#1:はじまり
2014年9月。この日は、まだ夏の残り香が漂う季節のはずなのに肌寒く、長野県であったとしても異常気象だと言われている不思議な日だった。
「いいぞーいいぞー英輝~もう一本!」
ここは長野県松本市美須々に位置する松本市総合体育館。最大座席数は5000を越える中信地区を誇る巨大な体育館であり、日夜様々な催し物、特にスポーツの祭典が行われている。アリーナを大小二つ内包していて、メインアリーナは2535㎡、サブアリーナは1110㎡の面積がありバドミントンのコートなら合計で16面は同時に利用が可能となっている。今日は平成26年度全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会長野県予選会、通称「ウィンターカップ予選」が開催されており、現在時刻は15時半を周るタイミングでまさに決勝の最中なのである。総体はメインとサブを合わせて4コート使用することができ、昨日まではその全コートを高校生たちが白熱する試合が執り行われていた。しかし今日はメインアリーナのそのまた真ん中、センターコートで最後の試合を勝ち上がった二校が凌ぎを削り合っている。
「ディーフェンス!ディーフェンス!」
「行ーけ行け第三!押ーせ押せ第三!」
二校の熱狂はベンチのみならずコート外の応援席まで燃え上がらせ、その熱気は広いアリーナの全ての空気を温め続けている。見ているだけで汗が滴り、上着を一枚脱ぎタオルで額を拭う者まで出てくる始末だ。肝心の試合内容はというと、第2Qが残り4分に差し掛かった所で片方の高校が10点差を追いかける展開となっている。
「倖汰郎、こっちこっち」
「おう、お前はでかくて見つけやすい奴だな」
観戦者にはお互いの高校ではない第三者も多い。敗戦し試合を終えた他の高校の選手を筆頭に、特に高校バスケの大会の決勝は古くから見続けているマニアもいれば選手の肉親やこれから高校進学を考えている中学生の観覧も集まってくる。
「……ここめっちゃ見やすいじゃん」
「でしょ、ここ兄ちゃんに教えてもらった」
幸いにも観客席の一番先頭を勝ち取った一人の少年が黒いユニフォームの高校のベンチを覗き込む。
「……本当に裕貴さんいんじゃん」
「え、今の今まで疑っていたの?」
その少年の連れのような背の高い少年が驚きの目を向ける。ユニフォームには「Tose」というローマ字が振られており、現在リードを保っている高校のほうである。
「東瀬のユニフォーム貰ってる兄貴がいるなんて羨まし」
「ベンチだけどね」
東瀬大学附属第三高等学校。通称「第三」と呼ばれている古豪であり、ここ十数年冬のウィンターカップ予選、夏のインターハイ予選を含む全ての高等学校体育大会で優勝を続けている長野県最強の高校。その黒のユニフォームから異名を「黒服」と恐れられている。
「充分だろ、最強の高校だぞ」
その東瀬第三の6番がシュートを決める。一際歓声が上がり応援にもさらに熱が入る。これで点差は12点差になった。
「英輝!止めろ!」
対して白いユニフォームの高校には臙脂色の文字で「Fushimigaoka」と印字されており、その監督と思しき男が20番に対して怒号を飛ばしている。当の本人である20番はそれに対して特に反応もせずなんならちょっと微笑んでいる始末だ。
「英輝!」
エンドラインから20番にパスが飛ぶ。そのままハーフコートまで一人で運びきりトップの位置で全体を見渡す。床を打ち付けるドリブルは繊細さを物語っており、観戦者に期待感を持たせる佇まいだ。20番が左に体を傾ける。ディフェンスが揺られその一瞬の隙を見切りストレートに切り込んでいく。ゴールまで一直線に道が開ける。ドリブルを止めボールを持ってステップを踏む段階で、すかさずヘルプが飛んできて道を塞ぐ。身長差は第三の選手の方が高く20番の行く手を阻むが持ち前の身軽さで空中に飛んでいるにもかかわらず体を半回転させて避けながら気が付けばゴール下まで到達しておりそのままレイアップを決める。
「……すげぇ」
「さすが英輝さん、我ら波奈中のヒーロー」
「伏見の主将は伊達じゃないよな」
