『まいごの ねったいぎょ』
珊瑚礁の中は、色とりどりの、サンゴやお魚たちがいっぱい。おひさまの光がキラキラとしま模様に流れ込んで、とっても綺麗です。
そこに、黄色い子供の熱帯魚が、いっしょうけんめい尾ビレを振って、泳いで来ました。
「ヤイちゃん、こんにちは」
イソギンチャクのお姉さんが、手を振ってくれます。
「おねえちゃん、こんにちはー」
ちいさな熱帯魚のヤイちゃんは、この珊瑚礁の街に住んでいました。
「ヤイちゃん、どこ行くの?」
お友達の貝くんが、顔を出します。
「お父さんを、おむかえに行くところ」
ヤイちゃんは、そう返事をします。もうすぐ、潮が満ちてくる時間です。潮が満ちて、珊瑚礁がすっかり海の下に沈むと、外の海にお仕事に行っていたお父さんが帰って来るのです。
ヤイちゃんは、珊瑚の街の街はずれに着きました。珊瑚礁のふちまで行って下をのぞきこむと、底が見えないほどふか〜い・ふか〜い、暗〜い海が見えました。
「珊瑚礁の外は危険がいっぱい。絶対におもてに出てはいけませんよ」
ヤイちゃんは、お母さんの言葉を思い出しました。でも、珊瑚礁の外には、広くて、あおーい・あおーい海が広がっています。
「おーい! そんな所で、何やってるんだい?」
その時、声が聞こえました。見た事もない、青い色のお兄ちゃんおさかなです。
「いっしょに遊ぼうよ」
そのお兄ちゃんおさかなは、お外の海から、ヤイちゃんに声をかけてくれます。
「こっちにおいでよ」
お兄ちゃんおさかなは、そう言ってくれました。
「でもお母さんが、サンゴの外には出ちゃいけないって…」
ヤイちゃんは、お母さんの言いつけを思い出します。
「ぼくはからだが大きいから、珊瑚礁の中には入れないんだ」
ヤイちゃんは、『大きなお兄ちゃんがついていてくれるなら、大丈夫かな』と思いました。
「平気だよ、遠くに行かなければ。ぼくが案内してあげるよ」
ヤイちゃんは、とってもお外に出てみたくなって…
「うん。行く」
そう言って、お外に出てしまいました。
「わあーっ!」
外の海はとーっても広くて、泳いでも泳いでも岸にたどり着きません。それに、今まで会った事もないような大きなおさかなさんたちが、たくさん泳いでいました。
ヤイちゃんは楽しくて、お母さんの言いつけを忘れて、どんどん沖へと泳いで行ってしまいました。でも…
大勢で群れを作って泳いで行く魚たちが、ヤイちゃんの目の前を横切っている時です。急に向きを変えた、群れの先頭にいたおさかなが叫びました。
「大変だ! サメが来た!」
みんな、あわてて逃げ出します。ヤイちゃんには、何が起こったのか、さっぱりわかりません。ヤイちゃんは今まで、サメに出会ったことがなかったのです。
「早く逃げなくちゃ! 早くしないと食べられちゃう」
お兄ちゃんおさかなが、そう言います。ヤイちゃんたちは、一目散で逃げ出しました。
「ヨイショ! ヨイショ!」
ヤイちゃんたちは、いっしょうけんめい泳ぎました。でも、その時です。雲がかかるように、ヤイちゃんたちの上に、大きな影がかかります。見上げるとそこには、見たこともないような、大きな大きなおさかながいました。とがった鼻、大きな口、こわーい目。ヤイちゃんは、とっても怖くなってしまいました。
「ヤイちゃんは、あそこの岩に隠れるんだ!」
お兄ちゃんおさかなが、叫びます。からだの小さなヤイちゃんは、大きな岩の陰に隠れます。でも、綺麗な黄色い色をしたヤイちゃんは、よく目立ちます。サメは、ヤイちゃんが隠れた岩の所にやって来て、まわりをグルグル回っています。ヤイちゃんは、怖くてガタガタ震えてしまいます。
「ふん! お前みたいなチビを食ったって、おなかがいっぱいになるわけじゃない」
サメはそう言って、行ってしまいました。助かったヤイちゃんは、ホッとして…
「お兄ちゃんは、大丈夫だったかな?」
ヤイちゃんは岩陰から顔を出し、あたりを見回しますが、お兄ちゃんはどこにもいません。
「ここはどこだろ?」
そこは、見たこともない所でした。ヤイちゃんたちは、サメに追われてはなればなれ。ヤイちゃんは、迷子になってしまいました。
「しくしく、しくしく…」
お父さんのこと、お母さんのこと、おうちのことを思い出すと、なんだかとっても悲しくなって、涙があふれてきました。
「泣いてばかりいたって、おうちには帰れないよ」
だれかが、そう言いました。岩にくっついている、ウニさんです。ウニさんは、ヤイちゃんたちがサメに追いかけられているのを、ずっと見ていたのでした。
「サンゴの街がどこにあるか、知りませんか?」
