第106話 魔法使いの弟子の魔法使い
第五層の地下に、何かがある。
だが、詳細なところまでは、まだ掴めていなかった。
由利衣の地形スキャンによって、地下に空間が存在すること自体は、確かに探知されている。
だが、女教皇の能力と、それに連動したタブレット端末の情報は平面だ。
上から見た地図は作れても、縦の繋がりまでは追えない。
地下への正確な入り口や、内部構造までは把握できていなかった。
とはいえ、立ち話で詰めるのも限界がある。
俺たちは寮に戻り、食堂で作戦会議を開くことにした。
暖かい紅茶とコーヒーの香りに包まれる中、由利衣がさっそくタブレットを取り出し、話を切り出す。
彼女は、ある一点を指さした。
「たぶん、入り口はこの辺だと思うんです。
たくさんあるお墓からは、細い管みたいなものが地下へ伸びているんですけど……
この辺りからは、もう少し広い通路があるような気がして」
推測するに。
地下空間から墓石の下へと細い管のような経路を通じて魔力が供給され、ゾンビが無限に増殖している。
そして、その地下空間へのアクセス方法は、由利衣の示した位置のどこかに存在するはずだ。
よくあるパターンから考えると――
入り口自体も、墓石で蓋をされ、巧妙にカモフラージュされている可能性が高い。
あのゾンビの群れを相手にしながら、一つ一つ墓石をひっくり返すような物好きはいない。
これまで知られていなかったのも、無理はなかった。
それに、ネクロマンサーの存在。
実を言えば、俺自身が直接確かめたことはない。
ただ――冒険者間のまことしやかな噂。
根も葉もない、とは思えなかった。
「……そのネクロマンサーも、目くらましなのかもしれないな」
ゾンビを操る「らしい」存在がいる。
そうなれば、人の目は自然と、そちらへ向く。
だが――
本当に、そこが“本命”なのかどうか。
そこまで言った後、場は一瞬静まり返る。
次に口を開いたのは梨々花だ。
「由利衣……さすがだわ。
そして、配信中に情報を秘匿したことも、ナイスよ」
第四層の世界樹のときは、うっかり世界中に晒してしまった。
その反省は、確かに生かされている。
だが。
こうも連続して“発見”があるというのは、普通じゃない。
やはり、こいつらの冒険は本当に型破りだ。
梨々花は、静かに続けた。
「先生。私たちは、まだ第五層に届く実力じゃありません。
この情報は……慎重に扱う必要がありますね」
確かに、いまの三人では、地下空間の入り口に辿り着けるかどうかすら怪しい。
ましてや、この情報が上位冒険者に知られれば――
成果をかすめ取られるのを、指をくわえて見ているしかないだろう。
「第四層は世界樹……第五層は、何があるんでしょうね」
特ダネを見つけた、梨々花のうっとりとした表情。
本当に、こういうときは生き生きとしている。
来奈が、ぐっと拳を握り締めた。
「早く強くならないとなー。
お宝の気配じゃん!
あたし、頑張っちゃうよー!」
――その意気や、良しだ。
そこへ、山本先生が食堂に入ってきた。
「あらー。みんな、部活はもう終わり?」
今日は、魔戦部の攻略日らしい。
山本先生に付き合っての強制レベリングで、SR連中の伸びも、最近は目を見張るものがある。
そろそろ第三層のボス戦も行けるのではないか。
そんな段階まで、来ていた。
そして、明日は日曜コンテンツ。
今後の方針について、一度、打ち合わせておく必要がある。
俺たちは顔を見合わせ、山本先生を手招きした。
ざっと、本日の出来事を伝える。
***
「ゾンビの群れ……
それは、話には聞いたことがありますけど……」
山本先生は、げんなりとした顔。
まあ、これが普通の反応なのかもしれない。
嬉々としてヘッドショットを決める由利衣の感覚のほうが、どう考えても、おかしい。
俺は山本先生と目を合わせた。
「第五層を攻略するなら、最低でもレベル50は欲しいところ。
ただ、山本先生は、第三層までのモンスター狩りでは、もう頭打ちでしょうね」
事実、ここ数日。
魔戦部の連中が廃人寸前まで追い込みをかけられているにもかかわらず、山本先生のレベルは、まったく動いていなかった。
