まさか配信で公言とは。なんとも大胆だな、君たち」


犬養は来奈たち三人の顔を見る。

恐れと憧れ、羨望と疑惑。複雑な感情がないまぜになった表情。


「確か、世界で二十二人しかいないって……それが三人も。

信じられない……けど、桐生院先輩の魔法。あんなすごいの、尾形先生だってできないかも」


梨々花がにこりと微笑む。


「ありがとう。でも、犬養さんの魔法。あれは私にはできないわ。

来奈がデーモンロード・改を倒せたのは、あなたのおかげよ」


「そーそー! 茜ちゃんいなかったらマジやばかったって。

シッシーより全然活躍してたじゃん!」


すかさず来奈の声。

獅子丸は「ちっ」と軽く毒づくが、言い返さなかった。


途端に、犬養の表情が緩む。


「そんな……SSRと一緒にボス戦ができたなんて、クラス中に自慢できちゃいます」


そんな様子を眺めていた俺に、高坂が歩み寄ってきた。

そして一礼。


「不注意でボスを起動してしまいました。申し訳ありません。

そして冒険部のみなさん、獅子丸と自分、犬養を助けていただいてありがとうございました」


「なんで俺が助けてもらったことになってんだよ。意味わかんねえ。

……まあ、あんな化け物、俺だけじゃどうにもならなかったのは確かだけどよ」

獅子丸がぷいっと横を向く。


高坂という男、生真面目なやつだ。

そこまで丁寧にやられると、気恥ずかしいんだが。


しかし、俺も一応大人だ。礼には礼で返さなければ。


「いや、うちのも助かったよ。

さすがにデーモンロード・改ともなると、三人じゃ無理だ。

SSRの能力だってまだ不安定だしな。

圧倒的な格上に勝てたのは、君たちのおかげだ。本当にありがとう」


高坂は顔を上げると、俺をまっすぐに見た。


「佐伯先生はたしか、魔法使いランクRとか。

練習風景を拝見しましたが、とてもそんな風には思えません……。

本当はSRではないのですか?」


困ったな……俺のことはあまり詮索されたくないんだが。

だが、由利衣がこともなげに個人情報をバラしてくる。


「うちのコーチ、Rですよ。

でも★5のLv.99なんでー。デーモンロード・改だって、瞬殺なんじゃないですか。ですよねー?」


その発言に、またもやザワつく魔戦部員たち。

だが、次の瞬間には高坂が俺の手をガッチリと握りしめていた。

目にはキラキラとした輝き。


「Rでもあそこまでの動きができるんですね!!

素晴らしいです! 自分の人生の目標です! 兄さんって呼んでもいいですか!?」


俺は高坂の目を見ていられず、思わず逸らす。

なんだよ兄さんって。


「★5のLv.99!? そんなの実在するのかよ! って、SSRがいるんじゃあな……。

じゃあ、高柳も実はすげえのか?」


獅子丸が興味津々で見つめると、政臣は眼鏡のブリッジに指をあて、意味深にフッと微笑んだ。


「まあ、ご想像のままに……」


いや、こいつは本当に戦闘では役に立たないんだけどな。


しかし、いつまでもここにいても仕方がない。

そろそろ引き上げるか。


「じゃあ、帰ろうか。ゲンさんに良い報告ができるな」


そう言って踵を返す俺。

だが、ボスフロアの入り口に――誰かがいた。


女性だ。日本人じゃない? どこかで見たような……。


来奈が大きな嬌声を上げる。


「あー!!! リスティア・フェレナじゃん! なんでこんなとこに!?

