第116話 エースの一撃
隠しダンジョン二階で休息を取った、翌日。
昨日はアイテムショップを覗いたが、今日はほかの施設も確認しておくことにした。
そして忘れてはならないのが、スタンプラリーだ。
スタンプ台は「ダンマス記念館」にあると、一階で魔女から渡された紙に書いてあった。
ダンマス記念館とは。
歴代ダンジョンマスターの功績を称える施設、らしい。
どんなものか分からないが、とりあえず行ってみることにする。
記念館はそれほど広くはない。
だが、展示物はきちんと整理され、壁には歴代ダンジョンマスターの肖像が並んでいた。
……もっとも。
「なんか、全部おんなじなんだけど」
来奈が、身も蓋もない感想を口にする。
全員、ドクロだ。
だが、由利衣はさすがの観察眼。
壁に近づき、じっと見比べながら声を上げる。
「えー、でも三代目は総金歯じゃないですかー。
お金持ちだったんですね。さすがリッチーだけあって……」
――そのダジャレは禁句だ。
他にも、ダンジョンマスターになる前に使用していた装備品や、得意魔法の解説パネルなどが展示されていた。
どうやら、現在のダンジョンマスターは五代目らしい。
クラリスが、淡々とそのプロフィールを読み上げる。
「生年、紀元前102年。 元SRランク魔法使い。趣味は手芸。好きな食べ物は柑橘類。スリーサイズは――」
骨になっているのに、そんな情報が必要なのか?
だが、展示内容を見ていくと、なかなか侮れない実績が並んでいた。
・ダンジョンへの最新技術の導入
・ゾンビへの魔力供給効率の大幅改善
・呪符量産体制の確立によるコストダウン
などなど。
普通に、有能だ。
「さすが、二千年以上も君臨しているだけあるな」
クラリスが感心したように頷く。
しかし。
ここまで手を入れても、訪れる冒険者がいない。
隠しダンジョンのジレンマだった。
そして、ここでようやく来奈も核心に気づいたようだった。
「あれ?
ダンジョンマスターになるって……リッチーになるってこと?」
まあ、そういうことだろうな。
梨々花が、ぽつりと呟いた。
「日本人初のリッチーかもしれないわね、来奈。
今のうちに虫歯治しておいた方がいいんじゃない?」
「虫歯なんてないしっ!」
来奈はむきになって歯をイーッと見せる。
……そういう問題なのか?
俺は来奈へ向けて、端的に説明した。
「要するに、リッチーを倒してドロップアイテムの死者の書を使うと、次のリッチーになるということ……だろうな」
即座に、「えー!」と抗議の声が上がる。
俺に文句を言われても困る。
「ダンジョンマスターは面白そうだけどさー。
骸骨は、ちょっとアレっていうか」
来奈はちらりと山本先生を見る。
「ねえ、山本センセー、進路希望に“骨”って書いちゃまずいよね、やっぱ」
山本先生は、静かに首を横に振った。
「将来のことをしっかり考えてくださいね。
入江さんの成績では……アンデッドも安定職かもしれませんよ」
そして、なぜか俺を熱っぽく見つめる。
「私の進路希望は、可愛いお嫁さんなので……
骨になるのは、ちょっと」
その言葉に、少しだけ想像してみる。
俺がダンジョンから帰宅すると、エプロンを付けた骸骨が駆け寄ってくるのだ。
『お仕事お疲れさま、あなた。
ご飯にする? お風呂にする?……それとも、骨?』
骨、だと……?