長野県立松本伏見ヶ丘高等学校、通称を「見陵」と呼ばれる中信地区が誇る古豪の公立高校。元々男子校ということもありバスケ以外の男子運動部も目を張る成績を収めており、過去にはインターハイやウィンターカップにも度々出場していたのだが、ここ十数年、ことバスケに関しては私立高校という壁にぶち当たり、大舞台への参加を止められているという状況である。
「行けるかな、ウィンターカップ」
そう、この試合は長野県予選会の決勝。勝てばウィンターカップへの出場権を得られるという大事な試合である。
「長野からは一校しか行けないから勝ってほしいけどね」
「……お前は裕貴さんがいる方を応援しろよ」
また歓声が上がる。20番がスリーポイントを決め7点差に縮めていた。
「なに!?あの20番超カッコいいんだけど」
こういうタイプの観戦者もいる。言ってしまえばただの総合体育館なので、何かやっているからちょっと見ていく?といった感じで見に来れてしまうのでバスケに興味のない松本市民も紛れているということだ。
「ね!一年生かな」
番号的にはそう思われても不思議ではない。ただこれはウィンターカップ予選であり、3年生は番号が後ろの方に回されるという仕来りのようなものがあるようだ。
「わ!また決めた!」
20番がまたスリーポイントを決める。これで点差は4点まで迫っていく。その姿はさながら英雄、いや勇者までいっても差し支えないのかもしれないと思うほどだ。
「……なあ、叶」
「ん?」
「やっぱ俺……伏見行きたいな」
応援や雑談などの音が飛び交う中、小さな突然の告白に叶と呼ばれていた少年もその言葉を理解するのに時間がかかった。ただ、その言葉が騒音の中に搔き消されずに耳に届いたのは彼も同じ気持ちだったからかもしれない。
「……じゃあ、勉強するか」
「そうしよう、帰ろう」
そうして二人の少年は体育館をあとにする。この試合の結果としては後半戦に差し掛かり、特に第4Qで第三が本領を発揮し点差を広げ、最終的に第三が伏見をそのまま沈め、伏見にとっての切願は果たせないままウィンターカップ予選は幕を閉じることになったのだが、彼らにはどうでもいいこと。そう、これは一人の少年を中心に広がる高校バスケの物語である。
時は流れ2015年4月。今日は長野県松本市の高校で入学式が行われる日であり、桜の季節ドンピシャで木々溢れる公園を背景に桃色の花びらが散る道を男が二人歩いている。
「一応入学式は制服なんだな」
「制服っぽかったらなんでもいいらしいけどね」
長野県の公立高校はその8割近くが自由服であり、指定の制服が存在しない。勿論毎日の服を選ぶのが面倒臭い人間は私服ではなく制服で登校していることもあるが、それでも通っている生徒のほとんどは自分の好きな服を着て学校生活を送っている。
「ちょっと小っちゃいんだよね」
「……太ったからじゃない?」
学校に着く。そこには大きく長野県立松本伏見ヶ丘高等学校入学式と書かれている。
「……なんか緊張してきた」
「なにを今さら」
年季の入った歴史ある校舎に風情を感じる。柱や建物の錆も古豪感を醸し出している要因かもしれない。
「おーい!倖汰郎!!」
大きな声で名前が呼ばれ一人の小さい男が近寄ってくる。
「おお、直生、合格発表以来だね」
「こんにちは直生」
「お、叶も!二人もバスケ部入るんでしょ?」
小諸・直生。松本市立竹島中学校卒業、中学時代はバスケ部の6番であり、PGを務めていた。よく波奈中と練習試合をしており同じ高校に入る前から交流があった同級生の一人である。あ、こちらの紹介も忘れていた。二人でいた少年の小さい方、彼の名前は県・倖汰郎。松本市立波奈中学校の元9番でありポジションはSG。そして大きい方の名前は叶・将貴。県と同中で、身長は現時点で180cmを超えており長年Cを担っている。
「入るつもりだよ、直生も当然入るでしょ?」
「もちろん!だからこれからよろしくね!」
じゃまた!と去っていく。元気があって大変よろしい。
「なんか……」
「まだ緊張してる?」
「いや、ワクワクしてきた」
「俺も」