あたし、大ファンなんだよね!!」


言われて気付く。おじさんだって知っている。


リスティア・フェレナ。

アメリカのアーティストだ。彼女の言動は“リスティア産業”という言葉が生まれるほどの経済効果を生み、世界中に熱狂的なファンがいる。


そして、「自分はSSR魔法使いだ」と公言する唯一の存在。

――いや、さっき日本の三人が公言してしまったので、唯一ではなくなったのだが。


リスティアは軽い笑みを浮かべながら、こちらへ向かってくる。

ウェーブのかかったブロンドヘアに、透き通るような肌。端正な顔立ち。

テレビやネット越しではわからない、圧倒的なオーラ。


そして、俺の存在など無いように脇をすり抜け、来奈たち三人へ歩み寄った。


「あなたたちが日本のSSR? うーん、キュートね」


日本語だが、日本語ではない。

このダンジョンでは、言語の壁を越えてコミュニケーションできるという――謎の精霊仕様だ。

ダンジョン外で会えば、当然英語のはず。


来奈はガチガチに緊張しながら、

「ハロー、ミセス・リスティア! アイファイン! アイアム ジャパニーズ ハイスクール ウーマン!」

と、知っている限りの英単語を駆使している。

リスティアは確か独身じゃなかっただろうか。


しかし梨々花は動じない――ように見える。内心は分からないが。


「世界的なスターにお会いできて光栄です。桐生院梨々花と申します」


来奈が「え!? 日本語通じるの!?」と、バッと梨々花の方を向く。

最初に話しかけられたのはそうだったろう。


リスティアはくすりと微笑む。


「うん。よろしくね、リリカ。……あなたは?」


視線を向けられるやいなや、すかさず「入江来奈です!!」と食い気味な声。


最後に由利衣は、「黒澤由利衣です。リスティアさんの歌、毎日聴いてます」と、フワリと微笑む。


するとリスティアは「わー、うれしい!」と由利衣をハグした。


そして由利衣を離すと、三人を交互に見つめる。


「まさか、私以外に名乗り出る人がいるなんて思ってなかった。

いま、あなたたちの話題、世界中で持ちきりよ?」


ネットは確認していなかったが、この短時間でどうやらビッグニュースになっていたようだ。


「レイドに出たいんですって? 私もやってみようかなー。

表の活動が忙しくて、冒険者の方はあまり力を入れられなかったんだけど」


にこやかな微笑みの中、目に強い光が宿る。


「SSR同士のバトルなんて、こんな興奮ないわ。最高のエンターテインメントじゃない。私は楽しいことが大好きなの。

まだいるはずなのに、みんな能力を隠して。

リリカ、ライナ、ユリィ……気に入ったわ。お友達になりましょう?」


そう言って握手を交わし合う。

来奈はジーンと感動して、右手を見つめていた。


だが次の瞬間、リスティアはこちらに鋭い目線をくれた。


「ヘイ! ストップ!!」


……俺、なにかしたか?


だが俺ではなかった。政臣がカメラを構えていたのだ。

抜け目のないやつ。


政臣は慌てて謝罪する。


「す、すいません! まさかリスティアさんに会えるなんて思ってなくて。

……あの、コラボ企画ってダメですかね?

みんなをもっと世界に知ってほしいんです!」


配信のためならくじけない男。それが政臣なのだ。


リスティアは眉を寄せる。

だが、うーん……と数秒考えたのち、


「……まあ、いいわ。本当はいろいろとうるさいんだけど。

せっかくSSRに会えたんだし、特別よ」


そう言って、カメラに向かって笑顔で手を振った。

政臣がリスティアの目の前まで近づく。


「そうね。コラボ企画っていうなら、盛り上げないと。

これ、ほんっとすごいことなんだけど……なんと!!!

私の魔眼の力を、ちょっとだけ見せてあげちゃう!」


リスティアの能力までは非公表だ。

とんでもない再生数になるかもしれない。

政臣の眼鏡の輝きと息遣いが尋常ではない。


カメラのレンズが、リスティアの視線をとらえる。


「私の魔眼の能力名は“恋人”(The Lovers)。

これ観てる人、いますぐ静かな落ち着ける場所に移動して。

運転中とか絶対やめてね。死んじゃっても責任取れないわよー」


そう軽口を叩きながらも、目は笑っていない。


「じゃあ、行くわよ……三十秒ね」


何が始まるのか、まったく予想もつかない。


リスティアの瞳が金色に輝き出す。


――そして俺の世界は停止した。


***


「教官! 教官ってば!!」


来奈の呼ぶ声で意識が戻った。

俺は……何をされたんだ?


リスティアが肩をすくめて笑っている。


「だから、三十秒だって言ったでしょ? デモンストレーションよ」


梨々花が呆れたような声を出す。


「リスティアさん、事前に何するか言わないと危険ですよ……」


「えー、そしたらサプライズにならないじゃない!

一応警告はしたんだけどなー」


政臣がおずおずと問いかける。


「あの、僕もよく分かってないんですけど……何が起きたんですか?」


リスティアは堂々と胸を張って言い放つ。


「私の能力の一つは――目を見るか、視線を浴びたものの石化よ!

画面の向こうのみんなー、ちゃんと生きてる!?」


……恐ろしいことをサラッと。

しかも画面越しでも“目を見ただけで効果がある”となれば、世界を破滅させる可能性すら秘めている。

まさに規格外。――これが、SSRか。


俺が呆れていると、リスティアのスマホが鳴った。


「あら。マネージャーからだ。ちょっとごめんなさいね」


そう言って通話を始めると、スピーカーフォンにもしていないのに、デカい怒声が飛び込んできた。

リスティアも思わずスマホから耳を離す。


「何考えてるんだ!!! 世界中で大混乱だぞ!!!」


リスティアは苦笑い。


「えー、あー。ごめーん、ゼファス。ちょっと楽しくなっちゃってさ」


マネージャーの怒声は止まらない。


「それと! 第一層のボスエリアにいるってことが配信されているから、冒険者連中が続々向かってると情報が入っている。さっさと帰ってこい!

……邪魔だからって石化なんかしたら裁判になるぞ!」


「わかったってー、もう」


リスティアは通話をブチッと切ると、頭をかいた。


「……てなわけで、コラボ企画はここまで! じゃあね!」


投げキッスをカメラに向けると、一目散に出口へ駆けていった。


茫然とその背を見送る俺たちだったが、ハッと気づいた。


「おい、俺たちも急いで撤退するぞ」


こうして――

初のボス戦は、余韻に浸る間もなく、突然の来訪者にかき乱されて終了したのだった。

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