第110話 新月
再び、第五層の鴉スポットを目指す俺たち。
だが、今回は先週とは比べものにならない速度で進軍していた。
要因は、はっきりしている。
クラリスがその武装、エクスカリバーを振るうたび、前方のゾンビの群れが扇状に消し飛ぶ。
そして、囲まれる前に駆け抜ける。
由利衣と梨々花のナビゲートのもと、俺たちはほとんど足を止めることなく、目的地へと到達した。
クラリスは、息ひとつ乱れていない。
――これが、レイド上位者の実力か。
うちの新人魔法使いたちは、あらためて世界の“層の厚さ”を思い知らされたようだった。
「クラリスさん、ヤバいよなー。
あたし、やることなかったし」
来奈は、活躍の機会がなかったことを不満に思う様子もなく、ただ感嘆したように呟いていた。
あれだけゾンビハントに意欲を見せていた由利衣も、ほぼ同じ反応で頷く。
一方の梨々花は、さっそく世界樹の杖を振るい、木の枝を伸ばす。
先週と同じように、鴉の群れが次々と串刺しになっていった。
その様子を横目に、クラリスが俺へ声をかけてくる。
「ネクロマンサーの話は、正直なところ、単なる噂だと思っていたんだがな。
……なぜ、そこまで気にしているんだ?」
話しても問題はない。そう思うが。
この先、何が起きるか分からない以上、判断は保留していた。
俺が曖昧な表情を浮かべると、クラリスはそれ以上、踏み込んでこなかった。
「……まあいい。
世界樹の件の礼はすると言ったからな。
果たすべきことを、きっちり果たすまでだ」
相変わらず、固いやつだ。
だが、戦力として、これほど頼もしい存在もいない。
ティナが光魔法を放つと、あたりが明るくなる。
今度は、クラリスは彼女に目を向けた。
「有望な冒険者がいると、話には聞いていたが……そうだったのか」
審判に関する情報は、すでに共有済みだ。
もっとも、自身が公式には秘匿している以上、クラリスもあえて見て見ぬふり。
そして、こちらの視線に気づいたのか。
ティナは、いつもの完璧なスマイルを向けてきた。
「まさか、あのクラリスさんとご一緒できるなんてー。
私も、張り切っちゃいまーす!」
……相変わらずの調子。
ティナについての情報は、配信で見える範囲だけ。
それ以上の素性は、ほとんど表に出てこない。
国家戦略級のSSRがソロで活動しているのは不自然だが、それが彼女のスタイルなのだろう。
もっとも、神話伝承級の武具を所持している時点で、水面下での政府支援があるのは間違いない。
むしろ、それがない方がおかしい。
だが、短い時間を接してみての印象としては、意外とガードが甘いというか。
素の性格は、あまり誤魔化しが得意ではないのかもしれない。
梨々花によって、薄皮を一枚ずつ剥がされるように、審判の能力を探られていく。
そのことを、彼女自身も警戒しているように見えた。
そうこうしているうちに。
上空で、枝と鴉の隙間から透けて見えていた月は、見る間に欠けていった。
分かりやすく、ティナの顔から笑顔が消える。
あのプロ意識の塊のような彼女にして、ここまでの緊張を強いられるとは。
梨々花の静かな声が、暗がりに落ちる。
「先生。そろそろです……」
その直後。
細くなっていた月は――消えた。
ティナが抑えきれないように、ぶるっと震えた。
「……やっぱ、ヤバいかも」
もはや、配信中だという意識も、完全に飛んでいる。
鴉の動きが、明確に変わった。
散っていたはずの群れが地上へ向かい、集まり始めている。
何百……?
何千……?
いや――。
由利衣の鋭い声が、場を切り裂いた。
「魔力反応! かなり大きいです!
どんどん、膨れ上がっています!!」
一羽一羽は、取るに足らない小さな魔力の塊。
だが。
その集合体が、ネクロマンサーなのかもしれない。
やがて俺たちの目の前に、「そいつら」は姿を現した。
黒革のコートと、黒革ズボンの骸骨。
おそらく、男。
肉がない以上、確証はないが、直感的にそう思えた。
両手に構えているのは、曲刀の短剣。
髑髏の下半分は鋼鉄のマスクで覆われている。
そして、本来、瞳があったはずの窪みには、青い炎が揺れていた。
次に現れたのは、ボロボロの布切れのようなローブを纏った幽鬼めいた骸骨。
足はなく、宙を浮遊している。
手には錫杖。
目深に被ったフードの奥から、赤い炎が漏れていた。
最後は、異形。
上半身は人の骨、下半身は馬の骨。
骸骨騎士。
その手にはハルバート。
全身を鎧で武装し、兜を戴いた髑髏には、緑の炎が灯っている。
――今回は、同時に三体。
戦闘モードに入った由利衣の分析が飛んだ。
「あの三体……
それぞれの魔力量は、第三層の溶岩地帯にいた竜と同等です」
あの巨大モササウルス。
俺と麗良、山本先生、そしてSSR三人の総がかりでようやく倒した相手――
それが、複数。
……なるほど。
ティナの勘は、やはり正しかった。
即座に、陣形を整える。
クラリスは、あくまで冷静だった。
「あの騎士は、私が引き受ける。
他は、任せた」
そう言うと、エクスカリバーを片手に騎士へと歩み寄り――跳ぶ。
剣とハルバートが交差し、激しい火花が散った。
単騎で突っ込むとは思わなかったが。
やると言った以上、任せるしかない。
俺は即座に指示を出す。
「俺は、あの剣士。
ティナ、入江、桐生院、山本先生は術師!
