第108話 審判
第五層の月明かりの下、俺たちは本日の特別ゲストを迎えていた。
政臣の紹介が高らかに墓地に響く。
「というわけで、本日はなんと!
韓国のアーティストTi-naさんでーす。
日本でもおなじみですよねっ!!」
カメラの向こう側には、にこやかに手を振る一人の女性。
すらりとした高身長に、細い手足、茶色のサラサラロングヘア。
おじさんから見れば、いかにもな現代っ子。
彼女はSR魔法使い……として、表向きは登録されているが、審判のSSR。
あいにくと知識がないのだが。
元はK-POPグループに所属していたが、グループ活動中に魔法使いガチャに当選。
それもひとつのきっかけとして、ダンジョン攻略に力を入れるためにソロとして独立した……そうだ。
すべて、来奈と由利衣の受け売り。
あいつらはミーハーなのだ。
うちの三人は、戦闘アイドルというニッチ市場を開拓しているが、あちらは正真正銘の、歌って踊れるアイドル。
レッドオーシャンを泳いできただけのことはあり、並んでみると、画面の“強さ”の差は否応なく浮き彫りになる。
……が、それを口に出すほど、俺は空気が読めなくはない。
魔法使いとしては、星2のレベル65。
レベルやステータスだけでは測れない、魔力制御の練度となると、中級冒険者に差し掛かったあたり。
経歴を考えれば、素質はかなり高いのだろう。
そして、これは政臣に聞いた話だが。
ティナは冒険者としてもソロを好み、基本的には一人行動。
ただし、難易度の高い場所では「コラボ」という名の傭兵募集を行い、攻略にあたっているという。
有名人の呼びかけだ。
名だたる冒険者パーティと提携関係を結んでいる……らしい。
そのため、日本SSRとのコラボも、視聴者さん的には特に不自然ではなかった。
以上が、俺の予備知識。
そこから先のことは――追々、知っていく予定である。
ティナは、さすがにプロだった。
政臣のカメラに向け、パーフェクトスマイルを飛ばしながら、歯切れのいいコメント。
「日本SSRのファンのみなさん、はじめましてー!
今日はおじゃましまーす」
そう言ってから、ぐるりと日本の三人に視線を巡らせる。
「話題のチャンネルとのコラボ、ほんとに楽しみにしてたんですよ!!」
心にもないセリフ。
だが、それっぽく聞こえるから、不思議なものだ。
そこへ、来奈が元気よく応じる。
「あたし、ティナさんのチャンネル見てますよ!
さっすが、キレッキレの動き!
ああいう風に戦いたいんですよねー!」
そう言うやいなや、ダンシングからのポーズ。
ド素人丸出しの動き。その無邪気な様子に、思わず口元が緩む。
だが――
ティナのパーフェクトスマイルの口角は、一ミリも動かなかった。
まったくもって、エンターテイナーだ。
続いて、由利衣。
「わたしも!
まさかコラボしてもらえるなんてー。
今日はゾンビ殲滅、頑張っちゃいますから」
フンス、と小さく鼻を鳴らす。
本日のコンテンツは――
『ネクロマンサーを探せ!!』
地下空間の存在については、もちろん伏せている。
だが、ネクロマンサー存在は、確認しておきたかった。
その意味で、うってつけのコラボテーマだ。
そして、最後に梨々花。
彼女は一歩だけ前に出ると、頭ひとつ下から、上目遣いにティナの瞳をじっと見つめた。
三秒ほど、妙な沈黙が流れる。
ティナの目の光が、ほんのわずかに揺れたのを確認してから、梨々花は、にっこりと微笑む。
「ネクロマンサー、見つけていきましょうね。
ティナさんがいると盛り上っちゃいますー!」
ティナも、にこりと応じた。
「魔術師……一度お話してみたかったんですよねー。
もちろん、星と女教皇も。
SSRとのコラボなんて初めて。お友達になれると、嬉しいわ」
そのまま、全員で手を振る。
「チャンネルはそのまま、攻略お楽しみにー!」
そして――
配信は、一時カットされた。
政臣がカメラを下ろしたのを確認すると、ティナはふっと息を吐き、腕を組む。
口調は、いきなり砕けた。
「来たしー。これで満足かな?
攻略には付き合うけどさ。約束、忘れてないよね」
梨々花は、表情を変えない。
「まあまあ……始まったばかりじゃないですか。
今日は一日、よろしくお願いしますね」
受け流すように言ってから、そのまま由利衣へと視線を移す。
「……やっぱり、反応は無さそう?」
ネクロマンサーの魔力を探っていたのだ。
墓地一帯をスキャンしても、拾えるのは微弱な反応ばかり。
どれも、特徴的なものはない。
そこへ、ティナが少し苛立ったように割って入る。
「あのさー。
分かんないものを探せなくても、私のせいじゃないからね。
一応、言っとくけど」
だが、梨々花はその言葉を真正面から受け取らない。
視線だけを戻し、静かに話題を切り替える。
「でも……有名冒険者パーティに、顔が利くんですよね。
何か、聞いてません?」
「どうだろー。
だいたい、ゾンビ止めたところで第五層の攻略には関係ないし。
素材は城の中だしさ」
確かに、その考えは合理的だ。
第五層の本命が城にある以上、その周辺をちまちま探索しても、腹の足しになるものは出てこない。
普通なら、素通りする判断が正しい。
――だが、梨々花はその“合理”の裏側を見ていた。
「その“止める”ってやつが……
案外、意味があるのかもしれませんよ?」
どこかにある地下空間への入口。
それを探すために、無限に湧くゾンビの動きを止める。
それが、おそらく精霊が用意した攻略手順。
ティナの表情が、ほんの僅かに動いた。
「ねえ……何考えてるの?
