第128話 鬼神
五階ボス、餓鬼王を供養した後に残されたのは、六階へと続く階段とスタンプ台。
そして、宝箱。
クラリスが罠を解除する様子を、ティナは息をするのも忘れたかのような見つめ続けていた。
俺は、そちらも気にしつつ、拘束着の男を用心しながら見る。
こいつは餓鬼王じゃなかった。
……暁鶴の行動から、ある程度は推測しているが。
果たしてどうなんだろうな。
やがて、クラリスが静かに宝箱の蓋を開けると、出てきたのは野球ボール大の透明な玉。
こいつが呪魂……。
ティナが、おずおずと口を開いた。
「……で、それ。
どうやって使うの?」
クラリスは、魔眼能力のサイコメトリーで探る。
彼女の瞳が淡く黄金に輝き、呪魂の過去を探っていく。
そして。
おもむろに床に玉を叩きつけた。
その音に、思わず俺は振り向いた。
気づけば、玉は粉々に割れている。
「ちょっ……!!」
ティナの悲鳴にも似た声。
俺は何が起きたのか分からず、一瞬フリーズする。
だが、クラリスは冷静そのものの声で言った。
「解放してやるんだ。式神をな」
そして、視線を拘束された男に移す。
俺も、つられてそちらを見ると……。
手足を拘束しているベルトが外れていく。
次に、顔に被っていた鬼の面が中央から縦に亀裂が入り、パンッと割れた。
あらわれたのは、端正な顔立ちの青年の鬼神。
額の中央に角が生えていて、目は白目の部分が黒く、黒目の部分が血のように赤い。
拘束の解けた黒衣をなびかせた青年は、コツコツと足音を立ててティナへと近づくと……。
目の前で片膝をついた。
そして、光の粒となってティナのスマホへと吸い込まれていく。
スマホアプリを確認すると、そこに登録されていた名前は、
『宵鴉』
暁鶴に続く式神だった。
能力は、全身から刃を伸ばす……と、書かれていた。
剣士タイプなのだろうか。
ティナは、スマホをギュッと抱きしめた。
ソロ冒険者の彼女にとって、式神の入手は悲願だ。
それも、いきなり二体。
回復・防御タイプの暁鶴と、前衛アタッカータイプと思われる宵鴉。
彼女自身の能力と装備品も一級。
ひとり攻略パーティの爆誕だった。
ティナは、俺たちに向かって明るい笑顔を見せる。
「次は六階。
ドラゴンゾンビの討伐よね!
あなたたちの番。協力は惜しまないわよ!」
倒したドラゴンゾンビはうちが吸魂符に封じ、お宝の竜の牙はクラリスのものだ。
リッチーに次ぐ、このダンジョンの二番手。
どれだけの化け物だろうか。
だが、そこに制止の声がかかる。
「ティナさん……。
今日はもうそろそろ。
お夕食の時間じゃないでしょうか」
リズだ。
あれだけ食ったのに。
……まあ、リズはさておき。
今日は皆、料理や食材の調達やらで大忙しだった。
そろそろ、宿に戻るのもいいだろう。
そんなわけで、六階の攻略は明日へ持ち越し。
帰還の最中、リズはずっとお好み焼きへの熱い思いを由利衣に語っていた。
***
宿の食堂で俺は鉄板の用意をしながら、ティナから式神のことを聞いていた。
ティナもよく分かっていないのだが。
アプリの説明を熱心に読んでいる。
それによると。
依代となるアプリに潜む式神には、召喚者からの魔力供給が必要らしい。
式神を制御するためのものだ。
与えた魔力が尽きるか、式神がやられれば、スマホへと戻る。
やられた場合、再召喚には半日ほどのクールタイム。
さらに――
召喚は初回は、お試し無料。
二回目以降は、対価が必要になる。
対価は、アプリに登録したクレジットカードからの引き落とし。
暁鶴はダンジョン共通通貨三十万G。宵鴉は五十万G。
限度額は大丈夫なんだろうか……。
と、余計な心配をしてしまったが、そこは有名冒険者。
天下無敵のブラックカードだ。
それでも対価は安くはない。
しかし、ティナは何でもない顔で言う。
「頑張ってガンガン稼ぐわよ。
