第二話 吉田の策略
ある日、刑事の吉田は天堂に金融関係の話を持ち込んで来た。
管轄違いの話に何だと思ったが、天堂は少し興味を抱いた。
その日天堂は珍しく地元の吉田刑事と喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
「いいんですかマル暴の刑事が俺なんかとこんなとこで堂々と会ってて」
「まぁ、そう言うなって、お前は特別や。何ちゅうても上も構うなと言うてるくらいやからな」
「どうしてですか」
「多分この前の本部の件がこたえてるんやろう。同じ轍は踏みたくないと言う事やろうな」
事実所轄でもまた府警本部でも天堂組に関しては一切関与するなと言う非公式な指示が出ていた。これ以上藪を突いて蛇を出したくはないと言う事だろう。
警察に圧力をかけたとされる民政党の幹事長も今回ばかりは大人しくせざるを得なかった。もしこれ以上ごり押しをすれば関西経済連の副会長の大崎の件から何が飛び出しすかわかったものではないからだ。
それに考えてみれば、天堂組などたかが9人の小さな組であり、組員は誰一人として逮捕歴もない。まして町民からの苦情も何一つないとあれば無視した所で罰は当たらないと言うものだ。むしろ「触らぬ神に祟りなし」と言った所だろう。
「で吉田さんはその同じ轍を踏むんですか」
「踏むかいな。それになお前とこはやくざとは言い難いしな」
「どう言う事ですか」
「お前とこはシマ内で何もしのぎしてないやろう。普通そんなやくざは何処にもおれへんで」
「別にしなくてもやっていけますから」
「それや、それなら堅気と同じやないか」
「それならやくざ登録から外して下さいよ」
「そこなんや、何でやくざとして登録したんや」
「何となく」
「普通そんなもん何となくで登録するか」
「でも今は普通の会社登録してますよ」
「それでもな過去は消けせんのや今の社会ではな」
しかし本当はそれなりに理由はあった。少しでも『闇』の力が使える環境が欲しかったからだ。それにはこの平和ボケした日本ではやくざは打ってつけだったと言う事だ。
「ならいいです。で要件はなんですか」
「お前、十三の澤北金融と言うの知ってるか」
「ええ、知ってますよ。かなり手広くやってる金融会社ですね」
「そうや中堅どころと言うとこかの、ただしや、かなりやばい物件も扱うとると言う噂もある」
「そこがどうかしたんですか」
「府警の二課が内偵しとるそうやがなかなか尻尾を掴まさんそうや」
「それって吉田さんとは関係ないでしょう」
「まぁ、そうなんやけどな、実はそこにかわいこちゃんの知り合いがおってのー」
「何ですかそれは。ちょっとは年を考えてくださいよ」
「年は関係ないやろう。それに俺はまだ独身やしな。それでな、その子に手柄を立てさせてやりたいんや」
「それでまさか俺に協力しろと。俺は一介のやくざですよ。それに金融業界とは関係ないですから」
「天堂、隠さんでもええがな、お前相当金融業界にコネ持ってるそうやないか。それにな、あそこにはどうやら何処かのバックが絡んでるらしいんやがそれがはっきりわからんのや。それと澤北の毒牙にかかって操り人形になってる会社が沢山あるそうや。ジュエリーで有名なあの吉川もその一つらしいで」
「ほう、澤北と言うのはそんなにあくどい商売をしているんですか」
「どうや、気になるやろう。お前なら気にすると思うたんやけどな」
「吉田さん、いくら焚きつけても俺は警察の為には動きませんよ」
「それはわかっとるがな。世間話や、世間話」
「そうですか。それでは俺はこれで失礼します」
「ここはわしが払ろとくさかいな」
吉田刑事はこの辺り一帯を管轄する新地南署の暴力団犯罪を担当する刑事だ。この所轄は近年新設された新しい所轄だった。
日本経済はバブルの崩壊から完全に脱却したとは言い難く長年にわたって低迷を続けていた。しかしどうした事かこの大阪の北新地を中心に、ここから南にかけて商業活動が活発になり大阪の経済が軌道に乗り出した。
