第13話 魔眼
俺の視線をまっすぐに受け、梨々花は口を開いた。
水魔法による眷属への攻撃の手は緩めていない。
「もうタオルを投げる気ですか?」
俺が静かに頷くと、梨々花は由利衣を見た。
「あの三人――生きてるわよね?」
由利衣は何度も首を縦に振る。
「じゃあ、まだギブアップする必要ないじゃない。
気絶でもしてるんでしょう。そのうち起きるわ」
こともなげに言う。
「なあ桐生院。気持ちは分からなくはないが、一度撤退だ。
あいつらも、打ち所が悪かったら心配だろう?」
梨々花は俺の言葉には答えず、デーモンロード・改を見やる。
獅子丸と高坂にやられた膝の傷で立てず、ズルズルと来奈たちの方向へ這っている。
「あれ……回復魔法持ちじゃないようですね。ラッキーだわ」
確かに、第一層ボスのデーモンロードは戦闘中に回復しない。
そのかわり、戦闘終了後に精霊からのエネルギーを得て回復する。
その上位種のデーモンロード・改も、本体のステータス強化のみで、特殊能力の追加はなかった。
梨々花はうっすらと笑う。
「上位種にあれだけダメージ叩き込めるなんて。
来奈もやるじゃない。そう思いません、先生?
高坂先輩だって。ついでに、あのバカ金髪も……いちおう褒めてあげるわ」
俺は一歩踏み出そうとした。
デーモンロード・改はもうすぐ来奈たちに届くところまで来ていたからだ。
その足元に、水弾が撃ち込まれる。
「ボス戦の横入りは禁止……。先生でも、です」
冷たく刺すような目。
「おい、ムキになるな。またやり直せばいいだけだろ?」
俺の言葉に目を伏せ、梨々花は黒髪をかきあげる。
「先生……。あれだけのステータスの積み上げ。
Rでもその境地まで行けるんだって、私、本当に感動したんです」
何の話だ。
梨々花は俺の疑問に構わず続ける。
「私はもっと先に行きたいんです。
第一層なんて鼻で笑えるくらい……先生くらいに達したとき、どんな景色が見えるんだろう」
「おい、さっきから何言ってんだ?」
ヤケになっているようには見えないが、妙な気配を漂わせている梨々花に、不安を覚えた。
「つまり――この程度のピンチで過保護にならなくても結構だってことです。
高柳くんと実況していてください……。
由利衣、結界をあいつの前に張って時間稼ぎお願い。
犬養さん、精神高揚系のバフ撒いて、気付けしてあげて」
梨々花は俺に背を向けて、淡々と指示を出す。
デーモンロード・改の前に不可視の障壁があらわれ、動きを遮る。
犬養が杖を振ると、三人の身体が一瞬、赤く光った。
そして、梨々花は背を向けたまま俺に声をかける。
「ゲンさんの言葉、忘れたわけじゃありません。
撤退を見極めるのも冒険者の資質――そう思います。
でも、前のめりで手を伸ばすのも冒険者なんです。
私は手を伸ばし続けたい。それだけなんです」
そう静かに告げると、梨々花はすうっと大きく息を吸った。
そして、目一杯の声で叫ぶ。
「あんたはどうなのよ! 来奈っ!!!」
一拍の間。
梨々花は「はあ……」と呼吸を整えると、静かに振り向いて俺を見つめた。
微かに笑っている――ような気がした。
「桐生院、お前その目……」
俺はそのとき確かに見た。
だが、次の瞬間には梨々花はまた背を向けていた。
黒髪が揺れ、次に魔力の奔流が彼女のマントをはためかせる。
梨々花はポツリと呟いた。
「いい加減、水鉄砲も飽きたわね」
杖の先をそっと額に当てる。
途端に風が起こり、渦を巻きはじめた。
梨々花の髪とマントが強風にあおられ、後方になびく。
由利衣と犬養は目を開けていられず、顔を伏せた。
そして、風と同時に水流が生まれる。
ふたつの流れは徐々に近づき、ひとつになり――荒れ狂う吹雪となった。
氷魔法?
そう思ったが、どうも様子が違う。
まさか――合成魔法。
多属性の魔力を、同時かつ均等に融合させる必要がある。
俺の礫を飛ばすやつは、土と風の単体魔法の組み合わせで、合成ではない。
合成魔法はまったく異質の存在。
現在の魔法使いでこれができるのは、俺が知っている限りではいない。
これが、“魔術師”の魔眼の真価なのか。
氷の嵐が眷属のフレイムドッグを襲う。
冷たい刃が容赦なく皮膚を切り裂き、炎を吹き消す……。
やがて、召喚される前の黒い霧へと戻り、霧散した。
フレイムドッグが消えると同時に、吹雪は爆発するような音を立てて収束。
かわりに、静寂が訪れた。
梨々花は「あら……」と残念そうな声を上げる。
そして、再び振り返ったときは、もういつもの目だった。
「まだあまり使いこなせないみたいです。
でも、ギリギリ倒せました。先生、実況してくれないんですか?」
茫然と突っ立っている俺の肩に、政臣の手がポンと乗った。
振り返る俺に、スマホの画面が突きつけられる。
同時視聴者数――85,954人。
カウンターはさらに回り続けていた。
そして、コメント欄はスクロールが追いつかない。
英語や中国語も混じっている。
「あ、あの……あれだ。風と水の相乗効果? すごいな桐生院」
アホか俺は。
合成魔法をこんな年端もいかない女子高生が使ったなんてことが判明したら、とんでもないことになる。
まだ世間的には、魔法使いのクラスはRで通しているってのに。
そこに由利衣の声がかかる。
「梨々花。わたしには聞いてくれないの?
