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第124話 女教皇と女帝

四階ボスのキョンシーマスターを攻略し、仙丹を手に入れた俺たちは、来奈たちの元へと急いだ。


ボス部屋から辿った通路の扉を開けると、そこには――


梨々花の植物魔法によって蔓でぐるぐる巻きにされた、来奈と政臣の姿。

それは先ほどと変わらない。


だが。

顔色は血の気が引き、目の周りは黒ずんでいる。

症状は、明らかに進行していた。


梨々花は世界樹の杖に魔力を送り、蔓の拘束を維持しながら解呪を試みている。

山本先生も付き添い、魔力を探っていた。


モンスター由来の魔力を特定し、それだけを除去する。

雑に言えばそういう作業だが、一朝一夕でできるものではない。


山本先生は額に汗を浮かべ、政臣の魔力を探っている。

梨々花は、来奈に付きっきりだった。


俺たちが姿を現すと、山本先生がほっと息をつく。


「桐生院さんのおかげで、症状の進行は抑えられています。けど……」


侵食を防ぐので精一杯。

除去までは、手が回らない。

それでも、時間を稼げているだけで十分だった。


由利衣は梨々花の元へ駆け寄り、仙丹を差し出す。

黒い錠剤。風邪薬のような小瓶に、三十錠ほど入っていた。


由利衣は、ラベルを丁寧に読み上げる。


「不快なゾンビ諸症状を抑えて活力を取り戻す、総合解法薬。

効能は、つらい血液の凝固、呼吸の停止。

手足の腐敗、脳細胞の壊死、筋肉と関節の硬直、痛覚の鈍化。

十五歳以上は一日三錠。食後なるべく三十分以内に服用。

直射日光と湿気を避け、幼児の手の届かない場所に保管。

成分(一錠中)は、アンデッドナクナール20mg……」


「ねえ。早く飲ませたほうがいいんじゃない?」

落ちついた梨々花の声。


「ご、ごめん。そうだね!

後できちんと読んでおくから……」


由利衣は慌てて瓶の蓋を外し、来奈に近づく。

だが、手を伸ばした瞬間――


噛みつかんばかりの勢いで、来奈が唸った。


「ひっ!」


由利衣は反射的に手を引っ込める。


……飲ませるだけでも一苦労か。


俺が困った顔で様子を見ていると、横からクラリスの声がかかった。

鞘に収めたエクスカリバーを手にしている。


「私が、おとなしくさせようか?」


物理で解決する気満々。


「いや……それはちょっと……」


言葉を濁しつつ、必死に頭を回す。

何か、あったはずだ。


ふと閃いて、政臣のマジックリュックを漁る。


梨々花の切れ長の目が、ぴくりと動いた。


「先生。それは……」


デモンズワンド。

催眠魔法を発動する杖だ。


俺は杖に魔力を込める。

来奈と政臣の首が、同時にガクンと落ちた。


梨々花は蔓の拘束を解き、来奈の体を起こす。

その背を、自分の胸に預けるように抱き留めた。


由利衣が慎重に来奈の口を開け、錠剤を舌の上に置く。


「喉に詰まらせないでね……」


政臣の方は、俺が抱きかかえ、山本先生が飲ませる。

アイアンクローで顎をこじ開け、仙丹をポイッと放り込んだ。


……扱いが雑じゃないか?


