第104話 第五層攻略前
冒険部は、いよいよ第五層へと挑む。
……と、言いたいところだが。
SSR三人と山本先生は、レベル99に到達。
ここで星上げをするかの選択が迫られていた。
いや。迫られてもいなかった。
迷いなどない。
レベル1に戻るリスクなど意にも介さず、彼女たちの星は上がった。
――そうして。
新学期の放課後の部活は、第三層での魔力制御訓練とレベル上げに費やされる。
場所は、日本のレッドストーン採掘場だ。
すっかり馴染みとなっているが、第三層は低レベル魔法使いにとっては油断できない場所でもある。
そこで、山本先生率いる魔戦部の付き添いとなった。
三年生は引退し、新キャプテンは一年生SR魔法使いの、犬養 茜。
なお。先輩SRの獅子丸は、裏キャプテンという良く分からないポジションを勝手に主張していた。
受験をメインに考えている彼としては、面倒な仕事は避けたい。しかし、役職なしは締まらない。
そんな中途半端な心構え。
だが、勉学にも一応は力を入れているあたり、見た目より根は真面目なのかもしれない。
そして。その態度に関して、犬養は――
特に実害がなければ放置。大人な対応だった。
話が逸れたが。
そういうわけで、またコツコツと積み上げの日々が続いているのだった。
***
来奈は、風の魔力をまとわせながら、汗だくでツルハシを振るう。
そこに、彼女の傍らに置かれたスマホのタイマーが鳴った。
「よっしゃ!! 新記録、十五分!!
あたし、天才じゃね!?」
年明けから、リズに貰った霊薬を毎日服用していた。
いきなり爆発的に伸びているわけではないが、じわじわと効果が出始めているようだ。
……もしかすると、プラセボかもしれないが。
なんてことは、リズに失礼すぎるか。
なお、この霊薬の日本での販売権は、梨々花による交渉で冒険部が押さえていた。
一刻も早く申請を通せ、なんなら法改正しろと、政臣に圧をかけまくっているが。
総理の息子の一存で法を曲げられる国など、相当やばい。
その点、まだ日本は健全だった。
そして、この政臣だが。
彼も、ちゃっかり星2に上がっていた。
魔法使いランクNで、星2は珍しい。
珍しいが……特に何かが変わるわけでもない。
レベルアップしてもステータスの伸びはほとんどない、一般人と同じなのだ。
そんなことを考えていると、来奈の隣でツルハシを振るうアリサが、リュシアンの構えるカメラに向かって嬉しそうな声を上げた。
「私、二十分いけたよー!!」
……あれから。
クラリスは、欧州パーティの攻略には合流するが、レベルアップと訓練は日本と合同で頼むと丸投げしてきた。
そろそろレイドに向けて、母国チームの強化に入らなくてはならないようだ。
それ以外にも、各国から指導を求められているようで、手がまわらないと。
なにしろ、あのバーの席で、真顔で言われてしまったのだ。
「日本パーティの仲間というなら、一緒に鍛えてくれるということで、良いってことだな?」
よい雰囲気を作った手前、断りづらい。
……まあ、攻略はあっちでやると言っているのだ。
訓練日に三人増えたくらいは、どうということはない。
三人で済むのなら。
ちらりと視線を移した先には、リズの教え子たち三人。
いずれもSRの、将来を嘱望された魔法使い。
リーダー格のリハルトと、ゼミ仲間のロイ、そしてステラ。
あまり突出した個性は見受けられないが、それが却ってありがたい。
濃い味付けばかりで、食傷気味だったのだ。
彼らのことも、リズに丸投げされていた。
一度、どんな訓練をしているか聞かれた際に、素直に伝えたのがまずかった。
「あらー。それが日本式の修行ですかー。
コミックで読んだことありますよ。ド根性ですよね!」
朗らかな声でそう言ってから、リズは少しだけ声のトーンを落とした。
「リハルトくんたち、成績は優秀なんですけど……あんまりガツガツしていなくて」
そして、どこか儚げな表情を作る。
「日本パーティみたいな、ハングリーさを学んでほしいんですよね」
――いや、うちの三人は俺が何か教えたわけじゃない。
勝手にガツガツしているだけだ。
とはいえ、空気はすでに出来上がっていた。
結局、なんやかんやで押し付けられる。
だが、俺もそろそろ処世術というものを学んでいた。
ド根性を叩き込んでほしいなら――もっと、うってつけのところがありますよ、と。
視線を向けた先で、山本先生が、リハルトたちの前にすっと歩み寄っていた。
三人の肩が、一斉に跳ねる。
「じゃあ、みんな。そろそろレベルアップしましょうかー」
にこやかな笑顔。
だが。
「イエス! マム!」
一糸乱れぬ点呼。
直立不動の三人。
女将の命令には、絶対服従。
女将が「カラスはショッキングピンクだ」と言えば、世界の常識がその場で書き換わる。
それが、リズが彼らに命じた“心得”だった。
どこかの極道漫画あたりから仕入れてきた知識なのだろうが。
もっとも。
そんな刷り込みは、もはや不要だった。
初日で、彼らの心はきれいに折れている。
気がつけば、魔戦部オーストラリア支部が発足し、彼らはその初代部員となっていた。
あとはただ、向こうの政府の査察が入らないことを、祈るばかりだ。
あちらは、山本先生に任せておけばいいだろう。
俺は視線を冒険部のほうへと戻す。
梨々花は、相変わらず由利衣と張り合っていた。
由利衣は睡眠状態のまま、すでに二時間超えの魔力制御。
梨々花も、一時間の壁に手が届きそうだ。
まあ、ライバルがいるというのは悪くない。
最低でも八時間は維持できなければ、中級とは呼べない。
その意味では、まだ初心者もいいところだが。
暖かい目で眺めていると、横から声が飛んできた。
「なあ、オッサンさー。
こないだ、うちの脳筋と何かコソコソやってたよな?
