第99話 古のガチャ
一夜明けて、本日はボス戦。
……の予定。だが。
由利衣が、朝食の席で急に何かを思いついたように声を上げた。
「あー!! 分かったかもっ!!」
何事か?
と思った俺の目の前で、由利衣は梨々花に耳打ち。
梨々花の目が鋭く光り、ゆっくりと頷いた。
「高柳くん……。配信は切ってね」
そう前置きし、政臣がカメラの電源を落とすのを確認すると、一同をゆっくりと眺め渡した。
「ガチャ……ですよ。あのピラミッドの上にあった」
確かに、苔むした装置が鎮座していたのを思い出す。
「あれ、何かのコインを入れて動かすもの、でしたよね?」
そこまで言われて、俺の中で線が一本つながった。
「……オリハルコンのコイン、か?」
おそらくは、そうだろう。
だが――問題は別のところにあった。
なんのガチャなのか、分からない。
現在、世界で確認されているのは魔法使いガチャと武器ガチャのみ。
ならば、あれはそのどちらかか。
それとも、まったく別の系統か。
俺は慎重に言葉を選びながら、口を開いた。
「……なあ。
あまり怪しげなものには、手を出さない方がいいと思うんだが。
もう充分すぎるほどの成果は――」
最後まで言い切る前に、声が飛んできた。
「超絶武器出るかも!!
あたし、肩に装備するレーザー砲とか欲しいしっ!!」
「あら、いいわね。来奈。
いっそのこと機械の体が手に入るとか……素敵じゃない?」
「サイボーグ魔法使い!! 映えるなあ、これは!!!」
聞いていない。
そして、手早く荷物をまとめると、俺を置き去りにしてガチャを確認するということで全員の意思がまとまった。
「おい……」
言いかけたところで、柔らかな声が割り込む。
「そんなこと言って……
先生だって、気になっているくせに」
梨々花だった。どこか愉しそうな声音。
「冒険は、スリル・ショック・ファンタジー。
ドキドキしなきゃ――嘘でしょう?」
こいつ。
梨々花は一歩近づき、耳元へと顔を寄せる。
「すこーしだけ、何があるのか確認して。
それから階層ボス戦」
囁きは、提案の形をしていた。
「……それくらい。
時間には、余裕ありますよね?」
――興味ないね。
なんてことは、ない。
「一人一回だぞ」
俺は視線を逸らして、負けを認めた。
***
パーティメンバー全員にコインは一枚ずつ。
謎のガチャ大会が始まった。
なお、これについてはライブ配信は切っているが、政臣が映像に収めていた。
ふと、気になったことをマルグリットに尋ねる。
「そういえば……ガチャの確率操作って、できるのか?」
もし可能なら。
SRやSSR魔法使いも、神話伝承級の武器の排出も、思うがまま。
国家間のパワーバランスなど、一瞬で崩れる。
だが、返ってきたのは短い否定だった。
「無理だな。
そりゃー、試したさ。でも……」
マルグリットは、首をかしげる。
「なんだろうな。
ガチャって、守られてる感じがするんだよ。
違和感があるっていうか……あたいの魔眼、効かねーし」
なるほど。
さすがに、そこまでのバランスブレイカーは対策済みか。
線引がいまひとつ分からないが。
――けど、まあ。
それができなくても、充分すぎるほどチートだ。
そして、謎のガチャ機。
そのトップバッターは、来奈だった。
「頼むよー」
コインを投入し、ハンドルを回す。
排出されたのは、透明なカプセル。
「んー? なにこれ」
中に入っていたのは、小さな赤い石と一枚の小さな説明書。
要点だけ拾うと、武器の基本性能を底上げする強化素材らしい。
「へえー。
じゃあ、キュレネに使おうかなっ」
赤い石を自身の武装に近づけた瞬間、それは抵抗なく、スッと消えた。
キュレネが淡く発光する。
俺は、思わず息をつく。
「……育成素材のガチャ、か。
オリハルコンのコイン一枚にしては、少し控えめな気もするが」
「いいの!
