第118話 魔術師と審判
キマイラを片付けた俺たちの目の前に、宝箱があった。
このダンジョンの罠は至極原始的で、髪の毛ほどの糸をピッキングツールで切断すれば解除できる――
と、クラリスは自信満々に言っていたが。
「……ねえ、日本パーティはまともな判断ができるよね?」
ティナが、俺に詰め寄る。
これまでに出てきた罠のラインナップは、対人地雷に化学兵器など。
仕掛けられているものは、どれも致死級だ。
高度な解除スキルは求めない。
だが中身はガチ・オブ・ガチ。
そのドキドキ感を味わってほしい――
そんな、後輩魔法使いへの思いが、ここのダンジョンマスターからは溢れていた。
……まったく、余計なお世話だ。
俺の意見も同じ。
だいいち、一階のザコモンスターを倒したときは、大した報酬はなかった。
好き好んでリスクを取る必要はない。
「そうだな。放置が正解だ」
そう言って、ティナと頷き合う。
次に、宝箱へと目を移した俺の網膜に飛び込んできたのは――
鍵穴にスマホのLEDライトを照射して、覗き込んでいる梨々花の姿。
「おい……」
声をかけると、梨々花は唇に中指を当てて制した。
「これからゾーンに入りますから、集中を乱さないでください。
高柳くん、スマホ持ってて……」
そう言って、政臣に鍵穴を照らすように指示する。
「リリカ様の罠解除コーナー。これは映えるよ、きっと」
政臣が、小声でボソボソと囁く。
……だめだ、こいつらは。
梨々花は懐からヘアピンを取り出し、無造作に伸ばした。
ティナが、俺にだけ聞こえる声で囁く。
「ねえ……どういうこと?」
同じ映像を見ているはずだ。
そっちに分からないものが、俺に分かるはずがない。
そんな硬直した俺たちを一顧だにせず、梨々花はコンセントレーションを高めていく。
切れ長の目に力を込め、ヘアピンに風魔法のカッターを纏わせた。
そして、おもむろに鍵穴へ差し込む。
数秒の沈黙。
梨々花は、スッとヘアピンを抜いて宝箱の蓋を開けた。
「これは……」
恐る恐る近づいてみる俺たちに、梨々花が宝箱から取り出したのは魔石(極)。
百万G相当。
そして、呪符が数枚。
三階からいきなりグレードが上がっているじゃないか。
「すごいな、桐生院」
思わず言った直後。
宝箱の底に“プラスチック爆弾みたいな何か”が見えて、俺は視線を逸らした。
――ここは、見なかったことにするのが一番だろう。
だが、ティナはやはり不満気だ。
「あのね。百万Gは大金だけど。命かけるほどかな?」
非難めいた声を上げて、梨々花に歩み寄る。
しかし――
目の前に差し出された呪符を一目見た瞬間。
ティナの表情が、はっきり変わった。
思わず言葉が口をつく。
「死霊魔法……」
梨々花は僅かに頷く。
「これ、二階には売ってなかったですよね。
非売品じゃないですか……?」
召喚の一種。
市場でお目にかかったことのない、レア中のレア。
梨々花は薄っすらと意味深に笑う。
「正確には吸魂符というらしいですね。
倒したアンデッドを封じて、一度だけ使役できるとか」
そして、二枚をティナへ渡した。
「三枚ありましたから。
魔石は私たちが貰う、ということでいいですか?」
ティナは、すっかり毒気を抜かれた様子で、ゆっくり首を縦に振った。
俺は小さな疑問を梨々花へぶつける。
「何でそんなこと知ってるんだ?」
「だって、裏に説明書きがありますから。
ここのダンジョンマスターは、やはりやり手ですね」
けろりとした顔で、俺に一枚差し出した。
さっきのミステリアスな雰囲気は、なんだったんだ。
確かに、裏面には簡易説明。
動画解説の二次元コードまで印刷されていた。
「先生……これで、このダンジョンの価値は爆上がり確定ですね」
スマートグラスの奥の瞳が熱を帯びる。
早くも次のビジネスの算段に入っていた。
「中ボスを封じた呪符なんて、いったいいくらの価値を生むんでしょう……
リッチーは封じられないんでしょうか?」
さすがに、自分を封じる呪符を開発するほど、うっかりさんな先輩ではないと思うが。
そこに、ティナがおずおずと割り込んできた。
「あのさ、私も中ボスゲットしたいんだけど……」
梨々花は、すべてを包み込むような穏やかな目で見上げる。
「欲張り屋さんですね。
私たちはドラゴンゾンビをいただきますから……それ以外、いっちゃいます?」
しっかり、いちばん美味しいところを押さえている。
だが、ティナの目にもはっきりと計算の光が宿るのが分かった。
***
「……っかー、また外れ!」
ティナは額に手をやり、思わずのけぞる。
あれから俺たちは、攻略を進めつつ道中のザコモンスターを始末していた。
戦闘は、ステルスモードのティナが嬉々として先行。
金蛟剪が走り、雷光が炸裂する。
完全に、一方的な殲滅だった。
宝箱が出現するたびに「早く開けろ」と梨々花を急かすが、吸魂符はなかなかドロップしない。
……なんだろうな。
これが冒険者と言えば、その通りだが――
ついさっきまで、あれほど嫌がっていたはずなのに。
すっかり射幸心を煽られている。
二人のやり取りも、もう板についてきた。
「当たり外れは時の運ですよ、ティナ」
「絶対排出率おかしいし! こんなのクレームだって!
