第121話 タッグ戦
三階のボス、骸蟲。
その名前からは、どんなものが出てくるのか想像がつかなかったが。
現れたのは、巨大なムカデの骸骨だった。
いや、ムカデに骨はない。
正確には、ムカデ型に組み上げられた骸骨だ。
無数の脚がウネウネと蠢き、
頭部には、骨とは思えぬほど強靭な顎。
すべてが、骨。
それだけで構成された異形だった。
虫が苦手なうちのメンバーと山本先生だが。
あまりにも現実味がなさすぎるせいか、却って平気そうだ。
骸蟲は、俺たちが踏み込んだ瞬間――
問答無用で襲いかかってきた。
「入江、あの巨体に銃は無理だ。
キュレネを使え!」
来奈はこくりと頷いた。
さすがに、それくらいの分別はある。
新武器を試す機会など、いくらでもあるのだ。
骸蟲の顎が、一直線に俺へと迫る。
ひらりと躱し、片側の顎を斬り落とした。
――が。
次の瞬間、切り落とした骨は接合を開始した。
もう片方の顎は来奈の打撃で粉砕されたが、そちらは瞬時に再生。
ダメージを微塵も感じさせないまま、骸蟲は頭をぶんと振り、俺に体当たりを仕掛けてきた。
まともに食らい、強い衝撃に脳が揺さぶられる。
景色がゆがむ。
思わず、膝をついた。
「コーチ!」
由利衣の声。
間一髪、結界が間に合ったおかげで、外傷はない。
だが、これを何度も受けるのはまずい。
ぐらつく俺へ、今度は尾の一撃。
鋭利な先端が、一直線に迫る。
由利衣の障壁が、それを押し止めた。
一瞬動きが止まった尾に、閃光のような一撃が走り、瞬時に粉砕。
エクスカリバーだ。
「おい、行けるか!?」
クラリスの声が飛ぶ。
何とか、意識が戻ってくる。
だが、視界の端では、すでに尾の再生が始まっていた。
俺は頭を押さえながら、村正へ魔力を集中。
残像の刃を伸ばし、骸蟲の頭部と胴体のつなぎ目を切断した。
ズン、と重い音を立てて、頭部が玄室の床へと落ちた。
しかし。
こいつも時間稼ぎにしかならないだろう。
事実、接合が開始されようとしている。
鋭利に断ち切れば接合、粉砕しても再生……厄介極まりない。
「教官、こいつの弱点は!?」
来奈の声。まだ言葉をまとめきれない俺に代わり、クラリスが冷静に言った。
「この再生速度は、どこかに魔力源があるな。
そいつを叩くしかない」
次の瞬間。
「――私が抑えます!」
梨々花の声が、場を制した。
世界樹の杖に魔力を込め、力強く振るう。
床から蔓が噴き出し、骸蟲の脚という脚を絡め取った。
「こいつ。骨のくせに、先生を……」
切れ長の瞳に怒りの色が宿り、杖に込められる魔力が増していく。
骸蟲は、ギリギリと締め上げられ、動きを鈍らせた。
「許さないから……」
そこへ、由利衣の静かな声。
「梨々花……そのまま持たせてて」
銃に結界を施し、レールガンモードを起動。
魔力が弾丸を生成し、磁場が形成される。
引き金を引くと、放たれた螺旋の光弾は――
骸蟲とは、まったく別の方向へと飛んでいった。
弾丸が玄室の壁に突き刺さる。
すると、ムカデの動きがガクンと止まった。
由利衣は、ゆっくりと銃を下ろし、息をつく。
「あれも、地上で出てきた骸骨と一緒だよ。操られていただけ……。
本体は、すごく小さなモンスター」
そう言って、梨々花の肩を軽く叩いた。
「梨々花も、いつもみたいに冷静だったら、すぐに気づいたんじゃない?」
梨々花は、わずに目を泳がせたが、やがて杖の構えを解いた。
「……さすが、由利衣ね」
そして、誤魔化すようにティナへ視線を投げた。
「今じゃない? いいタイミングだと思うけど」
ティナは、ハッとしたように吸魂符を掲げる。
巨大な骸蟲が、吸い込まれるように、小さな呪符の中へと封じられていった。
やがて――
玄室の床に刻まれた魔方陣が淡く光り。
四階へと続く階段が、姿を現した。
***
俺は、ようやく焦点が合ってきた目を閉じ、瞼に指をギュッと当てた。
「……まいったな。
油断しているつもりはなかったんだが」
