第105話 ダンジョンの常識
星上げ後。
三人は魔戦部の協力もあり、レベル35。
山本先生も、レベル16まで積み上げていた。
なお、討伐したモンスターの総数は、圧倒的に山本先生のほうが多い。
それでも、星3ともなれば、レベルアップに必要な経験値は、明確な重しとなる。
通称――星3の壁。
世界的に見れば、魔法使いは星3までいけば上々。
それ以上を目指すのは、労力に見合わないとされている。
特にランクRの魔法使いは、この段階で中級魔法を習得するため、事実上の完成形と見る向きも多い。
だが。
山本先生本人は、完凸まっしぐらの意思を、すでに固めているようだった。
そして、本気で深層攻略を目指すその姿は、視聴者さんからも、一定数の支持を得ていた。
次に、ダンジョン攻略。
現状、ステータス値だけを見れば、三人とも、かなり弱体化している。
それでも第五層を見てみたい――
そんな冒険部の希望もあり、土曜日の攻略は「入口付近から離れない」という条件付きで、特別に許可を出した。
芹那の新しい衣装も届き、準備は万端だ。
見た目の印象は、さほど大きく変わらない。
ベストとスカート、腰までの短いマント。
だが、色合いと機能には、確かな違いがあった。
来奈は、黒×赤ストライプのネクタイに、チャコールグレーのベスト、黒スカート。
マントはバーガンディレッドに金縁。
貫通武器対策として、魔力の流れを乱す障壁を展開できる。
梨々花は、ネイビーブルーのネクタイに、スモークブルーのベスト、濃いダークネイビーのスカート。
マントはミッドナイトブルーに銀縁仕上げで、裏地には、クイックキャストのバフ紋様が薄く刻まれている。
由利衣は、琥珀色のネクタイにライトグレーのベスト、ダークグレーのスカート。
マントは、他の二人よりもわずかに長め。
アイボリー地に、回復魔法効果を高める金刺繍が施されていた。
そして、共通機能として呪術抵抗と幻術抵抗。
……何度か繰り返したことだが。
基本的に、高価な装備を与えることについて、俺は否定的な立場だ。
だが、いまの彼女たちは、装備に慢心するような三下ではない。
ならば、それに相応しい装いは必要だろう。
ただし。
現在行っている魔力制御訓練の妨げになる、防熱や防寒といった機能については、あえて外していた。
そして、政臣の服も完成していた。
こちらは、特殊効果が特盛り。
これから過酷な環境で活動するためには、必要な措置でもある。
耐圧・耐衝撃・耐斬撃・防熱・防寒・対呪術・対幻術……etc、etc。
「溶岩の中でも死なないから!!」
――とは、芹那の弁。
こいつは戦闘要員ではない。
とにかく命大事に、なのだ。
なにしろ、最上位素材のオリハルコンを繊維化し、それを縫い込んでいる。
おそらく史上最強の防具。
だが視聴者さんにバレないよう、見た目は普通の制服で、きっちりカモフラージュされていた。
***
そして、久しぶりに――
冒険部メンバーのみでの攻略。
俺たちは、第五層へと降り立っていた。
転移陣を抜け、眼前の光景を見た瞬間。
来奈、梨々花、由利衣、政臣の四人は、言葉を失う。
俺自身、ここに足を踏み入れるのは十年ぶりだった。
そこは――夜の世界。
視界いっぱいに墓地が広がり、人魂のような淡い光が浮遊して、冷たい墓石を照らしている。
遥か彼方にそびえ立つのは、西洋式の城。
鋭く突き出た尖塔の向こうに銀色の輝きを放つ満月が重なり、巨大な城のシルエットを、闇の中に浮かび上がらせていた。
来奈が、ポツリと呟いた。
「ねえ、この墓地。
もう展開が丸わかりなんだけどさー。やっぱ、出てくるの?」
俺は力強く頷く。
「出るなんてもんじゃないぞー。
それは、もうワラワラと。
まあ、ここのは噛まれても感染しないから、思いっきり戦ってくれ」
そう言って笑うと、後頭部に梨々花の杖がヒットした。
「……何が楽しいんですか?
