第四話 先崎の弱点
先崎は久し振りに四国に行き恵子に会った。’
そこに魔人の刺客が狙って来た。
先崎にしてもこの月に一度の四国行きを楽しみにしていた。ここに向かう時だけは日常の煩雑さを忘れられる気分になっていた。
しかしこれが先崎の恋心である事は本人にも気が付いていないようだ。
先に恵子の実家に寄っていつもの様に線香をあげた。それら園枝京造の菩提寺に参り線香をあげる。この時はいつも恵子が一緒に行った。そして十亀も。
彼は恵子の用心棒も兼ねているので一緒にいる。そして恵子もまたこの時を楽しみにしていた。
「いらっしゃい先崎さん。いつもありがとうございます」
「兄貴、あの先崎って人は一体誰なんですか」
「あれか、あれは先代や今の元締めの大恩人や」
「大恩人ですか、なんや元締め嬉しそうですね、あの人の事が好きなんやろうか」
「あほか、そんな事ある訳ないやろう」
「あっ、兄貴、それって焼餅ですか」
「うるさいわ、黙っとれ」
そんな風に思われている事など露も知らず、先崎はいつもの先崎だった。
「だいぶ元締めとしての貫禄がついて来たみたいですね、恵子さん」
「そんな事ないですよ。まだ右往左往して何も出来ません。この十亀がいなかったら」
「いや、お嬢さん、おっと元締めでしたね。だいぶ貫禄がついて来てますよ」
「また。そんなに煽てても何も出ないわよ」
「いや、ほんまですって」
そんなやり取りをしながら3人は菩提寺へと向かった。そこは近くの山の中腹にあった。
そこで線香をあげ手を合わせて、さて帰ろうとした時に、十亀が「元締め、先に行っててください。わしはここをちょっと掃除してから行きますよって」と言ってそこに残った。
彼は彼なりに気を利かせたつもりなんだろう。それではと言う事で二人は並んで山道を降りていた。
その時だ。先崎は何かを感じて恵子を庇う様に後ろに回った。すると物凄い衝撃が先崎の右肩を襲った。
もし先崎が庇わなければ恵子は死んでいたかも知れない。敵は恵子諸共先崎を倒そうと考えたのだろう。
それは恐らくこの女が先崎の弱点だと読んだからかも知れない。先崎は右肩にダメージを受けたが戦えない程のものではなかった。
改めて襲って来た男と対峙してみると妙に手足の長い男だった。それにシャツにしてもパンツにしても結構伸縮性のある物を着ていた。
しかしそれよりも、今は恵子の安全の方が先だと考え、出来るだけこの敵を恵子から引き離そうと言う布陣を取った。
そして攻防を繰り返しながら敵を恵子から離して行った。この辺りまでくればもう大丈夫だろうと思い、先崎も本気で戦う事にした。
多少のハンディはあるがこの程度ならやれると思っていた。そして相手のパンチを受けようとした時、急に相手の腕が伸びた。
そう本当に伸びたのだ。人間では考えられない位に。恐らく50㌢は伸びたかも知れない。
もしこれが先崎でなければ完全に顔面は砕かれていただろう。その男の拳には鉄拳が嵌められていたからだ。
そして蹴りもまた伸びて来た。これでは間合いが掴めない。そんな相手だった。『厄介な相手だ』先崎はそう思った。
しかし先崎も並みの人間ではない。徐々に戦いの勘を掴んで来た。受けは出来るようになったがどうしても踏み込めない。
受けて踏み込もうとすると相手は逃げてしまう。その足の跳躍力を使って。まるで先崎達が使う瞬歩の様に。
『面白い』先崎は今度は縮地を使って踏み込んだ。これには流石の相手も警戒していなかったようだ。一撃を相手の胸の中央「膻中」に入れた。相手は息を大きく吐き出す様にして後退した。
「まさかな、この世に縮地が使える奴がいるとは思わなかった」
「お前こそ何者だ。その手足尋常ではないな」
「それを知った時、お前はもうこの世にはいないさ。それに見ろ」
安全な所に置いて来た筈の恵子が二人の男に捕まり、首筋にナイフを当てがわれていた。そしてその男は「抵抗すればこの女を殺すぞ」と言った。
「俺はこんな戦い方はしたくなかったんだがな、どうしてもそうしろと言うんでな。悪く思うなよ」
先崎は歯ぎしりをしていた。どうすればいい。このまま戦うかそれとも恵子を守るか。どっちにしてもこのまま二人共無事と言う事はあるまい。ならばせめて恵子だけでも。
「お前はいつも詰めが甘いんだよ」
そう言って一人の男が二人の男達を地に沈めた。そして同時に恵子の意識も眠らせておいた。こう言うものは見せない方がいいだろうと。
「青柳さん」
「ようー元気か先崎。そうでもないか」
「いえ、もう大丈夫です。でもどうして青柳さんがここに」
「社長が行けってよ」
「そうでしたか」
先崎は例の襲撃者に向き直って、
「邪魔者も消えた様ですので改めて勝負と行きましょうか」
「ああ、俺もその方が良い。お前は殺し甲斐のありそうな奴だしな。そして向こうの男もそうだ」
「先崎、そいつはお前に任せる。俺はこっちの奴をやる」
「わかりました。お願いします」
「やはりわかっていたか。ふふふふ、久しぶりに血が騒ぐな、ドンヨよ」
「そうだな、サイキ」
そして二人の鬼人が二人の魔人と対峙した。