それより、行きたいときにダンジョン攻略を自由にできるなんて、最高じゃない」
普段は、攻略の要所ごとに他パーティとコラボしている。
それはそれで悪くはないが。
やはり、しがらみのない攻略の方が性に合っている。そんな感じだ。
ティナは付け加えるように、テーブルの向かいに座る梨々花へ言った。
「あー、もちろん。
あなたたちとのコラボは大歓迎だから。
隠しダンジョンクリアしたら、このまま五階層も一緒にやらない?」
それは気が早いが。
五階層のメインステージの城は、悪魔系が多い。
光魔法の使い手がいるかどうかで、攻略難易度は雲泥の差になる。
できれば梨々花も、それまでには使えるようになってほしいところだ。
そして、上機嫌のティナは、今度は魔界について語りだした。
悪魔の心臓――
最上位魔神のドロップアイテムを七つ集めると、魔界と呼ばれる隠しダンジョンへの転移扉が現れるという。
俺たちが第四層の遺跡で手に入れたのは、そのうちのひとつ、アスモデウス。
ティナ自身は、マモンを所持しているらしい。
あと五つもあるのか……。
先は長そうだ。
ティナは、軽い調子で言った。
「とある政府系プロジェクトの報酬でもらったんだけど。
これ、なかなかの極秘情報なのよね」
プロジェクトの内容については、下手に好奇心を示さないほうが長生きできそうだった。
なにしろ、審判の能力を応用すれば、電子機器のジャミングからネットのハッキングまで可能ときている。
何をやらかしたのやら……。
梨々花が聞きたそうに口を開きかけた、その瞬間。
俺は強引に割り込んだ。
「で、その魔界に行くと、何があるんだ?」
ティナは軽く肩をすくめる。
「かなり昔の魔法使いが封印した財宝があるとか、どうとか……。
その魔法使いが使役していた式神もいるって話で、私はそこに惹かれたんだけどね」
断片的な情報によれば。
歴史にも残っていない、もはや神話の領域に属する時代の、伝説的な魔法使いの遺産。
なんとも胡散臭い。眉唾ものの話だ。
――だが、ロマンではある。
さっそく食いついてきたのが、来奈だった。
「伝説のお宝かあ……!
あたしも魔界でウハウハしたいんだけど!!」
ブレないやつだ。
ティナは大きく頷くと、そのまま取引に入る。
「式神は私がもらう。
金銀財宝は山分け。アイテムや新魔法なんかは、そっち。
……これでどう?」
この条件提示には、梨々花も満足そうだった。
取らぬ狸の皮算用、ではある。
だが、冒険者とはそういうものだ。
まだ見ぬお宝への夢こそが、次の一歩を踏み出す原動力になる。
そこに――
場違いな声が飛んできた。
「じゃあ、さえき亭の魔界店もですね!
私、頑張っちゃいますからっ!!」
山本先生の、気合いの入った宣言。
ついてくる気満々。
どうやら、各階層を制覇する前提で話が進んでいるらしい。
この隠しダンジョンでは、昼はカフェテリアとラーメン、夜は創作居酒屋――
コンセプトがあるのかないのか、よく分からない店舗形態になるようだ。
そして、そのすべてが。
俺抜きで、山本先生と梨々花の間で進められていた。
……先のことを考えるのは、よそう。
今日は、みんな大好き、お好み焼きだ。
鉄板から、香ばしい匂いが立ちのぼる。
由利衣は、丁寧にリズの分をひっくり返しながら、途切れることなく供給を続けている。
クラリスやティナの口にも合ったようで、上々の評判だった。
第四層の店舗は鉄板焼きとホルモンにしよう、などと、政臣が適当なことを言いだしているのを聞き流しつつ。
俺も、熱々の生地にかぶりついた。
***
翌日。
第六層へと踏み入れた俺たちは、猛烈な腐臭に襲われた。
「教官……あたし、これ無理かも」
来奈が青い顔で口元を押さえる。
俺だって平気ではない。
三分も持たなかった。
たまらず、俺たちは五階へと撤退する。
ティナは自分の服の袖を嗅いで、露骨に顔をしかめた。
「あー、もう!! ニオイ移ってるし!!
