第107話 コラボ提案
毒沼のモンスターと一戦終えた後、世界樹の麓まで移動して休憩となった。
もっとも、俺と山本先生は休憩どころではなく、大量の飯の準備に追われていたのだが。
調理の手を動かしながら、由利衣からリズに魔法薬学を教えてもらうことになったと聞かされる。
「ダメですか? コーチ……」
おずおずと、こちらを窺うような視線。
ダメもなにも、俺にはまったく分からない世界だ。
攻撃魔法や格闘なら、ある程度は教えることができる。
だが、回復となるとからきしなのだ。
学院には腕のいい術師もいる。
そちらに任せる、という選択肢も頭にはあった。
だが、本人が索敵と殲滅にばかり興味を示すこともあり、どうしても後回しになっていた。
しかし、これから先を考えれば、回復は必須だ。
意欲を見せている由利衣に、反対する理由などない。
が、しかし。
「では、ユリィさんを留学させるということでー」
勝手に話を進めるリズの存在が、やはり厄介だった。
どうにも、気に入った相手には一直線らしい。
「あのなあ……。
そんなこと、ホイホイ決められるわけないだろう?」
俺はダチョウ肉を処理しながら、リズに向けて冷静に言葉を投げる。
「いろいろ気にかけてくれるのはありがたいけど。
日本パーティから引き離すのは話が別。
黒澤は、どう思ってるんだ?」
そう言って由利衣に視線を向けると――
目に映ったのは、きょとんとした顔だった。
「え……留学? なんでですか?
ダンジョンで教えてくれると思ってましたけど」
やっぱり。
話が飛躍しているのは、リズだけだ。
そこに、教え子のロイから、至極まっとうなツッコミが入る。
「教授……。日本のSSRを勝手に勧誘したら、普通に問題ですよ。
どうして、いつもこうなんですか」
はあ、と大きなため息。
さらに、ステラも肩をすくめながら続けた。
「留学は、いきなり過ぎ。
いまはネットもあるし、ダンジョンで会えるし。
そこまで必要かなー」
教え子たちの感性は、まともで助かった。
総ツッコミを受けたリズは、儚げに視線を泳がせる。
「そんな……。
ユリィさんが、うちの国に来たら、きっと気に入ると思うの。
そうしたら……ずっと、いてくれるでしょう?」
――それが問題なんだが。
もっとも、肝心の本人は、そんなことを微塵も考えていない。
結局、リズは渋々ながら、ダンジョン内での特別講義とフィールドワークという形で妥協した。
加えて、教え子たちが訓練の合間に、勉強も見てくれるらしい。
……学校の授業は、いつも寝ているのだが。
本当に、大丈夫なんだろうか。
そんな俺の不安は、山本先生の言葉で打ち消された。
「興味があることは、自発的に伸びていきますよ。
いろんな分野の知識が必要になるでしょうから、これからは大変だと思いますけど。
私も、サポートしますからー」
さすが、教育者だ。
こうして、由利衣の新たな目標が決まった。
そして。
リズはがっかりした様子で「食欲が……」などと呟きながらも、持参したダチョウ肉のステーキを、三羽分きっちり平らげるのだった。
***
レベルアップを終え、俺たちは学院へと帰還した。
寮に戻ると、寮生が「郵便が来てましたよー」と声をかけてきた。
知り合いからの郵便など、滅多に届かない。
そのせいで、寮の集合ポストの確認も、つい疎かになっていた。
覗いてみると――なるほど。
ポストは、見事にパンパンだ。
背後から、梨々花の冷静な声。
「先生……。
定期的に確認しないと、ダメですよ」
思わず、誤魔化すように笑いながら郵便物を引き抜く。
ほとんどは、セールス目的のダイレクトメール。
正直、興味を引くものは――
……ない、はずだった。
だが、一通の封筒に目が留まる。
国際郵便だ。
差出人の名前は、スズキ・サトー。
発信元は、南米の某国。
心当たりは、まったくない。
名前はどう考えても偽名くさいし、国もまた、追跡を避けるために経由された可能性が高い。
怪しさで言えば、百点満点中、一億点だ。
危険物じゃないだろうな、と一瞬だけ考えたが。
この学院は、物理的にも魔法的にも高度なセキュリティで守られている。
そう簡単に、何かを送り込める場所ではない。
俺は、背中に梨々花の“興味津々な圧”を感じながら、その封筒を上着のポケットに仕舞った。
「……なんですか、それ。
先生、海外にお友達でも?」
「さあ……なんだろうな」
振り返った瞬間、切れ長の目と視線がぶつかる。
――やけに近い。
「おい……怖いぞ」
思わず、口元が引きつる。
だが、梨々花はまったく意に介さない。
「これは……
ちょっと、会議ですね」
有無を言わさない口調。
俺は、反射的に頷いていた。
***
食堂に全員集合すると、上着から封筒を取り出し、テーブルに置いた。
来奈は、これ以上ないというほど興奮していた。
「教官、これヤバいって!!
絶対、秘密指令じゃん? スパイだって、スパイ!!」
なんで俺に、某国から秘密指令が下るんだ。
思わず呆れていると、由利衣からの追撃。
「コーチ……。
正直に吐いたほうがいいんじゃないですか?