ネクロマンサー探すのが目的には、見えないんだけど」
――ギリギリだ。
これ以上踏み込めば、確実に勘づかれる。
梨々花は切れ長の目を細め、わざと意味深な沈黙を挟んでから、柔らかく微笑んだ。
「焦らないでください。
お互い……知らないこと、まだ多いじゃないですか。
例えば、そう……」
その瞳に、計算の光がちらりと揺れる。
「ティナさんが、悪魔の心臓を集めて、何をしようとしているのか……とか?
魔界でアイドル活動、なんて――なかなか壮大なプランですね」
ティナは、ぐっと息を飲み込んだ。
魔界が何なのかは知らない。だが、ブラフは通じたようだ。
はあ……と、わざとらしく息をつく。
肩をすくめる仕草を添えて。
「良い度胸してるわ。
私はネクロマンサーなんて興味ないけど……
知ってる人なら、いるんじゃない?」
そう言ってスマホを取り出し、くるりと背を向ける。
誰かに連絡するのか――
そう思ったが、彼女は画面を見つめたまま、動かない。
そして、暫しの沈黙。
「ふうん……」
一人で納得したような、曖昧な声。
再び、くるりとこちらを向く。
「この情報、高いわよ?
でも、そうねー……」
梨々花と正面に向かい合う。
頭ひとつ分、見下ろす位置から目を細める。
「私たち、お友達だからー。
教えてあげても……いい……かな?」
にこやかな笑みが、静かに交差した。
***
「目撃情報は、ここね」
ティナは、タブレットの一点を指さした。
梨々花が由利衣を見る。
だが、由利衣は小さく首を横に振るだけだった。
「……そんなに大きな反応は、ないですけど」
それでも、ティナは妙に自信ありげだ。
「まあまあ。行ってみようじゃない」
軽く制してから、彼女は自分の武装を手に取った。
――実は、ずっと気になっていた。
魔導ギア・金蛟剪。
神話伝承級武具のひとつ。
その形状は、例えるなら背丈ほどもある巨大なノギス。
モンキーレンチのようなネジ締めのアゴには、チェーンソーのような刃が付いている。
締め付けと切断、両方の機能を備えている、無骨な鋼鉄の塊。
スラっとしたティナの外見とは、ミスマッチな凶悪さだ。
――だが。
来奈によると、
「そのギャップが良き」
……らしい。
ティナは、政臣のカメラのランプを確認すると、金蛟剪をヒョイと持ち上げ、肩に担ぐ。
相当な重量に思えるが――筋力強化魔法か?
それとも、もっと別の何かか。
「それじゃあ、私に付いてきてーGoGo!!」
元気な掛け声とともに、墓地へ踏み込む。
地面を割るように、ゾンビの群れが湧き出した。
だが、ティナは止まらない。
金蛟剪をブンと振るう。
ヘッド部分を鈍器として叩きつけ、腐乱した肉体をまとめて圧し潰す。
突き。
払い。
叩き潰す。
まるでダンスのような、軽快なリズム。
戦闘魔法使いとしての経験は、まだ途上だろう。
それでも――動きには、天性のセンスがあった。
日本パーティも加わり、ゾンビの群れを断ち割って進む。
月明りが煌々と照らす中、梨々花の炎の壁が、俺たちを囲むように四方へ展開された。
群がる死体は、触れた端から光の粒となって消えていく。
だが、それでも数が減らない。
来奈が進行方向へキュレネのインパクトを放つ。
空いた一瞬の隙間へ踏み込み、じわじわと前進する行軍が続いた。
「やっぱり、物量がとんでもないわね……」
梨々花が思わず呟く。
そんな彼女に、ティナは明るい言葉をかける。
「まだまだ。こんなの全然だよー。
じゃあ、ちょっとだけ張り切っちゃおうかなっ!」
そう言って、金蛟剪のヘッドを――
ずん、と地面に置いた。
「危ないから、私から離れないでねー」
次の瞬間。
ティナの体から、パリパリッと青白い火花が散る。
ロングヘアが、下から吹き上げる風に煽られたように舞い――
ドンッ
重低音が響いた。
俺たちを中心に、
放射状の雷撃の柱が幾筋も立ち上がる。
それらはゾンビを巻き込み、周囲の死体が一斉に塵と化した。
――空間が、開けた。
「この隙に、進んじゃおうねっ」
ティナの髪が、ふわりと元に戻る。
……考えてみれば。
日本の転移陣まで、彼女は一人で辿り着いている。
こうやって、進路を切り開いていたのか。
しかし。
通常の雷魔法とは、何かが異質だ。
これが審判の力、なのか?
すると、来奈の弾んだ声が飛んだ。
「でた、雷光!!
動画で見るよりも、すっごい迫力!!」
由利衣も嬉しそうに、視聴者さんへ向けて補足する。
「雷魔法と光魔法の混合射出。
ティナさんだけができる技なんですよー」
四大属性の上位に位置する光。
浄化や、熱線による殲滅。
……いやいや。
これだけのスペックで、SR魔法使いという設定は、無理があるんじゃないか?
だが、当の本人は何食わぬ顔だ。
「私、使える魔法属性は雷と光だけなんで。
他に何もできないから、特化しちゃってるのかなー」
声色は、あくまで謙遜。
だが――この破壊力。
どう考えても、充分すぎる。
それに、これが能力の全容とも思えない。
なかなか厄介な相手だな。
そんな思いを胸に、俺たちはさらに第五層へと踏み込んで行くのだった。




