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第100話 第四層ボス戦(1)

俺と芹那が、少し離れた位置から見守る中。

日欧豪の混成パーティによる、ボス戦が始まった。


すると、梨々花がリズに小さく目配せする。

リズはそれに応えるように、軽く頷いた。

左手をバッと伸ばす。


その指にはめられた賢者の指輪が、淡い光を放った。


何を――

そう思った矢先、梨々花はすでに、遠くの空を見上げている。


つられて同じ方向を見ると、キラリ、と一条の光。


次の瞬間。

その光線がトリトンの脇を掠め、背後の湖を断ち割った。


「リズさん。あと少し、右ですね」


梨々花の声は、どこまでも冷静。


……あれは。

世界樹の守護者の竜のビームか。

なかなかのロングレンジだな――


などと、一瞬のんきな感想が浮かび。

すぐに、我に返る。


「おいっ! ボス戦は、実力でだなっ!」


すると、由利衣が即座に反論した。


「えー?

あれ、実力で仲間にしたわけですしー。何が問題なんですか?」


全員が、うんうんと頷いている。


そう言われると、返す言葉に困る。


……だが、何かが違う。


「いや、そういうズルは……」


「攻略って、利用できるものを利用するんじゃないのー?」


今度は来奈の反論。

……ぐうの音も出ない。


俺は、一瞬だけ視線を泳がせ――

説得対象を切り替えた。


アリサの目を、じっと見る。


「なあ。こういう方法でクリアしても、冒険者個人としての力量は評価できないな。

クラリスを説得して、チャンネルを開設する話……このままじゃ難しいぞ」


途端に、アリサの顔色が変わった。


「えっ?

