第101話 第四層ボス戦(2)
梨々花は、杖を構えたまま静かに声をかけた。
「アリサさん……離れてください。
絶対に、私の直線上に入らないように」
そう言うと、アリサはバッと横に飛び退く。
リュシアンの補助魔法のおかげもあり、その動きは素速かった。
アリサが離脱した直後、梨々花がスウッと杖を振るう。
ヴンッ、と低音が腹に響いた。
トリトンのトライデントを握る腕に、細い線が走る。
そして。
腕が、切断面から“滑るように”ずれた。
あれは……。
風魔法じゃない。
ノータイムの斬撃。それに、切り口が綺麗すぎる。
芹那が唸るように声を漏らした。
「空間断裂……」
やはり。
トリトンは、何が起きたのかも分からず、切り落とされた腕を見ていた。
一方の梨々花は、「はぁっ!!!」 と荒い息をつく。
左胸を押さえ、苦悶の表情を見せた。
「……魔力……制…御……の…………が……」
ガチャから排出された黒い石。
そいつを使って習得したのだろうが。
この魔法を扱うだけの器が、まだ追いついていない。
空間断裂は物質の硬度を無視して、文字通り空間ごと切り裂く、時空系魔法の中でも最上位に属する。
星1の、しかも魔法使いなりたてが軽く扱えるような代物ではないのだ。
梨々花は呼吸を整えると、またもや杖を振るう。
「ぐ……うううう、あぁ」
直後、血の気を失った表情で、杖にすがりつく。
立っているだけでも限界な有様。
そして、空間の裂け目がトリトンの残された腕を切断した。
梨々花は脂汗を浮かべ、目だけをぎらつかせてトリトンを見据えた。
小さく、舌打ち。
「……首を……狙ったんだけど……
難しいなあ……」
怖い。
正直、ドン引きだ。
だが、我に返り声をかける。
「おいっ、もうやめておけ!
いろんな意味で危ないぞっ!!」
どう見ても、寿命を削って放つ技だ。
それに、視聴者さんに見せて良いアイドルの表情でもなかった。
だが梨々花は、俺の声を聞こえないふりで背筋を伸ばす。
そのままカメラへ、悲壮な笑み。
「この魔法……多分、あと一回が限界。
私の体はどうなっても……みんなを守るわ。
だから、世界中のみんな……画面の前で、私に力を。
そして、イイねをお願いっ!!」
どこまで本気で、どこまで演技か。分からない。
だが、反動が“ゼロ”なはずはなかった。
そこに由利衣が梨々花へ近づき、肩に手を置く。
冷静に言葉をかける。
「ねえ、もうトリトンだいぶ弱ってるし、無理しなくてよくない?」
「第四層ボス……恐ろしい相手だわ。でもっっ!!!」
梨々花が急に声を張る。
由利衣の肩が、びくっと跳ねた。
「この私が、決めるわ……任せて、由利衣」
ドラマチックなヒロインの表情を浮かべる。
しかし。由利衣は口を尖らせて抗議。
「えー。私も良いとこ見せたいんだけど。
最近殲滅してないしー」
イルカの背に乗った来奈からも声が飛ぶ。
「第三層のとき、梨々花ばっかり派手にやってさー。
あたし、今回はビシッと決めたいんだけど!!」
そこに、アリサも加わる。
「あっ! それなら私だってー!
ボス倒してチャンネル開設認めてもらうの!!」
そうして、無抵抗なトリトンを置き去りにして、誰が止めをさすのかの口論が始まる。
「おい……」
声をかける俺と視線が交差したのは、山本先生。
その目が言っていた。
――やっちゃっても?
俺が静かに頷くと……。
山本先生は、ギリギリと弓を引き絞り――トリトンへと矢を放った。
***
「山本センセー、ずるいって!!」
そう言いながら、ズカズカと詰め寄る来奈の顔面に、山本先生のアイアンクローが華麗に決まる。
「入江さん……戦闘中に油断するって、どういうことですか?
