第130話 スイッチ
由利衣の索敵結果によると、亜竜のゾンビと思われる魔力反応は、およそ千体。
ほかにも小さな反応が無数にあるが、それらは六階の掃除屋たちだろう。
適正な数が何体なのかは、正直分からないが……。
リズの雑感では、百から二百程度で循環させるのが良いのでは、という意見だった。
ここの広さは、だいたいゴルフ場と同じくらい。
東京ドーム換算で、およそ二十個分。
となると、ドーム一つにつき十から二十体ほどか。
どんぶり勘定だが、まあ妥当な数字にも思える。
ちなみに、魔戦部の連中は、山本先生が監督している日は、一日で五十体以上がノルマ。
他の冒険者もいることを考えると……。
やはり、過多なのかもしれない。
ただ、昔は日本だけでも、多くの魔法使いが亜竜狩りをしていた。
おそらく、以前は掃除屋もそれなりに配置されていたのだろう。
だが今の中級以上の冒険者は、第三層より先の高付加価値の階層へと活動の軸を移している。
これも時代だ。
リストラによる最適化で、残されたリソースが急なピークに対応できず、火を吹いている。
そんな、どこかで見たような現場の光景が、ここにもあった。
俺はそっと、スカベンジャーたちの疲れた背中を偲んだ。
せめて彼らに、一時の平穏を。
――というわけで。
手分けして、ゾンビの間引きを行うことにした。
・チームA
俺、来奈、由利衣、梨々花、政臣
・チームB
クラリス、ティナ、暁鶴、山本先生、リズ
・遊撃
宵鴉
結界の維持は、由利衣と暁鶴。
花への魔力補給は、梨々花とリズで手分けする。
宵鴉は、好きに狩ってもらう。
山本先生は、リズへのカロリー補給 兼 マップ埋め。チームBのブレーンだ。
梨々花は山本先生にタブレットを渡し、自身はスマートグラスを装着した。
こうして、俺は冒険部メンバーを引き連れてゾンビ恐竜狩りを開始した。
***
踏み入れた玄室は、広さと高さのある開放的な空間だった。
天井まで、五十メートルは優にある。
中央付近には、螺旋階段の付いた塔が立っている。
何のためにあるのかは、一見して分からない。
そして、大量の翼竜ゾンビの群れ。
腐肉と骨が空中を舞う光景は異常だ。
だが、ダンジョンにおいて、何が正常かという問い自体に、意味はない。
見ると、掃除屋のハゲタカモンスターが奮闘しているが、どう見ても多勢に無勢だった。
俺は、思わず声を漏らす。
「あれは、ミスリル攻略のときのやつだろうな」
お久しぶりだ。
だが、ゾンビとなった今は、その面影は跡形もない。
由利衣の魔力サーチによると、数はおよそ百五十体。
塔は、まるで止まり木のようだった。
奇妙な果実を実らせたかのような、異質な姿。
梨々花が、ぽつりと呟く。
「あの塔が何かは分かりませんが……
まずは、翼竜の駆除ですね」
第三層で出てきたときは、個々の強さはそれほどでもなかった。
しかし、過去に勝てたモンスターだからといって侮ると、あっという間に足元をすくわれる。
それがダンジョンだ。
俺は、ちらりと来奈を見る。
そういう意味では、こいつが一番危ないのだが……。
来奈は、左脇のホルスターからハンドガンを引き抜くと、魔力集中を始めた。
――いや、悪くない。
「入江。移動と、攻撃と、防御の高速魔力切り替えを、焦らずにやるんだ。
星の魔眼の新しい戦い方を、視聴者さんに見てもらうんだな」
来奈は、顎を軽く縦に振った。
目線は目の前のモンスターの群れを見据えている。
戦いの前で魔力集中がしっかりできているのなら。
心構えは十分だろう。
「教官。後ろは任せたから」
来奈はそう言って、一歩前に出た。
なかなか、頼もしいことを言うようになった。
「……油断するなよ」
「はーい」
来奈は、ちらりと振り向いてニカッと笑う。
正面を向いた時には、ヒマワリの残像を残して風になっていた。
飛来した翼竜が、来奈に襲いかかる。
――魔眼が世界の解像度を上げていく。
ひらりと側面に回り込んだ。
スローモーションの映像の中で、空気の流れと、力の向きと、そして魔力の走り方が、重なって見えた。
ショップの店員に教わったシューティングフォーム。
