第一話 大阪のご隠居
ここ『関西縁友会』の総会で各理事達が困った顔付をしていた。
「なぁ、どうするんや今回の事は」
「そやなー、困ったもんやな」
「あのクソ親父がこんなとこで仕掛けて来るとはな」
それは大阪にある右翼の大物、田所総一郎の事だった。先日の東京のスキャンダルで日本最大の右翼と言われた「日本天洋会」の総帥が失脚した。
それで今まで頭を抑えられていた大阪の右翼、「光臨会」が息を吹き返したと言う所だ。
元々二つの組織は拮抗していた。しかし経済の差で東に差を付けられていたのだが、今回の件で痛手を受けた「日本天洋会」はかなりの規模縮小に追い込まれた事になる。
そこに付け込んで大阪の「光臨会」が右翼の覇権を握ろうと言う魂胆だった。
その一環として目を付けたのがここ『関西縁友会』の「相談役」の地位だった。
相談役と言うのは直接やくざでなくてもなれる。だから普通は飾り職と言われている地位だ。
しかし大阪の場合は少し違った。今の相談役は正に大阪やくざのドンだ。決して飾り職ではなかった。だからこの地位をよこせと言って来たのだ。
力関係で言えば『関西縁友会』は決して「光臨会」に負けれてはいない。むしろ優勢だろう。
しかし如何せん、こっちは反社会勢力と言うレッテルを張られてる。それに対して右翼は表向きはその範疇に入っていない。
だから政治家個人や政界との繋がりも強いと言える。裏に回れば同じような事をしていてもだ。
それに議員がやくざと絡んでいると言われれば大問題になるが、右翼と接触したとしても然程問題にしないのがこの国のマスコミだ。
それはマスコミにも裏社会に弱みがあって、それを助けてもらっているのが右翼だからだ。
その「光臨会」が実質的な裏社会の実験を握りに来たと言う事になる。
後はどちらの方がメリットがあるかだ。「天堂組」か「光臨会」かと言う事になる。
「天堂組」には実績がある。しかし「光臨会」には表社会の政界と言うバックを持っている。しかもそれなりに力もある。
問題は神戸を見据えた時にどちらがより強力な防波堤になるかと言う事だった。
勿論三つ目の選択として、両方を廃して元の『関西縁友会』に戻ると言う方法もあるが、それでは神戸に対する防御力が弱まる。痛い所だった。
理事会では結論が出ずに、これを相談役である先崎の所に持ち込んだ。
天堂商会の応接室では天堂と先崎、それと『関西縁友会』側からNO1の山根組長とNO2の東条組長が来ていた。
「それであなた方はどうしたいのですか」
「それがわからんのでここに相談しに来ましたんや」
「当方としてはどちらでも構いませんよ。それにこの「相談役」は望んでやっている事でもありませんからね、他にやりたいと言う人がいるなら何時でも譲りますよ」
「そう言うてもろたら少しは助かりますが・・・」
「他に何か問題でも」
「言うてみたら、「光臨会」の影響力と言うやつですわ」
「つまり向こうの配下に入るのは困ると言う事ですか」
「そう言う事です」
「なら相談役を置いても前の様に会長や副会長を復活させたらいいんじゃありませんか」
「おお、そう言う手もありましたな」
「それなら向こうの言うままになる事もないと言う事か」
「そうやな、東条さん」
「それならもう一つお願いがあるんですが」
「何でしょう」
「相手がどんな人物で、どんな意図を持ってるのか探ってはもらえんでしょうか」
「つまり我々に「光臨会」のトップに会ってその腹を探れと」
「はい、是非お願いします」
まったく面倒な事になったものだと思いつつも、先崎は今、「光臨会」のトップが住む豊中のご隠居と呼ばれる屋敷に向かっていた。
面会に関しては『関西縁友会』の方で取り付けていてくれた。場所は大阪の豊中市の北の方にある高級住宅地に属する大きな敷地の屋敷だった。
今回は流石に先崎一人で出向くと言うのは形式状問題があると言う事で、形を付けて秘書として天堂商会の総務課長の脇屋を伴い、運転手付きの車で出かけた。しかしこれはみな『闇』の住人だ。
大きな門構えの屋敷のインターホンで訪問の意向を伝えると、待つ事しばし、横にある潜戸が開き、秘書と言うよりも書生の様な者が出迎えに来た。
長い歩道を通って屋敷の正面に辿り着き、先崎と総務課長の脇屋は応接間に通された。ここはやはり洋間ではなく純日本風の居間だった。
「いやー待たせて悪いかったね、わしが田所総一郎や」
「お初にお目にかかります。私は天堂商会の統括部長の先崎で、ここにおりますのは総務課長の脇屋といいます。以後お見知りおきを」と丁重な挨拶をした。
