第2節「覚醒する禁じられた力」
夜の学院を包む沈黙を、突如として破る悲鳴が走った。
図書館奥で暴走した魔導書の瘴気が、次々と生徒を侵食していく。紫色の靄に包まれた生徒たちの瞳は血のように赤く染まり、理性を失った獣のように襲いかかってきた。
「エリン、下がって!」
アリエスは思わず叫んだ。だがすでに遅く、暴走した上級生がエリンの腕を掴んでいる。
「や、やめてっ!」
必死に抵抗するも、力では敵わない。紫色の魔力が肌を焼くようにまとわりつき、彼女の意識を奪おうとしていた。
「……っ!」
アリエスの胸が灼けるように熱くなった。恐怖ではない。守りたいという強い感情が、心の奥底から突き上げてきたのだ。
(このままじゃ……エリンが!)
次の瞬間、彼女の中で何かが弾けた。
——時間そのものが、凍りつく。
暴れる上級生の腕は、まるで石像のように止まり、紫の靄も空中で固まった。廊下を吹き抜けていた風さえも、ピタリと消える。
「な、なに……これ……?」
ルカが信じられないといった声を漏らす。
ただ一人、アリエスだけが動けた。
彼女の銀の髪が淡く光り、紫の瞳に刻まれた輝きは、普段の「最弱」とはかけ離れた威厳を放っている。
「エリンを……離して」
小さく呟いた声は、静止した世界に鮮烈に響いた。
アリエスの右手から零れ落ちたのは、古代の魔法陣を思わせる光の文様だった。術式を詠唱する必要はない。彼女の存在そのものが禁術と共鳴している。
「——時空干渉魔法」
空気が震え、紫の靄が粉雪のように崩れ落ちていく。暴走した上級生の瞳から赤が抜け落ち、力なくその場に崩れ落ちた。
時間が再び動き出す。
「えっ……い、今の……アリエス……?」
エリンが震える声で彼女を見つめた。
ルカも言葉を失っている。天才と呼ばれる彼でさえ、理解の及ばぬ現象だった。
アリエスは深呼吸し、震える両手を胸に押さえた。
(やってしまった……。これで、隠してきた力が——)
その時、学院の外壁の上から複数の視線を感じた。
闇に紛れた黒ローブの影たちが、彼女の一挙手一投足を注視している。
「やはり……禁術継承者はこの学院にいたか」
誰かの低い声が、風に溶けて消えた。
アリエスは気づかぬまま、ただ仲間を守れた安堵と、自らの秘密が露見した恐怖に震えていた。