あたしの武器を育てるんだから!!」
噛みつくような返答。
「はいはい……分かったよ」
確かに、悪くはない。
村正の強化に使えるのなら、価値はある。
その後も、何人かが回し、似たような育成素材を引き当てていった。
――流れは、完全に“安全側”だった。
だが。
梨々花の番で、排出されたカプセルは金色だった。
誰の目にも分かるほど、異質。
説明書に目を通した瞬間、梨々花の瞳がわずかに見開かれる。
「……これは」
中に入っていたのは、小さな黒い石。
彼女はそれを、迷いなく握りしめた。
次に手を開いたとき、石は消えていた。
説明書は、くしゃりと丸められ、ポケットに押し込まれる。
口角がぐいと引き上げられる。
その表情を見た瞬間、ろくなことを考えていないことが分かった。
「桐生院。何が出た?」
「……いえ。大したものじゃありません」
声音は落ち着いていた。
表情も、すでに平静だ。
だが。
ここまで露骨なフラグを立てられて、気にするなという方が無理だ。
「大したことない、って顔じゃないだろ。
情報共有は――」
「階層ボス戦で」
梨々花は、きっぱりと言った。
「見せますから」
有無を言わさない口調。
「まあまあ。お楽しみ、ってことですよね?」
山本先生が、にこやかに割って入る。
そして彼女がガチャ機の前に立った瞬間、日本パーティの誰もが言葉を失った。
空気が、張りつめる。
……何かが起きる。
以前、武器ガチャで村正を引き当てた豪運。
山本先生もまた、精霊に愛された“特異点”なのかもしれない。
軽い調子で、ハンドルを回す。
排出されたのは、虹色のカプセルだった。
――予想通りすぎる。
だが、それが逆におかしい。
「あらー」
説明書を一読し、山本先生は淡々と要点だけを告げる。
「星を一つ上げる素材みたいですね。
レベルは、そのままで」
……言葉を失った。
星を上げるたびにレベルが初期化される。
それが、この世界の常識だ。
だが、この素材は――
その“前提”そのものを無視している。
そんなものが、存在していいはずがない。
山本先生は、俺の方を向いて微笑んだ。
「佐伯さんにどうぞ。
私は、まだレベルアップの余地がありますから」
……いや。
俺はすでに星5の完凸だ。
これを使う意味が、本当にあるのか?
逡巡する俺に、芹那の声がかかる。
いつになく、真剣な表情で。
「修司……。
精霊の特典を得た魔法使いは、あなたとベアトリス大統領だけ。
その先は、誰も知らない」
一拍置いて、続ける。
「もし“魔法使いの先の先”があるなら……
見てみたいのは、私だけじゃないわ」
ごくり、と喉を鳴らす。
魔法使いの、先の先。
その終着点とは、いったい何だ?
