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第112話 深き地下へ

月明かりの中。


ゾンビの動きが止まった第五層で、梨々花は政臣に配信の締めを指図した。


由利衣のコメントが高らかに響く。


「『ネクロマンサーを探せ!』大成功でしたー。

冒険者の皆さんも、ぜひ参考にしてみてくださいね。

それでは次の配信をお楽しみにー。チャオ!」


両手を頭の横に添え、指で動物の耳を作る仕草。

いろいろ試して、何がウケるか探っているらしい。


政臣が構えるカメラのランプが落ちると、ティナはにこやかに手を振る動きを――すっと止めた。

そのまま、俺たちへ歩み寄ってくる。


「で。悪魔の心臓と、お宝情報は?」


梨々花は眉ひとつ動かさず答える。


「そのお宝を、これから取りに行くんですよ。

当然、付き合ってもらいますから」


続けて視線を横に流した。


「……クラリスさんも、いいですか?」


梨々花の計算では、あの骸骨三体を相手にしながら、上空の“特定個体”を探し出すのは、日本パーティだけでは難しい。


なら、今回の撃破を奇貨として、このまま本丸へ踏み込む――お宝の三等分は必要経費。そう結論づけたのだ。


一応、俺にも確認は取ってきた。

理屈は通っている。


正直、またあの骸骨剣士の相手をするのは、かなりしんどい。

来奈と由利衣も異存はない様子だった。


日本SSRパーティとしての総意は、すでに固まっている。

気がかりだったのはクラリスだが――


「私は構わんぞ。

お宝か……最近はダンジョン攻略以外に忙しかったから、それも悪くないな」


驚くほど気さくな返答だった。

こうして、地下空間についての情報共有が進む。


……が。

聞き終えたティナは額に手を当て、「いやいやいや……」と小さく首を振った。


「あのさ。

それって――さっきのは単なる前座で、この先にもっとヤバいのが控えてる可能性があるって話よね?」


視線が、俺たちを順に行き来する。


「私ね。一個しかない命は惜しいんだけど?」


梨々花はふっと微笑む。


「何言ってるんですか。魔界に行こうって人が。

こんなの、アトラクションみたいなものですよ」


そして、目力を強めた。


「SSRになったからには、生きても死んでも名を残していこうじゃないですか。

未踏の第五層エリア攻略……ティナさんの足跡が刻まれるんですよ」


ティナは口元を引きつらせて俺を見る。

俺は目を伏せて、サインを送った。


――こういうやつなんだ。


「それに……」


梨々花の声が続く。


「こちらには、先生とクラリスさんがいますから」


確信に満ちた言葉。

それがティナの胸にじわりと沁みたのを見計らい、梨々花は肩をすくめる。


「今ならティナさんにも分け前の権利があるんですけど……

でも、どうしても嫌なら、仕方ありませんね」


政臣へ、さも残念そうに言う。


「高柳くん、悪魔の心臓をティナさんに。

それじゃあ、お疲れさまでしたー。私たちが生きていたら、また」


政臣が水晶の像をティナへ渡す。


梨々花はスマートグラスを装着し、先導して歩き出した。


「由利衣が検知した位置は……急ぎましょうか」


俺たちも、ぞろぞろ続く。

そこに、背後からティナの声。


「もうっ! 分かったわよ!

何があるか知らないけど……第三層のミスリルに、第四層の世界樹。

あなたたちの行く先には“何か”がある。見逃すのは冒険者じゃない」


スタスタ早足で追いつくと、梨々花に並ぶ。


「言っとくけど。私が主導だから。

あなたたちをコラボしてあげるの。いい?」


……やっぱり、案外分かりやすいやつだ。


クラリスが隣でぼそりと言う。


「思っていた感じじゃないな。

案外、魔術師とウマが合うんじゃないか?」


そうかもしれない。

今回の攻略パーティ、これはこれで面白そうだ。


目線の先の背中に頼もしさを感じながら、俺はすでに、この先に待ち受ける未知へと思考を巡らせていた。


***


その入口は、すぐに見つかった。

青い墓石、赤い墓石、緑の墓石が三角形に配置され、真ん中の墓石。

それをずらすと、地下へ続く階段が現れる。


由利衣が不思議そうに言った。


「こんな目立つ感じだと、誰かが見つけていそうですけどねー」


しかし、ティナは冷静だった。


「あの三体を倒したからじゃない?