クラリスが、宝箱の罠を解除しながら言葉を投げてくる。
「まあ、あれを食らってもその程度で済んだのは、教え子のおかげだな。
たいしたものじゃないか」
まったく、その通りだ。
現役時代は、生傷や骨折が当たり前だった。
それに比べれば――
復帰してからは、由利衣の結界に何度も救われている。
「……いや、黒澤。助かった。いつも悪いな」
その言葉に、由利衣の冷静な視線が返ってきた。
「今回のボス戦。誰かの活躍がなかったら攻略できなかったと思いますけど」
そう言って、近くまで歩み寄り――
声を落とす。
「私のことは、いいんです。
きちんと褒めてほしい子に、ちゃんと言ってあげてくださいね」
……そう、あらたまって言われると、
正直、やりづらい。
だが――
言っていることは、もっともだ。
俺は、梨々花へ声をかけた。
「桐生院の魔法がなかったら、本当に危なかった。
あれだけの巨体を抑えるなんて……さすがだな」
「……パーティ戦ですから」
梨々花は、それだけ小さく答えて、フイっと横を向いた。
「教官ー。もうちょっと言い方あるんじゃね?」
来奈が、ニヤニヤしながら視線を寄越してくる。
「おじさんには難しいと思うけどさ」
……なんなんだ、一体。
だが、いちいち気にするほど、こちらも若くはない。
首を振り、頭を切り替える。
その間に、クラリスは罠を解除し、宝箱から報酬を取り出していた。
今回のドロップは――『骨魔法』。
先ほどの骸蟲や、地上で出てきた骸骨術師が使っていた、あの系統だろう。
灰色の、小さな強化素材。
梨々花は、それを静かに握りしめた。
手のひらを開いたときには、すでに素材は消えている。
「……使い方は、分かりました。
でも、これもなかなか難しいですね」
魔術師の魔眼は、四大属性に関しては無類の強さを誇る。
だが、それ以外の系統では、突出しているとは言い難い。
「でも――」
梨々花は、ふっと視線を上げた。
「大魔法使いに、扱えない魔法なんて……」
その言葉とともに、骨の腕が背中から四本せり出した。
「それぞれの手に杖を持たせれば……
いろいろ、できそうですね」
薄く、笑みを浮かべる。
……だんだん、人外じみてきているが。
完全にラスボスさんサイドのビジュアル。
愛と正義の魔法使いには見えない。
アイドルの絵面として、本当に大丈夫なんだろうか。
だが、思いのほか仲間内では興奮と熱狂で迎えられていた。
「かっけー! こんなの大魔王じゃん!!」
「やっぱり、暗黒属性が似合うよねー」
「厄災系アイドル! これは映えるなあ!!」
新たなジャンルの開拓。
昨今は、“ちょっと影がある方がいい”らしいが。
ちょっとの範疇に入るのだろうか。
一抹の不安を残しつつ。
スタンプを押し、四階へと進むのだった。
***
俺は、由利衣が作成した四階のマップを見て、思わず考え込んだ。
ここは、三階ほど広くはない。
構造自体も、比較的シンプルだ。
ボス部屋らしき玄室へ続く通路は、入口から一直線。
だが。
その扉は、固く閉ざされていた。
試しに、クラリスが扉へエクスカリバーを放つ。
俺も、村正で斬りつけてみた。
……びくともしない。
さすがに、そういうズルは許さないらしい。
改めてマップを確認すると、ボス部屋を中心に、放射状に伸びる通路。
それぞれに、玄室が接続されている。
そして。
いま俺たちが立っている入口には、その配置と対応するかのように、魔法陣が床一面に描かれていた。
ここから導かれる推測は、ひとつ。
魔法陣を踏んで周囲の玄室へ転移し、そこから、改めてボス部屋を目指す。
そういう仕組みなのだろう。
ただ――問題は。
ひとつの玄室につき、転移できるのは、最大で二名のようだ。
「ようだ」というのは、魔法陣が五十センチ四方しかなく、一人が立つのがやっとだからだ。
それが、二つ並んでいる。
周囲の玄室は、六つ。
最大十二名まで挑戦できる構造、というわけだ。
転移した先で、どんなバトルが待ち構えているかは、分からない。
