第126話 餓鬼の解放
ダンジョンで定食屋デビューが決まった俺は、冒険部の多角化経営まで任されることになった。
なお、学院の生徒からバイトを募集するため、その採用担当も梨々花から申し付けられる。
一通りの伝達事項が終わると、梨々花は「まあ、それはそれとして」と、あっさり俺の人生設計を脇に置いて話題を切り替えた。
「三階のオレンジストーンを見てきましたけど、なかなかの量ですね。
一階の総合案内で話を聞いてきましたが、あの魔女さんが窓口で、借地権は年間五千万Gだそうです。
ティナも出資すると言ってくれましたから、冒険部で押さえました」
かなりの破格だ。
隠しダンジョンはアクセス性が良いとは言えないが、それでも、である。
梨々花はさらりと言い放つ。
「とりあえず、手付として半金を置いてきましたから」
五千万G規模の投資案件を、事後報告。
まだ立ち上げ前とはいえ、総務課長のやりたい放題だった。
「ただし」と、梨々花は続けた。
「本契約はダンジョンマスターを倒して、精霊に実力を認められたら、という条件付きです。
……ますます攻略のしがいがありますね」
不敵な笑い。
ティナも、最初はリッチーなんかに手を出す必要はないと言っていたのに、いつの間にか、やる気はマックスだった。
早く攻略を進めようと息巻いている。
隠しダンジョン攻略は、次は五階。
いよいよ後半戦へ突入する。
***
五階は、餓鬼の世界。
餓鬼とは、永遠に満たされることのない飢えと渇きに苦しむ地獄の住人。
そんな哀れな亡者たちの希望を叶えるために試練に挑戦し、餓鬼魂を百個集めることが攻略のポイント。
一階で貰った紙には、そう書かれていた。
……なんのことだか、よく分からない。
五階のマップを見る限り、ボス部屋までにいくつかの玄室はあるものの、構造自体は単純。
だが。
最初の玄室に踏み込んだ俺たちに、さっそく試練が舞い降りた。
そこにいたのは、一体の餓鬼。
陰鬱な顔で痩せこけ、腹だけが異様に膨れた亡者だ。
餓鬼は玄室の隅で突っ立っているだけ。武器らしきものも所持していない。
来奈がさっそく構えるが、どうやら襲ってくる様子はなかった。
それでも先手必勝とばかりに飛びかかろうとする来奈に、後衛から梨々花の声がかかる。
「“望みを叶える”って書いてあったから。
戦いじゃないんじゃない?」
来奈は「えー?」と怪訝そうな顔になるが、恐る恐る餓鬼に近づく。
俺も村正を抜き、妙な動きがあれば即座に対処できるよう構える。
「……ねえ。何かお願いごとあるの?」
すると餓鬼は、虚ろな目で一点を見つめた。
視線の先には台座。
そこには石碑が埋め込まれている。
俺は近寄り、内容を確認した。
それによると――
餓鬼は、死霊に憑依された元冒険者。
こいつに取り憑かれると、食べ物を口に入れようとしても、喉が締まって通らないという。
飢えと渇きに苦しみながら、アンデッドと化していく。
想像するだけで恐ろしいモンスターだ。
そして彼らの願いとは、自分に代わって、満たされるまで飲食すること。
それが叶えば、哀れな冒険者は死霊から解放される。
もし失敗すれば――
「今度は挑戦者が、死霊に取り憑かれる……だと?」
おそらく、試練は誓約の一種だ。
単なる憑依ではないだろう。
仙丹でも、解呪できるかどうか分からない。
モンスターとの駆け引きには、それだけの覚悟が求められる。
こめかみを、冷たい汗が伝った。
だが、そんな俺の背に、いまは世界中で誰よりも頼もしい儚げな声がかかる。
「その挑戦……受けましょう」
振り返ると、リズが決意の眼差しで俺をまっすぐに見ていた。
「このダンジョン……
二千年以上、誰も足を踏み入れていないんですよね。
そんな長い間、飲まず食わずだなんて」
いつになく真剣な表情に、思わず息を呑む。
「私が、必ず解放しますから」
きっぱりと、言い切った。
これには来奈も大興奮。
「すげー!