普段はカモフラージュしてると思うけど」


至極まっとうな推測だ。


なお、現在はライブ配信を切っている。

後日、総集編を視聴者に届ける予定だ。

ティナは「映っている箇所は事前チェック」を強硬に要求し、それがコラボ条件になっていた。


……とにかく、探索だ。

ところが、踏み込もうとした俺たちに山本先生の声がかかる。


「ゾンビの動き、止まってるんですよねー。

じゃあ、ご飯にしませんか?」


……墓地で?


一瞬そう思ったが、冒険者は休めるときに体力を回復させるものだ。

まして、この先にどんな激戦が待つか分からない。

その提案には十分すぎるほど理があった。


俺と山本先生で食事の支度に取りかかる。


今回は八人分。

正月の大人数――あれに比べれば、どうということはない。

気づけば、大量の料理を作る方向にスキルが進化しつつあった。


その間、来奈はクラリスに稽古をつけてもらっている。


拳を打ち込むたびに片手で止められ、鞘に収めたエクスカリバーで急所を軽く突かれる。


「悪くないな。うちのアリサより、キレがあるぞ」


涼しい顔でいなされる。

クラリスにとっては、星の魔眼を使わない来奈の動きなど止まって見えるのだろう。


それでも、来奈は。


「そうかなー? へへっ」


満更でもない表情だった。

先ほどのクラリスの戦いを目の当たりにして、目標ができたらしい。


初歩の火炎魔法一発すら撃てなくても、ボスクラスを子供扱い。

肉体強化の果てにある戦闘魔法使いの生き様――その姿に、自分の将来を少しだけ重ねたのかもしれない。


別の一角では、テーブルを挟んで梨々花と由利衣がティナを質問攻めにしていた。


「電磁力を使って、どんなことができるんですかっ?

ヨーヨーの操作とか!?」


ワクワクの由利衣に、ティナは怪訝な顔。


「なにそれ? 日本のアニメ?

……まあ、いろいろよ。いろいろ」


金蛟剪(きんこうせん)ですけど。殴る以外の使い方をまだ見てません。

挟むところも見せてくれませんか……興味深いです」


途端にティナの表情が曇る。


「あのね。これは、そんじょそこらの武器とは違うの。

挟むのは最終手段。タダじゃ見せないから!」


山本先生は微笑みながら眺めていた。


「みなさん、異文化コミュニケーションできてますねー。

楽しそうで何よりです」


……楽しそう、なのか?

