第131話 成り上がりの竜
あれから俺たちは、二つ目の塔の周囲をうろついていた亜竜ゾンビの群れを撃破した。
すっかり片付いた玄室に残された塔を登ると、やはりそこにはスタンプ台と、謎のスイッチが据えられた台座がある。
スタンプを押すと、今度は風が吹き抜けるようなマークだった。
さっきはコウモリの翼のようなデザインだったが――。
やはり、ここにも明確な手がかりはない。
そして……。
またもや、梨々花がスイッチを押すと、塔を中心にして上空へ魔法陣が広がった。
由利衣によると、中ボスらしき個体の魔力が跳ね上がったらしい。
なんなんだろうな、いったい……。
考え込んでいると、梨々花がボタンを連打している音に気づいた。
「おい、桐生院……!」
慌てて止めに入る。
だが梨々花は、俺の制止など意に介さず、由利衣へと振り向いて一言。
「これ、押した回数でパワーアップが加算されたりしない?」
由利衣は、静かに首を横に振った。
連打には意味がないらしい。
どうやら、単なるオン・オフの切り替えだ。
新たな謎があれば、体を張って検証。
そこには、飽くなきコンテンツ探究者の姿があった。
……しかし、何が起きるか分からないものを連打するとは。
本当に、恐ろしいやつだ。
とりあえず、スイッチをオフにして、塔を降りることにした。
***
この日の攻略は、ここまで。
宵鴉を含めて三手に分かれたこともあり、進捗は上々だった。
亜竜ゾンビも、すでに半数以下に減っている。
この調子なら、六階の環境も徐々に改善されていくだろう。
俺たちは再び合流し、宿へと引き上げた。
宿の食堂では情報交換が始まり、俺は山本先生と晩飯を作りながら耳を傾けていた。
あちらが見つけた塔も、二つ。
これで、六階には合計四つの塔が存在することになる。
問題は、やはりスイッチだ。
クラリスが、当然のような顔で押そうとしたところを、ティナが押しとどめたという。
とりあえず、俺たちの意見を聞いてからにしよう、と。
ティナは苦笑交じりに言った。
「あんな怪しいのを、考えもなく押すなんて。
自殺行為だと思わない?」
その言葉に、クラリスは「そのスリルも冒険だ」と、相変わらずブレない。
ティナは、スイッチに暁鶴の防御結界を幾重にも重ね、必死で抵抗したらしい。
――こっちは、連打しまくりだったがな。
俺は黙っていようと思ったのだが。
梨々花が、さも当然のように口を開いた。
「押した場合、中ボスがパワーアップするみたいですね。
目的までは、まだ掴めていませんが」
ティナは、しばらく言葉を失ったまま固まっていた。
だが、クラリスは楽しそうに口元を緩める。
「ほう、パワーアップか。
珍妙なボスモンスターもいたものだな」
梨々花は、小さく頷いた。
「このダンジョンの特性を考えると、
意味もなくパワーアップするとは思えません。
きっと、それに見合う“何か”があるはずです」
そして、今度はまっすぐにティナの目を見る。
「日本には、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という言葉があるわ。
お宝を求めるなら、それ相応のリスクは覚悟しないとね」
その一言で、ティナの瞳孔が開いた。
このパターンで、彼女は念願の式神を手に入れることができたのだ。
――梨々花の嗅覚には何かがある。
ティナの目には、その確信の光があった
そして、それは、おそらく正しい。
ダンジョンでは、ハードなチャレンジャーにこそ、精霊は応えてくれるのだから。
ティナは、ごくりと喉を鳴らした。
「お宝って……何よ?」
「さあ? 分からないわ」
何か言いかけたティナを、梨々花は手で制す。
「まあまあ……言いたいことは分かってる。
でもね、これから少しだけ付き合ってもらえないかしら?」
そして、その視線をティナから俺へと移した。
「先生。夕食は、一人くらい増えても大丈夫ですよね?」
……考えは、読めた。
俺が黙って頷くのを確認すると、梨々花はガタッと席を立つ。
そのまま、冒険部のメンバーへと声をかけた。
「来奈と由利衣も、一緒にお願いね」
そう言い残して、食堂を出ていく。
訳が分からない様子で追いかける来奈の背中を見送りながら――
……シャンパンでも、冷やしておくかな。
そんなことを考えていた。
***
「あ〜。悪いわね〜」
すっかり出来上がった魔女に、来奈はにこやかに酌をする。
「でさー。
六階、ほんとヤバくて!