山本先生から素材を受け取る。
手の中で、小さな重みがあった。
力を込め、握りしめる。
――だが。
「……何も、起きないな」
一同から、安堵とも肩透かしともつかない息が漏れた。
リズが、静かに口を開く。
「やはり、正規の方法ではダンジョンハックはできないようですね。
ですが……」
小さく、頷く。
「それが分かっただけでも、大きな成果です」
俺は、少しだけ息をつく。
「……まあ、他に手を探すさ」
そして、素材を山本先生へ返した。
「山本先生はまだ星2。確かにこれを使うのは早いでしょうね」
すると、山本先生は頬を染めて素材を受け取った。
「分かりました。星4レベルマックスまで佐伯さんが私を引き上げてくれる。
そのとき、これを使います」
そんな意味で言っていないのだが。
苦笑いで誤魔化すしかなかった。
そして、最後に俺の番。
だったのだが。
コインを入れても、ハンドルが回らない。
「なんだろうな?」
そこに、由利衣の声が入る。
「コーチ。
カプセル、もう残ってないみたいですね」
打ち止め、か。
そういう仕様なら仕方ない――
そう思った、その瞬間。
苔に覆われていたガチャ機が、俺の目の前で音もなく消えた。
代わりに現れたのは。
最新鋭のディスプレイを備えた、明らかに“今の時代”のガチャ機だった。
『強化ガチャ。一回につき、極小魔石五百万個』
武器ガチャと同じ価格。
ダンジョン貨幣にして五千万G。日本円で五千万円。
「……どうやら、いままでのは在庫処分ということか」
思わず苦笑。
だが。
ガチャのハンドルだけが、淡く光っていた。
「さっき、コイン入れたからじゃないですか?」と梨々花。
なんとなく、ハンドルを回した。
ディスプレイが点灯し、文字が浮かび上がる。
表示されたのは――
必殺技アルティメットルミナスブレイク・哀。
……んー。
俺は、ゆっくり振り返った。
「なあ。
この技だけど……欲しい人、いる?」
誰一人、視線を上げなかった。
静かすぎる沈黙が、その場に落ちる。
「……いいじゃん。教官の必殺技で。
かっこいいし」
来奈の、感情が一切乗っていない棒読み。
いや。
四十手前でこれは、さすがにキツい。
ガチャ機の前で立ち尽くしていると、画面が不意に点滅した。
白い光が漏れ出し――
次の瞬間、それは俺の身体へと吸い込まれていく。
――おい。
抵抗する間もなかった。
胸の奥に、何かが沈み込んだ感覚。
俺は、小さく呼吸を整える。
「……この技は」
誰に向けるでもなく、呟く。
「使えるかもな」
その背後で、クスクスと笑い声。
「聞きました? あそこのご主人の必殺技……」
「ええ、アルティメットなんとか・哀……ですって」
俺は聞こえないふりをして、大きな声を張る。
「さあ、ボス戦だな!
気合い入れていこうかっ!!」
こうして、テンションで押し切りながら階層ボス攻略へと向かうのだった。
***
第四層最奥。
そこには、静まり返った広大な湖が広がっていた。
その中央で待ち構えるのは、階層ボス――トリトン。
下半身は魚。
上半身は、均整の取れた美青年の半裸の肉体。
青みを帯びた肌。
なびく黒髪には、簡素ながら威厳のある冠が載っている。
エメラルド色の瞳は涼やかに輝き、その視線はこちらを値踏みするようだった。
芹那が、目を細めて、ふう……と息をつく。
「毒沼はアレだけど。
目の保養ができるから、定期的に来ちゃうのよね……」
そのわりに、容赦なく水龍鞭で切り刻んでいる……恐ろしい女だ。
そんなことを考えつつ、俺はトリトンの隣へ視線を移した。
白いイルカ。
トリトンのパートナーらしき存在だが、こいつは討伐対象外である。
昔は違った。
だが、とある動物保護団体が精霊へ陳情を重ね、結果として討伐対象から外された――という話を聞いたことがある。
精霊は、基本的に人間の都合など意に介さない。
それでもダンジョンのルールが覆ったという事実。
そこで何があったのかは知らない。
背後では、政臣が攻略メンバーに注意事項を伝えていた。
「トリトンはいいですけど。
あのイルカに攻撃すると、いろいろややこしいので、絶対にやめてくださいねー」
そして、準備は整っていく。
ここで、バトルの前に攻略メンバーをいま一度紹介しておこう。