なんだそれは。
というか、さっきから会話がずれまくっている。
俺は脳内から未来の奥さんの姿を消去した。
そして、軌道修正するように、話を五代目ダンジョンマスターへと戻す。
「今回の攻略対象は、ベテラン中のベテラン魔法使いか……
やはり手ごわそうだな」
すると、ティナからきわめて現実的な意見が飛ぶ。
「ねえ、中ボスの初回クリア特典取ったら、リッチーなんて放っておいていいんじゃないの。
誰もダンジョンマスターになる気ないんでしょ?」
それも、一理ある。
だが、それを許すとは思えないのが二名いた。
まず、梨々花が静かに一歩踏み込む。
上目遣いで、言い含めるように。
「ティナさん。ダンジョンに踏み込んだからには、制覇あるのみです。
中ボスをすべて平らげておきながら、メインディッシュに手を付けないなんて……」
やれやれ、といった調子で肩をすくめてみせる。
「それじゃあ、デザートは出てきませんよ?」
ティナが言葉を失っていると、クラリスが被せてきた。
「強いやつに会いに行くのが冒険だな。
ここはひとつ、大先輩の胸を借りて、ぶつかっていこうじゃないか」
――言うと思った。
ティナは、渋い顔で「絶対に私の方がまともだと思うんだけどな」と言うが、もはや多勢に無勢。
死者の書は、使わなければネットのフリマに出して儲けた金は折半。
そんな方向でまとまった。
クラリスはテンションが上がってきたようだ。
「冒険で稼いだ金で食う肉は美味いものだな!」
金髪碧眼の美人のビジュアルに似合わず、男前のセリフ。
……そもそも、そんな怪しいアイテムをフリマアプリで売ってもいいのだろうか。
俺とティナの不安を置き去りにして、一行は打倒リッチーへと突き進むのだった。
***
そして、二階ボス――デュラハンの部屋の前。
デュラハンといえば、首無しの騎士。
レイスのようなトリッキーな攻撃はなさそうな気もするが、だからといって油断できる相手ではないだろう。
そんな中、クラリスは早くもエクスカリバーを抜き、どう見てもワクワクが隠しきれていない。
「武人のアンデッドという話じゃないか。
ぜひ、手合わせ願いたいものだな!」
……だんだん素の性格が表に出てきたせいか、最初に抱いていた印象が、少しずつ崩れていく。
凛とした女騎士だと思っていたんだが。
しかし、そんな逸る彼女を抑えたのは、来奈だった。
「あの。あたしに、戦わせてほしいんだけど」
キュレネを装着した拳を、ぎゅっと握り締める。
少し俯きがちに、ぽつりと続けた。
「昨日は、何の役にも立たなかったし。
迷惑も、かけちゃったし」
――そういう後ろ向きな気持ちじゃ……。
言いかけたところで、俺へと向けられた梨々花と由利衣の視線に気づいた。
いいから、黙って聞いて。
そう言われている気がした。
来奈は、少し照れたように言葉を足す。
「……ってのも、あるっちゃあるんだけどー。
夜中に目が覚めてから、体がちょっと違う感じがするっていうか」
そして、自分の拳をじっと見つめる。
「なんか……今日は、行けそうな気がするっていうか。
試してみたいっていうか。
……ダメ?」
俺とクラリスを、交互に見る。
クラリスは少し考える素振りを見せてから、あっさりとエクスカリバーを鞘に収めた。
「そうだな、私は構わないぞ。
どうする?」
そう言って、判断を俺に委ねてくる。
正直なところ。
魔力の流れが改善されたからといって、いきなり超パワーで敵を粉砕。
などという都合の良い展開が起きるかは疑問だ。
だが――
いつもの軽口や勢いで言っている様子でもなかった。
なにか、本人なりに感じ取っているものがあるのだろう。
だとするなら、言うべきことはひとつ。
「前衛は、入江メインでやってみるか。
ただし――あくまでもパーティ戦。
一人で無理はするんじゃないぞ」
来奈は、ぱっと顔を上げると、力強く頷いた。
そして前衛のセンターへ躍り出る。
勢いのまま、玄室のドアを開け放った。
***
そこにいたのは、ボス――デュラハン。
首のない胴体だけなら、身長は一八〇センチほど。
髑髏を小脇に抱え、もう片方の手にはロングソード。
首の断面から、禍々しいオーラが揺らめいている。
来奈は怯みもせず、ずいと一歩踏み出した。
「行くよ?」
振り向かず、俺へそう告げる。
返答の代わりに、村正を鞘から抜き放つ。
それを合図に、来奈は駆けた。
突入速度は――
正直に言えば、昨日レイスに憑依されていた時の方が速い。
いまのところ、何も変わっていない。
デュラハンが、重量に似合わぬ身軽さでロングソードを振り抜く。
だが。
来奈は、その剣を避け、するりと脇に立っていた。
そして、冷静な拳の一撃。
――何かが、微妙におかしい。
今までなら、同じように躱すにしても、おっかなびっくりで仰け反るような動きになっていたはずだ。
「……やっぱり、違う」
ぽつりと、来奈が呟く。
拳を受けたデュラハンは、大きく体勢を崩すことなく、即座に反撃に転じる。
竜巻のような剣戟の嵐が、来奈を包み込んだ。
――だが。
それらを、ことごとく躱していく。
気づいたら、そこにいる。そんな動きだ。
例えるなら、ハエやハチが、高速で迫る物体を、ひらりと避けるような。
「視える」
剣戟の中で、来奈が呟く。
「なんだろ……スローモーション?
