第111話 パーフェクトスマイル
いまは、新月。
月が完全に欠けた状態だ。
頭上では、ティナが生み出した光魔法の明かりが輝いている。
だが、その照射範囲は、せいぜい数十メートル。
俺と骸骨の剣士は、その外縁――薄暗がりの中で、短刀を交えていた。
目で追える速度ではない。
魔力の動きを先読みし、躱し、斬り込む。
視界は悪いものの、ハンデではなかった。
互いに、トップスピード。
防ぐと同時に斬る――そして、防がれる。
そんな攻防が繰り返される。
手数はこちらが、わずかに上。
だが、相手はアンデッド。
ダメージという概念が、あるのか、ないのか分からない。
一方の俺は、由利衣の防御結界があるとはいえ、一撃もらえば戦闘力は大きく削られる。
油断すれば、ゲームオーバー。
なかなか、スリリングな展開だ。
そんな戦闘に没頭している俺の背後から、場違いな政臣の声が飛んできた。
「みんなで固まってくれないと、カメラに収まらないんですけどー」
……無視。
しかし、それはそれとして。
長期戦は、明らかに不利。
短刀へ込める風の斬撃の魔力を高め、強く踏み込んだ。
骸骨の左手首を、スパッと断ち切る。
相手の右手の曲刀は受けずに躱し、体当たり。
ぐらついた隙に、背後へと回り込む。
このまま、無防備な後頭部へ一撃――
だが。
ぞわり、と、妙な魔力の動きを感じた。
「コーチ!!」
由利衣の声。
俺と剣士の間に割り込むように、魔力弾が飛来する。
反射的に後ずさる俺の視界に飛び込んできたのは――
剣士のコートの背を突き破って伸びる、二本の腕。
その逆手に握られた曲刀が、後方の明かりを反射して、冷たい輝きを俺の網膜に刻みつけた。
――こいつ、四本腕。
スローモーションのように迫る切先。
だが、由利衣の誘導魔力弾が、わずかに曲刀の軌道を逸らした。
俺は致命の一撃をかわし、新たに増えた腕を肘から下ごと切断。
続けて、後頭部へ一撃を叩き込む。
骸骨剣士は、雷に撃たれたように痙攣し――沈黙した。
……おかしい。
モンスターは、本来なら光の粒となって消えるはずだ。
正面に回り込むと、眼窩の奥で揺れていた青白い炎は――消えていた。
……よく分からないが。
勝ち、でいいのか?
困惑する俺に、由利衣が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか? コーチ」
安堵の息を、少しだけ吐く。
「ああ……助かった。
だが、どうして分かった?」
俺自身、直前まで気づけなかった。
彼女の助けがなければ、危ないところだった。
暗がりの中で、由利衣の表情は見えない。
少し困ったような声が返ってくる。
「それなんですけど……
このモンスターとは違う魔力も、なんとなく……
何か仕掛けてくる“気配”だけがあって……
ごめんなさい、よく分からないんです」
言語化できない情報を、途切れ途切れに。
それでも迷わず撃った判断力は、さすがだった。
「いや、謝る必要はない。助かったよ」
そう言うと、由利衣は嬉しそうな気配を見せる。
俺は、他の戦場へ視線を向けた。
――そちらも、どうやら片がつきそうだ。
***
クラリスは、ハルバートの猛攻をいなしながら、冷静に隙を探っていた。
そこに、下半身の馬の前脚が、押し潰すように迫る。
だが、その動きは――すでに“視えている”。
彼女の能力のひとつ、未来視。
魔眼解放前でも、数秒先までは捉えられるらしい。
刹那の攻防では、それで充分すぎる。
前脚の骨を、左手で掴む。
そして――いとも容易く、引きちぎった。
筋力強化を、ひたすら磨き続けた結果。
脳筋系魔法使いの、ひとつの到達点だ。
「隠者」というインテリジェントな能力名が、まるで似合わない。
だが、視ることに特化した魔眼と、圧倒的なフィジカルは、奇妙なほど噛み合っていた。
そのパワーは、自身の数倍にもなる重量と質量を、木の葉のように受け止め――正面からねじ伏せる。
右手のエクスカリバーが、光を帯びる。
体勢を崩した騎士へ、容赦のない一撃が放たれようとしていた。
アリサから聞いた話だが。
隠者の魔眼能力のひとつ、サイコメトリーの応用で、聖剣の過去所有者である英雄たちの剣技を引き出せるという。
やっていることが、デタラメすぎる。
一呼吸も置かずに十字の光が骸骨騎士を貫き――
骨という骨が重装備ごと、後方へ吹き飛ぶ。
由利衣が、ドン引きした声を漏らす。