あまりグロいのは得意じゃないんですけど」
しかし、由利衣は意外と乗り気だった。
「わたし、ゾンビを銃で撃退するゲーム、けっこう得意なんだよねー。
任せといてっ!」
そう言って、くるりと一同を見回す。
「梨々花は、やっぱり火炎放射器の係だよね」
視線が移る。
「来奈は……拠点のディフェンス?」
「あたしもスカッと銃撃ちまくる役がいいんだけど……
ロケットランチャーとか欲しいしー」
ワイワイと言いあう三人を眺めながら、昔、麗良を連れてきたときのことを思い出す。
あいつなんて、最初はビビりまくっていたものだがな。
……今どきは、もう違うようだな。
そんな若者たちにわずかな頼もしさを感じながら、俺は城のほうを指さした。
「ここは、墓地がメインじゃない。
あの城……迷宮の攻略だな」
迷宮には、悪魔系のモンスターが多い。
第一層でボスとして出てきた、デーモンロード・改も、ここでは、ザコモンスターに過ぎない。
その名を聞いた三人の表情が、わずかに引き締まる。
モンスターのステータス基準は、すでに一段、引き上げられている。
星2とはいえ、まだレベル35。
正面から相手取るには、明らかに力量不足だ。
一度、戦ったことがあるからこそ、よく分かっていた。
「まあ、城の攻略は、まだ早いな……。
まずは手本を見せる。
ここから動くんじゃない」
そう言い残し、俺は転移陣のある安全地帯を飛び出した。
墓地に足を踏み入れた瞬間――
地面が、ざわりと波打つ。
そこかしこで土が盛り上がり、腐臭を帯びた腕が、地面を掴んで伸びてくる。
まるで水面から浮かび上がるかのように、半ば崩れた死体が、次々と姿を現した。
またたく間に、周囲三百六十度を囲まれる。
だが、村正を抜き放った瞬間。
群がってきたゾンビたちは、次々と光の粒へと還っていった。
「こいつら自体は、そんなに強くない!」
斬り払いながら、声を張る。
「だが、囲まれたら厳しいぞ。
入江で突破口をこじ開けろ。
桐生院は魔法で進行方向を確保――
黒澤は、周囲と後方を潰していけ!」
そうして、ひとしきり。
ゾンビの群れへと刃を振るう。
その最中、由利衣の声が飛んできた。
「それ、いつまで続くんですかー?」
「いつまでも、だ!」
即答する。
「こいつらを操っているネクロマンサーを倒さない限りな!」
アンデッド系のザコモンスターを操るネクロマンサーが、このエリアのどこかに潜んでいる。
そいつを倒せば、少なくとも一日は、ゾンビの猛攻が止む……と言われている。
通常なら、ネクロマンサーは無視して、城まで一直線に突っ切るのが手っ取り早い。
ゾンビは、倒しても経験値がほとんど入らず、アイテムのドロップも期待できない。
いちいち相手にするだけ、時間と労力の無駄。
それが、この第五層での常識だ。
「――というわけだ!」
村正を振るいながら、俺は一連の説明を締めくくる。
すると。
「……ふうん。常識……へえ……」
梨々花の声だった。
――何を考えているかは、分かる。
ダンジョンというのは、常識を疑った先にこそ、何かがある。
第四層で、すでに学習済みだ。
そして、転移陣の方向が、妙に静かになる。
視線を向けると、由利衣は睡眠状態のまま、タブレットのアプリでマッピング中だった。
さっそく第五層攻略に取りかかっている。
ゾンビの群れを斬り伏せ、次が襲ってくる前に後方へ跳ぶ。
安全地帯まで下がると、動く死体は、墓石の下へと戻っていった。
俺はパーティの元へ戻り、由利衣の手元のタブレットを覗き込む。
すると、マッピングを終えた彼女の目が、すうっと開いた。
「ネクロマンサーを探すつもりか。
……分かるのか?」
由利衣は、ゆっくりと首を振る。
「魔力サーチでも、小さな反応ばかりです。
多分、ゾンビのものだと思うんですけど……」
少しだけ、彼女の目が泳いでいるのが分かった。
「ただ……」
「ただ?」
問い返すと、由利衣は口をつぐんだ。
「いえ。なんでもないです」
そこへ、来奈の弾む声が割り込む。
「ねえ。
そんなに強くないんだよね?
ちょっとだけ戦ってみたいんだけどー。
いいでしょ?」
梨々花は露骨に嫌な顔をするが、
「まあ……避けて通るわけにもいかないし」
と、渋々ながら同意した。
せっかく第五層まで来て、見学だけではつまらない。
その気持ちも、分からなくはない。
俺はゆっくり頷く。
「じゃあ、やってみるか。
俺もついていくが。入口付近からは離れすぎないこと」
全員の元気な返事を受け、政臣を中心にフォーメーションを組む。
こうして、冒険部の面々は、第五層のフィールドへと踏み出した。
***
その後。
スタートポイントに戻ってきた梨々花は、ぶつぶつと独り言を呟いている。
「物量に押し負けないようにするには……
火炎の手数かしら?