まだ固い――それも、承知の上だ。
射撃も毎日の訓練に組み込むと決めていた。
至近距離から、魔力弾を数発。
腐乱した脳を撃ち抜かれた翼竜は、魔力を乱され、そのまま墜落する。
床にヨロヨロと這いつくばった。
「次いくからー!」
そう言い残し、来奈は、すでに次のターゲットへと駆けていた。
あまり離れるんじゃない……。
と、言いかけたところで、背中から声をかけられた。
「コーチ」
振り向くと、由利衣と梨々花のどこか嬉しそうな顔があった。
「来奈、やっと自分に自信が持てそうだって言ってましたよ。
……コーチのおかげだって」
一方の梨々花は、軽く肩をすくめて言った。
「私から見たら、今までも十分ゴリラなんですけどね。
まったく、自己評価が低いというか……」
……なるほど。
Rの俺には分からない葛藤が、SSRにはある。
人類最高峰の魔法使いとしての理想と現実。
そして今――
あいつは、ようやくその理想の入口に立ったのだろう。
梨々花は、穏やかな笑みから一転。
切れ長の目に力を入れて戦闘モードへと入っていく。
「私も負けるわけにはいかないですね。
来奈が最強の近接戦闘魔法使いを目指すなら……」
杖を振るうと、放たれた炎弾が、来奈の銃弾を受けてよろめく翼竜ゾンビを包み込む。
燃え上がったそれは、やがて光の粒と化した。
「私は、最強の攻撃魔法の使い手になる予定なので」
不敵な笑みを見せた。
その宣言に、どうやら由利衣にも火がついたらしい。
「パワーアップしたのは、来奈だけじゃないからねっ」
レールガンが唸りを上げ、空中のゾンビを貫いて粉砕する。
「これから、もっとコンテンツを盛り上げていきましょ!
わたし、ワクワクしてるんです」
ふわりと笑ってみせた。
……こいつは、負けていられないな。
俺は腰の村正に右手をかけ、踵を返した。
「じゃあ、視聴者さんに恥ずかしくないバトルをやらないとな。
行くぞ。桐生院、黒澤」
来奈が手を振りながら叫んでいる。
「来ないなら、あたしが全部倒しちゃうけどー?」
まったく。調子に乗るんじゃない。
一歩踏み出す俺の背中に、成長した教え子たちの足音が続いた。
***
あれから俺たちは、翼竜ゾンビを狩りまくった。
上空の個体は、梨々花と由利衣。
襲いくるものは、来奈と俺。
気づけば、残数は三体。
減らしすぎかもしれないが。
まあ、そのうちまた、魔戦部の連中が供給するはずだ。
そして、俺たちの目の前には謎の塔があった。
高さは三十メートルほど。
螺旋階段が据え付けられた太い円柱が伸び、頂上付近に展望台のようなものが見えた。
とりあえず、登ってみることにした。
螺旋階段は、ひとりが登るのがやっとの幅。
さきほどまで翼竜が群がっていたせいか、ギシギシと嫌な音を立てている。
危なっかしいので、代表して俺が登ることになった。
政臣より、上をスマホで動画撮影してきて欲しいと指示を受ける。
以前、
「――佐伯さん、小型カメラ付きのヘルメットかぶりません?」
と、提案を受けたこともあるが。
断固拒否していた。
今はハエトリグサを載せているが。
そんな格好でダンジョンに潜るのはごめんだ。
代わりに、スマホで動画を撮るくらいならお安い御用だった。
螺旋階段をきしませて登ると、展望台へと出た。
円柱をぐるりと周るように足場があり、胸の高さまでの手すりが据えられている。
そこにあったのは、スタンプラリーの台。
そして――謎のスイッチ。
クイズ番組で見かけるような、赤い押しボタンが台座に乗っている。
押せと言わんばかりの存在感。
ダンジョンの中では、あまりにも異質。
俺は、あえてそちらから視線を外し、とりあえずスタンプラリーを埋めることにした。
コウモリの翼のような形をしたスタンプが、用紙に押される。
一階の魔女の部屋では、特に意味のなさそうな猫のスタンプだった。
これも――たぶん、意味はないのだろう。
そう思いながら、階段を降りようとした。
……はずだったが。
気づけば、俺の視線は謎のスイッチを捉えていた。
そこにスイッチがあれば、押す。
それが、男子というものだろう?
