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第1節「古い魔導書の発見」

翌朝。

アリエスは早めに学院に到着し、図書館に向かった。昨夜、シルバー・フェニックスとして王都を巡回したが、「漆黒の盟約」の活動は異常なほど静かだった。まるで嵐の前の静けさのように。

(きっと学院で何かを企んでいる)


図書館の扉を開くと、いつものように静寂に包まれた空間が広がっていた。しかし、どこか昨日とは違う緊張感が漂っている。


「おはようございます、アリエス」

カウンターから、マリア先生の声が聞こえた。二十代半ばの美しい司書で、普段は物静かで生徒たちからも慕われている。しかし今朝の彼女の表情には、微かな疲労の色が見えた。


「おはようございます、マリア先生。昨日は大変でしたね」

「ええ……」マリア先生は複雑な表情を浮かべた。「マルク君の件ですね。あの後、彼は保健室で休んでいますが、記憶が曖昧なようで」


記憶が曖昧。それは禁術書の影響の典型的な症状だった。


「ところで」アリエスは慎重に尋ねた。「昨日の本は、どちらに?」

マリア先生の手が一瞬止まった。


「安全な場所に保管してあります。あのような危険な魔導書は、一般の生徒が触れられる場所に置くべきではありませんから」


その時、図書館の奥から足音が聞こえた。現れたのは、長い白髪と深いしわに刻まれた顔を持つ老人——学院長のアルフレッド=ローゼンバーグだった。

「マリア先生、例の件はいかがですか?」


学院長の声は低く、重々しかった。彼はアリエスの存在に気づくと、少し眉をひそめた。


「おや、生徒がいますね」

「アリエス=グレイです」アリエスは丁寧に頭を下げた。「早朝の図書館利用を失礼します」

「構いませんよ」学院長は穏やかに微笑んだが、その目は鋭かった。「しかし、あまり奥の方には立ち入らないように。昨日の件もありますからね」


「はい、わかりました」

学院長とマリア先生は、奥の司書室に向かった。二人の話し声が聞こえてくるが、内容は聞き取れない。

アリエスは一般の書架の間を歩きながら、注意深く周囲を観察した。昨日マルクが倒れていた禁書庫の入り口は、今朝は厳重に封印されている。しかし——

(あの魔導書、本当に安全な場所にあるのかしら?)


魔力に敏感なアリエスには、図書館のどこかから微かに邪悪な魔力の波動を感じられた。それは昨日よりも強くなっているように思える。


「おはよう、アリエス」

振り返ると、ルカが静かに近づいてきた。いつものように端正な顔立ちだが、どこか心配そうな表情をしている。


「おはよう、ルカ」

「君も気になって来たんですね」ルカは周囲を見回した。「昨日の件、僕もずっと考えていたんです」


「どんなことを?」

「あのマルク先輩の症状」ルカは声を潜めた。「ただの魔力酔いではありませんでした。明らかに外部からの魔力による影響です」


やはりルカは鋭い。アリエスは改めて彼の洞察力に驚いた。

「それと」ルカは続けた。「昨夜、寮で調べ物をしていたんですが……ヴァンデール家の古い文献に、似たような事例がありました」


「似たような事例?」


「『魔導書による精神汚染』」ルカの表情が曇った。「禁術書と呼ばれる危険な魔導書が、読者の精神を蝕む現象です」


アリエスの心臓が跳ね上がった。ルカは核心に近づいている。


「でも、そんな危険な本が学院にあるはずは……」

「それが問題なんです」ルカは書架の隙間から奥を見つめた。「なぜ、どこから現れたのか」


その時、司書室から学院長とマリア先生が出てきた。二人の表情は深刻だった。


「では、引き続きお願いします」学院長がマリア先生に言った。「何か変化があれば、すぐに報告を」

学院長は去っていく。残されたマリア先生は、しばらく考え込んでいたが、やがて禁書庫の方に向かった。


「行きましょう」ルカが小さく言った。

「え?」


「マリア先生の様子を見てみませんか?」ルカの目に決意の光が宿った。「何かを隠しているような気がします」


アリエスは躊躇した。確かに怪しいが、あまり深く関わるのは危険でもある。


「でも……」

「心配いりません」ルカは微笑んだ。「僕がついています」

結局、二人は慎重に司書室の方に近づいた。


マリア先生は禁書庫の前に立ち、何やら複雑な魔法陣を展開していた。その魔法陣は、アリエスが見たことのないほど高度で複雑だった。


「あの魔法陣……」ルカが息を呑んだ。「封印術の最高位です。一体何を封印しているんでしょう?」

マリア先生の詠唱が聞こえてきた。


「深淵なる闇に眠りし力よ、汝の咆哮を静寂に変えん……」

古代魔法語だった。現在ではほとんど使われない、失われた言語。

その時、禁書庫の奥から微かに光が漏れた。紫色の、不吉な光。


「『闇夜の狂想曲』よ」マリア先生が呟いた。「もう少しの辛抱です……」


アリエスとルカは顔を見合わせた。やはりあの魔導書は、普通の本ではない。

マリア先生の封印術が完成すると、紫の光は消えた。しかし、アリエスには感じられた。封印は一時的なものに過ぎず、魔導書の力は着実に強くなっていることが。


「戻りましょう」アリエスがルカに囁いた。

二人は静かにその場を離れた。


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