かといって、ゾンビ退治は、労力のわりに経験値が入らない。
これが、星3に到達した冒険者が直面する現実だ。
となれば、自然と選択肢は――第四層。
方針が固まったところで、俺たちは夕飯の準備に取りかかった。
土日は本来、食堂の食事は出ない。
だが最近は、俺と山本先生が率先して作っている。
冒険部だけでなく、希望する他の寮生にも提供する形だ。
もっとも、人手が足りないので全員参加が条件になる。
生徒がぽつぽつと集まり、俺の仕切りで役割分担。
たちまち、食堂は賑やかになる。
リュシアンにも、そろそろ新しいメニューを教えてやらないとな……。
豚ロースの筋を切りながら、そんなことを考える。
欧州パーティは、すっかり日本の大衆料理に慣れたようだ。
新しく始まった配信でも、彼の作る料理はなかなか好評。
正直なところ――
おじさんのキャンプ飯より、美少年シェフのほうが、どう見ても映えていた。
立ちのぼる暖かな湯気の向こうで、ふと、彼の姉――エステルの顔が脳裏をよぎる。
ここから先、何かが動くのだろうか。
向こうから積極的に接触してくる気配はない。
第三層での出会いも、あくまで偶然だった。
だが、避けては通れない。
そんな予感だけは、確かにあった。
そして、審判のSSR。
あれから、特に動きはない。
ダイレクトメッセージも、あの一度きりだ。
この沈黙に、意味はあるのか。
それとも、何もないのか。
第五層攻略は、まだ端緒についたばかり。
それなのに――謎だけが、着実に増えていく。
「教官ー。あたし、次なにすればいいの?」
来奈の声に、思わず肩が揺れ、包丁を持つ手元が、わずかに狂いそうになる。
――考えるのは、後だな。
俺は来奈に、キャベツの千切りを実演して見せた。
交代すると、不格好な切れ端が量産されていくが、彼女の表情は、ひどく真剣だ。
苦笑しながら、俺は他の生徒たちにも声をかける。
こうして、土曜日の夜は、穏やかに過ぎていくのだった。
***
次の日曜。
昨夜、「第四層でレベル上げを行う」という事前予告を出していたところ、それに乗っかってくる人物から、メッセージが届いていた。
リズだ。
彼女は、以前まで配信などまったく興味を示さなかった。
それにもかかわらず、日本パーティの動向は、どうやら逐一チェックしているらしい。
その狙いは、分かっている。
「第四層に行くなら、声をかけて欲しいんですよねー」
そう言って浮かべる、儚げな表情。
その背後には、教え子の三人が並んでいた。
「毎回、食材を提供していただくのも申し訳なくて……
今日は、こちらで用意してきましたから」
にこやかな笑顔。
そういう問題じゃない。
俺と山本先生が、飯を作る前提で話が組まれている。
だが、うちの三人は能天気なもので。
中でも特に能天気なショートカットは「おー。ダチョウ肉? あたし初めてなんだー!」と嬉しそうな声を飛ばしていた。
しかし。
向こうのSR魔法使い三人がいるのは、正直心強い。
今日は第四層の浅いところで活動する予定だったが、この戦力なら毒沼まで足を運べるだろう。
山本先生のレベルアップということであれば、彼らに拒否権などなかった。
本当に、申し訳ないことをしたと思っている。
簡単に、彼らについて説明しよう。
まずは、パーティのリーダーにして常識人――リハルト。
スラリと背が高く、少し長めの金髪に、青い瞳。
武装はショートソード。
得意魔法はアクセラレーター、つまり加速。
フィジカルの最高速度こそ、来奈の魔眼解放には及ばない。
だが、身体だけでなく思考そのものを加速できる点は、来奈にはない、明確なアドバンテージだった。
次に、ロイ。
濃いブラウンの髪と瞳。
人懐っこい童顔で、とても大学生には見えない。
……もっとも、うちの政臣も高校生に擬態しているが、今年で二十一歳だ。
そのあたり、妙に通じるものがある。
武装は、その顔にまったく似合わない、リボルバー式の二丁拳銃。
アメリカの伝説的ガンマン――ゼファスに憧れての選択らしい。
俺と趣味が合いそうだ。
弾丸に魔法属性を乗せる戦い方を得意としている。
最後に、ステラ。