リズさんの本気が見れるなんて!!
あたしも手伝うからさー」
俺は、山本先生をちらりと見る。
彼女もまた、覚悟を決めたようだった。
「……なら、やるか」
俺は、大きく頷く。
すると――
いつの間にか、餓鬼が俺のすぐ側まで忍び寄ってきていた。
思わず、肩がびくりと跳ねる。
見ると、餓鬼は石碑の端を、細い指で示している。
そこに刻まれていた文字は――
『カツ丼が食べたい』
……二千年以上前の冒険者だよな?
だが、希望は受け取った。
こうして俺たちは、除霊のための飯作りを始めることになったのだ。
***
「教官ー。
次のオーダー、テリヤキチキンピザ。
トッピングはモッツァレラチーズとコーンとベーコン。
サイドはフライドポテトとダイエットコーラ。
どうぞー」
……お前ら、本当に大昔の冒険者なんだろうな。
俺と山本先生は、
あれから次々と現れる餓鬼たちの希望に応えるべく、料理を作り続けている。
食材は、政臣が学院長に連絡を取り、用意してもらっていた。
クラリス、ティナ、梨々花の三人は、ピストン輸送係。
来奈と由利衣はオーダー係と給仕――
というか、給餌だ。
そして、リズは。
延々と、供養を続けていた。
その様子をカメラに収める政臣は、目を輝かせている。
「大食い除霊バトルなんて、新ジャンル開拓じゃないですか、リズさん!!
いや、これは映えるなあ……!!」
――お前も手伝え。
リズは、儚げな笑顔全開で餓鬼に声をかける。
「あらー。
この明太子とマッシュルームと海老のグラタンピザも、美味しそうじゃないですかー。
これも、いっちゃいましょうよ。ね?」
そう言って、二リットルのダイエットコーラをラッパ飲みしながら、頼まれてもいない追加オーダー。
餓鬼は、ゆっくりと頷いた。
そして――なぜか、客もいる。
「おじさーん。
こっち、生中とぼんじり。あと、ネギマとつくね。
あんたは?」
「あ、僕は刺身三種盛りと、モロキュウお願いしまーす」
一階の魔女と、三階のガンショップの店員。
居酒屋と勘違いしていないだろうか。
どうやら、梨々花が声をかけたらしい。
ネット娯楽があるとはいえ、たまには外食して気晴らしもどうか、と。
こうした関係構築もまた、もちろん戦略の一環であることは言うまでもない。
魔女は、リズの食べっぷりに感嘆の声を漏らす。
「今のダンジョンマスターも、生前はけっこう頑張ってたけど、それ以上かも。
“魔法使いに大切なのは、胃袋と堪忍袋”、が口癖だったわね……」
そう言って、懐かしそうに目を細める。
大先輩もこれだけ食っていたのか?
……ますます侮れないな。
店員は、来奈と由利衣から、新たな銃を使ってのキョンシー戦の話を聞いて大喜びだった。
「レールガンが、さっそく活躍してくれたのは嬉しいなあ。
星の魔眼も、射撃向きの能力があるとは意外だね」
来奈は、刺身を置きながらにこやかに言う。
「格闘と銃ができると、やっぱカッコいいじゃん。
ねえ、これ中古だからさー、安くなんない?」
……借り物を、値引き交渉。
店員は苦笑いを浮かべ、なんとも言えない表情になっていた。
そんなこんなで、リズは止まることなく餓鬼を死霊から解放していく。
餓鬼から抜けた死霊は、ビー玉のような小さな透明な玉へと変わり、床にコトリと落ちる。
これが餓鬼魂というやつだろうが。
そして、憑依の解けた元冒険者たちは、生前の姿に戻ると、みな満足した表情で光に包まれていった。
ダンジョンへ――
ひとつの場所へと、還っていくのだ。
きっと、暖かく迎えられるのだろう。
リズは、穏やかな表情で手を振り、静かに送り出していく。
五階は、柔らかな光に満たされていた。
***
魔女は、「ごちそうさま」と、テーブルを拭いていた由利衣に声をかけると、懐から一枚の小さな紙を取り出した。
「お代のかわり……かな」
由利衣はそれを受け取り、わずかに眉を動かす。
「これは?」
魔女は、くすりと笑った。
「あなたたち、これから餓鬼王に挑むんでしょ?
