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天堂が行く  作者: 薔薇クーダ
第十四部
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第二話 正義のオジサン

 先崎は昨夜、青海のホステス達に代わり代わり酒を勧められ、解放されてからホテルに向かったのはもう夜中近かった。


 先崎が酒に酔うと言う事はないが多少良い気分になっていた事は確かだ。


 東京はいつ以来だろうか。先崎は高校を卒業するまで田舎で育った。それも過酷な条件の元で。


 それは経済的に過酷だったと言う意味ではない。精神と肉体において過酷だったと言う事だ。


 先崎は少年の頃から『闇武術』の修行を始めていた。そしてその修行は今でも続いている。


 元々武術に才能のあった先崎は瞬く間にその流派の頂点と言われる皆伝手前までたどり着いた。


 その皆伝を得て始めて継承者の候補となれる。その時に皆伝を賭けて戦ったのが笹井和樹だった。


 皆伝は3年に一人だけがなれるものだった。そして和樹を下してその難関を突破したのがこの先崎だった。


 東京に来たのはその後の事だ。世間で言うところの社会勉強を兼ねてと言う事で先崎は東京の大学で学んだ。


 懐かしいな、この辺りは当時と何も変わってないなとのんびり道を歩いていると数人の若者に取り囲まれた。


 よくある路上強盗だ。ただし最近の路上強盗は悪質になっていると言われていた。


 暴力行為が過剰になっているらしい。何処ぞの漫画本の影響だろうか、暴力を楽しむ者が増えているらしい。


「なぁ、オッサンちょっと小遣いを恵んでくれよ」

「あなた方には物をねだると言う程の気持ちすらないでしょう。要は強盗ですか」

「よくわかってんじゃねーか。なら早く出せよ」

「躾がなってませんね。目上に対する言葉使いもわかりませんか」


 その言葉を聞いた若者達は逆にニヤニヤした。これでまたたっぷりと痛めつけられると。


 こんな小言を言う奴ほど何も出来ない腰抜けだと知っていたからだ。


 そして彼らが取り出した物は金属バットに特殊警棒、それとメリケンだった。典型的な暴力少年達の持物だ。しかしどれにも殺傷力ある。


 どうやら彼らは殺人を楽しんでいる様だ。きっと今までにも人を殺した事があるんだろう。


 それでも少年法とか言う法律で守られているのでやり放題やっているのだろう。


「じゃーオッサン。金を出すまで楽しもうぜ」


 そう言って先ずは金属バットを持った少年が先崎の側頭部を狙って振って来た。


 もし当たっていれば頭蓋骨陥没もあり得るだろう。しかしそのバットは先崎の手で受け止められていた。


 その少年はあり得ない物でも見る様に、自分のバットとそれをいとも簡単に受け止めた先崎の手を見ていた。


「そんなバカな事がある訳ねーだろう。俺のフルスイングだぞ」

「私はまた幼稚園児が振ったバットかと思いましたよ」


 それを見たもう一人の少年が特殊警棒で先崎の腹を突いて来た。腹を突いて注意を下に向け顔面でも叩きに来るつもりだったんだろう。


 しかしその中段突きはかわされ、手首を捕られて逆に投げられてしまった。それもコンクリートの上に。


 その少年は背中に衝撃を受けて動けずにいた。


 最後の少年はメリケンで真正面から先崎の顔を殴りに来た。こんな物で殴られたら歯が折れる程度では済まない。


 しかし先崎は紙一重の差でかわしてカウンターの掌底で少年の顎を突き上げた。


 少年はそのまま宙を飛び数メートル後ろに弾き飛ばされた。


 立っていたのは最初にバットで襲った少年だけだった。


「さて君一人になってしましたが、まさかこのまま君一人が無傷で帰れるとは思ってないでしょうね」

「待って、待ってくれよ。冗談だよ。冗談だったんだよ」

「それこそ冗談でしょう。あれだけの事をやっておいて冗談ですませるつもりですか。虫が良過ぎませんかね」


