第129話 花ざかりの魔法使い
――俺たちの頭に花が咲いた。
比喩ではない。
六階攻略の作戦はこうだ。
・由利衣と暁鶴の連携で、各人に防御結界を厚く張る
・リズの生み出した、空気清浄効果の高い花を頭に乗せる
・梨々花が定期的に花へ魔力補給を行う
こうして、結界内の空気を浄化しながら攻略を行うのだ。
花の根っこを、ヘルメットのベルトのように締めて固定。
メルヘンな魔法使いたちの姿がそこにあった。
こちらは、今年で三十九のおじさん。
だが、恥じらいを捨てなくては、このダンジョンでは生き残れないのだ。
大輪のヒマワリを頭に乗せた来奈がぼやく。
「ちょっちバランス難しいなー」
まあ、そこは慣れていくしかない。
リズは視聴者さん向けのサービスなのか、全員に違う花を用意してくれた。
来奈……ヒマワリ
梨々花……チューリップ
由利衣……白百合
山本先生……タンポポ
政臣……菊
クラリス……薔薇
ティナ……マーガレット
リズ……スミレ
なかなか、彩り鮮やかだ。
そして俺の頭には、巨大なラフレシア。
「……なあ、何で俺は食虫植物なんだ?
それに、臭うんだけどな」
リズは、
「あらー。
よく勘違いされますけど、ラフレシアは食虫植物じゃないんですよー」
と、にこやかに答える。
いや、論点はそこじゃない。
ドラゴンゾンビの腐臭対策で花を乗せているのに、意味ないだろうが。
そこに、薔薇を乗せたクラリスの冷静な声。
「贅沢を言うものじゃないな。
六階の腐臭よりはマシだろう」
……イバラが痛くないのか?
だが、頭を肉体強化しているから平気らしい。
さすがは脳筋系魔法使いだ。
――話を戻そう。
俺の頭には、控えめな香りという理由で、ハエトリグサが代わりに乗せられた。
なぜ、今度は本当の食虫植物なんだ?
「サボテンの方が良かったですか?」
と、リズは儚げに聞いてくるが……。
もはやツッコミを入れる気力は削られていた。
このまま攻略へと進む。
俺たち一行は、いよいよ六階へと踏み出すのだった。
***
頭に乗せた花は、リズが魔法で生み出した特殊なもので、梨々花が魔力を補給している。
「ガンガン酸素を供給しますからー」と、リズの力強い言葉。
供給されすぎも不安だけどな。
本当に大丈夫なんだろうか。
だが、ここは賭けるしかなかった。
そして、また六階へ。
――腐臭は、大丈夫だ。
ティナは六階に入ると、宵鴉も召喚した。
早く実力を見たくてたまらないらしい。
気持ちは、分かりすぎるほど分かる。
そこで、宵鴉を先頭に探索を行うことにした。
額に角があって、闇堕ちしたような瞳を除けば、長身のスッとしたイケメンだ。
暁鶴も、おしとやかそうな和風美人。
華やかな雰囲気のティナが率いるパーティとして、なかなか絵になっている。
日本よりも、こっちの方が映えが――
などという考えは、おくびにも顔に出さずに宵鴉の後ろ姿を眺めていた。
最初の玄室に踏み込むと、さっそくモンスター登場。
その姿を認めた俺は、ぽつりと呟く。
「……亜竜のゾンビか」
亜竜は第三層で大量に出てきたが、いわゆる恐竜の姿をしたモンスターだ。
目の前のこいつは、デカい……。
十メートル以上はある。
肉がボロボロに腐乱し、骨が露出している。
ワニのような細長い頭部に、原型が崩れかけた背中の帆。
異様に長い尾、短い手足。前寄りの重心。
チグハグなフォルムだが、見るものを圧倒するスケールだ。
俺の隣で、恐竜博士の来奈が久しぶりに知識を披露した。
「スピノサウルスじゃん!!
ゾンビになってもカッケー!!」
頭のヒマワリを揺らし、キラキラとした目で見上げた。
そして、嬉しそうにキュレネを構える。
第三層に入ったばかりの頃は、ティラノサウルスに腰を抜かしていたのに。
もはや初々しさもない立派な戦闘民族だ。
だが。
俺たちの前に立つ宵鴉がスウッと、腕を軽く広げた。
仕掛けるつもりか?
来奈が、俺に判断を求める視線を送ってきた。
巨大亜竜ゾンビとの戦いにも興味はあるが、式神の能力にもワクワクしている――そんな顔だ。
俺は軽く頷いた。
「まあ……。ここは、お手並み拝見かな」
村正を構えたまま、見守ることにした。
迫りくる巨大ゾンビ。
宵鴉の背中は、その迫力にも一切の揺らぎがない。
そして……。
黒衣の式神は動いた。
開いていた腕をスウッと動かす。
右腕はまっすぐ垂直に伸ばし、左手は顔の前。
右足を上げ――カツンと靴音が響くと同時に、両肘の外側から刃が飛び出した。
そのまま右足に重心をかけると、まるで氷を滑るように前に進む。
いつの間にか、靴底にもブレードが付いている。
足を交互にけり上げ、一切の摩擦を感じさせないスピードで滑走。
ゾンビの直前で、右足を軸に後ろ向きになり、ツイーッと側面へと滑り込む。
そのまま――踏み切ってジャンプ。
回転しながら肘の刃を振るうと、スピノサウルスの頭の上を飛び越えて、ザンッと後ろ向きに着氷……いや、着地。
それと同時に、ゾンビの首は地に落ちた。
俺はあまり詳しくないのだが。これは……。
「五回転フリップですね」
チューリップをかき上げながら、梨々花の判定の声が飛んだ。
「いやいや、八回転いってたっしょ」
来奈の動体視力が正確に捉えていた。
カメラを構える政臣が、興奮の絶叫を上げる。
「すごいよ!!
