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第102話 一時の別れ

第四層ボスを攻略した俺たちは、中域のキャンプ地まで移動した。


正月休みの間はガラ空きだが、採掘場に近いこの場所は、いずれ冒険者で賑わうことになるだろう。


ここには、コインランドリーやシャワー施設が揃っている。

二日間テント生活だった年頃の子たちには、やはりこちらの方が快適なようだった。


そして、最終日の打ち上げが行われる。


今夜は、餃子パーティだ。


リュシアンにとっては、さすがに初めての経験らしい。

餡や皮の作り方から包み方まで、山本先生に丁寧に教えてもらいながら、ぎこちない手つきで、一生懸命に調理方法を覚えていた。


……彼とも、もうすぐお別れ。


いっそのこと、うちの子になってほしい。

なんなら、誰か一人トレードに出してもいい。


そんな俺の思いが伝わったのかどうかは知らないが、山本先生が、いつもの笑顔で勧誘を始めた。


「リュシアンくん、私たちの定食屋で一緒に働かない?

子供たちのお兄ちゃんがいてくれると、嬉しいわー」


……リュシアンまではいい。

が、子供の存在が不穏すぎる。俺はあえてスルーした。


そして、調理にはリズとアリサも加わっていた。


どちらも、包みに悪戦苦闘。

それは仕方ない。少々崩れてもいいのだ。それが手作りの味と言うもの。


アリサは、ぽつりと呟く。


「……これから先、大丈夫かなー。

もう日本のご飯が基準になっちゃった」


だが、それについては頼もしい弟子がいた。


「何言ってんだ。リュシアンの料理の才能は俺なんかよりも全然上だぞ。

何か分からないことがあったら、いつでも連絡していいからな」


そう言って、リュシアンに笑いかけると、嬉しそうな笑顔が返る。


――癒しだ。


コンテンツの映えとか、野望とか、成り上がりとか……。

ギラギラした目と、妙に口角が上がった連中しかいない中で。

おじさんのささくれ立った心のオアシス。


そこに、リズも儚げな憂い顔を見せる。


「私も明日から自炊なんですよね……お店早く開店してもらえませんか?

うちの国からも日本政府に働きかけますからー」


なぜダンジョンで定食屋を開くのが国際問題になるんだ。

しかも、そんなことが学院長の耳に入ろうものなら、何が起きるか分からない。


「なあ……たまになら、飯を作ってもいいからさ。

頼むから大事(おおごと)にしないでくれ」


俺は次々に餃子を包みながら、手を止めることなく、拝むようにリズの目を見るのだった。


***


手作り餃子は、国境を越えて大好評だった。


焼ける端から消費されていく。


「これ、酒に合うなー。

リュシアン、作り方覚えたんだよな?」


マルグリットがご満悦な表情で喉を鳴らしながらビールをあおる。


溶き卵のスープ、炒飯、唐揚げ、そして餃子。


なんということもない定食メニュー。

だが、戦闘を終えた魔法使い達の食欲を存分に刺激していた。


「たくさんあるからさー、腹いっぱい食ってくれよ」


うちの三人も、飯が喉を通り、餃子の肉汁が口中に染みわたる快楽に、すっかり夢中。

翌日の胃もたれを気にしないのは、若さだ。


俺はシャツの袖をまくり、中華鍋を振るう。


人に料理を振る舞うなんて、昨年までは全然考えてもいなかったが。

これが今は楽しい。


日欧豪、混成パーティ最後の夜。

そんな団らんのうちに、静かに更けていった。


***


翌日。


欧州メンバーと、リズはそれぞれの国の転移ポイントから帰国する。

俺たちは無事にたどり着けるように見送った。


まずは、リズ。


「第五層も頑張ってくださいね。

……あと、次の食べ放題って、いつ頃ですか?」


そう言って、政臣に迫る。

大食いチャレンジコンテンツを定期的に行うという話を忘れていないのだ。


「そうですねー。リズさん、辛いの大丈夫ですよね?

