第114話 憑依
リッチー。
高位の魔法使いが、魔導の極致を求めるあまり、自らを死霊へと変えた存在。
圧倒的な魔力を有し、無数のアンデッドを従える闇の王。
……というのが、通説。
そいつが隠しダンジョンの主なら、地上の無限に湧くゾンビや、あの強力な三体の骸骨を従えていたのも納得だ。
先ほどの魔女の話によると。
そのリッチーはダンジョンを登って行った果ての七階にいて、到達するには各階の中ボスを撃破する必要がある……ということ。
そして、俺たちはいま。
一階のボスがいると思われる玄室の前にいた。
踏み込む前に、もう少し情報を整理しておこう。
魔女からもらったのは、A3サイズの外三つ折りの紙。全員分あった。
表面には、
『不死王のダンジョン大作戦
―死んだら君もレッツ・リビングデッド!―』
という、妙にポップなタイトル。
その下には、イメージキャラクター腐乱犬くんのイラスト。
目玉が落ちかけ、舌を垂らした犬のゾンビのデフォルメ。
これは意外と女子高生受けが良かった。
来奈が、紙をひらひらさせながら軽口を飛ばす。
「この犬さー、教官の最終形態にちょっと似てね?」
俺の精霊の特典の人狼化。
しばらく披露していないが、どこが似ていると言うんだ。
広げると、裏面にはスタンプラリー。
表面には、ダンジョンの簡易説明。
なかでも目を引いたのは、ボスモンスターとドロップアイテム。
■一階
ボスモンスター:レイス
初回クリア特典:透明マント
■二階
ボスモンスター:デュラハン
初回クリア特典:剛力の手甲
■三階
ボスモンスター:骸蟲
初回クリア特典:骨魔法
■四階
ボスモンスター:キョンシーマスター
初回クリア特典:仙丹
■五階
ボスモンスター:餓鬼王
初回クリア特典:呪魂
■六階
ボスモンスター:ドラゴンゾンビ
初回クリア特典:竜の牙
■七階
ボスモンスター:リッチー
確定ドロップアイテム:死者の書
なんでも、初回クリア特典は最初に中ボスを撃破したパーティのみに確定で与えられるアイテム。
以降のドロップ率は激渋。
ただし、リッチーのドロップだけは毎回出てくるという。
このことからも分かるように、このダンジョンは最初から「何度も来い」と言わんばかりの設計になっている。
読み合わせていると、梨々花が疑問を呈した。
「初回クリア……ですけど。
このダンジョンは攻略者がいないのでしょうか?」
さっきの魔女は「冒険者は久しぶり」だと言った。
だとすると、過去にここを訪れた者がいるはずだ。
だが、このダンジョンの存在が広まっていないのは、今ほど情報化が進んでいない時代だったからかもしれない。
そこにティナが不満そうな声を上げる。
「もし誰かが初回クリア報酬取ってたら、私たち無駄な努力なんじゃないのかな?」
……その可能性は、ある。
だが、クラリスが割って入る。
「いや……」と、紙の一部を指でなぞった。
「初回クリア報酬は、新たなダンジョンマスターが生まれるとリセットされる、とあるな」
なるほど。
リッチーのドロップアイテムの死者の書を使うと、ダンジョンマスターになれる、という記載もあった。
由利衣が興味深そうに頷く。
「ダンジョンマスターですか。
それも楽しそうですねー。ゾンビ育成とか!
ほっこりします」
何がどうほっこりするのか知らないが……。
ダンジョンマスターの具体的なお仕事のことや、死者の書については、それ以上のことは書いていなかった。
しかし。もし、初回クリア特典がリセットされているなら、チャレンジしてみる価値はある。
死者の書をどうするかは、ひとまず置いておいて。
お宝の取り分を先に決めておくことにした。
ティナがさっそく主張してきた。
「私、この透明マントっての欲しいんだけど!