こいつの剣の動きも、魔力の動きも」
そう言って、剣を握るデュラハンの手首を、いともたやすく掴み取った。
星の魔眼の、新たな段階。
動体視力の強化。
通常、人間が連続した動きとして認識できる限界は、おおよそ秒間六〇回前後と言われている。
超一流のアスリートで、その倍近く。
昆虫の複眼ともなれば、さらに数倍。
おそらく、今の来奈は。
世界そのものを、ハイスピードカメラの映像として見ている。
そんな状態なのかもしれない。
クラリスの未来視とは違う。
時間を覗くのではなく、いま、この瞬間を極限まで細かく切り取っている。
解像度と処理能力の、異常なまでの向上。
クラリスが、わずかに震える声で俺に言葉をかける。
未来の好敵手を見つけた、歓喜の声だ。
「……あれは、まだ完成形じゃないだろう?
まったく、楽しみすぎるな」
そのとおりだ。
まだ、荒削り。
来奈は右手でデュラハンの手首を掴んだまま、左拳で打撃を叩き込む。
――だが、軽い。
魔力を乗せた一撃。
その練度が、まだ足りていない。
「ありゃ? あんま効いてない?」
甲冑に何度も拳を打ちつけながら、間の抜けた声。
「入江、いったん下がれ!」
俺の指示に、ぴくりと肩が揺れる。
だが、逆らわずに手首を離し、後方へ跳んだ。
「いけると思ったんだけどなー」
口を尖らせる来奈に、冷静に声をかける。
「焦るな。魔力の流れを、これまでより感じているはずだ。
魔力集中だ。最初から丁寧に……やってみろ」
そう言って、村正を構え、デュラハンへ踏み込む。
ロングソードと村正の刃が交差する。
一撃でももらえば、胴が断たれかねない剛剣。
――これを、連続で躱し続けていたのか。
まともには受け止めず、剣の力の方向を変える。
そして、懐へ潜り込み甲冑へ刃を撃ち込んだ。
手応え、あり。
だが、相手はアンデッド。
痛みなど感じるはずもなく、攻撃の手は一切、緩まない。
もう一撃入れて、切断する。
村正を構え直す俺の背に、来奈の落ち着いた声が届いた。
「教官……やるよ。もう一度」
「しくじるなよ!」
俺は、デュラハンを思い切り蹴り飛ばす。
魔力を込めた一撃だ。
最後は――
俺の弟子の一撃を食らって、成仏してくれ。
ぐらつくデュラハンを、スローモーション映像のように捉えながら。
来奈はひとつひとつ、基本を確認していた。
魔力を、巡らせる。
心臓から、手へ。足へ。
そして、また心臓へ。
ぐるぐると。
――不思議と、いつもより流れが気持ちいい。
あれだけ訓練しても、なかなか上達しなかったのに……。
ひょっとしたら、あたし、SSRなのに弱いのかなって。
やっぱり、少しだけ不安で。
梨々花は何でもできるし、由利衣も、どんどんすごくなってるから。
それでも――。
ぐっと、瞳に力を込める。
そこへ、空気を断ち切る声が飛んできた。
梨々花だ。
「来奈!!
あんた、センターやるって自分で言ったんでしょ!?
先生が見せ場作ってくれたんだから、決めなさいよ!!」
由利衣の声も重なる。
「私たち、来奈の背中があるから戦えるんだよ。
いつも、頼りにしてるんだから」
ふわりと笑って、精一杯、声を張る。
「やっちゃえ!!」
――来奈は、思う。
それでも……あたしは。
拳と瞳に、さらなる力が溢れた。
「あたし、絶対的エースだからっ!!」
足を踏み出す。
右足に、魔力。
次は、左。
一瞬に、集中する――
来奈は、駆けた。
***
俺は、目を見張った。
魔眼を解放せずに、この速度。
そして――
来奈がデュラハンへ接近し、右拳に魔力を込める。
キュレネが、強い輝きを放った。
撃ち込むと同時に、インパクトが甲冑を貫く。
衝撃波が玄室を震わせた。
来奈は、大きく息を吸い――吐き出した。
「……やった」
その言葉とともにデュラハンは黒い靄となり、床の魔法陣へ吸い込まれていく。
握り締めた拳を見下ろし、ゆっくりと、確かめるように。
「これが……いつもできるようにならないと。うん」
確かめるように、ぎゅっと力を込める。
そして、ぱっと表情を緩めて振り向いた。
「どう!? あたし、やっぱ今日はいけると思ったんだよね!
委員長、バッチリ撮ったよね?
映えてたんじゃね!?」
政臣が、大きなオーケーサインを掲げる。
玄室は、歓声に包まれた。
梨々花は、ふっと小さく笑い、呟いた。
「あのね……センターはやってもいいけど。
どさくさに紛れてエース宣言とは何よ」
だが。
視線の先の満面の笑顔に、切れ長の目が思わず緩んだ。
「……まあ、今回はいいけど」
こうして、エース争いは持ち越しとなったが。
日本SSRパーティは、確実に次の段階へ踏み込んだのだった。