タンカー一隻分いっちゃいますか!?」


次は激辛カレーチャレンジの構想が固まっているようだった。


リズは口元をハンカチで拭うと、儚げな笑顔を残して帰国。


戦闘能力に関係なく、彼女の能力は唯一無二。

つくづく、魔法使いの可能性というものを考えさせられる。


それが協力関係にあるのは心強い。

第四層での不思議な縁は、今後も続きそうな予感がしていた。


そして、アリサ、リュシアン、マルグリットとの別れ。


欧州連合共同の転移陣の前で、俺たちは言葉を交わす。


アリサは、瞳を潤ませて来奈の手を取った。


「私、もっと強くなるから。また一緒に冒険できるよね?」


来奈は、アリサの両手をギュッと握る。


「あたしと肩並べる前衛は、アリサしかいないし。

次はコラボやろうよ。一緒に深層攻略……な?」


由利衣はリュシアンと向き合い、彼の柔らかな銀髪にそっと触れた。


「あの樹の竜との戦い。私一人じゃ守れなかったよ。

リュシアンのおかげ……ありがとう」


リュシアンは、少しだけはにかみながらも、由利衣を真っすぐに見つめた。


そして、残るふたり。


「マルグリットさん。あのダイス、さすがでした。

でも、あれが奥の手……ってことはないですよね?」


「あー? 女はミステリアスな方がいいじゃん。

そっちこそ、いろいろ面白いな」


そう言って、八重歯を見せる。


「あたいの勘は外れないんだなー。

日本SSRと、その指導者……賭けるなら、やっぱこっちかなー」


そして、芹那へと目線をやる。


「また、酒飲もうな。楽しかったぜ」


芹那は軽く手を振り、にこやかに言葉をかけた。


「リュシアンくんの衣装持ってそっちに出張するから。

その時にまた」


途端に、表情がこわばるリュシアン。


「いえ……僕は、その……」


モジモジするリュシアンは、アリサとマルグリットに引っ張られるようにして、転移陣に消えた。


こうして、多国籍パーティは解散となり、残るは日本のみ。


「……それじゃあ、帰るか」


そう言いながらも、俺の脳内は高速回転していた。


一月七日あたりまでは、高等部は冬休み。

今日は四日。


そして、年末から冒険三昧のこいつらは、冬休みの課題には何一つ手を付けていない。


……ということは。


いや、考えまい。

考えると顔に出る。顔に出ると気づかれる。


やつらは冬休みの課題にかかりきりになる。

それから、ゆっくりと休暇の算段を立てても、決して遅くはない――はずだ。


そこに、山本先生の天の声。


「みなさん、課題の遅れは仕方ないですが。

私も手伝いますから、追いついていきましょうね」


その言葉に、来奈と由利衣は嫌な顔をしつつも、渋々と頷いた。梨々花は冷静だ。


よし。


俺は「関係ないですよ?」という顔でやり過ごす。

眉ひとつ動かさない。


そして、日本の転移陣を通り、スタートポイントへ。


ゲンさんが、穏やかな顔で迎えてくれた。


「第四層おめでとう。

精霊の試練までクリアするなんて、すごいじゃない」


思わずホッとする。


「あ……うん。

それでさ。ガチャ機のことなんだけど……」


勝手なピンハネが許されるのか、そこが気になっていた。


だが、ゲンさんは苦笑するのみ。


「……いいんじゃない?