ソロ攻略で使えそうだし」
クラリスも、
「剛力の手甲……筋力低下デバフのレジストか。
こいつが良いな」
と、スタイルに合ったアイテムをチョイスしていく。
こちらはというと……
由利衣が迷いなく声を上げたのは、仙丹。
「これ、魔法薬学の役に立つと思うの。
……ダメかな?」
と、来奈と梨々花の目を見る。
もちろん、二人に異存はなかった。
こうして、六階までのお宝の取り分は以下となった。
・ティナ
透明マント、呪魂
・クラリス
剛力の手甲、竜の牙
・日本SSR
仙丹、骨魔法
呪魂というのは良く分からないが、召喚アイテムだと記載されていた。
これも、ソロ活の役に立つだろうとティナ。
竜の牙は、超高級品の素材だ。
売れば一財産だが、クラリスは冒険の思い出として自宅に飾るという。
そして、うちは骨魔法。
あの骸骨術師が見せた魔法なのかもしれない。
梨々花の食指が動いていた。
来奈は、自分にはお宝がないことに不満そうで、「だったら、あたしがダンジョンマスターになってもいい?」と、しつこく食い下がる。
まったく、欲深いやつだ。
山本先生は、お宝には執着していないというのに。
そんなことを思いながら山本先生を見ると――
腐乱犬くんのイラストを見つめ、夢見るような表情。
「佐伯さんの人狼……。
私も完凸したら、狼夫婦かな。
ご近所さんから、“いつもペアルックでダンジョンにご出勤なんですね”って、冷やかされちゃうかも」
俺は、そっと視線を逸らし、何事もなかったかのように他のメンバーへ顔を向けた。
「とにかく。
レイスを倒してみれば、初回特典が得られるかどうか分かるだろう」
そう言って、玄室の重々しい扉へと手をかけた。
***
玄室へと踏み込み、陣形を整える。
部屋の床には大きな魔法陣があり、その中央でローブを着た幽鬼がフワフワと浮遊していた。
実体感がどこか薄い。まるで、黒いガスの塊が人型を取っているようだった。
この手のタイプは、普通に斬りつけても効果はない。
通すなら、魔力を極限まで乗せた一撃だけだ。
問題は、魔力制御の練度が甘い来奈。
だが、戦いがひとたび始まればそんなことも言っていられない。
一歩踏み込む俺よりも先に、背後から青白い雷の柱が脇をすり抜けていった。
ティナの雷光が、一直線にレイスへと襲いかかる。
開幕から決める気満々だ。
だが雷が届く前に、一瞬モヤが膨張したような感じになり、フッとレイスの姿が消える。
雷光はそのまま通り過ぎていった。
由利衣の鋭い声が玄室に響く。
「移動しています!
来奈、気をつけて!!」
「え?」と焦る来奈。
だが。
気づくと来奈は、黒いガスに包まれていた。
モヤが薄く全身にまとわりついていく。
苦しがる様子はない。
しかし、見る間に来奈の瞳から光が消えていく。
両手をダラリと下げ、口は半開き。
「先生、これは……?」
梨々花の焦りを帯びた声。
こいつは、呪術の一種だ。
来奈の服には耐性が施されているはずだが、どうやらそれの上を行く強力なもののようだ。
――憑依。
やがて来奈の生気を失った目に、怪しい炎が灯る。
口角を捻じるように上げ、そいつは声を発した。
「チッ。呪術耐性か。
厄介なやつに移っちまったな」
そして、俺たちを眺め回した。
「……まあ、すぐに馴染むかな。
久しぶりの体だぜ」
両手のひらを閉じたり、握ったり……確かめるように……。
そして、突如フッと消えた。
魔法……じゃない。身体能力。
俺はとっさに村正を逆刃に握り直す。
ほとんど本能で構えたと同時に、刀の峰にキュレネが叩き込まれ、激しい火花が散った。
魔眼は使っていない。
それでも、このスピードとパワー。これが来奈のポテンシャル。
「こいつは、大当たりだな!!
体が軽いぜっ」
来奈――いや、レイスのハイな声。
さっきの骸骨剣士など比べものにならない速度で、拳を撃ち込んでくる。
魔眼もキュレネも使ってこない。
最大速度を乗せてインパクトを放たれていたら、今頃俺の身体は粉微塵になっていた。
どうやら、まだ支配できていないようだ。
いまは、本人の意識を封じ、魔力を同調させて神経系だけを乗っ取っているのだろう。
必死に拳を捌きながらも、頭だけは冷静を保つ。
ここで俺まで取り乱すわけにはいかない。
だが、由利衣は気が気ではない。
「ねえっ、来奈やめてっ!
コーチ、どうしたらいいんですか!?」
叫びが、胸に突き刺さる。
だがレイスは、愉快そうな調子で言い返した。
「止めたきゃ、力ずくでやってみろよ!!
いいぜ。この体が使えなくなっても、まだ大勢いるからな!!