ヒマワリのおかげで助かったんだけどさー」
六階の様子と、俺たちの攻略方法を聞き終えると、魔女は楽しそうに声を立てて笑った。
「へぇ、大変なことになってたんだ。
それにしても、面白いこと考えるじゃない。
この調子なら、ドラゴンゾンビもいけるかもねー」
そう言って、グイッとシャンパンを煽り、生ハムとカルパッチョのサラダをつまんだ。
「それなんだけどさー。
やっぱ、ドラゴンゾンビって強いんだよね?」
魔女は、「ん〜」と唸った。
「まあ、強いけどね。
でも、ここまで来られたなら、そこまで理不尽な相手じゃないわよ。
――初期設定なら」
「初期設定……?」
来奈の目に、はっきりと好奇心の色が宿る。
核心に、踏み込みつつあった。
そこへ、梨々花が畳みかける。
「あ、よかったらキャビアどうですか?
お口に合うといいんですけど……」
生ハムを原木のままかじっていたリズが、「あらー」と嬉しそうな声を上げる。
梨々花はそちらにも手早く給餌しつつ、クリームチーズとトマト、オリーブオイル、そしてたっぷりのキャビアを乗せたブルスケッタを魔女の前へ差し出した。
「シャンパンも素敵ですけど、キリッと冷えた日本酒も魚介とのマリアージュがお楽しみいただけますよ。
混ぜものなしの、大吟醸です」
グラスにトクトクと注がれた日本酒が、薄く結露する。
魔女はそれを、満足そうに眺めていた。
「……まあ、何を聞きたいのかは、だいたい分かるけど。
別にいいわよ。誰かに止められてるわけでもないし」
そう言ってから、ゆっくりと視線を上げる。
目の下を朱に染めたまま、梨々花を見据えた。
「でも――言っとくけどね」
魔女はグラスに手を伸ばして一口。
ふう……と息を吐いてから、静かに言った。
「死ぬわよ。冗談抜きで」
軽い調子だが、妙な凄みがあった。
その場の体感気温が、数度ほど下がった気がする。
だが、そんな空気の中で。
熱気に煽られたような目をした梨々花は、魔女へと顔を寄せた。
「それって、どのくらい強いんですか?
……ダンジョンマスターよりも?」
魔女は、くすりと笑う。
「あのドラゴンゾンビはね。
正確には、ダンジョンマスターの配下じゃないのよ」
そう前置きしてから、魔女はさらりと続けた。
「精霊と、直接契約してるの」
そして、魔女の話が始まった。
概要をかいつまむと――
ドラゴンゾンビの生前の名は、ヴィーヴル。
真竜の一体だ。
なお、ダンジョンにおけるドラゴンには、大きく分けて二種類が存在する。
ひとつは、恐竜のような外見を持つ亜竜。
第三層で大量に相手をしたし、現在も六階にはびこる、そいつらのゾンビを掃除している最中だ。
そして、もうひとつが真竜。
こちらは、次元が一つ……いや、二つも三つも違う。
神話伝承に名を連ねる存在であり、高度な知能、強靭な肉体、そして強大な魔力を併せ持つ。
熟練の魔法使いが束になったところで、まず敵わない。
特に厄介なのが、やつらの操る竜魔法だ。
ブレスに乗せて放たれるそれは、上級魔法をも凌ぐ威力を誇る。
ちょっとやそっとの防御結界など、ティッシュペーパーを突き破るよりも簡単に、跡形もなく消し飛ばされてしまうだろう。
しかし――
そのヴィーヴルも、数千年前に、とある魔法使いによって討伐されたという。
人間に討ち倒されたヴィーヴルは、精霊に、より強い力で復活させてほしいと祈願した。
その願いを聞き入れた精霊は、代わりに、ヴィーヴルに試練を課す。
それは――
ドラゴンゾンビとなり、強き冒険者たちの挑戦を、五回受けてやること。
すべてを果たせば、より強い身体での転生が許される。
その条件のもと、ヴィーヴルは、初代ダンジョンマスターが創設した隠しダンジョンへと招聘されたのだ。
ただし。
真竜の力は、あまりにも強大すぎた。
そのため、ハンデとして身体の各部位には能力低下の封印が施されている。
それが――初期状態。
