第三話 週刊誌記者 川野麻美
最近天堂のしま内でも未成年者による犯罪が多発していた。
そんな時、週刊誌の記者だと言う川野麻美が取材を申し込んで来た。
彼女の目的は。
天堂が行く:第二部
第三話:週刊誌記者 川野麻美
天堂がいつもの「Time Out」で飲んでいると予期せぬ人物が入って来た。それは以前に接触してきた週刊大阪の川野麻美と言う記者だった。
「随分探しましたよ。ここが貴方の行きつけのバーだと言うのを見つけるのに」
「それはどうも」
「よろしいですか」
「お好きなように」
「では私もこの方と同じものを」
「あのーおよろしいのですか」
「何がですか」
「こう言うものをバーでお飲みになりますと一杯1万円はかかりますが」
「い、一万円ですか」
「いいよ、今日は俺のおごりにしておこう、マスター」
「はい、畏まりました。ヘネシーのパラディーでございます」
「ど、どうもありがとうございます」
天堂はXOから一ランク上げたようだ。
「で今日はどう言う要件かな」
「今回の事件に絡んで関西経済連の副会長の大崎氏が逮捕されましたよね。それについてはどうお考えですか」
「そう言う事は俺よりもあんたの方がよく知ってるんじゃないのか。利発そうだし。俺は一介のやくざだ」
「今日は随分と砕けた話し方をされるんですね」
「今はプライベートな時間なんでね」
「私達の調査では、大崎氏から何らかの指示が違法捜査を行った刑事の一人に行ったんではないかと睨んでるんですが」
「一介の経済界の重鎮に警察を動かす力があるとでも思ってるのか」
「まさか、更にその上の力が動いたとでもおっしゃりたいのですか」
「それを調べるのはあんた達の仕事じゃないのか」
「と言われましても大崎氏と連なる代議士と言うのは想像がつかないのです」
「利権がらみと言う事もあるんじゃないのか」
「利権ですか」
「大崎は確か土建会社の会長でもあったよな。その辺りを洗えば何か出て来るんじゃないのか」
「何かと言いますと」
「それを俺に聞いてどうする。それはあんたの仕事だろう」
「わまりました。今日はありがとうございました。それからこのウイスキーも」
「ブランディーだ」
「はい、ブランディーも」
翌日天堂と鳴海がいつもの喫茶店で昼のコーヒーを飲んでいると、3丁目の金物屋のオヤジが入ってきて、「天堂ちゃん、鳴海ちゃん聞いてよ」と言う。
「どうしたのオヤジさん」
「昨夜やられたんや」
「やられたって、何を」
「殴られてな財布を取られたんや。これがその時の傷や」
と言って頭に巻いた包帯と腕に巻いた包帯を見せた。
「それはいつどこで」
「昨夜11時半ごろかな、2丁目のスナック、『佳代子』を出て、ほらそこを曲がってこっちに来て、そこの自動販売機のとこに来た時や、4人のガキがおってな、そいつらに襲われたんや」
「その4人ってどんな奴だった」
「どんな奴言うてもな、まだ若かったで。多分高校生くらいやろう」
「この辺の高校生かな」
「それは分かれへん、見かけん奴らやった。それにな、最近昼間もそう言うのがおる言う話やで」
「わかった。こっちでも調べてみるよ、教えてくれてありがとうな、おっちゃん」
「ああ、頼むで」
そう言って金物屋のオヤジは出て行った。
「鳴海」
「わかりました」
鳴海は早速携帯で、
「青柳」
「はい」
「最近うちのシマ内で叩きやってる高校生がいるらしい。全員で探し出せ」
「はい、わかりました」
その1日後、昨日の喫茶店から少し南に行った喫茶店で
「おい、何の真似や。何でお前らがわしら生活安全課のデカを呼び出すんじゃ」
「いえね、成績を上げてもらおうと思いまして」
「アホか、そんなもんお前らに心配してもらわんでもええわ」
「あそこですが、自動販売機の横です。ガキが4
人たむろしてるのが見えますか」
「何、ガキが4人やと。おお、そう言うたらおるな。それがどないした」
「そろそろやりますよ」
「何をや」
見てると手前からやって来たサラリーマン風の男を取り囲んで殴ってどうやら財布を盗んで脱げようとしていた。
「あれって暴行罪に窃盗罪ってとこじゃないんですかね」
「おい、岡野、行くぞ」
「はい」
そう言って二人のデカは飛んで行った。
「やれやれ世も末だね。ガキが昼間っからこんに堂々とやるようでは」
「そうでもないでしょう」
「そうか」
「行こうか」
「はい」
その後しばらくして天堂と鳴海が街を歩いていると、
「よう凸凹コンビやないか」
「でたー」
「でたーってなんや、わしゃー幽霊やないで」
「その後二課の彼女とはどうなったんですか」
「いや、あれはな、もうええんや」
「そうですか、で今度は生安の彼女ですか。それともジュエリー吉川の彼女とか」
「何や、ばれとったんかいな。すまん。すまん」
「すまんじゃないですよ」
「それよりもな、その生安の奴らが礼言うといてくれ言うとったで」
「自分で言えばいいのに」
「まぁ、言い難いんやろうな」