最後の一人は、朽ちるまで使い倒してやるよ!!」
村正への圧が徐々に高まっていく。
支配が少しずつ浸透しているのだ。いまでこそなんとか持ちこたえられているが、すぐに対応できなくなるだろう。
視界の端でクラリスがエクスカリバーを抜き放つのが見えた。
「いや、まて! 物理じゃどうにもならない!」
大声で制止する俺に、クラリスは眉ひとつ動かさずに淡々と。
「殴ったら出てくるかもしれないだろう」
そう言うものじゃない。
憑依の強制解除は、付与術の逆。魔力の切り離し。
それができる可能性があるのは梨々花だが、訓練を積んでいない今は無理だろう。
できたとしても、この攻撃速度。
高速回転する俺の思考に、迫りくるクラリスが割り込みをかける。
「試してみなければ分からんだろう。
安心しろ、峰打ちだ」
そのエクスカリバーは両刃だろうが。
このままじゃ、いろいろとまずい。
しかし、どうすれば……。
そこに、梨々花が意を決したように、一歩、前に出た。
「……調子に乗るんじゃないわよ。ガスの分際で」
杖をブンと振る。
レイスの足元から、蔓が勢いよく噴き上がった。
「そんなもんに捕まると思ってんのかよ」
身を翻し、蔓を躱す。
そして、ぐるりと首を回し――梨々花を睨め付けた。
標的を変えた。
――まずい。
俺が追いすがるよりも早く、レイスの姿が掻き消える。
梨々花の寸前まで、拳が迫る。
だが、それが届くより先に――
スッと躍り出た山本先生のアイアンクローが、レイスの顔面に決まった。
「……あれ?」
間の抜けた、レイスの声。
一方の山本先生は、氷の瞳でポツリと呟く。
「入江さん。
身体能力が高くても、そんな直線的な動きじゃあ……」
メキメキと音を立てて、指が締まっていく。
「バカかお前!
この体を痛めつけても、意味ないんだよ!」
なおも余裕を崩さず、高笑いするレイス。
だが次の瞬間、その表情が凍り付いた。
来奈の身体が、ティナの持つ金蛟剪に挟まれていたのだ。
「金蛟剪――おい、何する気だ?」
ティナは、あくまで冷静な声で答える。
「何って……悪霊退治、かな」
レイスの声音が、はっきりと変わった。
その目に浮かぶのは焦燥と恐怖の色。
「お前、この体がどうなっても……」
「そんなの、戦闘魔法使いなら覚悟の上でしょ」
レイスの脅しなど、まるで意味をなしていないかのようなティナの鋭い目。
だが、その言葉に梨々花の表情が強張る。
反射的に、ティナへ杖を構えた。
だが、すぐにティナは口元を緩めて軽い口調になる。
「……なんてね。
あんた、金蛟剪のこと知ってるんじゃない。
じゃあ、この次に何が起きるか、分かってるよね?」
視線が、梨々花へ送られる。
梨々花は杖の構えを来奈へと向けると、レイスへ言い放った。
「……とっとと来奈の体から出なさいよ。
出た瞬間、火炎をぶち込んでやるから」
「わーった! 降参! 火炎もなしで頼む。な!?」
だが、ティナはいささかも油断しなかった。
金蛟剪を緩めることなく問いただす。
「ねえ。初回特典は、貰えるんだよね?」
「あ? あるある。持ってけよ」
そう言って、レイスが視線を巡らせる。
その先にあったのは宝箱。
――いつの間に出現した?
空気が、わずかに張りつめる。
クラリスが宝箱へ歩み寄り、そっと指先を触れた。
「ほう……クレイモア。対人地雷か……」
なぜか感心したような声。
同時に、金蛟剪がギリギリと音を立てて締め付けられた。
「……なんで罠を仕掛けてるのよ」
「しょーがねーだろ!! そういうもんなんだよ!」
レイスの言い訳めいた声を背後に、クラリスはさっそく罠解除にかかる。
そして、出てきたアイテムは『透明マント』。
ティナはそれを確認すると、レイスへと声をかけた。
「妙な真似したら……分かってるわよね?」
「わーてるって!」
そう言うと、来奈の体から黒いガスが抜けるように噴き出し――玄室の中央にある魔方陣に吸い込まれるようにして消えた。
魔方陣が脈打つような輝きを放ち――上層への階段があらわれる。
来奈が、がくりと糸が切れたかのように崩れ落ちる。
梨々花は杖を放り投げて、すんでのところで体を支えた。
「魔眼なしであれだけの動きができるなんて……
さすがね」
すぅすぅと寝息を立てる来奈の髪をそっと撫でる。
そして、ティナへと深々と頭を下げた。
「このダンジョンの攻略、日本パーティだけで挑もうとしたのは無謀でした。
本当にありがとうございます」
するとティナは意外な言葉だったようで、急に慌てだした。
「え? いやいや。
私一人でも無理だしー。コラボしていかないと」
梨々花は、穏やかに目を細めて問いかける。
「で、その金蛟剪……挟むとどうなるんですか?」
「それは、タダじゃ見せられないって言ったじゃん」
交差する笑みを含んだ視線。
そこに、由利衣が涙目で駆け寄り、来奈の体に抱きついた。
当の本人は、まるで他人事のように子供のような穏やかな寝顔。
クラリスが、俺の側で深く頷いた。
「手強い敵だったな……
だが、冒険しているじゃないか。なあ」
……しれっと良いことを言っているが。
俺はこいつが一番恐ろしい。
だが、急造の攻略パーティの絆は着実に深くなりつつある。
そして、冒険は新たなステージへと進むのであった。