待ってたんだよ、ずっと……こういうやつ」
デーモンロード・改は、由利衣の張った結界を迂回し、前衛三人に襲いかかろうとしていた。
由利衣は目をつぶると、ライフルを構え、魔力を乗せた射撃。
正確にこめかみを撃ち抜き、巨体がもんどり打って転がる。
「うーん……威力がまだまだ」
不満げに呟く。
梨々花は呆れたように声をかける。
「索敵と防御結界だけで十分なんだけど。一番の欲張りは由利衣なのかもね。
聞くまでもないじゃないの。
……先生、配信盛り上げちゃって! ほら」
政臣のスマホを見ると、『ちゃんと解説しろ』『何で目をつぶって当てられるんだよ』といったコメントの嵐。
もう勘弁してくれ。
そして、由利衣が「あ、復活」と嬉しそうな声を上げる。
視線を向けると、そこには来奈が立っていた。
獅子丸と高坂も、ふらつきながら立ち上がろうとしている。
来奈の瞳――さっきの梨々花と同じ、金色に輝いていた。
“星”の魔眼。何が起きるんだ?
と思った瞬間、来奈が視界から消えた。
次に見えたのは、ボスモンスターがパアッと光の粒となって消え去る光景だけ。
知覚できるのは結果のみ。
何がどうしてそうなったのか、目で捉えることなど不可能だった。
“星”の能力は、パワーとスピード。
シンプルこの上ないが、極まると手が付けられない。
獅子丸の「はあっ!?」という驚く声が、遅れてやってきた。
政臣がヒソヒソと話しかける。
「SSRのことは、トップ層に通用するレベルになってから公表って方針だったんですけど……でも、この盛り上がり……どうします?」
既に視聴者数は三十万人をオーバーしている。
ここまでの能力を見せつけておいて、誤魔化しきれるのか。
すると、梨々花が来奈に向かって手招きした。
来奈は、自分が何をやったのかまだよく分かっていない様子だったが、首をひねりながらこちらに歩いてくる。
「ねえ、いつの間にかボスいなくなってたんだけど……。
梨々花の声が聞こえて、あたし夢中で」
犬養が来奈に飛びつく。
「入江先輩! なんですかあれ!?
ボスが一瞬でいなくなっちゃいましたよ! こんなに強かったなんて!!」
しかし、来奈は困ったように顔を「?」だらけにして、犬養の頭を撫でた。
「え? あ? そうなの?
茜ちゃんの魔法のおかげだよ。なんか力湧いてきたし。補助魔法、最高じゃん」
俺は唸るしかなかった。気の利いたセリフなんて出てこない。
配信の役に立たない俺に代わって、政臣の元気な声が三人にかかった。
「みんな、お疲れー。
上位種相手に大金星! 視聴者さんたちに一言お願いします!!」
その言葉に真っ先に反応したのは来奈。
嬉しそうにカメラへ視線を向けて笑顔を見せた。
「楽しんでくれた?
あたしは最後はよく分かんなかったけど、ボスをタコ殴りできたのは気持ち良かったなー。
もっと格闘技とかやってたら爽快な技出せたかもしんないけど、それはこれからってことで!」
続けて由利衣。
「みんなを守れて良かったです。
けど、それだけじゃあんまり見栄えしないなーって。
今日から銃始めたんで、目標は寝ながら守って殲滅。全部オートでできるように頑張ります!!」
サラリとよく分からない目標をぶち上げた。
梨々花は苦笑しながら前に出る。
「今日は私たちだけで勝てたわけじゃないから、完全攻略とはいかなかったけど……。
でも、上位種ならそれくらいのハンデもらわないとね。魔戦部との合同討伐、大成功よ」
うんうんと感動に震える政臣。
彼が構えるカメラに向かい、梨々花は続けた。
「……で、次の目標はレイドに出られる実力を付けられるように、第二層以降も攻略していくわ。
先はまだまだだけど、うちには頼もしい先生がいるから」
ちらりと俺を見る。
その目は、覚悟を決めていた。
梨々花はカメラに向かって数秒の沈黙。
そして、全世界を震撼させる一言を放った。
「私と来奈、由利衣は魔法使いランクRじゃないわ。SSRよ。
ほら、疑うなら冒険者カード」
懐からカードを取り出してカメラに突きつける。
後ろでは魔戦部の三人が固まっていた。
梨々花はそれに構わずに続ける。
「日本はこれからレイドの歴史を塗り替えていくから。
しっかり応援して盛り上げてほしいわね。
来奈、由利衣。あれ行くわよ」
「ちぇー、なんか仕切られてるし」
来奈がぼやきながら梨々花の横に立つ。
由利衣もクスクスと笑いながら並び立った。
そして、せーの、と呼吸を合わせると、満面の笑顔でカメラに向かってポーズを決める。
「チャンネル登録よろしく!!!」
配信終了。
……しっかりポーズの練習までやってたのかよ。
俺と政臣は、本日一番精霊を湧かせたヒーローたちを、拍手で労う。
レベルアップの軽快なサウンドが、ファンファーレのように鳴り響いていた。




