第109話 黒い鳥
ティナの雷光でゾンビの群れを浄化しながら、快進撃は続く。
光属性は、アンデッド系や悪魔系に対して特に相性が良い。
第五層の攻略において、これ以上ない適性だ。
もっとも、使用にはクールタイムが必要。
それでも攻略効率は段違いだった。
キュレネのインパクト。
梨々花の絨毯爆撃。
それらと組み合わさることで、面制圧力は一段、いや二段は引き上げられている。
やがて、目標ポイントに近づいた、その頃。
ティナは金蛟剪でゾンビの頭をかち割りながら、由利衣へ声を飛ばした。
「ねえ。
何か、気になるものはない?」
「気になる……?」
魔力弾を連射していた由利衣の動きが、一瞬だけ止まる。
すぐに魔力サーチへと切り替えた。
「……動きの早い個体がいます」
そう言うと、今度は由利衣が先導に回る。
進んだ先に広がるのは――
相変わらずの墓地。
だが。
月明かりを浴びて、何かが動いていた。
目を凝らす。
――鴉。
大量の黒い鳥が、墓地の上空を旋回している。
夜に鴉というのも、おかしな話だ。
だが、月明かりは充分にある。
そして何より――ここはダンジョンだ。
外の常識を当てはめるだけ、無意味だった。
「墓地に鴉……は、ありがちな演出だと思うがな。
何かあるのか?」
そう言いながら、俺は村正を振るい、ゾンビを一刀両断する。
由利衣が即座に答えた。
「とりあえず……あの鳥からも魔力反応が出ているので、モンスターだと思います」
言うやいなや、鴉の群れへ魔力弾を掃射。
数羽が撃ち抜かれ、地面へと落ちた。
すると――
ゾンビの群れが、止まった。
ただし、一秒にも満たない、刹那。
俺はその異変を見逃さず、動きの止まった個体へ、刃を叩き込む。
――だが、緩慢な動きが、何事もなかったかのように再開される。
政臣のカメラフレームに入らないように意識しながら、ティナが俺に耳打ちした。
「ネクロマンサーかどうかは分かんないけど。
墓地に鴉が集まるスポットがあって、そいつを攻撃すると、ゾンビが止まるって」
……なるほど。
試す価値は、ありそうだ。
俺は村正の柄に魔力を込める。
残像の刃をいくつも生み出し、上空へと放った。
刃は鴉の群れに食らいつき、まとめて叩き落とす。
確かに、ゾンビは止まる。
だが、それでも、やはり一瞬だ。
これでは地下空間を探す余裕など、到底ない。
そして。
数を減らしたはずの鴉は、いつの間にか戻っている。
空を覆い尽くすかのように、再び飛び交っていた。
「……先生。私が」
梨々花が世界樹の杖をスッと構え、土の魔力を流し込む。
墓地に生える葉の落ちた樹木の枝が、ざわり、と揺れた。
杖の石突を、トンッと地面に当てると――枝が一斉に伸び、鴉へと襲いかかった。
植物操作魔法だ。
枝は次々と鴉を貫き、黒い羽と絡み合いながら、上空を覆い尽くしていく。
月明かりが遮られ、俺たちは闇に包まれた。
だが、ティナが魔法で光弾を生み出し、頭上に飛ばしてくれたおかげで視界を取り戻す。
枝による攻撃が続いている間、ゾンビの動きは、確かに止まっていた。
しばらく、上空を見上げ続ける。
「……減らないな」
鴉の数に、変化があるようには見えない。
このまま状況が変わらない以上、枝の攻撃を止めれば、ゾンビは再び動き出すだろう。
梨々花に視線を向ける――まだ、余裕の表情だ。
「ネクロマンサーは、この鴉?
いえ、違うはず。条件は、何でしょうね。
鴉を落とす数?
それとも、時間……?」
隣で、ティナは相変わらずのスマイルを浮かべたまま、
「すごーい。さすが、魔術師のSSR」
と、軽くコメントを飛ばす。
だが。
その声に混じる、ほんのわずかな揺れは、単なる社交辞令とも思えなかった。
その後もしばらく様子を見ていたが、やはり鴉の群れに変化はない。
……これ以上は、意味がないんじゃないか。
そう思った、その矢先。
闇が――さらに、濃くなった。
月だ。
さっきまで、確かに満月だった。
というか、第五層では満月以外を見たことがない。
そういうものだと、思っていた。
だが。
鴉と枝の、わずかな隙間から覗くのは――
下弦の月。
鴉を撃ち落とす行為と、関係しているのか?
……いや。
関係がないはずが、ない。
「……続けてみましょうか」
梨々花の声。
ほんの、少しだけ――上ずっていた。
月は、欠け続ける。
いまは、二十六夜。
よく見ると、鴉の動きにも変化があった。
これまでは不規則だった飛行が、どこか“まとまり”を帯び始めている。
その時だった。
「――ストープ!!!」
ティナの叫び声。
上空に意識を奪われていた全員の体が、一斉にびくりと震える。
振り向くと、魔法の光源の下で――ティナは、顔面蒼白だった。
「桐生院。中止だ!」
梨々花も、ただ事ではないと悟ったのだろう。
杖への魔力供給を、即座に中断する。
たちまち、ゾンビが動き出す。
ティナは我に返ったように金蛟剪を掴み、雷光を放った。
周囲のゾンビが浄化されていく中、彼女は、ようやくスマイルを取り戻す。
「ほんっと、ごめんなさい!
