第115話 ジェイルブレイク
レイスの憑依が抜けてからも、来奈は眠り続けていた。
そのまま、山本先生がおぶり、二階へと進むことにする。
由利衣は相変わらず心配そうな声。
「大丈夫なのかな?
まだ取り憑かれてるとか……」
二階へ続く階段があらわれたことから、戦闘は終了。
それはないと思うが。
「まあ、連戦だからな。
すみません、山本先生」
俺が声をかけると、山本先生は「いいんですよー」と、にこやかな顔。
そして、背中の重みを感じながら、感心したような言葉。
「入江さんが、あれだけの能力を秘めているなんて。
ますます、この先が楽しみですね」
まったくだ。
魔眼もキュレネも使わずに、俺を圧倒しつつあった。
芹那の服の呪術耐性のおかげで、完全支配には至らなかったが……最初からフル覚醒で来られていたら、何人の犠牲がでていたことか。
クラリスが楽しそうに笑う。
「自分はまだまだ、なんて言っていたが。
私に預けてみないか? 最強に仕上げてみせるぞ」
ただでさえお調子者なのに、脳筋化なんて勘弁してくれ。
俺は、曖昧な顔で答えを濁した。
そして、気になる一階のお宝。
ホクホク顔のティナを、ちらりと見る。
透明マントなどと、いかがわしいネーミングをしているが、こいつは魔力と気配を遮断するアイテムだった。
由利衣の索敵レーダーにもかからない。
確かに、ソロ冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しいだろう。
あと、忘れてはいけないのが、スタンプラリー。
レイスを撃退したあと、階段の脇にスタンプ台が置かれていた。
一階は、魔女の部屋と中ボス部屋の二箇所。
イメージキャラクターの腐乱犬くんが、「まだまだこれから! ハッスルだワン!」と、雑な応援をよこしていた。
そうして、一階の攻略は終了した。
しかし。
すっかり時間感覚が麻痺していたが、スマホの時計を見ると、現在は土曜日の午後19時。
月曜日までには学院に戻りたいところだ。
そして、学生は夜間攻略申請をしなくてはならない。
俺は政臣に、学院長へと連絡を取るように指示。
……俺は話したくないのだ、
政臣は、学院長との直通コールを開始した。
やがて会話を終えると、サラリと言い放つ。
「隠しダンジョン攻略するまで、何日でも帰ってこなくていいそうです。
山本先生も、実家の方角で不幸らしきものが発生したということで、不在でも大丈夫だと」
なぜ、毎度こんな投げやりな理由が通るのか。
絶対権力者というやつは……。
まあ、水と食料の備蓄は問題ない。
幸いにして、今回はリズはいないのだ。
俺は、クラリスとティナを順に見る。
「なあ、そっちはどうなんだ?」
ティナは腕を組み、さも当然そうな顔で答えた。
「ここまで来て、途中離脱なんて嫌よ。
もうひとつのお宝ゲットしないと!」
クラリスも同意。
「そういうことだな。
強化合宿よりも、こちらの方が面白そうだ」
……レイドの準備を抜け出して冒険三昧。
クラリスに意見できる者などいないのだろう。
こうして、方針は決まった。
となると、二階の攻略だが。
ここには、冒険者用施設があると、紙に書いてあった。
実質、各種施設とボス部屋から構成されている。
長い間誰も来なかったにも関わらず、この充実ぶり。
これも、ダンジョンマスターの格なのだろうか。
由利衣の作戦したマップによると、中央に大空間があり、いくつかの小さな仕切り。
これが施設なのだろう。
さっそく、その空間を目指すことにした。
***
通路を通り、大空間へと侵入する俺たち。
そこには、白い幽霊がフワフワと漂っていた。
まるで、シーツを被せられたまま浮かび上がったかのような姿。
「こいつは、敵……なのか?」
思わず、半歩だけ後ずさる。
だが、襲ってくる気配はまるでなかった。
ならば、精霊かダンジョンマスターが用意した演出要員なのだろう。
試しに話かけてみるが、反応はなくフワフワしているだけ。
しかし、とりあえず害はなさそうだ。
大空間を散策していると、明かりが漏れている一角があった。