ぱっつんボブに、きりっとした目元のお嬢様タイプ。
リハルト曰く、「気が強い性格」らしいのだが、どうやら山本先生には勝てなかったようだ。
武装は、長尺のロッド。
棍として格闘に使うこともあれば、魔法を放つ触媒としても機能する。
ミドルレンジからロングレンジまでをカバーする万能型。
四大属性を満遍なく扱えるが、中でも鋼魔法を得意とするようで――
全身を硬質化させ敵陣に突っ込むという、お嬢様にあるまじき体当たり戦法を取る。
リズの教え子たちは、戦闘魔法使いとしてはルーキー以上、ベテラン未満といったところ。
だが、年齢を考えれば、その将来性は疑いようもなかった。
さっそく、毒沼へ移動し、モンスター狩りが始まる。
***
毒蛙の頭や腹に、ピッと細い筋が走ったかと思った刹那。
その身体は、ばらばらに弾け、光の粒と化した。
リハルトの剣だ。
目にも止まらぬ動きで、モンスターを仕留めていく。
「おー、すごい!」
来奈は素直に声を上げると、「うっし」と気合を入れ、キュレネに魔力をチャージ。
巨大ザリガニへ、渾身のインパクトを叩き込んだ。
後方では、梨々花とステラの火炎が交錯する。
そこへ、山本先生の矢と、ロイの弾丸が重なり、迫りくる群れを面で掃射していった。
そんな戦闘のさなか。
リズは、装備した賢者の指輪でモンスターを引き寄せつつ、悠々と植物採集に勤しんでいる。
興味の対象は、あくまでダンジョンの植生。
周囲の騒ぎなど、どこ吹く風だ。
正月に訪れた際は、駆け足での攻略だったため、中域以降の調査は、どうしても簡素なものになっていた。
今日は存分にフィールドワークができると嬉しそうな顔。
そして――
由利衣は、リズの記録係として駆り出されている。
本音では、モンスター殲滅に加わりたくて仕方がないのだろう。
羨ましそうな視線をこちらへ向け、ときおり、我慢できなくなったように魔力弾を撃ってくる。
だが、
「ユリィさん、こっちもお願いねー」
という声がかかると、女教皇の能力で記録し、タブレットにも情報を写し取っていった。
そうこうしているうちに、奥地の毒沼の採取マップも少しずつ埋まっていく。
「この辺で採取できるものって、中域とはやっぱり違うんですか?」
しゃがみ込むリズの背中に、由利衣が問いかける。
その声に、リズは嬉しそうに答えた。
「見た目は似ていますけどねー。
この前採取したものは、解毒剤に使えそうです。
いまの市販品は遅効性ですけど、もっと即効性があるものができるかもしれません」
由利衣の瞳が少しだけ揺れた。
ぽつり、と言葉が落ちる。
「ダンジョン採取品って、いろんな役に立つんですね。
以前、第二層でコーチが毒蜂に刺されたことがあって。
あのとき、そういうのがあれば……」
そう言いながら、しげしげと植物を見つめる。
「私、回復魔法の伸びが今一つで……
女教皇の能力なら、本当は得意なはずなんですけど」
少しだけ、肩をすくめて苦笑い。
「もっとみんなを守れるようになりたいんですけどね」
すると、リズは振り返り、優しい目を由利衣に向けた。
「あれも、これもは追わなくてもいい。
って言いたいところですけど。ユリィさんはそういう性格じゃなさそうですねー。
知ってます? 魔法薬学」
「魔法薬学……」
リズは、こくりと頷いた。
「回復魔法と薬の相互作用で、効果を飛躍的に高めることができるんです。
私も、回復魔法はそれほどでもありませんが……
薬学なら少しは教えられることがありますよ」
立ち上がり、由利衣の目を真っすぐに見つめる。
「回復のスペシャリストって、道は一つじゃないんです。
……目指してみませんか?」
由利衣は、少しだけ視線を落として自分の右掌を見つめた。
これから先、救えるかもしれない未来の可能性。
仲間のための、新しい力。
数秒の沈黙の後――視線をゆっくりと上げた。
「リズさん……私に教えてください。お願いします」
儚げな表情で嬉しそうに微笑むリズ。
「じゃあ、ユリィさんは私の弟子ですね。やったー」
俺が蛙相手に村正を振るっていた、その頃。
うちのパーティメンバーは、いつの間にかリズの弟子になっていた。




