第11話 怪物の目覚め
スタートポイントに立つと、いつもと変わらないゲンさんがいた。
今日、第一層のボスに挑戦することはすでに伝えてある。
ボス戦となれば事前連絡は義務である。
帰還が遅れた場合の救援要請などの対応が必要になるためだ。
もっとも、第一層ボスなんて命がけで攻略というより腕試しだ。
日本では八層までスキップできるし、他国も似たような状況。
トレーニングの延長に過ぎない。
それでも、油断は禁物だ。
ゲンさんが穏やかに声をかけてくる。
「修ちゃん、一層ボスは最近空いてたんだけど、今日になって学院生からの申請が急に増えてね。
ちょっと他の国の冒険者から“バランス考えてくれ”って言われちゃってさ」
申請が必要な理由はもうひとつ。
ボスに挑めるのは、一度にひとつのパーティーのみ。
倒せばリスポーンに一日かかり、他の冒険者はその間の挑戦権を失う。
なお、攻略失敗なら三時間交代。
昔は“早い者勝ち”だったが、いまは全世界でスケジュール共有されている。
ゲンさんはカウンターの端末を指さす。
そこには予約システムの画面が開いていた。
確認すると、確かに――
俺たちの前に桐谷という日本人の名前が登録されている。
明日は韓国、フランス、スペイン。
ざっと一週間以上埋まっていて、日本からの申請が異常に多い。
ゲンさんは苦笑しながら、肩をすくめた。
「まあ、正式に申請してる以上、文句は言えないけどね。でも他国も育成に力を入れてるし、そこは譲り合い。
……ゴメンよ、修ちゃんに言っても仕方ないんだけどさ」
梨々花が画面を覗き込み、盛大なため息をついた。
「これ……日本人、全員“魔戦部”の部員です」
獅子丸の“妨害”ってのは、そういうことか。
まったく、やることが姑息なやつだ。
ゲンさんは小さく笑った。
「精霊も、“デーモンロードさん大フィーバーじゃね?!”って騒いでてね。
あいつらイベント好きだからさ。気をつけなよ」
たまに盛り上がると、すかさず余計な介入をしてくるのが精霊。
基本的にヒマなのだ。
しかし……これは姑息だが、妨害としては有効だ。
システムを利用されては、こちらも手が出せない。
どうしたものかと考えていると、由利衣がぽつりとつぶやいた。
「でも、こんなに挑戦して……大丈夫なんですか? ボスって強いんですよね?」
梨々花と来奈も、不思議そうに首をかしげている。
魔戦部の連中は確かに実力者だが、第一層のボスに挑むにはまだ早いのではないかと。
獅子丸がトップ層だとしたら、確かにその懸念はもっとも。
俺は三人を見やり、短く答える。
「普通はそうだな。ただ――ボスエリアに入って、一定距離まで近づかなければボスは動き出さない。
……時間切れを狙ってるんだろう」
「なにそれ、セッコ〜」と来奈の呆れ声。
そして、次の瞬間には声を落とした。
「でも、もうあたしたちチャレンジできないじゃん……」
梨々花が、フンっと鼻を鳴らして言い放つ。
「それなら、今日ボスを倒してしまえばいいのよ。
来奈、冒険者にトラブルは付きもの。
こんな程度でうろたえてたら、やっていけないわ」
その言葉に、来奈がバッと反応する。
「うろたえてなんていないっつーの!!
獅子丸が何やってきても、無駄だって教えてやるから!」
ゲンさんは、そんな様子を見て目尻を下げた。
「頼もしいね。朗報、待ってるよ。
でも、ボスを甘く見ちゃいけない。引き際を見極めるのも、冒険者の資質だ。
――修ちゃんがいるなら大丈夫だろうけどね」
俺に向けられた視線に、軽く頭を下げて応える。
思わぬ予定変更だが、こいつらなら……。
俺の中には確かな期待があった。
***
ボスエリアへ向かう道中も、気は抜けない。
できるだけ戦力を温存しながら進まなくてはならない。
最短経路は確立されているが、モンスターとの遭遇がゼロというわけではないのだ。
来奈が由利衣をおぶう。
その背で、由利衣はすぐに目を閉じた。
ほんの数秒で、眠りに落ちる。
……こうして索敵を続けながら進むわけだ。
俺も冒険者をそこそこ長くやってきたが、こんな方法は聞いたこともない。
常識外れもいいところ。
しばらく進むと、由利衣が来奈の背中でぼそりと呟いた。
「百メートル先に……敵、かな」
来奈はぴたりと足を止める。
由利衣をそっと降ろすと、彼女は小さく息を吸い込み、結界内の気配を探った。
次の瞬間――由利衣はいきなり銃を構えた。
スコープも覗かず、ほとんど反射的に引き金を引く。
放たれた弾丸は彼女の魔力で制御され、壁際を滑るように進むと、曲がり角を折れて視界から消えた。
「わっ!」
反動でバランスを崩した由利衣を、来奈が慌てて受け止める。
「ちょっ、由利衣!? どしたの、いきなり!?」
由利衣はへへ……と笑って、来奈の目を見上げた。
「索敵で感じたターゲットの方向に合わせて撃ってみたの。……いけるかなって」
俺たちが百メートル先まで歩を進めて確認すると、