しがない中年は仮の姿。
実は、謎の組織のエージェントだったなんて」
おい。
「俺がスパイ前提で話を進めるんじゃない。
……とにかく、開けてみるぞ」
ペーパーナイフで、封を切る。
ごくり、と。
誰ともつかない喉の鳴る音が、食堂にやけに大きく響いた。
中から出てきたのは――
一枚の、小さな紙切れ。
「……なんだ、これ?」
そこに印刷されていたのは、二次元コード。
そして、その下に記されたアプリ名。
高度な秘匿性を売りにしている、チャットツールだった。
梨々花が、ぽつりと呟いた。
「……このアプリの、招待コードじゃないですか?」
そう言うと、彼女は手早くタブレットを操作し、アプリをダウンロード。
起動すると、設定画面から二次元コードを読み込ませた。
画面が切り替わり、フレンド登録画面が表示される。
相手のID名は――
Judge9999。
梨々花の目が、わずかに揺れた。
「……これって。審判、でしょうか」
返事を待つこともなく、彼女はそのIDをタップする。
画面は、そのままチャット画面へと遷移した。
そこに表示されていたメッセージは、ひとつだけ。
『連絡待ってます』
そして、未読だった通知が、既読へと変わる。
思わず、俺は唸った。
審判から、これまで動きがなかった理由。
それは――俺が、郵便物を確認していなかったからか。
顔を伏せる。
だが、冷たいものを感じ、恐る恐る視線を上げると……。
梨々花の、じっとりとした眼差しが突き刺さった。
「先生……」
「……悪かったよ」
視線を外し、口元を歪める。
そのとき――
梨々花の「あ……」という声が落ちた。
タブレットの画面を見ると、新しいメッセージが届いていた。
『やっと見てくれたー。
届いてないのかなって、不安だったよ。
で、さっそくだけど――あれ、考えてくれた?』
例の水晶像の取引の件だ。
梨々花は、表情ひとつ変えずにタブレットを操作し、返事を打ち込む。
『悪魔の心臓のことですよね?
あれ、うちのトイレに置いといても素敵な彩りなんですよね。
どうしようかな……』
送信。
こういう交渉をやらせると、やはり強い。
返事は、ほとんど間を置かずに返ってきた。
『ありゃー。
あれが何か、ちゃんと知ってるんだ。
意地悪言わないでさー。欲しい金額、提示してみ?
まだるっこしいの嫌いなんで。
ゼロがいくつあってもいいからさ。
ちょちょっと銀行に侵入して調達してくるから、問題なし!』
問題、大ありだろ。
何を考えてるんだ、こいつは。
「へえ……」
梨々花の口角が、楽しそうに吊り上がる。
『お金は大好きだけど。
私って、愛と正義のSSRなのよね。
取引って、信頼関係じゃないかしら?
お友達の頼みなら、無下にはできないわ』
すぐに返事が返ってくる。
『信頼って、なにさ?』
梨々花は、迷いなく打ち返した。
『それは、口にするものじゃなくて。
お互いの行動で、分かり合うもの。
まずは、きちんと目を見て、話をしましょうよ。ね?』
――そこで、沈黙。
数分間。
チャット画面には、何の動きもなかった。
「おい、桐生院……決裂じゃないのか?」
少しだけ、不安がよぎった。
だが、梨々花は驚くほど冷静だった。
「これくらいで椅子を蹴るなら、そのときは――そのときですよ」
淡々と、続ける。
「向こうは、私たちのことを知っている。
でも、こちらは何も知らない。
SSRの名前。能力。所属する国……。
情報は、必要でしょう?」
その通りだ。
怪しげなものを集めて、何かを企む得体の知れないやつ。
いまは敵対していなくても、どう転ぶか分かったもんじゃない。
向こうは金銭で片がつくと思っていたのだろうが、こちらの相手が梨々花だったのが運の尽きだ。
すると、新たなメッセージ。
『要するに、出てこいってことなんだよね?
……仕方ないなあ』
間髪入れず、続きが飛んでくる。
『なら、そっちの配信とコラボやんない?
私もやってるし。
ただし、SSRだってのは秘密なんだけど!』
……きた。
正体を晒すリスクよりも、悪魔の心臓の価値を取った。
これは、魔界の扉を開くアイテムだとクラリスは言ったが。
何なんだ、一体。
そんな俺の思考をよそに。
梨々花は、素速く打ち返す。
『あら、素敵。
いいじゃない。私たち、第五層攻略中なんだけど』
『知ってる。私もいまそこだし。
コラボしたら、友達ってことで良い?』
同じ階層を攻略中ということは、実力的にはさほど離れていないのかもしれない。
梨々花は、交渉のまとめに取りかかった。
『そうね。お友達のこと、いろいろと知りたいな。
楽しみだわ』
『ねえ、あなた。
魔術師のSSR、だよね?』
ぴたり、と梨々花の指が止まり……。
数秒経ってから動き出した。
『ライナでーすっ!
そういうあなたは、どこのどちら様ー?
うふふっ』
すかさず、来奈が抗議の声を飛ばす。
「なんであたしに成りすますのさー!!」
だが、まったく気にした風もなく、梨々花はすまし顔。
「小さなことは、どうでもいいのよ。
さて、審判のSSRさん……誰なのかしら」
そして。
次のメッセージを見た、梨々花の目が少しだけ見開かれた。
――こうして、俺たちは“コラボ”という名の賭けに踏み込み、第五層攻略を、さらに深い領域へと進めていくのだった。