次の現場でトラブル起きたみたいで、私が行かないと……!」
そして、俺にだけ聞こえるように、耳打ちした。
「理由は、後で話すから」
俺は梨々花に目配せする。
こくり、と頷いた彼女は、すぐに満面の笑顔を作った。
「今日は、ちょっと時間かかり過ぎちゃいましたからー。
こちらこそ、ごめんなさい……でも!!」
「でも」に、殊更に力を込める。
「コラボ第二弾では、この続きをお届けしますからー。
お願いしますね、ティナさん!!」
すかさず、来奈と由利衣も、
「お願いしまーす!」
と、元気よくハモる。
ティナは一瞬だけ、スマイルを忘れ、きょとんとした顔を見せたが――
「え?……そ、そうね」
すぐに口角を“完璧な位置”へ戻し、
「こちらこそ、よろしくね!」
と、歯切れよく返す。
梨々花は政臣へ、配信を締めろというハンドサインを飛ばした。
慌てて、政臣がナレーションを入れる。
「今日は、ティナさんと日本SSRの初コラボでしたー!
第二弾のお知らせは、近日中に告知しまーす!
お楽しみに!!」
ゾンビが迫りくる背景の中。
ティナを加えた四人の、
「チャンネル登録、よろしくー!」
という声とともに、配信は終了した。
***
あの後、日本の転移陣まで移動して、ようやく一息ついた俺たち。
「……で、何があったんだ?」
俺は、ティナに声をかけた。
腕を組み、ふぅー、と長く息を吐いた彼女は、少し間を置いてから、ぽつりと言う。
「あなた達には、分かんないと思うけど。
あれを続けてたら――ヤバかったよ」
「どういうことだ?」
問い返すと、ティナは口元を歪めた。
どうしたものか。
そんな迷いが、そのまま視線の泳ぎに出ている。
やがて、声のトーンを落として、一言だけ。
「……審判の能力。そんだけ」
それきり、視線を明後日の方向へ投げる。
沈黙。
理由になっていない。
だが、雰囲気はただ事ではない。
すると、梨々花が一歩、前へ出る。
ティナの正面に立ち、静かに見上げて、口を開いた。
「ティナさん……
私たち、コラボした仲じゃないですか。
それに、これからも」
わずかに首を傾げ、柔らかな笑み。
「お友達同士で、隠し事なんて……悲しいわ」
――よく言う。
自分たちも、地下空間のことを伏せているくせに。
いけしゃあしゃあと。
だが、ティナもさすがに、コラボを中断した直後に「悪魔の心臓を寄越せ」とは言えないようだ。
葛藤が、はっきりと顔に出ている。
これが梨々花なら、屁理屈をこねてでも報酬をもぎ取りかねないが。
そこまで面の皮が厚くないあたり、これも彼女の性格なのだろう。
やがて、ティナは観念したように、ほんの少しだけ情報を小出しにしてきた。
「私には……魔力とは違うものが、分かるのよ」
少し間を開けて続ける。
「あの場所。だんだんと、強くなっていた。
あんな異常、今までに感じたことがない。
中止したのは勘だけど……私はその勘でソロ冒険者として生き残ってきたのよ」
冗談めいた色は、どこにもなかった。
「とにかく。
あのまま新月になってたら、死んでたかもしれないわよ。
感謝してほしいくらいなんだけど」
正直、俺には、何がどう危なかったのか分からない。
だが、そこまで言うからには――
本当に、洒落にならなかったのだろう。
そして、ティナは話を締めくくるように続けた。
「ねえ。コラボするのは、別にいいんだけどさ。
第五層攻略なら、もうちょっと別のテーマにしてくれない?」
少しだけ言い淀むが、きっぱりと主張。
「言いたくはないけど。
中途半端なのがあんな怪しげなのに手を出して……
巻き込まれるのは、正直、御免っていうか」
ちらり、と俺を見る。
「日本のコーチが強いのは、知ってる。
でも、教え子のSSRがまだこの程度じゃ……」
「分かりました」
梨々花の返事は、即答だった。
ティナは、ほっとしたように瞳を緩める。
だが――
どうやら、二人の考えは一致していなかったらしい。
「中途半端じゃないのがいれば……いいんですよね?」
ティナの顔に、特大の「?」が浮かぶ。
それに引き換え、梨々花はにこやかだった。
***
翌週。
梨々花は、連続ゲストのティナと――もう一人を、高らかに紹介した。
「本日は、もう一人!
なんと、イギリスからクラリスさんに参戦していただきましたー!」
パチパチパチ……と、来奈と由利衣。
そして、なぜか今日は山本先生の姿もあった。
冒険者として、第五層攻略への思いが溢れているらしい。
クラリスは現在、レイドに向けた強化合宿の真っ最中だ。
渋ってはいたが、最終的には梨々花の交渉に折れた。
何しろ、欧州SSR三人の訓練を引き受けている。
その“弱み”に、恩着せがましくならない形で付け入るあたり、さすがとしか言いようがない。
ただし、他の欧州メンバーは本日は不参加。
アリサは残念そうだったが、第五層攻略はクラリスの許可が必要なのだ。
ティナは、さすがに最強が出てくるとは思っていなかったようで、その名を聞いた途端に、嫌々ながらも応じた。
正直、これでダメなら他にどうしようもない。
とっておきのカードだった。
梨々花はオープニングのテンションを上げていく。
「さあ、今日は何が出て来るんでしょうか!
チャンネルはそのまま!! 見逃したらーーーーー?」
来奈、由利衣、そしてティナを加えての四人が一斉にポーズ。
「しばいちゃうゾッ!!」
クラリスだけが、空気を一切読まずに直立不動だった。