そこには眉間を撃ち抜かれたゴブリンが転がっていた。
「……当たってやがる」
思わず息をのむ。
由利衣は、照れたように笑った。
「あー、良かった。人間じゃなくて! まだ種類とかはわかんないから」
結界レーダーと射撃の組み合わせ。
しかも、魔力制御による弾道追尾――そんな戦法も、聞いたことがない。
おそらく、“女教皇”の魔眼の完成形は――
防御結界に守られた安全圏から、すべてを見通し、一方的な殲滅。
三人の中で一番の怪物は、由利衣かもしれないな。
それにしても、相手の正体も確認せずに撃つとは。
……いろんな意味で、ヤバい。
「魔力反応で種別が判別できるようになるまでは、遠距離射撃は禁止だ」
少し強めに言うと、由利衣は「はーい」と軽く舌を出した。
……分かってるのか、分かってないのか。
そして由利衣は、梨々花をじっと見つめる。
「ねえ。この銃に、梨々花の属性魔法、込められる?」
梨々花は興味深そうに「へえ……」と目を細める。
来奈は、「ちょっと、あたしの出番なくなっちゃうじゃん!」と抗議。
この上、連携まで視野に入れているとは。怪物の相乗効果は計り知れないな。
そして、政臣の表情がさっきからキラキラと輝きつづけていた。
配信映えする素材を見つけたときの顔だった。
***
その後は、由利衣の索敵で可能な限り戦闘を避け、ついにボスの間へとたどり着いた。
ずいぶん久しぶりだ。
現役時代は、新人育成でちょいちょい来ていたが、また訪れることになるとは。
いつしか、デーモンロードも「ちーす」 みたいなノリで開始前に手を振ってくれたものだ。
だが、戦闘が始まれば容赦は一切なかった。
それが、ダンジョボスという存在だ。
ボスエリアは広く開けており、外からでも中の様子が見て取れた。
ただし、横入りは禁止。ボスエリアを示す床の色がクッキリと別れていた。
ボスエリアにいたのは、獅子丸と、取り巻きと思しき四人の男女生徒たち。
彼らは、デーモンロードが動き出さないギリギリの距離を保ち、
談笑しながら、まるで“陣取っている”ようだった。
そして、その片隅。
デーモンロードは、眠るように目を閉じ、静かに佇んでいた。
頭には山羊のようにねじれた大きな角。
赤銅色の肌に、黒いローブをゆったりとまとい、手には長杖。
その巨体――およそ五メートル。
もっとも、レイドボスに比べれば可愛いサイズだが。
それでも、存在そのものが圧力を放っている。
獅子丸は、こちらに気づくなり、軽口を放った。
「おっ、来た来た。あと三十分は待ってくれよな。
いま、熱戦中なんだからよ!」
ヘラヘラと笑いながら、わざとらしく肩をすくめてみせる。
俺はため息をつき、声をかけた。
「おい。戦うならまだしも――
こんなのがよその国にバレたら、お前らだけの問題じゃ済まないぞ。分かってるのか?」
「はっ! 知るかよ。
オッサンは説教垂れてる暇があったら、腹の肉落としとけって。
セクシーなビキニ、選んどいてやるからよ!」
ゲラゲラと笑う声が、ボス部屋に虚しく響いた。
まったく。
SR魔法使いは国の顔だという自覚が、これっぽっちもない。
本格的に冒険者デビューすれば、いずれ思い知ることになるだろうが――
今は吠えさせておくしかない。
視線を三人に移す。
来奈は淡々とアップを始め、
梨々花は静かに魔力集中。
由利衣は――すでに寝ていた。
政臣は機材のチェックに余念がない。
……歯牙にもかけない、か。
心理戦では負けていない。
頼もしいやつらだ。
そのとき、ビリビリと鋭い声が響いた。
「――獅子丸っ!!」
振り向くと、男女ふたりの生徒が立っていた。
由利衣がビクッと起き上がり、小声でつぶやく。
「あれ……高坂先輩と、犬養さん」
男子生徒はツカツカとこちらに歩み寄り、俺の前でバッと直角礼をした。
「申し訳ありません! 魔戦部キャプテンの高坂です。こいつらが恥知らずな真似を。すぐに連れて帰ります!」
その背後で、獅子丸が舌打ちをした。
「チッ……なにがキャプテンだ。Rのくせに。
おい犬養、お前がチクったのか?」
獅子丸の鋭い視線に、犬養の肩が小さく震える。
この子は知っている。
犬養茜――高等部のSR四人のうちのひとり、たしか一年生だ。
高坂は、犬養をかばうように一歩前に出た。
「誰が何を言ったかなんてどうでもいい。
魔戦部は“戦うだけ”の場所じゃない。魔法使いとしての精神を鍛える場だ。
冒険部を意識するなら、どうして堂々と挑まないんだ」
なるほど。
これが、尾形の教えってやつか。
魔戦部に対する認識を、少し改める必要がありそうだ。
そして、高坂はボスエリアへ歩みを進める。
――まずい。
俺が止めるよりも早く、高坂の一歩が踏み込まれていた。
瞬間、警告が響き渡る。
ボス戦への横入りの注意。それ以上の意味はないのだ……本来なら。
だが、俺の視線の先で、デーモンロードの目がゆっくりと開かれていた。




