第113話 冒険フリーク
身長は優に三メートルはある、牛頭の大男。
その手にある両刃の戦斧が、村正と火花を散らして交差した。
敵は一体。
……だが、初っ端からこれか。
この先の攻略が思いやられる。
脇へ滑り込み、残像の刃を叩き込む。
胴に入った――が。
固い皮膚が、斬撃を奥へ通さない。
後方から、梨々花の火炎弾が、牛の頭部へ直撃した。
致命傷には程遠い。
だが、視線を引く牽制としては十分だった。
すかさず来奈が間合いを詰め、キュレネを脚へ叩き込む。
しかし、巨体はいささかも揺らがない。
牛頭はそのまま、来奈へと斧を振り被った。
「え……ちょ」
焦りの声。
迫る刃――
だが、刃は空中で止まった。
クラリスが片手で、難なく受け止めていたのだ。
「そんな腰の入っていない一撃では、通らんだろうな」
淡々と諭すように言いながら、斧を捻り上げる。
「魔力をもっと込めて打つんだ」
俺は、その隙を逃さずに跳躍。
村正へ魔力を凝縮し、青白い刃を横一閃――
着地と同時に、牛の頭は胴体からずれ落ちた。
モンスターは、光の粒となって消える。
クラリスはその光景に、軽く頷いた。
「さすがだな。
ああやって一撃の瞬間に、最大魔力を乗せるんだ」
来奈はがっくりと俯き、ぽつり。
「あたし、まだまだ……だね」
その言葉に、クラリスは目をほんの少しだけ緩めた。
「魔法使い一年目なのに、ずいぶん欲張りなんだな」
そして俺へ視線を向けたまま、言葉を続ける。
「師匠も、できると思っているから訓練をつけているんだろう?
次は、ほんの少しでもいい。工夫してみるんだ。
その積み重ねしかない」
来奈の表情が、一気に明るくなる。
こくこくと頷いた。
どうも、憧れの存在の言葉のほうが、説得力があるらしいな。
まあ、若いうちに見上げる背中があるってのは、いいもんだ。
などと、おじさんくさいことを思いながら村正を鞘に収める。
そこに由利衣の弾む声が響いた。
「あったよー、宝箱!」
モンスター討伐後の玄室に置かれた宝箱。
お約束中のお約束だ。
俺たちは自然とその前に集まり、じっと立つ。
さすがの来奈も、このあからさまな佇まいに、勢いで蓋を開ける気にはならなかったらしい。
「……さて。どうしたものかな」
俺の呟きに、梨々花が抑えた声で相槌を打った。
「ありますよね。やっぱり……アレが」
「だろうな。しかし……」
俺は、ちらりとクラリスを見る。
「なあ。何かわかるか?」
罠があるかもしれない、宝箱。
本来なら、解除役の専門家が必要な場面。
だが、彼女の隠者の能力があれば、話は別だ。
クラリスは一歩前に出ると、宝箱にそっと手を触れた。
数秒の沈黙。
やがて、静かに口を開く。
「毒ガスだな。
少しでも吸い込んだり皮膚に付けば、即座に筋肉が収縮し、呼吸困難。
意識混濁ののち、脊髄が折れ、内臓を吐き出して、全員仲良くあの世行きだ」
感情の起伏は、まるでない。
場の空気が、一気に氷点下まで凍りついた。
だがクラリスは何食わぬ顔で鍵穴を覗き込む。
「ふうん」と短く言葉を発して、懐から細いピッキングツールを取り出した。
俺は、真っ白に固まっていた思考が引き戻され、内心慌てた。
だが大声を立てないように、囁くようにクラリスへと言葉をかける。
空気の振動ひとつで罠が発動しかねない。
この場は、完全にデンジャラスゾーンだった。
「なあ……まさか、やる気なのか?