髪も洗いたいー!!」
由利衣も、「ちょっと……気分が……」と、その場にしゃがみ込む。
一階で渡された紙には、こう書いてあった。
『ドラゴンゾンビと配下のモンスターの腐れ肉の臭いが、少し気になるかも』
イメージキャラクターの腐乱犬くんのコメント。
……少し、どころじゃないだろう。
多少なら、風をまとわせて防ぐこともできる。
だが、循環している空気そのものが汚染されていては意味がない。
「こいつは……防護服が必要かもな」
冗談を言っているわけではない。
腐臭というのは、それだけ厳しい。
梨々花が、ハンカチで口元を押さえながら問いかけてきた。
「先生……
これまでに遭遇したアンデッドは、臭いなんてありませんでしたが」
「モンスターは、精霊が生み出したものだからな。
そういうのは匙加減だ」
ドラゴンゾンビだけ、ディテールに凝らなくてもいいだろうに。
これも攻略してみせろ、というダンジョンマスターの試練か。
大先輩め……。
しかし、実際問題どうしたものか。
由利衣の結界を厚くして、五階の空気をまとったまま踏み込むか……。
いや、この大所帯だ。
すぐに酸欠になるだろう。
思考を巡らせていると、山本先生が控えめに手を挙げた。
「あの。これと同じことが第四層でもありましたよね」
第四層の毒沼。
奥地では、空気そのものに毒が満ちていた。
あのときは……。
俺は、ゆっくりとリズへ視線を向けた。
五階に続き、六階の攻略も彼女が鍵か。
「なあ……」
声をかけると、うつ伏せのまま床に伸びていたリズが、すっと身を起こす。
そして、儚げな顔で、やけに頼もしいセリフ。
「どうやら、ここは私の出番のようですね」
右手に魔力を込める。
ダンジョンの床にピョコンと芽が吹き出した。
それは瞬く間に成長し、根を足のように動かして、六階への階段を登っていく。
「空気の浄化効果を持つ子です。
ただ……数が必要ですね」
そう言って、リズは俺の目を見る。
……この状況で、食欲があるのか?
そこへ、梨々花が一歩前に出た。
「あの、私も手伝います」
そう言って、世界樹の杖を構える。
「育成に必要な魔力は、私が供給します。
リズさんは……芽を増やしてもらえますか?」
二人の魔法使いの視線が重なり、環境を改善するための共同作業が始まった。
――とはいえ。
リズには、相応のカロリー補給が必要。
結局、俺と山本先生は急遽、飯を作ることになる。
クラリスは「さすが、健啖家だな」と、妙なところに感じ入っていた。
それから、しばらくの時間が過ぎ。
そろそろ大丈夫かと、六階へと続く階段を登る。
あれだけの腐臭は消えていた。
リズが生み出し、梨々花が育てた植物が空気を綺麗にしていたのだ。
ホッと息をつく一同。
さっそく、由利衣のマップ作製が行われる。
いままでの階の中で一番広い。
玄室ひとつひとつも、かなり大きめに設計されていた。
これだけの空間が腐臭に満ちていたとは、どうにもただ事じゃないな。
まあ、浄化されたのなら問題ないが。
……などと、そうは問屋が卸さなかった。
政臣が、げんなりとした声で言う。
「あの、だんだん腐臭……強くなってません?」
俺も思っていたが。気のせいだろうと現実逃避していた。
だが。
ものの一分も経たないうちに、誤魔化しきれないレベルになっていた。
「ちょーっと! 無理だって!!」
ティナが階段を駆け下りる。
俺たちも、それに続いた。
再び五階。
俺はポツリと呟く。
「どうしたもんかな……」
リズによると、生み出した花の魔力が次々に途絶えていく反応があったという。
モンスターにでも襲われたのだろうか。
ティナが肩を落として言った。
「あのさ。
協力は惜しまないって言ったけど。
程度ってものがあるっていうかー。
あれは勘弁かな」
そいつは責められないが。
しかし、困った。
腕組みして考え込んでいると……。
梨々花と由利衣とリズは、三人で何やらボソボソと作戦会議。
そして、急に円陣を組み出した。
「やるわよ! 私たちならできるわ!!」
梨々花の激が飛ぶ。
そして気合い注入後、ティナを見た。
「攻略を進めましょう。
ティナ、暁鶴の力を貸して欲しいんだけど」
……何をする気だ。
六階攻略は、ここからがスタートだった。