近づいてみると、そこは店舗で、店番らしき幽霊が一体。
ラインナップは、魔力回復ポーションに傷薬など。
それと、短冊のような紙。
梨々花が興味深そうに、しげしげと見つめる。
「なんですかね、これ。お札?」
ティナがすかさず補足した。
「これは、呪符ね。
……なにこれ、めちゃくちゃ安いじゃない!!」
一枚、三万Gから。
金銭感覚は人それぞれだが。
呪符とは、専門の魔法使いが魔法効果を封じ込めた札だ。
発動すると消滅する、使い切りのアイテム。
高度な魔法を封じ込めたものなら、この百倍の値がついてもおかしくはない。
「たしかに……この価格はデフレだな」
俺も同意した。
中級魔法レベルの呪符でも、八万G。
なかでも目を引いたのは……。
「“式紙”まであるとはな」
思わず唸る。
いわゆる召喚魔法の一種だ。
使い切りとはいえ、戦術の幅は広がるだろう。
さっそく、ティナは爆買いを始めた。
雷光は強力だが、他の手札も増やしておきたいらしい。
「やっぱり、あなたたちに付いてきて正解だわ。
こんなにパワーアップできるなんて!」
嬉しそうな声。
あれだけ嫌がっていたのが嘘のようだ。
呪符の束をドサッと幽霊の前に置く。
すると、被っていた布がふわりと盛り上がり、手のような形を作った。
その指先が示したのは、二次元コード。
こんなところにまで、DX化の波が来ているらしい。
ティナはスマホをかざし、迷いなく決済を済ませる。
それを、梨々花がじっと見つめていると、
「なによ……」
と、警戒したような視線が返ってきた。
梨々花は、静かに口を開く。
「そのお金……大丈夫なのかな、って」
これまでの言動から、ティナにはネットワークに干渉できる力がある、と思われる。
審判の能力のひとつ……なのかどうかは分からないが。
だが、彼女は意にも介さず、鼻で笑った。
「あのね。危ない橋は、ここぞって時しか渡らない主義なの。
これは、私が腕一本で稼いだお金よ。
誰にも文句は言わせないわ」
どうにも、モラルがあるのかないのか分からない。
良く言えば柔軟、自由人気質だ。
梨々花は小さく頷くと、今度は俺に視線を向けた。
「先生。
私たちも呪符を仕入れておきたいんですけど……いいですか?」
攻撃魔法は梨々花の十八番だが、来奈に持たせておくのも悪くないだろう。
いくつか選び始めたところで、由利衣が首を傾げる。
「この……式紙って、どういうものなんですか?」
俺も、少し知識がある程度だ。
どう説明したものかと考えていると、山本先生が自然にフォローに入った。
「紙を操る術ですね。
発動すると、さまざまな形に変化して使役できるそうです」
そう言って、一枚を手に取る。
「これは、折り鶴になるみたいですね。
偵察や撹乱に向いているんじゃないでしょうか」
なるほど、と梨々花が頷く。
山本先生は、さらに言葉を重ねた。
「似た言葉に“式神”というものがあります。
こちらは鬼神を使役する術だと言われていますが……
実態については、あまり知られていません」
式神使いは数が少なく、加えて秘密主義だ。
使役の条件や触媒など、分かっていないことが多い。
すると、その話を聞いたティナの目が、どことなく泳いだ。
その僅かな変化を、梨々花が見逃すはずもない。
「ティナさん……式神に興味が?」
「べつに」
即座の否定が、却ってあやしい。
梨々花は薄っすらと笑い、ティナを頭ひとつ分見上げ、囁くように言った。
「魔界で、素敵な式神が見つかるといいですね」
ティナの瞳孔が、はっきりと開いた。
こういう嗅覚にかけて、梨々花に敵うものはいない。
ティナは、口元に手をやり、表情を整え直す。
「……やっぱり、敵に回したくないわね」
急に真顔になり、梨々花の目をまっすぐに見据えた。
「悪魔の心臓……
他にも見つけたら、教えてほしいの。
私にできることなら、何でもするから」
梨々花は、ほんの少しだけ考える素振りを見せた。
「どうしようかな」と言わんばかりの間。
そして、ゆっくりと頷く。
「いいですよ。
私たちも連れて行ってくれるなら……
最終目的は、譲りますから」
“私たち”には、俺も含まれているのか?