「私たち……
レイドで、あんなのと張り合うんですよね……」
まだ先の話だが。
正直、俺でも勘弁してほしい。
少なくとも――
敵に回さなくて、本当に良かった。
心から、そう思える光景だった。
***
一方――
骸骨術師と相対する四人。
梨々花が、ボソリと呟いた。
「やはり……あの盾が厄介ですね」
術師は一定の距離を保ちつつ、伸びる骨による攻撃を絶え間なく仕掛けてくる。
接近も、遠距離攻撃も、骨を組み合わせた盾で防がれる。
そしてその盾は、雷光を受けると消失する――が、近づこうとすると、即座に張り直された。
来奈が、骨の攻撃を捌きながら、後方へ焦った声を飛ばす。
「ねえ、魔眼でドカンと行っちゃう?」
盾が消えた瞬間に星の魔眼を解放。
トップスピードで接近し、キュレネのインパクトを叩き込む――
という算段だ。
だが、梨々花は首を横に振った。
「勝ち筋が見えないうちから、いたずらに消耗しないの」
ネクロマンサー攻略が、最終目的ではない。
ティナに悟られないよう、言葉を選びつつ、来奈を制する。
そこへ、ティナの明るい声が割って入った。
「まあまあ、揉めない揉めないっ。
チームワークで、勝ちを取りにいきましょうね!!」
変わらぬ、配信向けスマイル。
そして、山本先生へと視線を向ける。
「そこのスタイリッシュなジャージのお姉さん!
コラボ、していきません?」
そう言うやいなや、駆け寄ってくる。
「その弓、属性付与しても?」
快く差し出された弓に、ティナが魔力を込める。
「光属性です。
狙うのは……あの骸骨の頭、かな。やっぱり」
その言葉に、山本先生は、にこやかに答えた。
「あらー。懐かしい。
学生の頃、男子の頭に乗せたリンゴをよく撃ってて。
顔面を狙っちゃダメなのが、心残りだったの」
ティナの表情が、ほんの一瞬だけ消える。
だが、すぐに完璧なスマイルへ戻った。
「わあ。素敵なエピソード。
じゃあ、チャレンジですねっ!!」
こうして――
ツッコミ不在のまま、作戦は山本先生の一射に賭ける方向で固まった。
まず、来奈が仕掛ける。
「っしゃ!」
迫りくる骨へ、勢いよく正拳突き。
キュレネから、衝撃波が放たれた。
武装の能力のひとつ。
直接触れずとも、振動波を発生させることができる。
制御はまだ甘く、範囲も狭い。
だが、こうした物理攻撃の迎撃には、なんとか実用レベルに達していた。
骨を組み合わせた武器は、衝撃波に触れた端から崩れ、振動が根元へと伝わっていく。
術師は、それが自身に届く前に、即座に切り離した。
続けて、ティナ。
金蛟剪のヘッドを地面に叩きつけ、雷光を放つ。
骨の盾が、消失。
その瞬間を逃さず、梨々花が世界樹の杖を振るう。
地面から蔓が噴き出し、術師の身体を絡め取った。
山本先生が、少しだけ残念そうに呟く。
「桐生院さん……
的は、動いたほうが良かったんですけどね」
だが次の瞬間、その眼差しは氷のようなハンターのものへと変わる。
――そして。
光の矢が、骸骨の髑髏へと放たれた。
***
俺は、他の二体も倒したことを確認。
「終わった……のか?」
だが、目の前の骸骨剣士は、相変わらず沈黙したままだ。
クラリスが吹き飛ばした騎士の骨も、山本先生の矢で頭部を貫かれた術師も――消えていない。
魔力サーチを続けていた由利衣が、小さく声を上げた。
「コーチ……何かが……」
その言葉をかき消すように、ティナが叫ぶ。
「やっぱマズイって!!
逃げたほうがいいかもっ!!」
明らかに、配信向けじゃない。本気の声だった。
ティナはタタタッとこちらへ駆け寄り、政臣のカメラが遠いのを確認すると、俺に早口でまくし立てる。
「ああっ、もうっ! 分かんないかなぁ!
磁場よ、磁場! 磁場が動いてるのよ!!」
「……磁場?」
「そう! 普通じゃない動きなの!
なんかあるの! 審判の能力で分かるの!
これで満足!?」
一気に吐き出し、肩で息をつく。
精霊が何かを仕掛けている。
その危険信号を告げる表情は、冗談抜きで切迫していた。
そこへ――
「なるほど。磁場、ですか」
梨々花の声。
ティナは目を見開き、
「……いつの間に」
と、思わず呻いた。
だが、その反応など意に介さず、梨々花は続ける。
「それで。
審判の能力は、磁場を検知するだけですか? 他には?」
一瞬、ティナは言葉を失う。
次の瞬間、噛みつくように言い返した。
「あのね! 教えるわけないでしょ!
