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文化祭二日目の朝に浮気がバレた男の話 困った時のゲイボルグ

作者: 氷川Jこはな

「智に働けば角が立つ。情に棹さしゃ流されるってぇ言葉があってだなあ」


「アンタの場合は賢い方の『智』じゃなくて、愚かの方の『痴』でしょうが!」


「メル先輩ってば上手いですぅ! 座布団一枚!」


 三人の男女が一つの卓を囲んでいる。いわゆる修羅場である。


 とある世界のとある妖精の国。国立ケルト大学では年に一度の文化祭が開かれていた。

 構内には数十の屋台が立ち並び、催し物も目白押し。地元だけでなく遠方からも見物客がやってくる。

 その一角で「ケル大落研(おちけん)」の看板を掲げているのはタコ焼きの屋台だった。

 古来よりケル大落研はタコ焼き屋台と決まっているらしい。毎年、夏になると血の滲むような猛特訓が行われ、どんな素人でも一人前のタコ焼き職人になるということで有名だった。落語よりもタコ焼き研究会なのではないかと言われるほどである。


 件の修羅場は落研タコ焼き屋台のすぐ裏の話だった。

 男は落研三年。瀬田(せた)リン。金と赤のメッシュ、根本は黒という派手な髪が目立つ、見るからに美青年である。引き締まった体に対して、その表情はげっそりしていた。


 その斜め右に座っているのは、こちらも見るからに美女だった。男女問わず振り向く美貌。濡れ光るような黒髪にミルクのような白い肌。輝く瞳は自信と怒りに満ちている。

 穂苅(ほかり)メル。リンとは高校からの同級生で、付き合っている。つまりはカノジョである。


 斜め左に座っているのは、対照的な美貌の女だ。金髪碧眼で一見すると幼く少女のようにも見える。ウェーブのかかった髪をポニーテールにまとめ、ゆるふわな白いワンピースを着ている。可愛らしい雰囲気には不似合いなくらい、その体つきは豊かで少女の域を逸脱していた。万里(ばんり)アン。ひとつ下の後輩であり……リンの浮気相手である。


「お前の場合、自業自得だろう。世間様のせいにするんじゃあないよ」


 そう言い放ったのは屋台でタコ焼きを回している美女。こちらは大人の魅力というべきか。落研顧問にして真打、影亭(かげてい)スカサハこと須賀(すが)サナだ。リンの師匠に当たる。歳の頃はそろそろ四十になろうかというくらい。襷をかけた着物姿が美しい。


「まったくよ! アンタこれで浮気何回目!?」


 メルが詰め寄る。リンは神妙な顔をしながら「ひ、ふ、み……」と数えていくと、


「おい、リン。今何時(なんどき)だい」


 サナが声をかけてくる。


「へぇ。いま十一です。十二、十三……って師匠! 変な茶々いれねぇでもらえませんか?」


「悪い悪い。でぇ、その中にはウタも入っているんだろうね?」


 クツクツと笑いながらサナが言うと、


「当たり前じゃないですか師匠。真っ先に数えたに決まってまさぁ」


 リンは胸を張って返事をする。ちなみにウタとはサナの娘で、最近まで修行中のリンの世話をしていた。こちらも母親似の美女であった。

 つまりは親公認で娘に手を出していたというわけで。この師匠もよく破門にしないものである。

 しかしこちらはそれじゃあ収まらない。


「あ……」


 慌てて口をつぐむリンだが、こぼれた言葉は飲み込めない。


「ウタって誰!!」


 メルはすでに怒髪天。


「ウタちゃん、私のお友達ですよぉ。師匠の娘さんですよぉ」


 アンはニコニコ顔でスマホの写真を二人に見せる。夏祭りで撮った自撮り写真だ。浴衣で並ぶ美女が二人。


「サナ師匠にそっくりじゃないの……」


 呆れてメル。


「本当に流されやすい竿だことで」


 ケラケラと笑うサナ師匠。


「師匠さすがお上手ですね!」


 缶酎ハイ片手のアンは完全に出来上がっていた。


 針の筵に座るこの瀬田リンという男。ここまでの流れでわかるように、それはもうとにかくモテた。高校の頃は校長の飼っていた猛犬を素手で叩きのめしてしまったなんて武勇伝もあるくらい腕っぷしが立つ。しかも賢く、顔もいいと三拍子揃っている。

 ただ欠点をあげるなら、浮気がすぎることだろうか。英雄色を好むとはよく言ったものだ。

 メルもそんなリンの性格は分かったうえで交際をオーケーしていたのだが……。


 文化祭二日目。集合時間になってもリンとアンが姿を見せない。普段なら放っておくところなのだが、今日のメルは電話をかけた。女の直感というやつだったのかもしれない。リンはすぐに出た。寝坊に慌て、言い訳をする電話の向こうから、寝ぼけたアンの声が聞こえてくる。やってきた二人は昨日と同じ服だった。