そ、それは困りますー……」


そう言って、梨々花たちを、すがるような目で見た。


梨々花は一瞬たじろぎ、やがて小さく息をつく。


「……仕方ありませんね」


間髪入れず。

マルグリットから、容赦のない一言が飛んできた。


「オッサン、卑怯だなー。

娘くらいの年頃の女の子相手に。大人げなくね?」


視線が、一斉に俺へと集まる。


……くっ。


だが。

これは冒険者としての矜持だ。


「とにかく、魔法使いだけで攻略すること。

こいつは、譲れないな」


いま頃、配信コメントは荒れに荒れているだろう。

胃が、きりきりと痛かった。


梨々花たちの作戦は、単純だった。


竜の照準を、あらかじめ調整しておく。

そして開幕と同時に、ビームを叩き込む。


それで終われば、良し。

仮に生きていたとしても――

大ダメージを負ったトリトンを囲んで、全員でタコ殴り。


モンスターよりも。

その発想のほうが、よほど恐ろしい。


俺の意思が固いと見て取ったのだろう。

梨々花は「分かりましたよ……」と肩をすくめた。


……が。


「あっ、手が滑りました!!」


わざとらしく声を張るなり、リズの左手をバッと掴む。


賢者の指輪が淡く光り――

次の瞬間、ビームが飛来した。


着弾したのは、トリトンの後方。

湖面が抉れ、激しい水しぶきが上がる。


世界を焼き尽くすかのような光が、何発も浴びせかかり――


そして、湖は。

すっかり、干上がっていた。

湖底の泥が露出し、湯気を上げる。


すべてが終わり、静寂が訪れると。

梨々花は「まあっ!」と、口に手を当てる。


「これは……不幸な事故ですね。

トリトンに当たらなくて、本当に良かったです」


心底ほっとした様子で、息をつく。


マルグリットは、ニヤニヤと、実に楽しそうな顔をしていた。


トリトン攻略の難しさは、湖での水中戦に持ち込まれた際の対処。

だが、その最大のリスクは、きっちりと潰されている。


――こんなものは、無効だ。


だが、口を開きかけた俺よりも早く、世界は進行していた。


「よっしゃ! 気合い入れてくよー!」


来奈の大声が響いた。


そう言うなり、アリサとともにトリトンへと駆け出していく。


ボス戦は、一定距離まで近づかないと始まらない。

来奈のダッシュを合図に、トリトンが起動。

ボス戦開始のサインだ。


それまで余裕の表情を浮かべていたトリトンは――

背後の湖が、消失していることに気づき。


思わず、二度見していた。


……こういう攻略をやらかす冒険者は。

たぶん、はじめてなんだろうな。


隣の芹那が、ぼそりと呟いた。


「まったく……末恐ろしいわね。でも――」


そう言って、ほんの一瞬だけ言葉を切る。

その横顔は、どこか嬉しそうだった。


「勝つために、使えるものを使う。何がなんでも成り上がる。

これが日本の未来を担うSSR。頼もしい限りじゃない」


苦笑いしか出てこない。


泥を啜ってでも勝ちに行け。

俺が学院生時代に叩き込まれた戦闘魔法使いとしての精神を、しっかり受け継いでやがる。


少しだけ目を閉じ、開くと同時に激を飛ばす。


「ここまでやっておいて、負けは許さないからな! 全力で行けっ!」


攻略メンバー全員、こちらを振り向きもせずに元気な返事だけを寄越した。


まずは、前衛の来奈とアリサ。


トリトンの持つトライデントが振るわれるたびに、竜巻が巻き起こり容易に近づけない。


そこに、芹那の冷静なコメント。


「接近戦は不利ね。あれを何とかしないと、本格的な嵐で手が付けられなくなる……」


水中戦のリスクを潰しても、なお脅威。

これが第四層ボスだ。


手をこまねく来奈たちの目の前で、トリトンの足……はないのだが、足元からスルスルと蔓が伸びる。

梨々花とリズによる植物操作魔法。


ボスモンスターの腕に絡みつき、トライデントの猛攻が止んだ。


「よっし! アリサ!」


すかさず、来奈の拳とアリサのロンギヌスの一撃が叩き込まれる。


確実にダメージは入った――はずだ。

トリトンの表情が、ほんの一瞬だけ歪む。


だが。


白いイルカが空中を浮遊し、トリトンとふたりの間に割り込む。

来奈たちが怯んだ隙を見逃さず、イルカはパクリと口を開けると、氷柱を射出。


「うわっ! 危な!!」


間一髪で避けると、イルカはトリトンをその背に乗せて空中へと退避。


「ねえー。攻撃してきたんだから、やっちゃってよくね?」


来奈が政臣へ声を飛ばすが、NGのサイン。

顔をしかめる彼女に、「スマイル!」の指示が飛ぶ。


嫌々な顔を見せるのも、アウトらしい。なんとも面倒くさい。


ある意味、あのイルカが一番難易度が高いかもしれない。

それならいっそ、出さないようにしてくれれば良かったのだが。


梨々花が後衛へと作戦を伝える。


「由利衣は防御、リュシアンは前衛の速度向上。

山本先生とリズさんは、トリトンの牽制を。

マルグリットさん、あれお願いします。

私も……あれを」


――あれ、とは何だ?


そちらも気にはなるが、トリトンの動きが変わった。


トライデントに絡まった植物を剥ぎ取ると、イルカに乗って突進。

来奈へと槍を突き出した。


リュシアンの魔法が乗っているおかげで、ギリギリで避けたものの、戦闘服を掠り、腕に血が滲む。


隣で芹那が歯ぎしりした。


「あー! アイツ、あたしの服を!!」


そういえば、三人の服は、芹那のデザインだったな。


だが、それで終わらずに槍の猛攻。

由利衣の防御結界が役に立っていない。貫通性能を備えているのだ。


貫通といっても万能ではない。

一点集中の魔力制御を誤ると効果を発揮しないことがほとんどだが、そこはさすがの階層ボスだ。


来奈はキュレネの甲で捌くが、ジリ貧は目に見えていた。


「来奈!!」


すかさずアリサがロンギヌスで止めに入る。

お互いの槍が交差し、火花を散らした。


そこに、山本先生の矢が飛来。


トリトンは、アリサをあしらいながらも、手にした武器で次々と矢を弾く。


俺はその様子を見ながら、思わず息を吐いた。


「やはり強い……。

あの槍術は、戦闘訓練を積んでいないあいつらには、対応が厳しいだろうな」


本来は第四層は、高等部の学生が挑むような階層ではないのだ。

センスだけでは通用しない、経験の積み重ね。


見る間に、ロンギヌスは押されアリサは後方に弾かれた。


真っ向からの鍔迫り合いは、やはり不利。

いかんともしがたい実力の差があった。


トリトンがぶんと槍を振るうと、竜巻が前衛ふたりを襲った。


こちらは由利衣の結界のおかげでダメージを免れたが――


その風圧は、後衛にまで届く。

陣形がまとめて薙ぎ払われた。


「ぅわっ!」


たまらず吹き飛ばされ、地に伏すパーティメンバー。


それを確認したトリトンは、空飛ぶイルカの背に乗りトライデントを掲げる。


そして、ゆっくりと回し始めた。


芹那が親指の爪を噛みながら、ぽつりと呟く。


「……どう思う?

正攻法じゃ、まだ荷が重そうだけど。

あれ、まずいわよ」


特大の嵐を巻き起こす技だ。

いちど風に捕まれば回避不能。なすすべもなく、空中に投げ出され、叩きつけられる。


山本先生の矢と由利衣の魔力弾が、トリトンに狙いを定めて放たれるが、イルカが展開した氷に弾き飛ばされる。

人馬一体ならぬ、魚人イルカ一体。

技ため中の防御も完璧だった。


トライデントが回されるたびに、渦巻く風が唸りを上げる。

雷雲が上空を覆い、ダンジョンに局所的な大雨を降らせていた。


来奈が後衛へと振り返り、大声で叫ぶ。


「ねえ、パイルバンカーでやるしかないんじゃない!?」


だが、由利衣の声が制した。


「あれは、ちょっと大技すぎてイルカに……。ねえ?」


「そんなこと言ってる場合じゃないって!!