もし、封印を解除した状態で戦う冒険者が現れれば。その分はボーナスとして、ヴィーヴルの転生後の強さに反映される。
その代わりとして、ヴィーヴルは封印解除に応じた冒険者へ、謝礼として生前の自身の体の素材や能力の一部を譲り渡すという。
すなわち、こうだ。
・全封印(初期値)
ドロップアイテム:竜の牙 ※初回クリア特典
・翼の封印解除
ドロップアイテム:竜の加護
・手足の封印解除
ドロップアイテム:竜の血
・尾の封印解除
ドロップアイテム:竜の鱗
・ブレスの封印解除
ドロップアイテム:竜魔法
そして。
全封印解除で勝利した冒険者には、精霊から「ドラゴンスレイヤー」の称号が与えられるという。
これが具体的に何のメリットがあるのかは、魔女にもわからないという。
ここまで言えば自明だが。
四つの塔に置かれていたあのスイッチこそが、封印解除と再封印の切り替え装置である。
なお、封印解除状態で戦った場合、解除一つにつき冒険者挑戦権を一回分消費する、という条件でヴィーヴルは精霊と取引していたらしい。
うまくいけば、一回挑戦を受けてやれば即転生――
ヴィーヴルは、そう期待していたらしい。
だが、現実は甘くなかった。
二代目から五代目までのダンジョンマスターは、全員、初期値のままで挑戦したという。
それだけの強敵なのだ。
すべてを聞き終えた梨々花は、魔女に確認を始めた。
「つまり、冒険者挑戦権は、あと一回なんですね。
私たちが勝てば、ヴィーヴルはいなくなると」
魔女は、コクリと頷く。
このダンジョンでは、もうリスポーンしない。
吸魂符への封印も、できないだろう。
だが、梨々花が気にしているのは、そんなことではなかった。
「真竜の素材と能力を得るチャンスは、最初で最後……。
それなら、全封印解除一択でしょう」
その場に、静かだが、はっきりとした声が落ちた。
「それは、勧めないな」
意外にも、声の主はクラリスだった。
この場で、実際に真竜と戦った経験があるのは、彼女だけだ。
レイドで出現することがある。
もっとも、レイドに招かれる真竜も、精霊によって大幅なハンデを課されているというが。
クラリスは、梨々花の目を見て、諭すように言った。
「ヴィーヴルとやらのフルパワーが、どれほどのものかは分からない。
だがな――」
澄んだ碧眼が、歴戦の記憶を辿っている。
現役最強の戦闘魔法使いの一言が、テーブルを囲む俺たちに、ずしりとのしかかった。
「少なくとも、レイドで出てくるやつより弱いとは、到底思えないな。
……世界中のトップレベルの魔法使いが、本気で挑む相手だぞ?」
強者と戦うことを歓びとする彼女とて、勝負にすらならないゲームには乗らない。
――クラリスの言葉に、一同静まりかえる。
リズの咀嚼音と、魔女の喉を通る日本酒の音だけが、やけに大きく響いていた。
……まあ、普通はそうだな。
俺自身、正面から勝てるとは到底思えない。
精霊の特典である人狼化を使えば、死にはしない。
だが、ダメージを与えられるかどうかは、また別の話。
それに変身には、厳しい時間制限もある。
正直なところ、真竜の牙を持ち帰れるだけでも、破格の成果と言っていい。
これ以上、欲の皮を突っ張らせれば、待ち受けるのは破滅だ。
クラリスは一同にその現実が浸透したのを確認すると、ようやく自身の皿へと視線を落とし、サーモンのカルパッチョにフォークを伸ばした。
そこに、梨々花の声。
「なるほど。
クラリスさんの言葉、よく理解しました」
さらに続いた。
「そこで、なんですけど」
フォークが、ぴたりと止まった。
クラリスはゆっくりと顔を声の方に向ける。
その視線が梨々花と合う。
その瞳に映るのは。
切れ長の目に妖しい光を湛えた、満面の笑顔。
「私に、ひとつ考えがあるんです」
……きた。
梨々花は、ミネラルウォーターに唇をつけて、小さく喉を鳴らした。
そして、滑らかになった口から、作戦がもたらされたのだった。