それに、逃げろって言ってるの!!」
「攻略のためには、仲間の能力把握は必須です」
頭ひとつ分見上げる、切れ長の瞳に力がこもる。
「……逃げた先には、お宝も映えもありませんよ」
ティナは、口をパクパクさせる。
……すまん。
こういうやつなんだ。
だが、ティナもさすがソロで渡り歩いてきただけある。
すぐに梨々花の言葉の裏を嗅ぎ取っていた。
「お宝……って、何よ。
ネクロマンサー倒して終わりじゃないの?」
梨々花の目が、薄暗がりの中で妙な光を帯びた。
「ネクロマンサーを倒した先に、お宝はあります。
協力してもらえるなら、山分け……も、やぶさかじゃないです」
「嘘じゃないよね?」
ティナの声の“質”が、はっきりと変わった。
配信者のものじゃない。冒険者の声だ。
梨々花は、どこか楽しげな響きを乗せて答える。
「私……冒険では嘘は嫌いなんです。
大魔法使いのプライドにかけて」
数秒の沈黙。
だが、それを割ったのは由利衣。
「ティナさん、明かりもらえませんか? できるだけ上空に」
「え?」
怪訝な声を上げるティナに、由利衣はきっぱりとした声。
「お願いします」
その勢いに呑まれ、ティナは光弾を打ち上げた。
たちまち眩い光に包まれ、視界が白く染まる。
そして、目が慣れた頃――
上空を、びっしりと覆う鴉。
光弾が作る陰影が、空に骸骨めいた像を結んでいた。
鴉がつくり出す、腕と髑髏。
その“指”が踊るように滑らかに動く。
すると、俺の側の骸骨剣士がピクリと反応し、髑髏に再び青い炎が宿った。
切り落としたはずの腕も、いつの間にか接合されている。
とっさに両手の短刀で斬りかかる。
――が、今度の相手は四本腕。
襲い来る刃に、防戦だけで手いっぱいだった。
視界の端には、完全復活した骸骨騎士と骸骨術師。
来奈が叫ぶ。
「ちょっとー! ティナさん、梨々花、やばいって!!
戻って来てくれないと!」
動き出そうとしたティナを、梨々花が制した。
「あれ、何度倒しても無駄じゃないですか? そうでしょ、由利衣」
由利衣が頷く。
「たぶん……だけど。
上から操られているみたい。すごく細い魔力だったから分からなかったけど」
俺の相手をしている骸骨は、傀儡――。
こいつ自身にも魔力があるから、気づけなかった。
四本の曲刀をかろうじて防ぎながら、声を飛ばす。
「あの鴉を何とかすればクリアなんだろなっ!」
梨々花が、少しだけ思案して呟く。
「磁場……それが鴉への“指令”なのでは?
魔力の命令じゃない。向きを揃える誘導――」
渡り鳥が磁場を感知して方向を判断する、という話は聞いたことがある。
鴉がそうなのかは知らない。だが、それが精霊の定めたルールなのだろう。
ティナは、はあーーーと、大きな息をつく。
「……なんか、そっちのペースなのは嫌なんだけど。仕方ないな。
これを何とかしたら、お宝の情報を教える。悪魔の心臓もくれる。
それでどう?」
梨々花は、こくりと頷く。
それを確認したティナは、上空の光弾の輝きを一層激しくした。
白の世界の中で。
彼女の瞳が、黄金に輝くのを確かに見た。
そして。
光弾の輝きが弱まり、視力を取り戻した俺の目に映ったのは、四方へ散っていく鴉の群れだった。
そこに、由利衣の声。
「逃げない個体がいますね……」
魔力弾が放たれ、その個体を撃ち抜く。
すると――三体の骸骨は、光の粒となって消えた。
上空の月は満月へと戻り、ダンジョンを煌々と照らし出す。
ゾンビたちは、なおも止まったままだ。
そんな、どこか幻想的な光景の中。
向かい合う、ティナと梨々花。
腕を組んで梨々花を見下ろしながら、ティナの砕けた調子の声。
「審判の真価は、電磁力操作。
……たく。この情報に見合うお宝、本当にあるんでしょうね?」
梨々花は、切れ長の目を細め、満足そうに見上げた。
「やっと――
お友達になれそうですね。私たち」
互いの、パーフェクトスマイルが交差する。
月明かりの下。
奇妙で、そして厄介な関係が、静かに成立しつつあった。