黒澤は、全体のサポートを頼む!」
村正と飛燕を抜き、双刀の剣士と正面から向かい合う。
由利衣の防御結界が全員に行き渡る。
術師と対峙するのは、前衛がティナと来奈、後衛が梨々花と山本先生。
梨々花が素早く、キュレネへ魔力をチャージする。
それを合図にするかのように、術師は錫杖を構え――
戦闘開始。
俺もまた、剣士へと一歩、踏み込んでいた。
***
幸いにして、周囲のゾンビの動きは止まったまま。
だが、新手のモンスターのこの猛攻。
スケルトンといえば、緩慢な動きが大半だ。
しかし、この三体には当てはまらない。
俺と対峙する剣士は、低い構えから地を這うような疾走。
正確に急所を狙った斬り上げの連撃を叩き込み、即座に距離を取る――ヒットアンドアウェイ戦法。
しかも。
人骨なのだから、関節の可動域やリーチにも限界があるはず……。
そんな思い込みは、あっさりと裏切られた。
想定外の範囲かつ妙な角度からの一撃が来たかと思えば、次の瞬間には、懐へと踏み込んでくる。
飛燕で守り、村正で追撃するも、ひらりとかわされる。
俺が飛ばした残像の刃をことごとく弾き飛ばしながら、剣士は正確に喉元めがけて、冷たい曲刀を滑らせてきた。
目で動きを追うな。
――モンスターの、魔力の流れを追え。
これは、師匠に初日から叩き込まれた教えであり、来奈にも、事あるごとに言い聞かせてきたことだ。
その魔力の動きに、今のところ、なんとか反射神経が追いついている。
そのおかげで、俺の首は、まだ繋がっていた。
他の戦闘を気にしている余裕は、正直なところない。
だが、目だけをちらりと動かす。
クラリスは、半人半馬の重装騎士と真正面から斬り結んでいた。
ハルバート――槍の先に戦斧を備えた武器が、風を切って叩き込まれる。
並の武器なら、受けた瞬間にへし折られていただろうが、さすがは聖剣エクスカリバー。
その一撃を、難なく弾き返している。
もっとも、相手の騎士も異常。
ゾンビを一撃で薙ぎ倒したクラリスの剛剣を受けてなお、怯む様子はない。
上段から、斬り、突き、払う。
重装備とは思えない連撃を、間断なく繰り出してくる。
クラリスの表情に、焦りはまだない。
だが、武器のリーチ差はどうにもならず、懐には、まだ潜り込めていない――そんな印象だ。
もう一方の、術師の骸骨。
錫杖を振るうたび、ボロボロのローブの内側から骨が絡み合った“腕”のようなものが伸びてくる。
鎌のように刈り取る動き。
次の瞬間には、鞭のようにしなやかに打ち据える。
変幻自在。
骨を自在に操る魔法など、俺の知識にはない。
トリッキーな動きに、来奈は対応しきれていないようだった。
まともには受けず、寸前でかわし続けている――が、それが精いっぱいだ。
来奈が引きつけている隙に、山本先生の矢がローブへ吸い込まれていく。
……手応えがない。
相性は、かなり悪い。
即座に、山本先生は骨攻撃の迎撃へと切り替えた。
そして。
今回の切り込み役は、ティナ。
術師と向かい合うと、軽々と担いだ金蛟剪のヘッドを地面へ叩きつけた。
次の瞬間。
青白い火花が迸り、一直線に、雷光の柱が術師へと伸びる。
その雷光を追うように、梨々花の炎弾も飛んだ。
だが、術師は即座に反応。
骨を組み上げ、前面に盾を形成。二人の攻撃を、正面から受け止めた。
三体とも、間違いなく強い。
確かに、先週の俺たちは、明らかに準備不足だった。
戦場の一角を任せられるクラリスがいて、なんとか全体を維持できているが、それがなければ、早々に崩されていただろう。
――そして、意識を目の前に戻す。
相変わらず、剣士の連撃は止まらない。
飛燕で弾き、村正の斬撃を叩き込む。
数度に一度は、浅く入る。だが、動きに衰えは見られない。
……ダメージが通っているのか。
それとも、いないのか。
そもそも。
スケルトン系に真っ向からの物理勝負は、あまり良い手とは言えない。
対処法は限られている。
粉砕する、浄化する、あるいは――魔力源を叩く。
こいつらの場合、分かりやすく光っている“目の炎”が、それだろう。
……精霊が、へそ曲がりでなければ、だが。
とにかく、試してみることだな。
俺は政臣に「あれを頼む!」と声がけ。
慌てて政臣はマジックリュックを漁ると、目当てのものを持って駆け寄ってくる。
ある程度距離を取ったところに置くと、素早く撤退した。
それを確認してから、俺は剣士を押し込み、村正の残像の刃を何重にも叩き込む。
相手との距離が生まれた隙に飛び退き、村正を鞘に収めた。
代わりに右手は地面に置かれた短刀――月光を手に取る。
ずいぶん久しぶりの出番だが。
こいつは軽く、魔力伝導に優れた剣。
接近戦で二刀を相手にするのだから、こちらもスタイルを合わせていこうじゃないか。
そして、低く構える。相手も同じ。
両手の短刀に風の魔力を纏わせ、駆ける。
二頭の獣がぶつかり合うように、四本の刃が交わり合った。