先崎とサイキ、どちらも打撃戦に特化した戦士達だった。特にサイキは手足の長さを自由にする。これは実に間合いが掴みにくい上に打撃のタイミングが計れない。
どんなに格闘技や武術に卓越した達人であっても人外の者と戦った事はないだろう。しかし先崎は違った。それは先崎自身が人外の者だったからだ。
こんな戦いなど何度も経験して来ている。先崎は体内の気を高め負傷した個所を治してしまった。
しかしそれはまだ一時的なものだと先崎自身がわかっていたが、これだけ治れば事足りると先崎は思っていた。
問題はあの伸縮する手足だ。約50㌢。その差をどう縮めるかだ。相手も先崎が縮地を使える事を知った。今後そうやすやすとは懐に入らせてはくれないだろう。
『仕方ない。あれをやるか』
先崎は構えを維持しながら気を練って行った。これまでで最高の練度に高めた。
サイキは瞬発力を生かして今までで最高の一発を放って来た。先崎もそれに合わせてカウンターを放った。
しかしいくら同時に放ったとしても先崎のリーチでは絶対に相手には届かない。それだけのリーチ差がある。
しかし弾き飛んだのはサイキの方だった。それも完全に「膻中」を破壊されて。
「な、何故だ。何故お前の拳が俺に届く」
「お前は『発勁』と言うものを知っているか」
「そんなもの手品の様な誤魔かしの技に過ぎん」
「しかしな、中には本物がある」
「ま、まさか。そんなものが本当に使える者は・・・お前はもしや」
異形の者サイキはそこで息絶えた。
片や青柳とドンヨの戦いもまた異様だった。青柳は言ってみれば忍だ。戦いに余計な手間暇は掛けない。暗器を使って瞬殺しようとした。
それを阻止したのはドンヨの剛毛だった。時にはそれが鋼鉄の棘となって青柳を襲って来た。
「まったく厄介な奴だぜ。お前はよ」
「そんな武器で俺が殺せるとでも思ったか」
「思っちゃいねーよ。戦いはこれからだ」
まるで山嵐の様な男と青柳の戦いは続いていたがこもままでは勝敗がつかない。ドンヨの棘を持ってしても青柳を串刺しにする事は出来なかった。
青柳はまるで影の様に姿を消しては現れ攻撃して来た。ドンヨに取っては初めて戦うレベルの相手だった。しかも強い。
もしかしたら自分よりも強いかも知れないと思った。もしこの剛毛がなければ殺させていたかもと。
しかし俺にはこれがある。これがある以上、俺が負ける事はないと思っていた。
しかしその自信を青柳は完全に打ち破って来た。ドンヨの剛毛と青柳の暗器の間に何かが放り込まれた。
それは青柳の気と合わさって一瞬にして発光し、同時に気裂爆発しドンヨの剛毛を吹き飛ばした。
「お前の剛毛は確かに厄介だ。しかしな、それを支える筋肉はそれほど強くねーんだよ。それにお前のそれは精神力でコントロールされている。その精神が乱れれば剛毛も乱れるんだよ」
「そんな馬鹿な。そんな攻略方法など誰も知らんぞ」
「俺達はそれを知ってるんだよ。過去に戦った事があるからな」
「俺達亜門と戦った事のある者など・・・お前は『闇』か」
そしてここにまた第二の異形の者ドンヨもまた息絶えた。
「青柳さん、あいつらは一体何者なのですか」
「そうか、お前は知らなかったな。あいつらは亜門衆と呼ばれ、古の禁忌の術を使って生まれた異形の者達の末裔だ」
「亜門衆、禁忌の術ですか」
「ああ、問題は血に飢えた殺人狂になる欠点を持っている」
「だから社長は青柳さんをここに送ったのですか」
「まぁな。多分お前なら大丈夫だろうとは社長も言っていたが、お前には弱点があるからな」
「私に弱点ですか」
「そうだ。それはほれあの女だ。お前はあの女に惚れてるからな」
「ま、まさか私が彼女に惚れてるなんて」
「見ろ顔が赤くなってるぞ。あははは」
そう言われてみると認めない訳にはいかなかった。その為に不利な状況になった事もまた事実だから。普段ならこんな事はないのだが。
その後で十亀が駆けつけ、先崎から大まかな事情を聞いて恵子を介抱して家に帰った。
十亀はそれ以上詳しい事は聞かなかった。いや聞かない方がいいと感じたのだろう。特に隣にいる人物を見て。
こうして四国の襲撃も失敗に終わった訳だが、先崎にしてみればいささかの不安が残った。
そこで先崎は自分の『闇』の配下の一人を十亀の兄弟分兼恵子の用心棒として園枝組に残した。
これには当然ながら組員からの反発が起こった。何処の馬の骨ともわからない男がいきなり現れて、頭の兄弟分だの元締めの用心棒だのと言われても納得する事は出来なかった。
そこで十亀が先崎に言われていた提案を実行した。園枝組若衆100人を集めて100人喧嘩組手をやらせたのだ。
これは普通のスポーツ組手とは違う。どんな手を使ってもいいし殺してもいいと言う条件だった。
ただし、もしこれにこの男、万が勝てば誰も文句はいわないと言う事にした。
そしてその100人組手は誰一人万に指一本触れる事すら出来ず全員が地面を這う事になった。
所詮この家業は力の世界だ。これだけの力を見せつけられたら誰も文句は言えなくなってしまった。
そしてこの時より、万は園枝組のNO3として園枝組を支えて行く事になった。
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