そこからは早送りのように時間が流れていく。県が憧れていた英輝もとい、立科・英輝は県とは入れ違いに卒業をしており、立科が引退後は新しく鳴石という男が主将を務めていた。かなり厳しい主将ではあったが実力は折り紙付きであり、高校生にしては仕上がった美しい肉体が織りなすパワープレイは近年の伏見のチームスタイルを象徴しており、監督がいかにも好みそうな泥臭いバスケを得意としていた。彼らの代(県が1年の時の代)もインターハイ予選やウィンターカップ予選でともに県ベスト8までは進むもその先の私立の壁を突破できなかった。この時代は県が試合に出られるわけもなく、同い年でベンチ入りを果たしていたのはたったの3人だけであった。次の代では奧志賀という男が主将となった。彼は先代主将よりは細身であり、ぶつかり合うようなバスケは好きではなかったようだが、何といっても効率の良いプレイスタイルと生まれ持ったセンスにより伏見を引っ張っていった。この時代は県も次第に試合に出られるようになり、奥志賀とも幾度か一緒に試合を運び、多少の信頼は得られていたようである。しかし彼らの代(県が2年の時の代)は県大会でベスト8までは進むも、ウィンターカップ予選には誰も残らず後進に道を譲る形で引退していった。
……そして時は2016年7月。
「はい、お疲れ様」
「「「「「お疲れ様です」」」」」
時刻は16時30分を回ったところ、放課後の部活が始まるくらいの時間帯だ。練習が始まる前に監督である広丘の軽いミーティングが始まっていた。
「えー、先日ね、先輩たちが引退し新しい体制でバスケ部が始動していくことになりましたけど、まず今日はね、主将を決めていこうかなと思います」
必ず訪れる部活内での一大行事である主将決め。伏見の場合は監督の広丘と前主将率いる3年生の推薦を経て残っている部員の承認の下決定される形式になっている。
「えー、健生、柾彦(奥志賀のこと)たちと話し合った結果、お前を次期主将として推す声が多かったので反対する者がいなければこのまま進めていこうと思うが……」
周りの意見を聞く。が、だれも反対することがなく、そのまま主将が決まる。望月・健生。県の代の主将でありこれからの伏見を背負う人物。彼は若干特異な体質であり、筋繊維の成長が人より早く尚且つ超回復にほとんど時間を費やさなくていいという筋トレには恵まれた肉体を持っている。身長には恵まれていないが、パワーある泥臭いバスケが特異な部類ではあり、そのプレイは周りに「俺も頑張らねば」と思わせる不思議な力がある。
「ないな、じゃあ練習始め、最初はラン練から」
そう言って体育準備室に戻っていく。そしてここから新主将望月の世代が始まっていく。
「じゃあまずラン練から」
「言われたまんまじゃねえか」
新生伏見バスケ部はまだ拙いがこれからに期待と言ったところだろうか。面子を見てもどれも粒揃いで、まだ荒いところはあるが今までの伏見の実績に泥を塗ることはない未来が見て取れる。
「……頼むぞ、倖汰郎」
望月が県にそう言った。首相の口から出るにしては少し違和感がある。
「……?なにを?」
「何かあった時に、だよ」
「副(主将)でもない俺に何をさせるんだよ主将」
「倖汰郎!ペア!」
「あー、はいはい」
まあ、新しく主将が決まったからと言って練習が劇的に変わるわけでもなく、さらに言えば部員の全員が満場一致で望月が主将になると思っていたこともあってか驚きすらしていない。部活終了時間の19時30分までの間、いつも通りの練習が繰り広げられる。
「次、トライアングル」
「「「「「はい」」」」」
バスケの練習というのは基本的には体を鍛えることに特化したメニューを繰り返し行うことがベースにあり、足腰の安定さやハンドリングの精度など小さなことを細々とやる地味なトレーニングが多い。今やっている「トライアングル」というのも三角にスライドしディフェンスの姿勢と反射神経を鍛えるものだ。故にボールを触る練習は半分ほどしかない。
「次、スリーメン」
「「「「「はい」」」」」
オールコートを使いパス回しのみでゴールに向かいレイアップを決める「スリーメン」。名前の通り三人が同時に走り出しその素早さを鍛える練習であり、またその速さの中で最後に決めきることができるかも見られている。なので外すともう一周やらされるので体力も充分に必要である。
「今どこまで終わった?」