その裏にはドラゴンファンドと言う謎の巨大金融資本が、この大阪を根城に動き出したからだと言う人もいるが、その正体は謎のままだ。
しかしだからと言って大阪全体が良くなったと言う事ではない。まだ一時的であり、それも限られた地域に限定されていた。
ただその地域の重要性を鑑みた府のお偉いさんが特に経済発展の著しい地域の庶民の安全と社会の安定の為に特に新たな所轄署をその区内に設けたと言う訳だ。
その為に選りすぐりの者達が選ばれた。特に経済分野に強い刑事部の捜査第二課や、一級の繁華街を有する地域故、生活安全部の青少年の安全や生活指導及び保護の為に生活全般の安全強化を含めた体制を整えた。
吉田の属する組織犯罪対策課もその一つだ。俗にマル暴と呼ばれている。吉田は本部の生え抜きだったのをこちらに引き抜かれた訳だが、正直な所吉田には毎日が退屈で仕方がなかった。
何故かこの地域にはやくざ組織がたったの一つしかなかった。しかもそれは組員が8人、組長を入れても9人と言うそれこそ吹けば飛ぶような小さな組だった。
吉田はこれまで幾度となく名の通った大きな組を相手にして来た。その経験からしてどうしても納得がいかなかった。何故そんな小さな組がこんな一等地を何処の傘下にも入らずにやっていけるのかが。
しかし最近になってようやくその訳が分かりかけて来た所だった。
バー「Time Out」では天堂と鳴海が、
「吉田刑事も随分とタヌキですね」
「そうだな。しかし澤北の話は少し気になるな」
「そうですね。でもこれで話がつながりましたね」
「吉川雅代に提携話を持ち掛けた後ろにいたのが澤北金融と言う事か」
「そう言う事になりますね」
「おもしろいな、乗りかかった船だ。吉田刑事の彼女の為に頑張ってみるか」
「そうですね」
鳴海が調べて来た話をつなぎ合わせると、
「つまりこう言う事か、業務提携を装って契約し、事業拡大のた為に債権を発行する。その途中で偽装倒産、債務不履行の救済を条件に新しい経営陣を入れて経営権を奪うと言う事か」
「簡単に言ってしまえばそう言う事ですね。かなり複雑な手を使ってカムフラージュしたみたいですが」
「その資金元と陰で糸を操っていたのが澤北金融だと言うんだな」
「そうです」
「その澤北金融だがどうだ、うちの資金で潰せるか」
「問題ないでしょう。今貸し出してる先をみんなうちで肩代わりして、今後の貸し出し先を全て止めてしまえば経営が苦しくなるでしょう」
「その上で舎弟企業の経営を焦げ付かせればいいんだな」
「そうです」
「どれくらいかかる」
「4-5か月もあれば十分かと」
「よしやってくれ。俺はバックを洗ってみる」
「わかりました」
天堂が事務所を出てしばらく歩いていると後ろから追いかけてくる者がいた。そして、
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか」
天堂が振り返って見ると、それはパンツルックにジャケットを羽織った活発で賢明そうな女性だった。少し大きめのバッグを持ってる所から天堂は週刊誌か新聞記者かなと見当をつけていた。
「俺に何か用ですか」
「天堂商会の方ですよね」
「そうですが」
「私週刊大阪の記者やってます川野と言うのですがちょっとお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
「どう言う事でしょうか」
「この前の大阪府警の不祥事についてです」
「それと俺と何か関係でも」
「その時、不法逮捕された方がこの会社の方ではないかと言う情報がありまして」
「そうですか、知りませんが」
「そんな事はないでしょう。何かご存じの事がおありなのではありませんか。是非お聞かせ願いたいのです。あのような非人道的な事が許されていいはずがありませんから」
「別に被害届が出されてる訳ではないのでしょう」
「それはそうです。多分内々で処理されたのでしょう」
「だったらお互い納得したと言う事で良いんじゃないですか」
「それで本当にいいんですか。そう言う事を闇に葬って。これからもそう言う事は行われるかも知れないんですよ」