 メルのなかで何かが切れた、というわけだ。


 かくして、周りの目など気にもせず、修羅場卓が出来上がったのである。

 当初は遠巻きの野次馬たちに威勢よく「見せもんじゃねえんだ、けえんな!」と叫んでいたリンも、


「悪かったってばよぉ。昨日は飲みすぎちまってマジ、記憶がねぇんだよぉ」


 あまりのメルの激怒ぶりに、手を合わせてテーブルに擦り付けんばかりに頭を下げている。


「私はぁ結構覚えてますよぉ。おっきい方が好きなんですよぉ、先輩ってぇ」


 間髪入れずにアンが口を挟み、キャハハと笑う。


「ちょっと黙っててもらえないかなあ! アンちゃん!」


 リンはもう半泣きだった。メルは額を押さえて深々とため息をつき嘆く。


「なんでこんな男好きになっちゃったかなあ……」


 そこにドン、と皿が置かれた。山のようにタコ焼きが盛られている。


「師匠?」


 リンが顔を上げる。


「しようのない子たちだねぇ。ピーピー、ピーピーとうるさいったらないよ。このたこ焼きの中には二つ、魔法の薬を入れてある。忘れ薬さ。これを食べれば今日のことは無かったことにできる」


 サナはそう言って楊枝を三人に手渡した。


「どうして二つなんですか?」


 メルが尋ねる。当事者は三人。薬は二つ。数が合わない。


「そりゃあ、一人くらい覚えておかないと、同じことが起こるだろう?」


 真面目なのか冗談か、ケラケラと笑うサナの傍には、空になった一升瓶が転がっていた。


 かくして、サナ師匠を見届け人にして、三人はタコ焼きをつまむことになった。

 サナの用意した忘れ薬というのは食べると寝てしまうようだった。

 アンが早々に引き当て、乙女にあるまじき顔で寝息を立てている。

 こうなると不思議なもので、残り一つはなかなか当たらない。

 ひとつ、またひとつと山からタコ焼きが減っていくも、両者共に眠る気配がない。

 気がつけば残り二つになっていた。


「あのよぉ、メル」


 リンが神妙な顔で言う。


「なによ」


 メルはタコ焼きの食べ過ぎで、別の意味でも機嫌が悪くなりかけていた。


「最後は食べさせ合うっていうのはどうだ?」


「はぁ? まあ、残り二つだし、別にいいけども」


 メルは特に深く考えず、リンの差し出したタコ焼きを頬張った。


「ほら、アンタも……」


 そう言いかけて、メルの瞼が落ちる。リンはメルの体を支え、そっとテーブルに置いた。


「リン。アンタ、使ったね?」


 サナはクツクツと笑った。


「師匠が渡してくれたんでしょうが……」


 リンは苦々しい顔で摘んでいた楊枝をピンと弾く。楊枝は見る間に一本の槍になった。

 神槍ゲイボルグ。

 サナことスカサハから、リンことクー・フーリンに送られた一撃必中の神具である。


「よかったのかい? これで」


「てめえのしでかしたことですから。その、ありがてぇです」


 リンはぼりぼりと頭をかいた。サナはまたクツクツと笑って、タコ焼きを一つ皿の上に放った。魔法の力か、タコ焼きはふわりと皿の上に乗る。


「師匠、これは?」


「三つ目さ。食べた方がラクだろう?」


 サナはウインクするように片目でリンを見据えた。

 リンはしばらく皿を眺めてから、指を伸ばし、止めた。


「やめときます。こいつは夢にしちゃあいけねぇや」

ええ、たくさんのお運びありがとう存じます。

氷川亭こはなでございます。


言うほど落語にはしておりませんが、有名どころで「時そば」「芝浜」でございます。

前回はオリジナルでかつ長めでしたので、今回の方がさっぱり読めるんじゃあないかしらと思っている次第です。


ケルト神話側は、「クー・フランの病とエメルのたった一度の嫉妬」よりということで、クー・フーリンと妻のエメル、妖精ファンの恋物語から設定をいただいております。


プロット時点では、だいぶ話が違っていまして、前日の飲みで材料費を使い込んでしまったリンくん。

タコが足りなくなって、師匠からタコを買ってこいと言い渡されるもお金がない。

「おあしが足りません、師匠」というサゲがノートに書かれておりました。カケラもない。

他にも愛馬マッハとネタをかけて、「悪事千里を走るてえいいますが、マッハなら追い抜けるんじゃあないかと思うんです」みたいなメモがある。カケラもない。


秋マラソンも残すところあと2週。

焼き芋と紅葉です。ネタはコレから考えます!

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