※括弧内の%は、装備補正。左の数値は素のステータス。
【入江 来奈 ★】
ランク:SSR
レベル:99
体力 :A 1,428
攻撃力:S 1,999(+30%)
魔力 :C 902
耐久力:S 1,999
魔防 :B 1,246
敏捷 :S 1,843
幸運 :B 1,215
装備 :キュレネ(拳/攻撃力+25%・魔力吸収・インパクト・ショックウェーブ/魔導)、物攻の指輪(攻撃力+5%)、星のメダル(敏捷デバフ反射)
---
【桐生院 梨々花 ★】
ランク:SSR
レベル:99
体力 :B 1,189
攻撃力:D 341
魔力 :S 1,999(+15%)
耐久力:B 1,218(+5%)
魔防 :S 1,999(+15%)
敏捷 :A 1,572
幸運 :A 1,468
装備 :世界樹の杖(杖/魔力+15%・魔防+15%・植物魔法/魔導)、物防の指輪(耐久力+5%)、魔術師のメダル(魔力デバフ反射)、竜玉の腕輪(幻術無効)
---
【黒澤 由利衣 ★】
ランク:SSR
レベル:99
体力 :A 1,511(+8%)
攻撃力:B 1,212(+8%)
魔力 :S 1,999(+8%)
耐久力:B 1,187(+8%)
魔防 :S 1,865(+8%)
敏捷 :C 894(+13%)
幸運 :S 1,925(+8%)
装備 :ライトニングブレイズ(銃/全ステータス+8%/魔導)、敏捷の指輪(敏捷+5%)、女教皇のメダル(耐久力デバフ反射)
---
【山本 美鈴抽 ★★】
ランク:R
レベル:99
体力 :B 1,824
攻撃力:B 1,841
魔力 :B 1,825
耐久力:C 1,135
魔防 :C 1,122(+5%)
敏捷 :B 1,831
幸運 :C 1,520
装備 :流星撃(弓/障壁無効・貫通/魔導)、疾風の矢(矢/加速・自動帰還/魔導)、魔防の指輪(魔防+5%)、月のイヤリング(命中精度向上)
山本先生は、一周先行しているだけあって、SSR三人と比べても遜色のないステータス。
さすがだ。
そして、欧州メンバー。
【アリサ・グランフィール ★】
ランク:SSR
レベル:99
体力 :S 1,999
攻撃力:B 1,288
魔力 :B 1,216
耐久力:S 1,929
魔防 :S 1,785
敏捷 :B 1,197
幸運 :C 872
装備 :ロンギヌス(槍/攻撃力を魔力に上乗せ・魔力吸収・魔力攻撃/魔導)
---
【リュシアン・ベルナ ★】
ランク:SSR
レベル:99
体力 :B 1,226
攻撃力:C 812
魔力 :S 1,934
耐久力:B 1,218
魔防 :A 1,491
敏捷 :S 1,863
幸運 :A 1,458
装備 :聖王記(書物/聖魔法効果三割上昇・クイックキャスト/魔導)
---
【マルグリット・エルンハルト ★】
ランク:SSR
レベル:99
体力 :D 346
攻撃力:D 328
魔力 :D 289
耐久力:S 1,877
魔防 :S 1,932
敏捷 :S 1,798
幸運 :S 1,999
マルグリットは、冗談のような尖り具合。
普通なら戦闘の役にあまり立たないが、彼女には無制限の強力なマジックアイテム運用という、唯一無二の武器がある。
最後に、リズ。
【リズリンド・ホーソーン ★】
ランク:SSR
レベル:53
体力 :S 1,077
攻撃力:C 395
魔力 :S 1,072
耐久力:A 906
魔防 :C 388
敏捷 :B 621
幸運 :B 541
装備 :賢者の指輪(他/モンスター解析・使役/魔導)
まだ、あまりレベルは上がっていない。
彼女は戦闘魔法使いではなく、あくまでも学者なのだ。
ステータスだけを見れば、ボス攻略は無謀。
だが――
摂取カロリーを魔力へと変換するという、他の魔法使いには誰一人として真似できない独自の戦法は、レベルやステータスといった概念を、正面から打ち破る。
ちなみに。
昨日、山本先生と芹那が補充してきた、スーパーマーケット一軒分にも相当しようかという食料は、そのほとんどが魔力へと変換されていた。
そして、俺と芹那は観戦。
いよいよ、第四層はクライマックスに差し掛かろうとしていた。