だが確かに、ティナは最初よりずいぶん打ち解けているように見えた。


献立は――

ポテトコロッケに、キャベツのナムル風サラダ。小松菜のおひたしと味噌汁。


「クラリスさん、ライスの代わりにパンにしますかー?」


山本先生の呼びかけに、彼女は「皆と同じでいい」と簡潔に答えた。


そうして、食卓を囲む。


「日本パーティのご飯、見てたけど……やっぱり美味しいわね」


ティナが感想を口にすると、山本先生はいつものにこにこ顔。


「うちの寮でも好評なんですよー。みんなコロッケ好きですから」


三人は頷きながら夢中で口に運ぶ。


クラリスも意外に器用に箸を使っていた。リュシアンに教わったらしい。


「このコロッケも、リュシアンに教えてやってくれないか」


そう言って、美味しそうに頬張る。


元々はフランス由来の料理だ。

それでも、日本で独自進化したコロッケが逆輸入されるのは悪くない気がした。


そうして食事を終え、しばし休憩の後――

いよいよ、地下空間へ踏み込むときが来た。


***


あれから。


俺たちは地下空間へと続く階段を、二時間にわたって螺旋状に下り続けていた。


通路には炎が灯され、足元の明かりに問題はない。

だが、閉鎖空間特有の圧迫感がじわじわと神経を削ってくる。


来奈がうんざりしたように言う。


「どこまであるんだろ、これ。

帰り、めっちゃキツそうなんだけどー」


ティナも同調した。


「こういうのって、よくあるパターンだと延々ループしてるとか?」


精霊のやることだ。何があっても不思議ではない。

……だが、初手からそこまで嫌らしい罠を仕掛けてくるものだろうか。


地上からの由利衣の索敵レーダーでは、通路の入口までしか把握できなかった。

通路に入ってからの索敵でも、分かるのは“かなり深い”ということだけだ。


「どうだ、黒澤?」


「……もう少し、だとは思います」


由利衣は壁にそっと手を置く。


「この壁の向こうは……もう、地下空間に入っています」


なら、下るしかない。

さらにしばらく降りると、横方向からかすかな光が漏れているのが見えた。


……ようやく、到達だ。


階段を降りた先に広がっていたのは、石壁に囲まれた通路。


縦横十メートルほどの空間が続いている。


「ダンジョン内に、さらにダンジョンか……」


後ろから梨々花。


「いかにも、お宝が眠っていそうじゃないですか。

等分しても、お釣りがきそうです」


政臣が興奮の声を上げる。


「これぞ、ダンジョン攻略ですよ!!

いやあ、楽しみだなあ」


……お宝と映えのことしか頭にない連中は、ひとまず置いておこう。


由利衣がマッピングを開始。

タブレットに地図がすらすらと描かれていく。


第四層までの攻略地図は、すでに有料サービスで公開を始めていた。


出現モンスターの位置、特性、採取ポイントの解説付き。

チャンネル登録者割引ありの、月額九百八十G――広く浅く集金する仕組みだ。


そうやって、稼いだ金を冒険へ再投資する。

戦闘魔法使いとしては半人前でも、商売の嗅覚は俺以上だった。


地図が完成し、由利衣が指差す。


「ここに……上へと続く空間がありますね」


複数の玄室を通路が結ぶ、クラシックな構造。

その中で、ひときわ広い玄室に上階への階段がある。


「最短経路が、丸わかりだな……」


俺は方眼用紙にちまちまと書き込んで攻略した世代なのだ。

趣もへったくれもない。


だが、タイパ優先世代の反応は違う。


「サクッと攻略できたほうがいいじゃん」


来奈が当たり前の顔をして言い放つ。


――が、クラリスが静かに口を挟んできた。


「行き止まりには、何かあることが多い。

ダンジョンマスターの設計の腕の見せ所だな。

最短が真の最短とは限らないぞ」


含蓄のある言葉とともに確認ポイントを整理。

意見がまとまり、陣形を編成する。


前衛は、俺・来奈・クラリス。

中衛は、由利衣・ティナ。

後衛は、梨々花・山本先生・政臣。


通路幅の関係で、最大三人並列で進む。


やがて――最初の玄室。

来奈が扉を勢いよく開け放った。


空間が歪み、モンスターが出現する。

輪郭がゆっくり形を成す。

お約束の演出だ。


雄牛の頭部と、筋骨隆々の大男の体躯。

手にするのは巨大な斧。


……第一号から、これか。

なかなか難易度が高そうだ。


雄牛の口が開き、湿った空気を吐き出す。

俺は来奈とクラリスへ声をかけた。


「まずは俺が仕掛ける。

続いてくれ」


村正を抜き放つ。

青白く光る刀身を閃かせ、巨体へ一気に距離を詰めた。

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