 先崎は呆然としている少年のバットを取り上げて斜めにスイングして綺麗に少年の左足大腿部をへし折った。


 ここは滅多な事では折れないのだが、先崎にかかれば枯れ枝を折るようなものだった。


「これに懲りたらもう二度としない事ですね」


 そう言い残して先崎は宿に戻って行った。


 この事を陰から覗いていた者がいる事は先崎も知っていたが、警察でもなく何処か黒い意識が伺えたので同業者だろうと思い無視する事にした。


 先崎には後2日ほど休暇があるので今日はのんびりと東京見物でもして見ようと思っていた。


 そしてホテルを出た辺りから先崎をつけてくる者がいる事を先崎は感じ取っていた。


『さて鬼が出るか蛇が出るかですかね』


 先崎もつけてくる者達をどうするか考えていた。放置しても問題はなかったが面倒くさいのではっきりさせる事にした。


 あまり人気のない通りの角を曲がり、尾行者達が曲がった所で先崎が彼らの前に出た。


「私に何か用ですか」

「えぇっ、いや、実はあんたにうちの用心棒になってもらえないかと思ってよ」

「用心棒ですか。それって堅気の仕事じゃないですよね。あなた方も堅気ではない様ですし」


「ああ、俺達はこの辺りにシマを持つ佐々木川組のもんなんだ。昨日あんたの戦い方を見てよ。惚れちまったって訳よ」

「それってあなたの一存ですか」

「いや、話は上にも通してある」


「しかしこの時代、ヤクザに用心棒が必要っておかしくないですか。何の為に用心をしろと」

「いや、相手はガキなんだが、その後ろについてるやつが問題なんだ」


「相手の後ろ盾ですか」

「そうだ。何故だか俺達にゃー手が出せねーんだ」

「手が出せない。あなた方の上部組織ですか」

「いや、違うと思うが、やろうとすると途中でストップがかかるんだ」


「それで組関係でない私にやらそうと言う事ですか。ちょっと調子が良過ぎませんか。相手はたかが子供でしょう。潰してしまえばいいでしょう」


「それがよ。奴らの本体はめちゃくちゃ強くて、俺達でも手を焼いてるんだ」

「情けないですね、喧嘩のプロが」

「申し訳ねー。良ければうちの親父に会っちゃくれねえか」


 成り行きで先崎は佐々木川組に行く事になった。佐々木川組の本家は代官山にあった。


 今ではモダンな高級住宅地になってるが昔からの家々もある。佐々木川組もそんな家のひとつだった。


 代官山へは渋谷から東横線一本で行ける。だから渋谷の一部にも佐々木川組のシマを持っていた。


 今回の騒動はその渋谷寄りで起こったらしい。


 ともかく先崎は先に会った戸村とその弟分の裏毛と共に佐々木川組の組長佐々木川に会った。


「すまねーな。うちの若いもんがとんでもねー頼み事をしちまったようで」

「それは良いんですが、そちらで手が出せないと言うのはどう言う事なんですか」


「それがよ、良いとこまで行くと日本天洋会と言うのが出ばって来やがって揉み消しやがるんだ」

「日本天洋会、とは何ですか」

「奴らは政治結社さ。俗に言う右翼だな。しかしこいつがデカくてな、俺達程度の組じゃ手が出せないねーんだ」


 つまりここでも数の力が働くと言う事だ。


「しかも奴ら政界とも繋がってやがるし、関東最大のやくざ組織金目会とも昵懇の間柄と来てやがる」


 なるほど関東最大ヤクザが敵に回っては何も出来ないと言う事か。


 だから組関係以外の力で何とかしたいと言う事なんだろうが、それにしてはリスクが大き過ぎる。


 つまりはハングレの後ろには巨大な右翼と関東最大のヤクザがいる。それを敵に回す事になると言う事だ。


「分かってるさあんたの考えてる事は。リスクが高過ぎると言いたいんだろう。ただ俺達としてはシマの素人衆にさえ被害が出なければそれで良いんだ。だから半グレさえ何としてくれればトンズラしてもらっていいんだ。俺達が手を出せば組が潰されちまう。それでは町の衆を守れなくなるんでな」