俺の視線に気づいたのか、山本先生はなぜか目を伏せ、頬を染める。


「これが佐伯さんだったら……私……

姫の口移しで、ナイトが目覚めるの」


……。


この状況で、何を考え、何を言っているのか。

正直、よく分からなかった。


それはさておき。

薬の効果が出るまで、二人は眠らせておいた方がいい。


梨々花がデモンズワンドを引き取り、継続して眠らせる役を買って出てくれた。


そして、来奈は山本先生、政臣は俺がおぶる。


帰還時の戦闘は、主にクラリスとティナ。

危なげなく対処しながら、俺たちは無事、宿にチェックインできた。


***


宿のベッドに寝かせた頃には、二人の顔に少し血色が戻っていた。


由利衣は、ほっと安堵の息を吐く。

そして、リズと連絡を取りたいと言い出した。

仙丹の成分について、詳しく知りたいらしい。


俺からも頼む、と伝えると、由利衣はすぐにスマホを取り出してチャットを始めた。


なお、基本は英文。

ダンジョン内では精霊の謎仕様で普通に意思疎通できるのだが、

昨今はスマホの翻訳機能も発達しているし、山本先生も見てくれている。

どうにかこうにか、連絡は取れていた。


それによると――

仙丹の魔法薬成分は、呪術による魔力の身体侵食に対して有効だろう、とのこと。

しかし、できれば現物を見たい、とも。


そして可能なら、こちらへ来て患者も診たい。

そんなメッセージだった。


……うーん。


ありがたい申し出、ではある。


だが。

彼女が来るとなると、大量の飯が必要になる。


俺たちだけなら、あと一週間は持つ。

しかし、リズにとっては一食分。


一瞬、躊躇しかけた俺に、由利衣がおずおずと視線を向けてくる。


「だめ……ですか? コーチ」


……だめ、とは言えない。


ただ、現実問題として。

もう地上のゾンビは動き出しているはずだ。

リズは戦闘力が高いわけではない。

迎えに行く必要がある。


というわけで――


俺とクラリス、由利衣、そして山本先生。

この四人で迎えに行くことになった。


山本先生は、一度外の世界に戻り、食料調達も兼ねる。


かくして。

また延々と長い階段を登り、ゾンビたちの待ち受ける地上へと戻っていくのだった。


***


再び隠しダンジョンに戻ってきた日本人三人は、足がパンパンだった。


往復四時間以上の階段……。

魔法使いは常人よりも身体能力が高いとはいえ、おじさんのハムストリングスには正直こたえる。


だが、仲間のためと文句ひとつ言わない由利衣の姿を見て、愚痴など口に出せるはずもなかった。


クラリスだけは、相変わらず涼しい顔。


……いや、もう一人いた。


リズは、儚げな笑顔で、


「こんな楽しそうなこと、もっと早く誘って欲しかったですー」


と、完全にピクニック気分だ。

教授の仕事は大丈夫なのだろうか。


なお、余談だが。

来奈が昨日、三階で集めたお宝は、ゲンさんのところで換金し、すべて食料費に充てていた。


来奈が後で知ったら、きっと悲しみにくれるだろう。

だが、自分に関わることなのだから、そこは我慢してもらうしかない。


そして新規メンバー加入に伴い、スタンプラリーの用紙を受け取りに、一階の魔女の部屋にも立ち寄ってきた。


山本先生も心得たもので、お土産はビール三ケース。

昨今、新聞屋でもなかなか見かけない量だ。

それに加えて、大量の乾き物にカップ麺、菓子、さらにアイスまで。

完全に、おじさん好みのラインナップである。


これには、魔女も上機嫌だった。


柿ピーを鷲掴みにして頬張り、キンキンに冷えた生ビールを流し込む。

炭酸の刺激とアルコールで脳細胞がドライブした彼女は、とっておきの情報を口にする。


「七階には、隠し部屋があってね……。

魔力サーチにも引っかからないように、完全に隠蔽されてるから」


そう言って、簡易的な地図を、さらさらと描いてみせた。


思わぬ情報に、冒険者たちが沸き立つ。


――使うなら、活きた金を使え。

梨々花の哲学は、しっかりと俺たちに浸透していたのだ。


そんなわけで、いまはリズも宿に落ちつき、さっそく仙丹の分析に取りかかっていた。


彼女の魔眼能力――女帝は、植物育成や土壌改良といった環境操作系に分類される。 だが、それだけではない。


解析と、再構築。


物質や魔力の構成要素を、植物を媒介にして“読み取り”、必要とあらば“作り変える”。

一種の錬金術と呼んで差し支えない能力だ。


発端は単純だった。

植物由来の有効成分を、魔法で生み出した植物に培養させる研究。

そこから発想が広がり、植物そのものに成分解析を担わせるという試みへと進む。


やがて――

毒を持つモンスターを食虫植物に捕食させ、有毒成分を分解・分析する実験にまで手を伸ばし……。

気づけば、研究は加速していたらしい。


儚げな外見とは裏腹の実験熱。

精霊が彼女に力を与えた理由があるとすれば――きっと、その探求魂こそが評価されたのだろう。