こっちは命がけなんだから。そうでしょ、リリカ!」
いつの間にか、呼び捨てになっていた。
政臣は、満足げに何度も頷く。
「SSR同士の友情!
これもダンジョンのドラマですよ。視聴者さんの共感、間違いなしですって!」
共感を呼ぶかは分からないが。
ただ、梨々花は確かに楽しそうだった。
来奈や由利衣と並ぶときとは、少し違う表情。
ソロ冒険者として前を走るティナをリスペクトしつつ、その歩幅に合わせていきたい。
そんな印象だった。
梨々花は宝箱から離れ、スマートグラスを操作する。
そして俺へ声をかけた。
「先生、由利衣のマップとの照合できました」
政臣が差し出したタブレットを開く。
三階のフロアマップに、これまで俺たちが収集した情報が、ジグソーパズルのピースを埋めるように反映されていく。
懸念は、転移ループによって同じ場所をうろうろしているのに、別マップとして記録してしまうこと。
だが、それはティナが読み取った磁場のパターンで照合し、回避できていた。
――この三階、下手に踏み込んだら脱出不能なんじゃないだろうか。
確かに、冒険部の攻略情報は値千金だ。
そして今。
俺たちは三階入口に戻っていた。
ようやく、帰還用の転移ポイントを見つけたのだ。
梨々花が静かに提案する。
「やはり、私たちは青い床の攻略を進めるべきだと思います」
クラリスたちを追う選択肢もあったが――
別ルートを潰した方が、全体としては早い。
俺とティナは顔を見合わせ、頷いた。
「そうだな。向こうには黒澤がいる。あちらはあちらで進めているだろう」
そうして、俺たちは再び青い床を踏み、転移した。
***
一度マップが出来上がっているエリアの攻略は早い。
最短経路で追いつくと、そのままさらに奥へ進む。
断片的に埋めてきたマップを繋ぎ合わせると、ある地点で二つの道が交わるポイントが見えてきた。
――合流地点だろう。
そこまでは、それほど遠くない。
索敵役のティナが先頭を歩いていたが、ふと足を止め、後続を手で制する。
「……この先の玄室だけど。動くものがいる。モンスターかもね」
金蛟剪の柄を、ぎゅっと握り込む。
左手はフードへ――先手必勝の構えだ。
俺は玄室のドアを蹴り開ける勢いで踏み込んだ。
すると……。
そこにいたのは、幽霊。
二階の施設にいたものと、まったく同じだ。
フワフワと浮かびながら、黙って佇んでいるだけ。
その前には、ぽつんとスタンプ台が置かれていた。
……ここも、スタンプラリーのポイントか。
拍子抜けしつつスタンプを押し、玄室の中をぐるりと見渡す。
小さな公園ほどの広さに、休憩用のベンチ。
公衆トイレ。
壁際には自販機と、水飲み場。
興味本位で自販機を覗く。
決済はスマホのタッチ。
中身は紙パックの回復ポーション。
「地球環境に配慮して、再生紙を使用」
……リッチーが?