ずっと稼働してなかったし。

それでも回したい人がいるなら……だってさ」


後ろで三人がパアッと明るくなる気配。

あのガチャの収益は、各国パーティに均等配分で話はついているのだ。


ホッと安堵すると、「次は第五層頑張ってね」というゲンさんの言葉を背に受けて、俺たちは学院へと帰還した。


***


寮に戻ると。


玄関には小さな待ち合いスペースがあり、そこにいたのは、学院長の秘書。


なんでも、学院長直々にお祝いがあるとか。


このパターンで、ろくでもないこと以外が起きた試しがない。


「いや……俺は遠慮しておきます。

たいしたことしてませんから」


そう言ったのだが。


「佐伯さんに来ていただかないと……」と、秘書の女性は困り顔。

年齢は五十過ぎで、人の良さそうな雰囲気。


彼女にも立場があるだろう。

俺の気持ちだけで振り回しても仕方ない……。


観念して、寮の部屋に荷物を置くと、学院長室へと向かった。


***


室内に通されると、そこには。


いつもの仕立ての良いスーツに身を包み、穏やかな笑みを浮かべる学院長。


そして、テーブルには寿司が並び、飲み物も用意されていた。


学院長は芹那と山本先生、そして俺たち冒険部を見渡すと、紳士的な笑顔をみせた。


「いや、ご苦労さま。

第四層攻略だけじゃなく、世界樹の発見とはね。

それに、欧州とオーストラリアのSSRとすっかり打ち解けたようじゃないか。

素晴らしい成果だ」


そう言って、寿司を勧めてきた。


来奈はさっそく中トロからバクバク食っているが、俺は正直喉を通らない。

いや、目の前のこれは高級品だということは分かる。


だが、手を付けたら最後。

そこに対価があるような気がしてならなかった。


そんな俺の様子を見た学院長が声をかけてくる。


「佐伯くん、元気ないじゃないか。

働き盛りは、食べないと。なあ?」


「いえ、学院長のお心遣いに胸がいっぱいで……」


曖昧な笑みで誤魔化す。


すると、学院長は話題を芹那に振った。


「大塚さんに参加していただいて。

忙しいのに、ありがとうございました」


芹那は箸をおいて、にこやかな顔。


「いえ、妹と日本SSRのためですから。

仕事は、ある程度ならパートナーに任せられるので……でも」


少しの間。


「本格的な仕事始めの前に、素材集めが必要かなと。

今回のトリトン戦で衣装がダメになったので……」


そう言って来奈を見る。

いまは私服に着替えていた。


「え……あー。ごめんなさい……」


寿司を持ったまま謝る彼女に、芹那は慌てて手を振る。


「ああ、いいのよ。戦闘魔法使いなんだから。

新しいのは、もっと強化しておくから、任せておいてね。

もちろん、全員分仕立てるわ」


すると、三人は揃って目を輝かせた。


芹那は、学院長へと向き直る。


「あとは、リュシアンくんの可愛い衣装も……。

そういうわけで、明日からまたダンジョンですね」


そう言って、苦笑。


「そうですか。お疲れさまです。

で、佐伯くんは?」


きた。


俺は目を合わせないようにして、ボソリと答える。


「寮の仕事と……瞑想ですね。

ベッドの中で、一切空になります」


学院長は、うんうん頷く。


「さすが佐伯くん。精神修養も欠かさないとは。

しかし、実戦の場も必要だろう。

大塚さんの仕事を手伝ってはどうかな」


「それは助かります、学院長。

じゃあ、明日朝七時に集合ね、修司」


……だから嫌だったんだ。


静かに顔をしかめる俺。

そこに、ふと感じる視線。


切れ長の目が、楽しそうにこちらを見ていた。


「私たちの新しい衣装……素材集め、応援していますね」


そう言って、ウニをつまむ。


「お寿司美味しいですよ。食べないんですか?」


目を細め、首をかしげた。


……。


こうして俺は、新学期が始まるまで。

芹那と、その旦那のフレッドと三人でダンジョンの素材集め。


なお、この年末年始は独身貴族を謳歌していたフレッド。

嬉しそうに「温泉行ってきたんですよー。佐伯さんのおかげです」と、俺にだけ耳打ちし、ツヤツヤとした肌を見せつけるのだった。

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