それとも、面の制圧力……?」
一方、由利衣は楽しそうだ。
「でも、気をつけながら進めば、何とかなりそうだよね。
久々に、たくさん撃てたしー」
襲いかかるゾンビの群れを、正確なヘッドショットで処理。
さながら、移動砲台だった。
とはいえ、今日は深入り禁止。
適当なところで切り上げて戻ってきた。
不満そうなのは、来奈だ。
「殴るとさー。いろいろ付くんだけど……
帰ったら、キュレネ洗わないと」
だから、直接殴る以外の攻撃パターンを増やせと言っているのに。
思わず、苦笑が漏れる。
「今の状態だと、桐生院の付与が切れたあとの手札が乏しいな。
そのキュレネには、衝撃波の機能があるだろ。
もっと有効に使わないと」
俺の言葉に、来奈は少し困った顔。
「んー……
最近、チャージ短くなってきたとは思うんだけど」
魔力制御訓練の成果もあり、キュレネへの魔力充填にかかる時間は、現在およそ三十秒。
進歩はしている。
だが、一撃に三十秒では、実戦では心もとない。
ただ――
裏を返せば。
ゼロコンマでチャージできるようになれば、パンチ一発が破壊兵器。
やはり、来奈は伸び代の塊だった。
それと、もう一点。
気になっていたことがある。
「あと、クラリスが言っていただろう。
攻撃魔法を吸収できる効果もあるって……まだ、武器を使いこなせていないな」
本来なら、第四層のトリトン戦。
トライデントから放たれた竜巻は、吸収できていたはずだ。
アリサの持つロンギヌスにも、同様の効果がある。
だが、どうやら――
攻撃を受ければ自動的に吸収する、というわけではないらしい。
武器と自身の魔力を同期させる。
その、ほんの一瞬のタイミングが必要になる。
熟練の使い手ともなれば、そのあたりは無意識にこなしてしまうのだろう。
現状ではまだ難しい。
これもまた、越えなければならない課題の一つだった。
来奈は、バツの悪そうな顔で、力のない返事をした。
「……はーい」
指摘されるまでもなく、本人も分かっている。
だが、なあなあで済ませていれば、いつか必ず、命取りになる。
本気で強くなるなら、目を背けないこと。
それだけ分かってくれていればいい。
いま足りていないものなど、本質的な問題ではないのだから。
俺は気まずそうな表情を浮かべる来奈に声をかけた。
「とはいえ、魔力制御の成果は出てるじゃないか。
第三層の訓練を続ければ、ゾンビの群れをまとめて吹き飛ばせるようになるだろうな。
そいつも、なかなか爽快だぞ」
たちまち、彼女の顔が明るくなる。
……本当に、単純なやつだ。
ともあれ、本日の探索はここまで。
俺たちはゲンさんに挨拶を済ませ、ダンジョンを後にするのだった。
***
ゲートをくぐり、学院の敷地へと戻る。
あたりは、もう薄暗くなっていた。
俺は一同を先導する形で歩く。
そこに、背後から声がかかった。
由利衣だ。
「さっきは、配信中だったから黙ってたんですけど……
コーチに、ひとつ確認したいことがあるんです」
振り向くと、視線が合う。
どこか自信なさげで――
それでいて、次の冒険をまっすぐに見据えている。
なんとも不思議な色をした目だった。
「あのゾンビ……
どこから、湧いて出てきているんですかね?」
「え? どこからって……墓の下から……いや」
言葉が、途中で止まる。
あれは、本物の死体じゃない。
精霊から魔力を供給されて生み出された存在だ。
墓の下から出てくるのは、あくまで演出。
そう、思い込んでいた。
だが。
何か、意味があるのか?
考え込む俺をよそに、由利衣は静かに地面を指さした。
「お墓の下……の、さらにその下です。
そこから、魔力が供給されているように思えます」
乾いた夕暮れの風が吹いた。
まだ冬の気配を濃く残す季節。
思わず肩が震えたのは、寒さだけではなかった。
「そういう話……
冒険者の“常識”だったりします?」
その瞬間――
ダンジョンの常識が、またひとつ、静かに書き換えられた。