とりあえず四つ購入し、ここで休憩を取った。
「レモン味、なかなか美味しいですね」
梨々花の言葉に、俺も頷く。
ここのダンジョンマスターは、生前、柑橘系が好きだったらしいが。
関係があるのか、ないのか。
ティナは紙パックをゴミ箱に放り込み、ぼそりと呟いた。
「こういう休憩エリアの次って……だいたい、アレじゃないかな」
もう片方のルートとの合流前に、一戦。
……“ありがち”は、だいたい当たる。
俺は紙パックを握り潰し、全員の顔を見渡した。
「そろそろ行くか……」
隊列を組み直し、先へ進む。
***
次の玄室前で、まずは索敵。
中に気配はないとティナは言うが、モンスターは突如現れる。
踏み込んだ後も油断はできない。
案の定、扉を開けて中へ入ると、空間が歪むエフェクト。
おいでなすった。
現れたのは五体。
軍服を着た小隊のゾンビだ。
いきなり小銃を構え、こちらへ連射してくる。
梨々花が即座にアイシクルワンドを振る。
氷の壁が展開され、弾丸が次々と氷を抉った。
「あまり持ちそうにありません……」
「桐生院は、自分と政臣の守りに集中してくれ。ティナ!」
呼びかけたが返事はない。
姿は、もう消えていた。
幸い、ゾンビの動き自体は緩慢。
考えもなく撃ち続けているだけで、連携も作戦もない。
――だが。
向こうはトリガーハッピー。何をしでかすか分からない。
俺は村正の残像の刃を前面に展開する。
弾を弾きながら、距離を詰めるしかない。
梨々花に合図し、氷の壁から飛び出した。
たちまち銃弾の嵐。
残像の刃で防ぐのが精一杯。
一歩進むだけで、弾幕が押し返してくる。
そのとき、異変に気づいた。
ゾンビの一体が、緩慢な動きで何かを取り出す。
――手榴弾。
由利衣の防御結界がない今、あれは致命的だ。
無慈悲にも、それを俺に向かって放り投げてきた。
放物線を描く手榴弾。
だが――途中で軌道が反転し、ゾンビの小隊の中へ落ちる。
爆発し、金属片が飛び散った。
向こうのダメージは、ゼロ。
モンスターの魔力は、魔法か魔力を帯びた特殊武器でしか断てないのだ。
――通常兵器は向こうには効かないが、こちらには普通に有効。理不尽極まりない。
さっきの手榴弾の挙動は、ティナの仕業だろう。
ナイスアシストだ。
だが、接近して不意打ちできないのは、ゾンビが滅多矢鱈と撃ちまくっているせいだろう。
広範囲の雷光は、パーティメンバーを巻き込むリスクがある。
膠着状態は、まずいな……。
そう思っているとゾンビの手元の小銃が、何かに引き寄せられるように明後日の方向へ弾き飛ばされた。
それにも気づかず、虚空に向かって引き金を引き続けるゾンビたち。
――不意に、誰もいないはずの空間から声が響いた。
「合わせて行くよ!!」
バッとフードを上げ、ティナがゾンビたちの背後から駆け出していた。
俺もそのタイミングに合わせて踏み込む。
手榴弾を取り出そうとする一体。
そいつの腕を斬り落とし、返す刃で別の一体を斬り伏せる。
腕を失ったゾンビの足元から、梨々花の火炎が立ち昇った。
ティナが、青白い火花を纏わせた金蛟剪を振るう。
触れたゾンビから、次々と光の粒へ還っていった。
――瞬く間に、制圧完了。
「銃まで使ってくるとは思わなかったわね。
いろいろ、工夫しすぎじゃない?」
ティナが小さく息を吐く。
俺も、深く息を整えた。
「……助かった。今のは――」
「審判の隠し玉ですよね。磁力操作じゃないですか」
いつの間にか背後に来ていた梨々花が、さらりと言う。
ティナは一瞬だけ目の端を動かし、それから、あっけらかんと肩をすくめた。
「そーゆーこと。ここまで来たら、さすがに分かるでしょ」
そう言って、金蛟剪を片手でくるりと回す。
この重量級の鋼鉄塊を、まるで小枝のように扱える理由。
なるほど、そういうカラクリか。
「審判……なかなか奥が深い能力ですね」
その言葉に、ティナは梨々花の頭ひとつ高い位置から余裕の笑み。
「まあねぇ。でも……」
ちらりと、ゾンビ小隊を倒した後に出現した宝箱へ視線をやる。
「あれに手を出すイカれた度胸はないわー。
頼んだわよ、リリカ」
そう言って、ふっと表情を緩める。
配信者向けのパーフェクトスマイルではない。
彼女の素の笑顔だった。
梨々花は、グッと親指を立てて。
こちらも柔らかな笑顔を返すのだった。