しかも、イルカと遊んで」
「遊んでたんじゃなくてさー。
あたしが抑えてたんじゃん」
山本先生の右手にこもる握力に顔を歪ませながら、来奈は必死に抗弁した。
「それに、あたしだけじゃないし……」
山本先生は右手を離さず、梨々花、由利衣、アリサへと視線を向けた。
目を逸らす三人。
大きなため息が山本先生から漏れた。
「で……桐生院さん。
大丈夫ですか? あれはわざとには見えなかったですよ?」
梨々花は、バツが悪そうに上目遣い。
「はい……。
使い方は頭の中に入ってきて、理解できましたけど……魔力制御が難しくて……その」
少しの間が空いた。
「心臓にかなりの負担が。
あと一発撃てるかは、賭けでした」
山本先生は、来奈の顔からアイアンクローを解くと、梨々花のもとへと歩み寄る。
思わず、首をすくめる梨々花。
だが――
山本先生は、梨々花の頭に優しく手を置いた。
「上級魔法を試してみたい気持ちは分かりますけど……。
どうして、毎回無茶をするんですかね」
にこり、と微笑む。
「安全に使えるように、これから訓練ですよ」
梨々花は、少しだけ目を伏せ「はい……」と返事。
その瞬間。
山本先生のアイアンクローが、梨々花の頭頂部に決まった。
梨々花を見つめる、氷のような目。
「なぜ、これをくらっているか……わかりますよね?」
梨々花は、涙目で黙って頷くだけだった。
***
そして、お楽しみのアイテムドロップだが。
「……出なくないか?」
トリトンが光の粒となって消えたあとも、その場を見ていたが。
ドロップアイテムが出てくる気配はなかった。
マルグリットがぼやく。
「雑魚モンスターのときは、けっこうドロップするんだけどなー。
ボスはだめかあ」
さすがに、神話伝承級武器のトライデントだ。
マルグリットの魔眼も通用しないようだ。
全員、肩を落とす。
ドロップアイテムも、コンテンツの目玉だったのだ。
そこに、静かな声。
「いけるかも、しれませんよ?」
リズだ。
その視線の先には、蔓のような植物の塊。
「竜のときと同じですよ。
トリトンの持っていたあれ――消える前に、捕まえてあります」
梨々花が切り落とした腕……。
あのあと、トライデントを植物で包んでいたのだ。
ボスモンスターの持つ武器は、いったん消えてから、ドロップアイテムとして再構成される……こともある。
確率は非常にレアで、マルグリットの操作も受けつけない。
だが。
俺は、ごくりと喉を鳴らした。
「再構成……できるのか?」
リズは、少しだけ眉を寄せる。
「竜のときは……相手が植物だったので、とても相性が良かったのですが。
今回は多分、こうかな……くらいしか」
そう言って、儚げな困り顔を作ると、俺たち一同を見渡した。
「あまり期待されちゃうと、プレッシャーです……
失敗しても怒らないでくださいね?」
植物の塊へと歩み寄る。
しゃがみ込むと、そっと手を触れた。
リズの手のひらから、淡い光が漏れ出す。
すると、マルグリットがリズの正面にしゃがみ込んだ。
「まあ、気休めかもしんないけどさー」
そう言うと、リズの手にそっと自身の手を重ねた。
目と目が合うふたりから、自然と笑みがこぼれる。
そして、黄金の光が静かに場を満たし――
ゆっくりと、それは姿をあらわした。
***
政臣が構えるカメラの前で、アリサが元気な声を上げる。
「と、いうわけでー。槍使いは私だけなのでー。
もらっちゃいました!」
その手には、元々の武器のロンギヌス。
そして、新武装のトライデント。
俺は、思わず口元を引きつらせる。
「ロンギヌスも神話伝承級なんだがな……」
この成果を持って、チャンネル開設だ!
と、彼女の意気込みは凄まじい。
それに、アリサによると、元々ロンギヌスは政府から貸与されていたものらしい。
「丁寧に使えとか、汚すなとか、デコるなとかー。
私専用の武器が欲しかったんですよねっ!」
と言われては、自然と行き先は決まろうというもの。
そもそも、トライデントを勝ち取れたのは、リズとマルグリットのおかげ。
そのふたりが了承するのなら、口を挟む理由はひとつもなかった。
アリサは、さっそくトライデントの柄にジャラジャラとアクセサリーをくっつけていた。
無骨な三叉槍が、途端にファンシーな装いになる。
そうして、ドロップ品のお披露目が終わると、梨々花から重大発表が行われた。
カメラの前に立つと、余裕の表情をつくる。
切れ長の目を、悠然とレンズへと向けた。
「私の空間断裂だけど。
星1の魔法使いがどうして撃てたと思う?」
言った後、わざとらしく耳をそばだてるしぐさ。
そして、正面に向き直ると、クスクスと含み笑い。
「……いやね。いくら私が天才でも。
まあ、そう言いたくなる気持ちも分かるわ」
何だこの芝居は。
黙って見ていると、政臣から一枚の手書きボードが梨々花に渡された。
それをカメラに見せながら、満面の笑顔でセールストークが始まる。
「謎の正体はこれ。
強化素材ガチャ!! 私たちが管理する世界樹の麓で回せまーす!」
由利衣が、スッとフレームに入ってくる。
「武器の強化や、必殺技、新魔法がゲットできちゃうかもしれないよー。
冒険者のみんな、強くなるチャンス! お見逃しなく!!」
そして、政臣は来奈にカメラを回す。
「えーと、価格……いくらだっけ?」
視線を泳がせる彼女に、梨々花は手元のボードを指さす。
来奈は「あー」と、頷いて、笑顔を作った。
「なんと!! 一回たったの一億G!!
梨々花の魔法の威力すごかったよなー」
たしか、あれはダンジョン貨幣換算で五千万Gのはずだ。
ピンハネがえげつない。
そして、この実演のために、梨々花は無理してでも、空間断裂を撃とうとしていたのか……。
すべてが符合した。
呆れるしかない。
「うちの教官も、なんかカッコいい技ゲットしてさー。
そのうち全力で披露するから、お楽しみにっ!!」
こっちに振るんじゃない。
あの技名は、アラフォーにはきつい。
そして、三人そろって締めの言葉を放つ。
「みなさんの、チャレンジお待ちしてまーす!!」
……精霊の上前をはねようとは。
大丈夫なんだろうか?
だが、そんな俺の懸念とは裏腹に、配信コメントは盛り上りを見せていた。
『新魔法習得って、画期的すぎるだろっ』
『冒険道具を質に入れても回すしかないな』
こうして、ガチャ沼民の射幸心を煽りながら、ボス攻略の配信は成功に終わった。
年末から正月三日を駆け抜けた俺たちは、当初の想定以上の成果を持って凱旋を果たすのだった。