「貴方は週刊誌の記者ですよね」
「はい、そうです」
「ではこの天堂商会がどう言う会社がご存じのはずだ。違いますか」
「え・・ええ、知ってます」
「なら自業自得だとは思わなかったのですか」
「それは・・・」
「思ったはずだ。勿論警察にもやり過ぎの所はある。しかし取り調べられた反社会的集団にも当然そうなっても仕方のない理由があったはずだと。そう思ったでしょう」
「それを貴方は認めるのですか」
「貴方の今回の目的はそれではないのですか、その真相を知って双方の膿を出したい。しかしそれを認めるか認めないかは俺の判断する事ではない。ただ今回は警察が非を認めた。それだけの事です。では失礼」
「私諦めませんからね。貴方からコメントをいただくまでは」
それからしばらくして澤北金融の貸し付けがどんどん返済されていった。
「おい、能勢、一体どうなっとるんや。みんな完全返済されとるやないか。一体何処から金作ってきたんや」
「それがどうもドラゴンファンドが肩代わりしてるみたいですわ」
「何、ドラゴンファンドやと。何であんな大手がこんな小さいとこに手出すんや」
「わかりまへん。そやけどドラゴンファンドやとうちも手が出せません」
「そやの、くそー、一体どうなっとるんや。おい、他の融資先急いで探すんや」
「はい」
ところがいくら探しても、いざ融資と言う時点になると全てドラゴンファンドに持っていかれてしまう。これでは金融業として成り立たなかった。
澤北金融の資金量は精々が500億円と言った所だ。これでは天堂の持つ資金の1/200にも満たない。初めから勝負はついていた。
経営が行き詰まって来るとどうしても親元に走ってしまうのが性と言うものだ。この澤北も資金の追加要求の為にあるビルに向かった。天堂は何処かのやくざ組織かと思っていたがこれは意外な結果だった。まさか海外のハゲタカファンドだったとは。
ファーネックスと言うファンドだが、そんな所がこんなさな金融業者を使うとは思えなかった。恐らくこれは氷山の一角かもしくは何かのテストケースとしてやったのではないかと天堂は思った。
ファーネックスの方でも今回は天堂のドラゴンファンドが絡んで来たとわかったので今回は手を引く事を決めたらしい。要するに澤北は切り捨てられたと言う事になる。
そこで鳴海は直ぐにジュエリー吉川にTOB(株式公開買付)をかけてドラゴンファンドで株を買い取った。それを然るべき人の手を経て将来への仮投資と言う事でジュエリー吉川に保管した。ただしその差額分は将来に渡って返済義務が生じるが自分自身への返済だから意欲も湧くと言うものだ。
ファーネックスの資金を引き揚げられた澤北金融は町場のサラ金業者よりもみじめな立場になっていた。そして自己資金を投資して買った先物に穴をあけ夜逃げをしたがその後何処に行ったかは誰も知らなかった。
ある夜「Time Out」で
「こんばんわ、お二人さん。相変わらず仲が良いですね」
「吉川さん。お久しぶりです。お元気でしたか」
「色々ありましたがまだまだ引退はさせてはくれないようです」
「それは良かったです。貴方の宝石にはまだまだ輝きが宿ってますから」
「相変わらず、お口がお上手なんですね。それでもう何人の女性を説かれたんですか」
「いえいえ、俺なんか、こいつに比べたら数の内に入ってませんよ」
「明日辞表を提出します」
「おい待て、考え直そうな」
「ほんといいですね、あなた方は、乾杯しませんか?」
「はい、そうしましょう」
「吉川ジュエリーの未来を祝して」
「天堂商会の発展の為に」
「???」
「どうして俺達の会社の名前を?」
「私の従兄妹にここでお二人にお会いした話をしましたら、それは天堂商会の凸凹コンビだなと言っておりましたわ」
「それってまさか、吉田とか」
「ええ、吉田健吾は私の従兄妹ですわ」
「あのタヌキおやじめ、やってくれたな」
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