「ほーあんたが相談役の先崎さんかいな。あんたはやくざとは違うんかいな」
「我が社は真っ当な商いをやっております」
「そうか、確か古美術商やったかいな」
「はい」
この時田所の後ろには二人の書生風の男達が控えていたがとても書生と言える雰囲気ではなかった。まさに歴戦の猛者と言う感じだった。
片や先崎と言えば飄々として捉えどころがなく、むしろ横にいる脇屋の方が武骨に見えた。
その為二人の目線も先崎よりもむしろ脇屋の方に注がれていた。恐らくは用心棒も兼ねていると思ったんだろう。
「それで今回の事ですが、どうされたいのですか」
「どうと言われてもな、あんさんも堅気さんや言うのなら、あんな物騒な役職からは降りた方がええんとちゃかと思てな」
「それであなたが変わりをおやりになりたいと」
「そこは餅は餅屋と言うやろうが」
「なるほど東の権田源蔵さんが力をなくされた今、こちらで地盤を固めたいと言う事ですね」
「あんた色々知ってる様やな。それでどうなんや」
「私は別に構いません。なりたくてなった役職ではありませんので、そちらがやりたいと仰るのならいつでも代わらせていただきます」
「そうかいな、それは助かるわ」
「ただこう言う事はご存じですか。今『関西縁友会』では会長と副会長の投票が行われてます。多分会長は山根さん、副会長は東条さんに決まるでしょう」
「それはどう言うこっちゃ」
「要するに昔の体制に戻ると言う事です。ですから相談役は本来の飾り職になります。それでも宜しかったらどうぞ」
「何やと、あいつら。やってくれたの」
「それでは私達はこれで失礼いたします。良いお返事をお待ちしております」
そう言って先崎達は席を立った。その時に田所の持っていた湯呑茶碗がテーブルに戻ってチリっと小さな音がした。
その時誰にも分らない様な小さな細い吹き矢が先崎の首筋に向かって飛んで来ていた。
「いやー何だか今日は暑くなりそうですね」と先崎は手を挙げて額を拭う様な仕草をしてそのまま去って行った。
「お隠居」
「まぁええわ。そんなに急ぐ事でもないやろう」
そう言って田所は門の方に去って行く先崎達を縁側から眺めていた。門を出た頃には倒れるだろうと。
あの吹き矢には麻酔薬が塗られていた。およそ門を出た辺りで効果が出る。それで先崎達がどうするか、その様子を見てみようと言う算段だった。
ところが田所の後ろで倒れた男がいた。あの時田所の後ろに控えていた二人のうち先崎から見て左側の男だった。
「ご隠居、これは」
「どうしたんや」
「あの吹き矢が刺さっとります」
「なに。先崎に吹いた吹き矢や言うんか」
「はい」
「一体いつの間に。どうやらわしはあいつを過小評価しとったようやな。おもろいのー。おい、あいつらの天堂商会のバックを洗うてみい」
「はい」
その後の調べで天堂商会の大まかな事がわかった。
元々は大阪北区の一等地に地盤を持つ、たった9人の小さな天堂組と言うやくざ組織だった。
しかも何処の組織にも頼らず一本どっこを貫いていた。普通はこんな小さな組ではあり得ない事だった。
その上しのぎは堅気からは一銭も取らず、全て真っ当な商いで賄っていた。
その後、組長の天堂が初代『関西縁友会』の相談役に就いた。その理由はわからないと言う。しかもその時、全ての組長達が一般理事に下りて、天堂が実質的な大阪のドンになった。
その後天堂組が大きくなり、天堂商会と改名して通常の事業を拡大して行った。古美術が中心だがそれ以外の業種にも事業を拡げた。
その頃には大阪府府警も天堂商会を反社会組織からの認識を外したと言う。そして8人衆と言われた天堂の子分達が各地に散ったのを機に天堂も『関西縁友会』の相談役を降りた。
そしてその後、会社の体制を整えて今の形態になり、先崎を中心に添えて今の活動を始めた。
それを機に今度は頭とも言える先崎を再び『関西縁友会』の相談役に就けたと言う経緯になっている。
「どう考えてもおかしいの」
「何がです。ご隠居」
「何で『関西縁友会』がここまで天堂商会の相談役に固執するんや。何か弱みでも握られとるんか」
「さーそこまでは何とも」
「よっしゃ、ほな一回、天堂を揺さぶってみい」
「と仰いますと」
「そやの、社員の誰かを誘拐して身代金を要求してみい。それでどう出るか見てみよう」
「はい。ではその様に手配いたします」
そこはやはりその筋の組織だ。裏の仕事する者達も多く抱えていた。そしてその魔の手が天堂商会に迫っていた。
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