いや、今さら問いただすまでもないのだろう。
ティナは肩をすくめ、大きく息を吐いた。
「なんか、言い出しそうな気はしてたんだけど。
……見つけられたら、よ?」
いつの間にか、取引成立。
梨々花の頬が、ほんのりと上気している。
魔界で冒険だなんて――最高のコンテンツ。
その表情には、ありありとそう書いてあった。
そして俺たちは、呪符をいくつか仕入れ、店を後にした。
次に目を引いた施設は、トラベラーズイン。
素泊まり専用で、一人一泊五千G。これまた良心的な価格だ。
チェックインも、宿の個室の鍵も、すべてスマホから。
年配の冒険者には厳しいんじゃないかと、妙な心配をしてしまう。
個室は――
バストイレ付き、シングルベッドにテーブル。
充分すぎるだろう。電気のコンセントまで完備だ。
テーブルに置かれていた、ラミネート加工のA4用紙が宿の案内。
それによると、共用スペースはコインランドリーと食堂、そしてカラオケルーム。
ただし、食材は持ち込みで自炊すること、とある。
来奈の様子は、由利衣が見てくれている。
いまは部屋のベッドで、静かに眠っていた。
俺と山本先生は食堂に入り、夕飯の支度を始める。
水とIHコンロが使えるのは、かなり助かる。
やがて、いい匂いが食堂に満ち始めた頃。
来奈と由利衣を除いた全員が、自然と集まってきた。
二人の分は、あとで部屋に届ける予定だ。
今夜は、チキン南蛮。
タルタルソースも、自家製。
政臣は、食事中も終始上機嫌だった。
「こんな隠しエリアがあるなんて、絶対バズり確定ですよ!!
リアルタイム配信できないのが惜しいなあ!」
ご満悦だ。
確かに、この存在が明らかになれば、冒険者が押し寄せるだろう。
だが、それは俺たちが中ボスの初回クリア特典を総取りした後の話。
その後は、隠しダンジョンのマップと攻略情報を、有料課金で配信する算段。
バズりと同時に、チャリンチャリンが発生するシステム。
俺が若い頃は、ダンジョン素材を持ち帰ることしか収益手段がなかったが、今はこうしてエンタメやサブスク課金も成立している。
まったく、時代は変わったものだ。
そんなことを思いながら、揚げたての鶏肉に舌鼓を打つのだった。
***
食事後は、自由時間。
ダンジョン内には昼も夜もないが、いまは午後23時を回っている。
クラリスはケロリとした顔をしているが、みなそれなりに疲労の色が見えていた。
来奈の様子は、山本先生と梨々花が、由利衣と交代で見てくれることに。
俺はゆっくり休んでくれという、山本先生の言葉に甘えることにした。
部屋に入るなり、すぐさま就寝。
明日も、冒険なのだ。
それにしても。
一階の中ボスのレイスですら、あの手強さ。
リッチーともなれば、どれだけの化け物なのか。
不安は、ある。
だが、未知に挑むワクワクも同等だった。
あまりクラリスのことを言えないな。
そんなことを思いながら横になるうちに、いつしか眠りに落ちていた。
***
翌朝――に相当する時間。
食堂で朝食の支度をしていると、来奈がひょっこりと姿をあらわす。
「おっ、教官!!」
どうやら、後遺症らしきものはなさそうだが。
念のため確認しておく。
「入江。体調は大丈夫か?」
すると来奈は、肩をぐるぐる回して笑顔をつくった。
「たっぷり寝たからー!!
退屈なんで一人カラオケしてたしっ!」
その調子なら大丈夫そうだな。
やがて全員集まってくる。朝食は簡単にハムエッグと焼鮭、海苔と味噌汁。
だが、来奈はモリモリと茶碗三杯おかわり。
「なんか元気でさー。
あたし、今日は張り切っちゃうよ?」
由利衣と梨々花も、ホッとした表情で味噌汁をすする。
俺と山本先生は、昼食の弁当を詰めながらその様子を眺めていた。
すると、山本先生がそっと俺に囁いた。
「入江さん、少し看ていたんですけど……
魔力の循環が良くなっているような気がします」
最近飲んでいる、リズに貰った霊薬の効能もあるだろうが。
レイスと魔力を同調させたことによる副作用的なものだろうか。
昔、聞いた話だが。
魔力の循環が悪い体質は、栓がされているようなものらしい。
それが外部から無理やりこじ開けられたのだとしたら……?
このダンジョン、やはり来た価値があったようだ。
怪物が檻から解き放たれようとしている。
能天気に「おっ! この卵、双子じゃん」と嬉しそうにハムエッグを頬張るその姿に、高揚とともに寒気が走るのだった。