それに、なんでそんなもの持ってるんだ?」
クラリスは、手元から視線を外さずに淡々と答える。
「現代化学兵器を仕掛けている割には、罠の構造はクラシカル。
ここのダンジョンは、なかなか趣があるな。
そして、この道具は冒険者のたしなみだ」
どうやら……。
「やる気か?」という俺の質問にはYES一択のようだった。
何を考えているのか、全く分からない。
ピッキングツールが鍵穴に迫る。
顔色ひとつ変わらない。
だが。
俺たちは全員、血の気の引いた顔で口元を手で押さえていた。
そんなことをしても、毒ガス相手にはどうにもならないのに。
やがて、そっと細い金属が鍵穴に差し込まれ――
クラリスの瞳の光が動き、ツールがゆっくりと引き抜かれる。
そして、宝箱の蓋を空けた。
中には、ダンジョン通貨一万五千G。
日本円にして、一万五千円。
――おい。
安堵の息を吐きつつも、いろいろとツッコミどころが多すぎた。
「リスクとリターンが、まったく釣り合っていないような気がするんだけどな……。
それに、中身は分かってたんだよな?」
だが、クラリスは意にも介さずに楽しそうに笑った。
「宝箱の中身を透視したら、意味がないじゃないか。
冒険にはスリルがつきものだからな」
クリスマスイベントのときは、福袋を透視したくせに。
こういうのは、ワクワク優先らしい。
しかし、これが素の性格なのか。
普段は毅然とした武人だが、国の代表という重責から解放されたいまは、いち冒険者として攻略を楽しんでいるようだ。
しかも、その楽しみ方が、かなり紙一重。
後ろでティナが、ボソリと呟いた。
「いろんな意味で怖いんだけど。
やっぱ、やめときゃ良かったかなー」
同感だ。
刃の上でダンスして、足を踏みさないギリギリを攻める。
それが彼女の冒険の流儀。
俺もまともじゃない自覚はあるつもりだが、クラリスはさらにその上を行っていた。
このダンジョン、敵はモンスターだけじゃないのかもしれない……。
そんな感想を残しつつ。
初宝箱をゲットした一行は、次の玄室へと歩を進めるのだった。
***
「なあ、やっぱり中身を見た方がいいんじゃないか?」
ミミックを一撃の元に葬り去ったクラリスの背に、声をかける。
「罠が無いな」と言っておもむろに蓋を空けた途端に、飛び出してきたのだ。
由利衣なんて腰を抜かしそうになっていたが、当のクラリスは平気な顔でエクスカリバーを目にも止まらぬ速さで叩き込む。
「外れか……次に期待だな」
まるで聞いていない。
最初の階層は半分以上調査が終わっていた。
玄室には基本的にモンスターが配備され、倒すと宝箱。
クラリスは罠解除のスリルを楽しんでいる様子だが。
俺を含めてこの中の誰一人として、彼女を力づくで止められるものなどいなかった。
今のところ、実入りは少ない。
だが、ダンジョンの全容はまだ分からない。
現時点で判断するには、材料が足りなかった。
しかし、幸いなことに経験値はなかなか悪くないようで、うちの三人と山本先生のレベル引き上げにはなっていた。
玄室の調査を終え、通路に出る。
次は少し、気になるところを見てみる予定だった。
行き止まりにある、小さな部屋。
方眼紙マップで言えば一マス分のスペース。
こういう場所には、だいたい“何か”がある。
良いとは、限らないが。
やがてその部屋が見えてくる。
ドアには意味ありげな魔法陣が描かれていた。
俺はクラリスへと声をかける。
「踏み込んだらいきなり転移とかは、勘弁して欲しいんだけどな……。
中を見てもらえないか?」
――クラリスの嫌そうな顔。
その未知に踏み込むのも冒険だ、と言いたいのだろう。
だが、こちらはヒヨッコの引率なのだ。
いきなりハードモードは勘弁してやって欲しい。
欧州メンバーは、こんなリーダーに率いられて、大丈夫だったのだろうか。
俺の考えを読み取ったのだろう。
クラリスは折れてくれたようで、ドアの前で数秒佇んだ。
「……誰か、いるな」
こんな地下の隠しダンジョンに?
どう考えても怪しい。だが、俺が止める間もなくドアはクラリスによって開けられていた。
中には……。
テーブルに大きな水晶玉が載せられ、その前に座る一人の色白の女性。
背後には、巻物や書物がびっしり収まった棚。
黒いとんがり帽子に黒いドレス。煙管を手にし、紫煙をくゆらせている。
いかにもな魔女の装い。
年齢はよく分からないが、若いといえば若いのかもしれない。
魔女は俺たちを認めると、気だるげな目線を投げかけた。
「……あら、冒険者なんて久しぶり」
人間? よく分からないがモンスターではなさそうだ。
戸惑う俺をよそに、クラリスは遠慮なく言葉を切り出す。
「我々は、ここの攻略を進めたいが情報が乏しくてな。
何か知っていることがあれば教えてくれないか?