ドロップアイテムの呪魂を使う人に渡しておいて。
……役に立つから」
それだけ言うと、今度は俺と山本先生の方を見る。
「ねえ、ここにもお店出すんでしょ?
良い区画、用意しとくから……待ってるわよ」
――梨々花のやつだな。
「いや、それはだな……」
俺は訂正しようとして声を上げる。だが。
「はいっ!!
さえき亭を、よろしくお願いしますねっ!!」
山本先生の元気な声に、あっさりかき消された。
店員の男も、「そうなんですか? 僕も来ますからー」と、にこやかに笑う。
そして、二人は手を振って帰っていった。
「さっそく常連さん獲得ですね!!」
山本先生の弾ける笑顔が――目に痛かった。
そして。
「大将、次はドライカレーと若鶏の唐揚げ、イカ焼き、鉄鍋餃子にキムチチゲをいただけますか……」
儚げなオーダー。
……いや、もう餓鬼魂は百個集まっているんだが。
だが、リズはなかなかラストオーダーを許さず、全員そろうまで食べることをやめようとしなかった。
***
ティナは、由利衣から手渡された小さな紙片を見るなり、あからさまに不審そうな顔をした。
そこに印刷されていたのは、二次元コード。
「なにこれ……怪しいわね」
お前もつい先日、俺たちにまったく同じことを仕掛けてきたんだかな。
だがティナは、
「まあ……試してみようかな」
と呟き、スマホのカメラをかざす。
次の瞬間、画面が淡く発光した。
そして――
いつの間にか、アプリがインストールされていた。
梨々花が、ティナの肩越しに画面を覗き込む。
「なんですか、これ。
……式神の依代と書いてありますけど」
ティナの呼吸が、はっきりと変わった。
「式神の……依代……これが」
そして、彼女の知っている範囲の知識を語ってくれた。
もっとも、ティナ自身も専門家というわけではない。
式神術とは、鬼神を使役する魔法系統。
そして、式神は普段、依代と呼ばれる媒体に潜んでいるという。
宝玉だったり、術師自身の影だったり、形は様々。
しかし、その作り方や入手方法は秘匿されている。
極めて特殊で、なおかつ閉じた世界の技術らしい。
自由人気質のティナにとって、ソロ活のための手駒は、喉から手が出るほど欲しい。
式神は、まさに理想的な存在だった。
ティナの目の光が、じわりと強くなっていく。
「これ、呪魂を使うのに役に立つって言ったのよね。
……ということは」
五階の初回クリア特典は式神。
そう考えるのが自然だろう。そして、その式神を使役するための媒体は用意された。
ティナはくるりと振り返り、梨々花の手を取る。
「あの魔女から依代を引き出すなんて、やっぱりリリカは心の友だわ。
餓鬼王の討伐も……協力してくれるわよね?」
いつの間にか心の友認定。
梨々花は、フッと笑う。
「そんなの、愚問でしょう?
ダンジョンは制覇あるのみ。五階なんて通過点じゃない」
次のターゲットは五階ボス。
だが。
「その餓鬼王さんも、満足するまで食べますね。
まだ、腹八分……いえ、六分くらいですから」
リズは、にこやかな笑みを浮かべる。
「私、最近日本のことをいろいろ調べていて……。
次はお好み焼き、楽しみです」
勝手にバトル方法とメニューを決めていた。