やらしー話か?」
マルグリットだった。
タンクトップに短パンの軽装。
首にタオルをかけ、ペットボトルの水を頭からぶちまけている。
見かけによらず、頭は切れる。
勘も鋭い。
それに――アリサとリュシアンにとっては、ほとんど保護者のような存在だ。
隠し事は、かえって裏目に出そうだった。
俺が少し離れたベンチに視線をやると、マルグリットは何も言わず、スタスタと先導して歩き出した。
***
「へえ。リュシアンの姉貴、ね。
まあ、聞く限りじゃヤバそうな感じだな。
正直、関わりたくはねーかな」
そう言って、ペットボトルの残りを一気にあおった。
俺は、軽く息をつく。
「組織の正体は不明。
目的も……まあ、褒められたものじゃないだろうな。
それでも、リュシアンの冒険の目標だ。
できれば、いい形で引き合わせてやりたいんだが」
「無理じゃねー?」
即答してから、マルグリットは考え込む表情。
「……って言いたいところだけどさ」
彼女はクーラーボックスから取り出したアイスを、がり、と噛み砕く。
「あたいじゃ代わりになれないんだよな。アリサでも。
仲間にはなれても……肉親には」
少し間を置いて、続ける。
「そういうの、とっくにいないからさ。
正直、よく分かんないんだけど」
彼女は幼いころから、天涯孤独。
だからこそ――血のつながりというものに、特別な重さを感じているのかもしれなかった。
「……かもしれないな。でも、その“無理”を、何とかしたいってのが俺とクラリスだ。
けど――変な期待はさせたくないというか」
一拍置いて、言葉を選ぶ。
「黙っててくれるか?」
マルグリットは俺を横目で見ながら、アイスをシャクシャクとかじって答えた。
「あたいは、べつにいいけどさ……リリカは、どうなん?」
「私は、先生の判断に従います」
……いつの間に、後ろに。
俺は、ゆっくりと振り返る。
梨々花の眼差しと、視線が正面から交差した。
「先生の考え、分からないわけじゃありませんよ?」
少しの静寂の間。
「ただ、私たちは――
いつまでも守られるだけじゃないんです」
ひとつ呼吸を置いて、続ける。
「いつか、対等な立場で一緒に戦いたい。
欧州の方は、クラリスさんに任せますが……」
そう言って、切れ長の目に光が宿る。
それは、まっすぐに俺を射抜いた。
「先生。私たちは、そんなに頼りないですか?」
胸が詰まった。
あまりにもストレートな、感情の乗った問い。
脳裏に去来したのは、壊してしまった過去。
思わず反射的に口走っていた。
「そういうことじゃない……!」
奥歯をギリと嚙み締める。
「……俺は、浅はかな考えで、理沙を……」
梨々花から視線を外し、目を伏せた。
「お前たちは、危険な目には合わせたくない……それだけだ」
「その気持ちは、嬉しいんですけどね」
目を上げると、由利衣。
「コーチが過保護な理由は、分かりました。
でも、戦い方を教えてくれたのも――コーチなんですよね。
危険だから、力になりたいんじゃないですか。だって、それがパーティですよね?」
そっと後ろから俺の肩に手が置かれ、梨々花の穏やかな声が重なる。
「あいにく、過去を何とかする魔法は持ち合わせていませんが……
何があっても、先生と乗り越える。
それが私たちの未来です。必ず叶えてみせますから」
マルグリットは、アイスを旨そうに食べながら、挑発的な笑み。
「うちの脳筋も、それくらい分かりやすかったら楽なんだけどなー」
感情的になってしまった自分に、口元がわずかに歪む。
視線を下に置き、ひとつ咳払い。
「これからはダンジョン攻略と同時に、怪しげな連中の調査も入る。
言っとくが、何を言われても、未熟なやつは連れていけない。
文句は、第三層を汗ひとつかかずに攻略できてからだ」
そして、ぽつりと声を落とした。
「けど、お前たちのことは頼りにしている。
仲間だからな」
……妙な静寂。
視線を上げ見渡すと、三人のニヤニヤとした顔。
「これが日本のツンデレってやつかー? おい!!」
「いえ、中年男性には備わっていない属性ですよ、マルグリットさん」
「でも、良いこと言おうとしてるしー。ちゃんと聞かないと悪いってー」
渋い顔をする俺に軽口が飛ぶ。
けれど、その一言で、胸の奥に溜まっていた重みが、少しだけほどけた。
仲間との未来――
それを、少しだけ信じてもいいのかもしれない。
たとえ、この先に何があったとしても。