ヤイちゃんは泣くのをやめて、ウニさんに尋ねてみました。
「ぼくは生まれてから、ずーっとここにいるから知らないよ。でも、物知りのタツノオトシゴさんなら、知っているかもしれないな」
ウニさんは、そう返事をします。
「タツノオトシゴさんは、どこにいるの?」
ヤイちゃんが訊いてみると…
「あの岩の角を左に曲がって、みっつ目の大きな岩に住んでいるよ」
そう教えてくれました。
「どうもありがとう」
ヤイちゃんは元気を取り戻して、泳ぎ出しました。
ひとつ目の岩の角を左に曲がって泳いで行くと、みっつ目の大きな岩が見えてきました。
『あそこだ!』
ヤイちゃんが、そう思った時でした。
「きみきみ、ちょっと待ちなさい」
だれかが、ヤイちゃんを呼び止めました。ミノカサゴさんです。
「この先は流れが急だから、子供のきみには渡れないよ」
ミノカサゴさんは、子供が流されたりしないように、ここで見張っているのです。
「でも、タツノオトシゴさんの所に行きたいんです」
ヤイちゃんが訳を話すと…
「仕方がないな」
ミノカサゴさんは、大きな、足の長いカニさんを呼んでくれました。カニさんはノシノシと、横歩きをしてくれます。ヤイちゃんはカニさんの後ろに隠れて、無事にそこを渡りました。
やっとのことでヤイちゃんは、タツノオトシゴさんの家に着きました。
「きみはだれだい?」
タツノオトシゴさんは、ちょうどお昼寝をしているところでした。
「サンゴの街に帰りたいんです」
ヤイちゃんがそう告げると、タツノオトシゴさんは親切に道を教えてくれました。
「海の中には、迷子にならないように、ヒトデの目印がいっぱいあるんだ。ヒトデの頭の向きに進んで行けば、サンゴの街に帰れるよ」
タツノオトシゴさんは、そう教えてくれました。
「どうもありがとう」
ヤイちゃんはそう言って、また泳ぎ出しました。
「ヨイショ! ヨイショ!」
珊瑚の街は、もうすぐです。ヤイちゃんは早くおうちに帰りたくて、いっしょうけんめい泳ぎました。でも、その時です。遠くに、大きなおさかなの姿が見えました。ヤイちゃんたちを追いかけたあのサメが、戻ってきたのです。
「どうしよう?」
ヤイちゃんはあたりを見回しますが、隠れる場所はどこにもありません。
「きみきみ」
その時、ヤイちゃんを呼ぶ声が聞こえました。ヤイちゃんはキョロキョロしますが、だれもいません。
「ここだよ」
声のする下の方を見ると、海の底の砂が持ち上がります。ヒラメさんです。砂と同じ模様のヒラメさんは、こうやって隠れているのです。
「ここに隠れなさい」
ヒラメさんはそう言って、ヤイちゃんをかくまってくれました。ヤイちゃんは、ヒラメさんのおなかの下にもぐって、息をひそめます。サメはヤイちゃんとヒラメさんに気づかずに、行ってしまいました。
「どうもありがとう」
ヤイちゃんはヒラメさんにお礼を言って、またまた泳ぎ出します。
「ヨイショ! ヨイショ!」
ヤイちゃんは、がんばって泳ぎました。おなかもペコペコです。そんな時です。
「ヤイちゃん!」
ヤイちゃんを呼ぶ声が、聞こえました。青い色のお兄ちゃんおさかなです。
「よかった。サメに食べられちゃったのかと思ってたよ」
お兄ちゃんおさかなは、海藻の森に隠れて助かったのでした。
「こっちだよ!」
ヤイちゃんはお兄ちゃんおさかなに案内されて、珊瑚礁に戻って来ました。でも、今は引き潮です。すっかり潮の引いた海では、珊瑚礁の中に入れません。それに、もうすぐ陽が暮れてしまいます。
「どうしよう?」
ヤイちゃんは、また悲しくなってしまいました。
「よし! お友達のトビウオくんを呼んでくるよ」
お兄ちゃんおさかなはそう言って、トビウオくんを連れて来てくれました。
「行くよ、ヤイちゃん。しっかりつかまっていてね」
トビウオくんはそう言うと、勢いをつけて泳ぎ出しました。ヤイちゃんは、トビウオくんの背中につかまって、そしてジャンプ! 珊瑚礁のふちを飛び越します。
「うわ〜!」
ヤイちゃんは、思わず叫びます。だって、お水の外に出たのは初めてなんです。お外から海を見るのも、初めてです。そこには、とーってもひろーい・ひろーい、空色の空と、水色の海が広がっていました。
『これがお空と海なんだ』
ヤイちゃんが、そう思った時でした。
「あ! ヤイちゃん!」
お母さんの声が聞こえます。
「あ! お母さん!」
水の中に、お母さんやお父さんの姿が見えました。みんなヤイちゃんを心配して、探しに来てくれたのです。
「ただいま〜!」
ヤイちゃんは、元気に声を張り上げます。お外の世界には、と〜っても綺麗な夕焼けが見えました。