こんな映えるバトル見たことないっ!!」
……というか。
能力説明にあった「全身から刃を伸ばす」というのは、こういうことか。
予想の斜め上だ。
首を失ったスピノサウルスのゾンビは、それでも止まらずに、宵鴉へと襲いかかる。
巨体を捻ると、腐肉をまき散らし、骨の鞭となった尾が迫った。
宵鴉は、滑走しながら右足を高く上げる。
靴底のブレードが伸び、尾を切断した。
そのまま、I字スピン。
勢いを殺さずに、ステップシークエンスに突入していく。
体当たりをひらりとかわしながら、ターンとステップを刻む。
そのたびに、靴底と肘の刃が巨体を斬り刻んでいった。
やがて、スピノサウルスのゾンビが光の粒となって散りゆく。
宵鴉は、俺たちに向けて、両足をカツンと揃えて腕を大きく広げた。
そして――
ゆっくりとお辞儀して左腕を胸元、右腕を後ろに回す執事ポーズ。
頭に花を咲かせた魔法使いたちは、全員惜しみない拍手を送っていた。
ティナのマーガレットが、パァァァっと上気する。
右手を口元にやり、キュンが止まらない。
「これが私の式神……
最高じゃない!!」
そして、暁鶴の方を見て、にこりと笑う。
「暁鶴もよろしくね。
あなたたちがいれば、怖いものなしよ」
巫女装束の式神は、懐から取り出した扇子を流れるように広げた。
扇子を差し出すようなしぐさで腰を落とし、静かにお辞儀。
――式神術というのは、俺もほんの噂程度でしか知らなかったが。
この二体は、凡百の魔法使いを遥かに凌ぐ実力だ。
なるほど、世界は広いな。
みな、ヤンヤヤンヤと宵鴉を取り囲んでいる。
おじさんが村正を振るったときとは大違いだ……いや、言うまい。
「あたしもスケートやってみようかなー!」
すぐに触発される能天気。
「リアルタイム配信じゃないのが悔しいなあ!
編集のとき、音楽入れとくから!!」
プロデューサー魂にも響いたようだ。
そして、そこからは。
六階の戦場はショータイムへと変わった。
***
宵鴉がレイバックスピンでラプトルのゾンビを斬りつける光景を眺めていると、奇妙な気配を感じた。
玄室の隅の空間が揺れ、ゴソゴソと動き出したのは、巨大なシデムシ。
由利衣はその姿を目にすると、「ひいっ」と引き声を発した。
つま先から白百合にかけて、大きな震えが走る。
すかさず銃を構えた。
だが、虫はこちらには興味なさそうに、ラプトルの落とした腐肉を漁りだした。
ハンターではない。
いわゆる、スカベンジャーというやつか。
恐竜ゾンビ階に、こんなモンスターを配置する意味はあるのだろうか。
リズは興味深そうに呟いた。
「ダンジョンの不思議な生態系ですね……
でも、掃除屋さんがいるのに、この腐臭。
バランスがおかしいのかもしれません」
見ると、ゾンビ亜竜も果敢に抵抗してシデムシを振り払っている。
死体が動きまわっていては、掃除屋の仕事も大変だろうな。
そこで、梨々花が何かを思いだしたようにスマホを取り出した。
「二階のダンマス記念館の展示パネルですが。
六階のエコシステムがどうとか……
撮影しておいたんです」
戦闘は宵鴉に任せてもよさそうだ。
俺は梨々花の差し出したスマホを見た。
それによると――
ここのダンマスは第三層と業務提携していて、冒険者が倒した亜竜はゾンビ配置転換される。
数が増えすぎないように、スカベンジャーモンスターが捕食して、ゾンビは再びダンジョンへと還っていく……。
「なんだか分からないが、すごいな」
思わず感想が漏れた。
梨々花は、リズを見て言った。
「おそらく、バランスが崩れているのは、亜竜ゾンビの供給過多なんだと思います」
供給過多……。
そこで、はたと気づいた。
第三層で武器ガチャを回したいがために、魔石ドロップが美味しい真亜と呼ばれる個体を狩りまくったこと。
ミスリルの採掘権を巡る精霊の試練で、果てしなく湧いてくる翼竜を殲滅したこと。
そして……。
最近は、山本先生のレベルアップのために、魔戦部の連中が狩りまくっている――
思わず額に手を当てた。
「先生……」
「いや、みなまで言うな」
俺は、梨々花の言葉を制した。
おそらく、このまま時間が経てば、いずれは六階のゾンビの数は安定する。
腐臭も、ここまで厳しくはなくなるかもしれない。
そういう設計のはずだ。
だが、いつになるかわからない。
それを待っている余裕はない。
俺たちの所業のおかげで、知らない間に本来の攻略難易度を限界突破していたようだ。
しかし、そいつも因果というやつだろう。
ハエトリグサが、葉を俺の頭にそっと置いた。
――ドンマイ。
お前、そう言ってくれるのか?
ならば、教訓にはするが反省はすまい。
俺は、力強く声を上げた。
「行こう、ゾンビスイーパーだ」
緊急指令。
供給過多のゾンビ亜竜をダンジョンに還して、六階を正常化せよ。
こうして。
六階攻略は、宵鴉のエキシビションで幕が上がり――
ここからは、花を揺らめかせた魔法使いと、ゾンビたちとの戦いが始まるのだった。