「わからないでもないですがね」
「なっ、そう思うやろう、鳴海」
「それよりもな、あいつらが言うとったんやが、最近ガキの犯罪が増えとるそうや。それも犯罪がより凶悪化して特に性暴力と一般市民に対する暴力が増えたと言うとった。しかもグループ化が目立つとも言うとったな」
「グループ化ですか。誰かが指揮してるんですかね」
「それはまだわからんがな」
「そうですか」
「それとな、おかしな事も言うとったな、普通ああ言うガキと言うのは札付きで、家庭環境も悪い。それに学校でも落ちこぼれが多いと言うのが相場やろう」
「ええ、そうですね」
「ところがや。今回捕まえた奴らはみんなええ氏のガキやったそうや」
「つまり裕福な家庭の子供達と言う事ですか」
「そう言う事や」
「どうしてでしょうかね」
「さーな、これも時代の流れかの」
「わかりました、吉田さん。俺達の方でも気を付けておきますよ」
「おお、ほな宜しゅう頼むわ」
そう言って吉田刑事は去って行った。
その夜、天堂が「Time Out」にいるとまた川野麻美がやって来た。
「あんたもしつこいね。いくら俺にぶら下がってもなにも出てこないよ」
「マスター、あたしには普通のウイスキーの水割りをください」
「じゃーニッカがいいだろう」
「承知いたしました」
「何故ニッカなんですか」
「まぁ、飲んでみたらいい」
「はい、どうぞ、ニッカの水割りでございます」
「なんかこれ飲みやすいですね」
「君の所の地元の酒だからな」
「えっ、あたしのところの?」
「はい、これは北海道の余市で製造されたウイスキーでございます」
「余市って、あたしの故郷をご存じだったんですか。調べたんですね」
「普通はそうするだろう」
「しませんよ。そんな事」
確かに何処となく心和む味がした。しかし余市と言う名を聞いた途端に苦い思いが沸き上がってきた。
「すいませんが他の銘柄に変えていただけませんか」
「お気に召しませんか」
「いえ、そう言う事ではなくて。今日はちょっと別なもので」
「承知いたしました」
その時川野麻美の目の奥に微かな炎の揺らめきを天堂は見た。そして思った。
『そうか、こいつはまだ吹っ切れてはいないのか。あの時の事が』
これは天堂の一種の試しだったのかも知れない。
そこに鳴海が入って来た。
「珍しいですね、社長が女性と同伴とは。明日は天変地異でしょうかね」
「何だよ、その言い方は。明日は雨が降りそうだと言うのならまだしも、天変地異はないだろう。そうだ紹介しておこう。こちらが例の週刊誌の記者の川野さんだ」
「初めまして、私は天堂商会の総務部長をやっております鳴海と申します」
「どうも、あたしは週刊大阪の記者をやっております川野麻美といいます。宜しくお願いいたします」
「麻美さんと言うんだ。今まで知らなかったな」
「最初にお会いした時に名刺を差し上げましたが」
「そうだっけ」
「あのー、今社長と言われましたよね、この方の事を」
「はい、申しましたが」
「と言う事は、この人が天堂商会のトップ、つまり・・・」
「そうだよ、俺が世間で言う組長だ。そしてこいつがナンバーツー。俗に裏社会では頭と呼ばれている」
「そんな、あたしはまた普通の組員の方かと思ってました。一人でひょいひょいと歩いておられたものですから」
「おい、一人でひょいひょいとだとよ。俺ってそんなに軽いのか」
「・・・」
「何か言えよ」
「でも普通親分さんって沢山の子分を従えて歩いてるもんじゃないんですか」
「まぁ、そうかもしれないけどさ、俺とこみたいな小さな組じゃそんな事も出来ないだろう」
「出来ないんですか。あんなに大きなビルに事務所を構えていらしゃるじゃありませんか」
「あれはビルが大きいだけだ。俺の所は総勢9人だ。この辺りでは最小の組だよ」
「そうなんだ。大変なんですね。それなのにこんな高いお酒飲んでていいんですか」
「うるさいね、あんた。こいつみたいな事言うなよ。これは見栄だよ。見栄」
「それでうちの社長にまだ何か御用でも」
「この方が組長、いえ、社長さんだと聞いてわかったのですが、この前、誤認逮捕されたのは天堂さん、貴方だったのではありませんか」
「そうだよ」
「今回は随分とあっさりとお認めになるんですね」
「ただね、麻美さんだっけ。やくざの組長が誤認逮捕されて釈放されたと無罪報道しても、読者は誰も喜ばないんじゃないのか。むしろあんたとこはやくざの肩を持つのかと非難されるのが落ちだろう。彼らが知りたいのはどんな罪で逮捕されたか。そう言う事じゃないのか」
「確かにそうかも知れません」
「なら俺にまとわりつくのはもうやめておけ。時間の無駄だ」
麻美は無罪放免されたとは言え表に出ない犯罪が何かあたったのではないかと色々嗅ぎ回った。しかし何一つめぼしい物は出てこなかった。それどころか町の誰に聞いても天堂組について悪く言う者は一人もいなかった。むしろ天堂組の悪口を言おうものなら町から追い出されかねない雰囲気すらあった。