……大した値段の物じゃなくて悪いが」
そういって、バッグをゴソゴソと漁って干し肉のパックをテーブルに積んだ。
妙にこなれている。
魔女は水晶玉に視線を落としたまま、「へえ」と小さく呟いた。
「あら、どうも。
でも私、今は少し喉を潤したいかなって……」
俺は政臣に視線を送ると、マジックリュックからクーラーボックスを取り出す。
年末年始の冒険で芹那が置いていったワインが数本。
あいつは酒の趣味は悪くないのだ。
もったいぶることなく、すべてテーブルに置く。
すると、魔女は目を細めた。
「礼儀の分かっている冒険者は、大好きよ。
それで、何が聞きたいのかしら?」
聞きたいことは山ほどある。
だが――欲張らないことだろう。
クラリスは俺の目を見た。
俺が頷くのを見届けてから、口を開く。
「ここの、最終攻略対象を知っていたら教えてくれないか。
入口までは辿り着いたが、何を倒せば終わるのかすら分かっていない」
「なるほど、なるほど。本当に初心者ってわけね」
魔女は煙管を深く吸い込み、紫煙をゆっくりと吐いた。
「リッチー……って知ってる?」
来奈の「なにそれ?」という声が飛ぶが、梨々花がそっと袖を引き、黙っていろと合図する。
クラリスは軽く頷いた。
「見たことはないが、話くらいは。
アンデッド系の最上位か。なるほど、そいつがこの階のどこかに……」
すると魔女はクラリスの言葉を否定。
「この階にはいないわよ。
ここは全部で七階。登って行った先ね」
この階の上があることは既に分かっていたのだ。
うまく引き出してくれていた。
「ここはね、不死王のダンジョン。
この階を含めて六階まではリッチーの配下がいるから、そいつらを倒していくの」
そう言うと、彼女はどこからともなくグラスを取り出し、ワインを注いだ。
コルクを抜く動作は、誰にも見えなかった。
ルビー色の液体が唇を濡らし、白い喉が、こくりと鳴る。
ふう、と息をつくと、頬がわずかに上気した。
「最近の冒険者って、贅沢なのね。これ、なかなか悪くないわ」
そう言うと、背後の棚から紙の束を取り出してテーブルに置く。
「ここは総合案内みたいなところだけど……情報は誰にでも教えるわけじゃないのよ」
紙は八枚。パーティの人数分。
そして魔女は、これまたいつの間にか手に持ったスタンプを、一枚ずつ押していく。
クラリスはその束をうけとると、俺たちに回した。
……猫のスタンプ。意外とファンシーだ。
そして、スタンプを押す欄はまだいくつもあった。
魔女は言葉を投げかける。
「これ、集めたら景品ね。
チャレンジしてみるといいわ」
すっかりイベントのノリだな。
最初の神秘的な雰囲気は、演出だったのだろうか。
おそらく、彼女は精霊に雇われた存在。
スタートポイントにいるゲンさんと同じなのだろう。
それにしても、こんな地下深くで何年いるのだろうか。
時間の感覚が俺たちとは違うのかもしれない。
そんな一種の感慨にふける俺をよそに。
魔女は目の前に置かれた水晶球をじっと覗き込んだ。
しばしの謎の沈黙……。
ワインを一口飲み込み、ポツリと一言。
「3七銀……」
――?
魔女は指を水晶玉にあて、スッと動かす。
「あ、ちょっと。今のなし」
何をやっているんだ?
「小学生のくせに、この私に……
もう一局……勝ち逃げなんかしたら、呪うわよ」
ネット対戦?
何だかよくわからないが、退屈はしていないようだ。
俺たち一行は、酒のつまみにと焼き鳥や蒲焼きの缶詰をいくつか提供し、魔女の部屋を後にする。
「今度は甘いの持ってきてねー」
その声を背に、再び隠しダンジョン攻略へと乗り出すのだった。