だが、その前に。
俺はスマホの撮影動画に、ナレーションを入れる。
「あー。なんだろうな、これは。
謎の仕掛けかもしれない。さて、どうしたものかな……」
政臣のようなテンションとはいかない。
視聴者さん向けに、もう少し盛り上げを意識したほうが良いのだろうか?
軽く咳払いして、TAKE 2。
声を潜めてボソボソと、囁くように。
「みなさんっ。出ました、謎の物体。
ドキドキですねー。
え? 押してみろって?
いいんでしょうか……やっちゃいます?」
これも、何か違うのかもしれない。
「うわ! あかん。あかんて、これっ!!
怪しさモリモリですやん!!
押すん!? 押す? ホンマ?」
……難しいな。
後で動画は削除しておこう。
「――何やってるんですか、先生?」
肩が大きく跳ねた。
「桐生院、いつの間に?」
振り返り、あえて平静を装う。
「ここにはスタンプ台だな、あとでクラリスたちにも教えてやらないと。
お前たちも押したらいい」
「スタンプのことより。
怪しさモリモリの、そのスイッチは押さないんですか?」
梨々花は、チューリップを斜めに揺らして小首をかしげた。
……。
「そ、そうだな。
でも、まさか塔が自爆なんてしないよな?」
「さあ、どうでしょう……
いま、私の目の前で盛大な自爆がありましたし」
そう言って、俺の方に歩み寄ると、躊躇なくスイッチを押した。
何も起きない。
――いや。
下から来奈の声。
「ちょーっと、何があったの!?」
俺は手すりから身を乗り出して、下へ声をかけた。
「どうした?」
「うえだってば、上ー」
上?
首を捻って見上げる。
そこには――
この塔を中心に、上空に巨大な魔法陣らしきものが描かれていた。
このスイッチを押したせいか?
無関係なはずはない。
俺は慌てて、スイッチをもう一度押す。
恐る恐る、手すりから身を乗り出して見上げると……。
魔法陣は、何事もなかったかのように消えていた。
梨々花が連打しようとするのを制して、とりあえず塔を降りることにした。
……あれは、何かろくでもないことが起きる予感がする。
案の定、地上で待っていた由利衣が、血相を変えて俺に言った。
「あの魔法陣が見えたとき、ものすごい魔力反応が出たんです!!」
マップと照合すると、今もなかなか強い魔力反応が存在する。
話によると、これが一時的にパワーアップしたらしい。
おそらく、こいつがボスだろう。
しかし、スイッチを押すと強くなるという意味が分からない。
「今でも勝てるかどうか……な魔力反応なんだがな。
こいつがさらに強くなるなら、押さなければ良いだけの話だよな」
一同首を捻るが、誰も答えを持ち合わせていないのだ。
とりあえず、まだまだ亜竜のゾンビは多い。
ボスに挑むのは、それらを片づけてからだろう。
それに、マップ埋めも終わっていないのだ。
俺たちは、ひとまず謎の塔とスイッチは後回しにすることにした。
そして、その先の玄室へと足を踏み入れる。
今度はティラノザウルスのゾンビがうろついていたが、俺たちの視線は別のところにあった。
梨々花が呟く。
「同じ、塔ですね」
そして、おもむろにスマホを取り出して電話をかけだした。
「……そうですか。
ええ、分かりました。そちらも気をつけて」
梨々花は通話を切ると、俺たち一同をゆっくり眺めて言った。
「山本先生に聞きましたが、向こうでも塔を見たそうです。
やはり、スイッチがあったと」
単にゾンビを片づけて終わり。
……ではなさそうだ。
この六階の攻略は、まだ全容が見えなかった。