麻美にはわからなかった。たかがやくざに何故町の人々はそこまで肩入れするのかが。脅されているのか。いや違う。天堂組の事を話す人々の口元には親しみがあった。それは彼らが慕われてる証拠だ。
堅気に慕われるやくざ。そんなものが本当に存在するとは信じられなかった。だからこそ彼らの真の顔、化けの皮をはいでやると思っていた。やくざは何処まで行ってもやくざでしかないんだと麻美は知っていたから。
「そうだ。知ってるかい。最近うちの周辺で少年犯罪が多発してるそうだ。それも軽犯罪ではなくなかりあくどい犯罪がな。俺のとこのシマ内ではまだ少ないが隣近所ではかなり多発してると聞いた。そっちを追いかけた方がいいんじゃないのか」
「少年犯罪ですか」
「そうだ。奴らは少年法に守られてやりたい放題らしい」
「貴方はそれがいけないと」
「そうは言わんが、それも是々非々だろうな」
「あたしはそうは思いません。彼らはまだ未成熟な未来ある若者達です。守られてしかるべきだと考えています」
「なるほど、ならあんたの立場で記事にすればいいだろう。ではな]
そう言って天堂達は麻美と別れた。
7人の幹部達の調べで暴力行為を行ってる少年グループは4人が一組になって7組あるらしい。それに司令塔の3人で計31人いるらしいと言う事がわかった。
今回の特徴は少年達の誰もが貧困生活者ではないと言う事だった。逆に何不自由ない裕福な家庭の子供達でありながら刺激と欲望を求めてこう言う事をやっているようだと言う事だった。暴力欲、性欲、支配欲、そう言うものだ。
特に司令塔の3人は富豪と言ってもいいほどの父親を持ち、彼らは社会的知名度や地位や権力も持っている。勿論警察への影響力もだ。だから少々の事ではその息子達を逮捕出来なかったのも事実らしい。
しかし天堂達に取ってそんな事は知った事ではない。悪さをしたのであれば追い詰めて正せばいいだけの事だった。
そんな時だった司令塔の連中が事件を起こした。三人で一人の初老の男を殴っていた。ごく普通に殴っているように見えたが、それにしては痛がり様が異様だった。それもそのはずで少年達はメリケンサックと言う金属で出来た物を指にはめて殴っていたのだ。
だからその初老の男の内臓はかなりのダメージを受けていた。それと同時に左腕も折られていた。
「もう止めてください。お願いします」
とその男は嘆願していたがそれでもその少年達は止めようとしなかった。
「おい、お前ら、もうその辺にしといたらどうだ。それ以上やると死んじまうぞ。それじゃーいくらなんでも寝覚めが悪いだろうが」
「何だ、おっさん。関係ねーんだよ。向こうに行ってなよ」
「私が病院に連れて行ってきます」
と言って鳴海がその男性を庇って連れて行った。
「お前ら、ちょっと悪さが過ぎないか」
「うるせーんだよ。俺らが何しようが勝手だろうが。黙ってろ。それにな俺らは未成年だ。何やっても刑務所には行かねーんだよ」
「そうかい、それじゃー誰かがお灸をすえてやらねーといけねーな」
「何だと、うだうだ言ってやがると袋にするぞ、クソが」
「大人にそんな口聞いちゃいけねーなーガキのくせによ」
それからはもう一方的な展開だった。いくら殴り掛かろうと黒龍にはかすりもしなかった。まるでそこには誰もいないかのように。
「おい、面白い物もってるんだな。こんな物持ってると危ないだろう。おじさんが預かっておいてやるよ」
黒龍こと黒田は彼らのメリケンサックを取り上げて、軽く張り飛ばした。ほんの軽いビンタだったがそれで少年達は唇から血を流していた。
「お前ら、天堂組のシマ内で何やってくれてんだ。わかってんのか、おい」
黒田は基本的なやくざの脅しをかけた。天堂は横でそれを見ていた。
少年達はとても勝てないとわかると直ぐに手の平を返し土下座をして「ごめんなさい」「ごめんなさい」と許しを乞う真似をした。
丁度そこに通り勝ったのが週刊誌の記者の川野麻美だった。
「あなた達、何をしているのですか、止めなさい」
「何でやくざが子供に暴力を振るうのです。そんな事が許されると思っているのですか」
「やれやれ、またあんたか」
「あたしは、貴方だけは少しは話のわかるやくざだと思っていたのですよ。でもやくざは所詮やくざですね。ここまま警察に行きましょう」
「おい、お前ら、警察だとよ。行きたいか」
「いえ、いいです。僕らはこのままでいいですから。もう帰ります」
「恐れる事はないのよ。こんな奴らにやりたいようにさせてはだめよ。もっと勇気を持って訴えるのよ。ねっ!」
「でも、いいです」
「いいってよ。じゃー俺達は行くからな」
「いいですか、このままじゃ絶対に済ませませんからね」
そこには少年達の冷静で冷めた顔と対照的に怒りに震える麻美の顔があった。
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