スリーメン後の休憩中に広丘が体育準備室から戻ってきた。
「スリーメンまで終わってます」
「はい、じゃあ休憩後3on3から」
「「「「「はい」」」」」
「3on3」は基本普通の3対3だが、こちらもドリブルなしのパスのみでフィニッシュまで決めるための練習である。その性質上走ってディフェンスを追い抜いたり体をぶつけ合ってスペースを作ったりするので体力をかなり消耗する練習なのだ。
「じゃあチームはこれで」
広丘が組み合わせを決める。が、正直その時の気分で決めているのでポジション別に分けてくれている訳でも実力別に分けている訳でもないので迷惑以外の何物でもないのだが。
「おい!叶!しっかり走れ!」
「はい!」
「ヒョロヒョロすんな!!」
怒号が飛ぶ。伏見のスタイルを確立した張本人なだけあって泥臭いバスケが好みの広丘に接触を好まない選手や身体が細く強く出られない選手は頑張っていないという烙印を捺されてしまう環境ではある。
「おい!倖汰郎!止まるな!」
波奈中のバスケは接触を好んで行う選手がいなかったからか今の伏見のスタイルには中々合っておらず、尚且つ県は入ってからというもの広丘のことがあまり得意ではないので馬が合っておらず目の敵にされている感はある。もちろん叶もだ。特に叶に関しては大きいくせして細く頼りないので叱咤される回数はどの部員よりも多く感じている。そして、
「ちゃんとやれよアンダー!!」
そう、この広丘は嫌なあだ名をつけて怒るときにわざわざ呼ぶタイプの指導者なのだ。叶は中学生の時「アンダー16」と呼ばれる長野県選抜に選ばれていたので、それを嫌味として呼称しているのだ。
ビーーーーーーー
タイマーが鳴る。選手交代の合図だ。
「次!ダラダラすんな!」
これが広丘がいるときの伏見の日常である。殺伐としているが、これが強さの秘訣と言われるとそうなのかもしれない。公立高校の中では断トツで厳しい部活動であると思われる。
「……18時35分、そろそろか、おい!健生!最後5×5」
「はい、集合!」
「「「「「はい」」」」」
「健生、直生、大希、のぶ、天心、このA戦組とその他で試合します。A戦には都度入れ替える可能性もあるからその時は準備するように」
練習時間が残り1時間を切ったタイミングで最後に試合を行う。この流れだと県と叶は現状A戦ではなくB戦、いわゆるサブメンバーにあたる。
「10分2本で行きます。小夏、タイマーセット」
「はい」
広丘はレフェリーの立場としてボール出しやファールの判定を行いながら指導をする。
ボールが上がる。弾かれたボールを保持したのはB戦の玉川であった。
「玉ちゃん!」
名前を呼んだのは先を走っていた県である。厳しい態勢から出したパスはあまりいいものとは言えなかったが無理やりにでもキャッチしゴールを見る。そこはゴールに対して45度に位置しており、すでにディフェンスは3人はいる状態だ。しかし、そこですかさず県は軽いドリブルをし、スリーポイントラインよりも外側に出てシュートを放った。その軽い打ち方は憧れている立科を彷彿とさせる。
サシュッ…
リングに触れずネットのみを揺らす美しいスリー。これが彼、県・倖汰郎の最大にして最強の武器。
「……初手からかよ」
「すげ」
「相変わらず綺麗に決めんな」
「しまった……!」
「おい!なにしてんだA戦!」
現在、日本の人口は減少傾向にあると言われてはいるものの、その数は1億人を優に超え、全ての日本人には必ず「学生時代」が存在している。その半数以上は部活動というものに尽力し、その中でも大きな割合を占めるのは運動部である。「選手」としての道を歩み日々研鑽を繰り返しながら己の成長を手助けするもの。しかし実際は、その中で光が当たり輝くことができるのは一握りの人間のみ。スターティングメンバーや選抜に選ばれ、様々なプレイができるのは選ばれた人間だけなのである。そう、スポーツの世界において、主役となれる選手は限られている。そんな中、スタメンや選抜よりも遙かに多く存在する選手がいる。それはいずれ光を浴びる人間でも必ず通る道であり苦難の道。しかしそれは欠いてはならない重要な存在。
人々は敬意を込めてこう呼んでいる、名脇役と。