配信切っとけばバレないから」


そこに、マルグリットがスタスタと来奈へと歩み寄る。


「いやー。バレバレだと思うけどなー。

……まあ、任せときな」


そう言って、八重歯を見せて来奈の肩をポンと叩いた。


マルグリットは、上着のポケットをゴソゴソと漁る。


取り出したのは、六面体のサイコロ。


俺と芹那は同時に固まった。


芹那が、俺の方へ視線を投げかけてきた。


「ねえ……あれ……」


「いや、俺も噂くらいしか……」


来奈が不思議そうにマルグリットへ声をかける。


「なに? それでどうするの?」


マルグリットは、にやりと来奈を見ると、


「まあ見てなって」


と一言だけ。そして、空中に放った。


「あたいは、奇数だな……」


地面に落ちたサイコロの目は三。


来奈は、「で?」 と不思議そうな顔。

何も起きていない。

トリトンは、相変わらず大技のためを行っているのだ。


「まあまあ」


マルグリットは、サイコロを拾っては放る。


偶数、偶数、奇数、偶数……


何回か繰り返したとき、トリトンの動きが止まった。

風が止み、すっかり空は晴れ渡っていたのだ。


「敵が止まってないと使いどころがないってのが、難しいんだよなー」


そうボヤキながら、マルグリットはサイコロを拾うと、ポケットに突っ込んだ。


そして来奈へ向かって、一言。


「これ、賭けたものを奪い取れるアイテム。

負けたら取られるけどさー」


マルグリットは笑って、空を指した。


「今回の賭けは――あいつの魔力だ」


……だから、嵐が止んだのか。


聞いた話では、回数を繰り返すと、倍々で賭率が上がるとか。

そして、一度始めたら、どちらかが破産するまでやめられない。


普通ならリスキーすぎるアイテムだが……。

マルグリットが持つと、単なるカツアゲマシーン。


芹那と俺は、同時に呟く。


「……だめだろ、あんなの持たせたら」


そんな俺たちに構わずに、マルグリットは梨々花へと声をかけた。


「おーい、お膳立てできたぞー」


ふと見ると、梨々花は杖を構え、目を閉じたまま、眉間を寄せている。


極度の集中。


普段、攻撃魔法をこともなげに連発している彼女にしては珍しい。


嵐の大技を封じられたトリトンは、直接攻撃に切り替えたようで、パーティへ向かって襲いかかってきた。


トリトンを乗せたイルカから氷の弾が飛ばされる……が、それらは山本先生の矢がすべて迎撃。


山本先生が、冷静に前衛へと声をかけた。


「あのイルカ、引き剥がしてください。

その後は、こちらで何とかしますから」


来奈は、一瞬困り顔を見せる。


「なんとかって言われても……」


すると、アリサが来奈の前に立ち、ボスへと向かい合う形となる。


由利衣とリュシアンの防御魔法がアリサへと展開。


「私が耐えるから……ライナ、お願い」


トライデントの連撃がアリサに雨あられと襲いくる。

だが、それらはアリサに張られた魔法がことごとく防いだ。

貫通を発動させる魔力がトリトンに残っていないのだ。


必死にロンギヌスを振るい、敵の槍と激しく交差させるアリサ。


そのとき、アリサの瞳が黄金に輝く。


「やっ!!」と、気合い一閃、トライデントを弾き返した。


「やるじゃん、アリサ!」


次は来奈の瞳が輝く。


瞬時に彼女の姿が視界から消え……気づくと、トリトンの背後に、ドロップキックの体勢であらわれた。


「もらいっ!」


そのままトリトンを蹴り飛ばし、イルカから引き剥がすと、代わりに自身がイルカに乗る。


「あたしも、これやってみたかったんだー。

……暴れるなって、もう!!」


イルカでロデオを行う来奈に、政臣から「その画は問題になるからー!」の声。

映えのことしか気にしないあいつにも、見えない圧があるらしい。


だが、これでトリトンとイルカは引き離された。


トリトンは、アリサと山本先生の牽制で動きが押さえられている。


そこに、梨々花の声がかかった。


「……準備できました。

これ、ぶっつけ本番は、ちょっと無謀だったかも」


言葉とは裏腹に、その表情は自信満々。


魔力が陽炎のように揺らめく。


俺の首筋に、一筋の汗が落ちた。

あの魔力の気配は、今までとは明らかに異なる。


「……何をする気だ?」


視線の先で、梨々花は静かに杖を構える。


そして、魔法が放たれた。

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