仙丹の成分分析と並行して、リズは来奈と政臣の体に、蔦のような植物を這わせて魔力を探っていく。


由利衣は、終始心配そうにリズの顔を伺っていた。


「……大丈夫ですか?」


リズは、なんともいえない顔。


「モンスターの魔力の浸透が進んでいますからね。

仙丹の成分は、いま分析していますから……」


そこで言葉を切り、足元へ視線を落とした。


「……いまは、これを」


床から、ぴょこんと植物の芽が生まれる。

みるみる成長し、大きな花を咲かせ、その花弁に透明な露を宿した。


リズはその露を小瓶に集め、来奈と政臣の口に含ませる。


「鎮静剤と催眠剤です。

リリカさんもお疲れでしょう? 薬で眠らせますから」


梨々花は、ほっ……と息を吐いてデモンズワンドを下ろした。

魔力はまだ充分。だが、張り詰めていた緊張は確かに解けていた。


そして、リズは俺を真っ直ぐ見た。


……この流れは。


「で、大将。そろそろお夕飯の時間じゃないでしょうか」


すでに山本先生はキッチンで臨戦態勢に入っている。

俺も――覚悟を決める時が来たようだ。


***


ティナは、ある程度の予備知識はあったのだが。

実物を前にすると、その迫力に言葉を失った。


「女帝の魔眼……恐ろしいわね」


思わず唸る。


今日のメニューは、手巻き寿司だ。


――ただし。


リズの前にあるそれは、一個で米五合。

宿の炊飯器に、持参したジャー、さらに鍋炊きまで総動員して、供給が続いている。


マグロは、もはや柵のまま巻いていた。


リズは憂いを帯びた表情のまま、流れるようにそれらを胃へ収めていく。


「やっぱり、大将と女将さんのご飯は美味しいですね。

早くお店を出して欲しいんですけど……」


巨大手巻きを作りながら、山本先生はにこにこと答えた。


「ここにも出店したいですねー。

“さえき亭 隠しダンジョン店”です」


一号店を出す予定すらないんだが。

いつの間にか、店名だけは決まっていた。


ティナは店を出すのなら出資をさせろと、さっそく嗅ぎつけてきた。

こいつも梨々花と同系統だ。

稼ぎ、投資し、冒険に還元。野望の方向が違うだけ。


すかさず梨々花が、「冒険部ホールディングスが経営権を有していますから……」と制してきた。


そっちも、承知した覚えはない。


すべてが、当事者のおじさんを置き去りにしていく。


そして。

そんな空気を一切気にせずに、クラリスは謎の対抗心から大食いチャレンジに挑んでいた。

だが、リズはそもそもの“器”が違う。


最強SSRも、あえなく撃沈。

戦闘能力に秀でているわけではない。それでも、場に立った瞬間に分かる。


一種独特の存在感。それこそが、女帝だった。


さすがのクラリスも、リスペクトを隠し切れない。


「……世界は広く、魔法使いは奥深いな。

まさか、手も足も出ないとは」


何かが違う気もするが。


リズは最強を退けた後も、咀嚼が止まらない。


対照的に、由利衣は食事も喉を通らない様子。

静かにリズに問いかけた。


「リズさん……キョンシー化は解呪できるんでしょうか?」


その真剣な眼差しに、リズはサラリと答えた。


「ラベルに記載されていたアンデッドナクナールと、ギン・ギンデスナーの薬効は、モンスター由来の魔力除去と生命の活性化。

そして、ビビンチョギッチョは、外部から侵入した魔力への抵抗力を高めるものだと分かりました」


由利衣は、息を詰めたまま聞いている。


「錠剤よりも摂取しやすいように、液状の薬を植物で作っています。もうすぐできますよ。

栄養剤も投与していきましょう」


そして、最後に――儚げに言い放った。


「今夜が山ですね。

キョンシーの魔力に打ち勝てるかどうか。

負ければ、レッツ・リビングデッド。

そのときは、研究資料として……」


そこで言葉が途切れる。

由利衣の顔が、はっきりと強張っていた。


リズは軽く咳ばらいをする。


「魔法薬学は、回復魔法との併用だと言いましたよね」


由利衣の目を、優しく見つめる。


「回復魔法で代謝を高めながら、薬の効果を引き出すんです。

ユリィさんが手伝ってくれるなら、大丈夫ですよ」


ぱっと表情を明るくして、こくこくと頷く由利衣に、リズは目を細めた。


そして、次に俺へと視線を送ってきた。


またか。


「いまはお腹が半分ほど満たされていますが……。

二時間おきに、かるくつまめるものがあれば」


軽く。が、どの程度なのか予想がつかない。


だが、了解だ。

あいつらが助かるなら安いもの。


リズは、由利衣の手元を見て「食べないんですか?」と手を伸ばそうとするが。

由利衣は「体力付けておかないきゃ!」と勢いよく頬張る。


少しだけ残念な表情で、リズは微かに笑った。


こうして、リズと由利衣の治療は夜通し続き、俺と山本先生は、ひたすらキッチンに張り付いていた。


そして、翌朝には――来奈と政臣は峠を越えていたのだった。

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