俺は、ちらりと開かずの扉を見る。
「おそらく、中ボスを倒せば、裏側から開けられるんだろうな」
だとすると、全員で挑む必要はない。
『中ボスを確実に倒せるペア』を、一組選べばいいだけの話だ。
戦力的には――
俺とクラリスだろう。
そこまで考えを述べたところで、来奈の抗議の声が飛んできた。
「確実かもだけどさー。
それじゃあ、訓練にならなくね?」
……そうかもしれない。
「あたしは、由利衣と行こうかな! な?」
由利衣も、ウンウンと頷く。
「じゃあ、私はリリカと」
ティナが手を挙げると、梨々花は、ゆっくりと頷いた。
そうなると――
残るのは。
俺は、クラリスと顔を見合わせる。
***
「第三層のボス戦以来ですね!!」
山本先生が、やけにウキウキした声で並んできた。
結局のところ、一番の問題は政臣の扱いだが。
俺と組ませることも考えたものの、クラリスが預かってくれるという。
そういうわけで――
静かに攻略に燃える山本先生と、ペアを組むことになった。
他のメンバーは、すでに転移を終えている。
誰か一人が転移すると、小さな魔法陣は、その場で消える。
おそらく。
中ボスを倒すか、あるいは――
何らかの条件が満たされない限り、再使用はできない仕組みなのだろう。
「それじゃあ……行きましょうか」
「佐伯さんのエスコートで、ボス討伐ですねっ!」
微妙に話が噛み合わないまま。
俺たちは魔法陣の上に立ち、別の空間へと転移した。
***
転移先の玄室で、
俺たちを待ち受けていたのは――
屍鬼。
……いや、キョンシーか。
二体。
顔に札を貼られ、制止していたが。
俺たちの転移後に、札がボウッと燃えて動き出す。
昔見た映画では、死後硬直した体でピョンピョン跳ね回る印象だったが。
――こいつらは、違う。
動きは、異様なほど滑らかだ。
一体は棍。もう一体は、青龍刀。
「山本先生。あまり離れないように」
声をかけると、山本先生は、すでに戦闘態勢に入っていた。
疾風の矢を、矢筒から数本引き抜く。
矢はフワリと宙に浮かび、山本先生の周囲で静止した。
戦闘開始の合図など、ない。
棍を持つキョンシーへ、山本先生が矢を射掛けた。
――何も言わなくても分かる。
まずは、攻撃レンジの長い敵から叩く。
風の加速を得た貫通矢が迫る。
だが、キョンシーは棍を振るい、それを弾いた。
正面から受け止めるのではない。
側面を、正確に棍の先端で打ち据える。
……熟練の技術だ。
だが山本先生は、ぴくりとも動揺しない。
二射、三射……。
矢を浴びせ続ける。
弾かれた疾風の矢は旋回し、再び手元へと戻ってくる。
攻防は、途切れない。
だが――
棍を持つキョンシーは、じり……と距離を詰めつつあった。
このまま接近戦に持ち込まれるのは、まずい。
とはいえ、俺も突っ立っていたわけじゃない。
すでに、青龍刀を持つもう一体と交戦中だ。
刃が打ち合う。
重く、鋭い。
変幻自在な武術。
ヒラヒラとフェイントを多用したかと思えば、一転して、容赦のない本命を叩き込んでくる。
このレベルの敵を相手に、来奈たちは大丈夫なんだろうか。
そんな不安が、ふとよぎる。
だが、こちらも一切の余裕はなかった。
***
一方。
「ねえ、由利衣。
ヌンチャクもカッコイイかもー」
来奈の視線の先には、爪を装着した拳を構えるキョンシーと、ヌンチャクを手にしたキョンシー。
開幕一番。
カンフー映画よろしく、ヌンチャクのパフォーマンスを決めるその姿に、来奈の鼻息が荒くなった。
「来奈……
あれもこれも、羨ましがらないの」
由利衣が、少し呆れた声を漏らす。
「えー。いろいろ試してみたいじゃん。
まあ、でも……」
来奈は、挑発的な笑みを浮かべると、ホルスターからハンドガンを勢いよく引き抜いた。
「銃もイケてるよね!
あたし、張り切っちゃうから!!」
ジャキン、と構えるその姿とは対照的に、苦笑いを浮かべる由利衣だった。