 なるほど今日日珍しい真っ当な極道だなと先崎は思った。


「しかし親父、本当にこんな奴で役に立つんですかい。どう見たってただのサラリーマンですぜ」

「戸村が見込んだ相手だ。間違いねーだろうよ。お前にゃまだわからねーか。一度相手してみるか。客人、悪いがこいつの相手をしてやっちゃーくれねーか」

「構いませんよ」


 先崎と戸村の兄貴分菊村が対峙したがその瞬間菊村の足が固まって動けなくなった。つまり恐怖だ。


 菊村も長いヤクザ人生の中でこれ程の恐怖は味わった事がなかった。そして戦わずして決着がついた。


「どうだ菊村、納得したか」

「はい。よくわかりました親父」


 こうして先崎は佐々木川組の為に働く事になった。


 先崎は戸村達に連れられてハングレ達がたむろしていると言う所に向かった。


 そこは潰れたクラブの跡の様な所だった。確かに胡散臭そうな連中が8人いた。


 その内の3人はこの間の先崎に喧嘩を売った者達だったが覇気が無かった。


 それはそうだろう。あれだけ先崎にコテンパにやられたんだ。意気も下がると言うものだ。


 先崎は佐々木川組の二人にはついて来るなと伝えて一人で魔窟へ入って行った。


「誰だお前」

「正義のオジサンですよ」

「何舐めた事言ってやがる」

「間違っちゃいませんよ。そこの3人に聞いてみると良いでしょう」


「おい、写メ。こいつか、お前がボコられたと言うリーマンは」

「そ、そうだ。そいつだ」

「何ビビってんだよ、こんなリーマン一人に」

「いや、違う。そいつは」


 その言葉が終わる前に、このマキオと言う男の後ろ回し蹴りが先崎の顔面に向かって飛んでいた。


 それを先崎は一寸手前でかわして平然と立っていた。


 自分の得意の蹴りかわされたので頭に来たマキオは立て続けに突き蹴りを放って来たがどれも先崎はには掠りもしなかった。


「体力はある様ですが、動きも悪いし、技の組み立てもなってませんね」

「何だとてめー」

「技とはね、こう言う風に使うんですよ」


 そう言って先崎はマキオの技を掻い潜り懐に入り拳を腹にちょんと置いた。


 その後何が起こったのか。マキオは後ろの壁まで吹き飛ばされ、壊れた人形の様になって動かなくなった。


 誰もこの高度な技を理解する者はいなかったっだろう。  


 戦意をなくした3人を除いて残り4人が先崎に襲いかかって行った。しかし誰一人として先崎には触れる事すら出来なかった。


 ヤクザ相手ならそれなりに戦えたんだろう。今まではそれで勝っていたが今回はレベルが違い過ぎた。


 一人一人が地べたに叩き落とされたトカゲの様にのたうち回っていた。ある者は腕をへし折られ、またある者は足を折られ、肋骨や顎を砕かれた者もいる。


 まだ辛うじてしゃべれる者が、

「テメーこんな事をしてただで済むと思ってるんじゃねーだろうな。テメーの組なんざ直ぐに叩き潰されるんだぞ」

「それは結構な事ですね。でも何処の組を潰すんです。私は何処の組にも関わってはいないんですがね」


「何だと、じゃーテメーは何もんだ」

「だから言ってるでしょう。私は正義のオジサンだと。その口も鬱陶しいですね。ようく覚えておきなさい。またこんな事をしていたらこれ位では済みませんよ」


 そう言って先崎はその少年の顎を砕いた。それを見ていた例の3人は震えていた。


 『まぁこれ位は当然でしょう』


 そう言って先崎はその場を離れた。陰からそれを見ていた戸村達は、


「先崎の兄貴、あれで良かったんですか」

「いいんじゃないですか。完全にのばしてしまうより、あの程度の方が恐怖が湧くと言うものですよ」と恐ろしい事を言っていた。


 その後確かに上部組織から佐々木川組に問い合わせがあったが、少年達が語った様な組員は佐々木川組にはおらず、上部組織としても手の打ちようがなかった。


 そして新宿を塒にしていたハングレグループもまた同じようにして先崎に叩きのばされた。


 その頃になるとハングレグループも警戒心を強めていた。今までなら多少の事があっても上で何とでもしてくれた。


 しかし今回だけは何処の誰がやってるのかも判らず、また何処の組も関与してないと来てる。これでは防ぎようがない。


 これに関しては関東最大の金目組にも連絡が入った様だ。


「会長、例のガキ共の件ですがどうします」

「ハングレのガキ共が何処かの誰かにやられてるってやつか」

「そうです」

「いいんじゃねーか。やらせとけ」


「しかしそれではまたあの天洋会の総帥が何か言って来るんじゃないですか」

「本当にうるさい爺さんだぜ。しかしな、やくざもんじゃなけりゃ俺達の仕事じゃねーからな。そこまでの義理はねぇよ」


 どうやら上の方では一枚岩と言う訳ではない様だ。義理で仕方なくやっていると言う感じだった。

応援していただくと励みになります。

よろしくお願いいたします。

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